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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
ルーガス大陸・ゼバーリック大陸編
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第37話 モンスター

 天高く振り上げた右腕。

 その手の平から溢れる眩い光が室内を照らす。眩い光に緑の化け物は体をひねり、顔を後ろへと向ける。クロトもその眩い光に思わず瞼を閉じ、顔を伏せる。

 かざした手を握ると伝わる。ベルの鼓動。拳の中に出現する柄。柄頭から伸びる銀色の下げ緒が揺れ、腕に触れる。それに遅れて、腕に掛かる重み。金色の鍔に漆黒の刃が形成されたのだ。妙に握り慣れた柄を握り締め、その手になじむ様な重みにクロトは口元に笑みを浮かべる。

 自分の手に戻ってきた魔剣。その鼓動が心地よく、心が安らぐ。眩い光がその剣に収縮される。

 ゆっくりと瞼を開いたクロトは、僅かに霞む視界の中でかざした右手を下ろしその手に握るベルの姿を確認する。魔力が徐々に失われていく。ベルの形状を保つ為にほんの微量の魔力が奪われていく。その感覚をクロトは感じていた。以前は感じなかったが、魔力を使い果たした影響か、ベルを握った瞬間体内を流れる魔力の波長を僅かにだが感じる事が出来る様になっていた。


「……これが、魔力」

『感じるか? 自分の体を流れる魔力を?』

「えっ? ああ……。なんとなくだけど……」


 戸惑いながら答えるクロトは、右手の手首を返しながら何度もベルの刃を見据える。美しい漆黒の刃が艶やかに煌き、僅かにまとった魔力がクロトの右目に見せる刃の周りを取り巻く赤紫の煙。これが、魔力の流れなのだと、クロトは息を呑む。初めて実感する。自分の体内から放出した魔力をその目で見て。自分は本当に魔族なのだと。

 息を呑むクロトの耳に届く。風を切る音。その音でクロトは現状を思い出し、視線を上げる。目の前に映る緑色の化け物。その化け物の右腕がクロトへ向かって振り抜かれていた。


「ぬあっ!」


 驚き、その場を飛び退くと、その後方にあった棚に背中から衝突する。


「ぐっ!」


 苦痛に表情を歪め、そのまま身を屈める。その頭の上を化け物の腕が通過し、その際クロトの背中に在った棚を弾き飛ばした。棚は壁へと激突し砕け散り、木片と少量の本が散乱する。

 驚くクロトは、屈んだ体勢から右方向へと飛び、ベッドの上で前転してから立ち上がり体を反転させ緑の化け物の方へと体を向ける。その際、ベッドに掛かっていたカバーに足を取られ横転した。


「イタタタッ……」

『大丈夫か?』

「あ、ああ……。ベッドの上だし、痛みは――ぬあっ!」


 クロトが素早くその場を飛び退くと、遅れて緑の化け物の左腕が振り下ろされる。衝撃音が響き、鉄パイプで作られたベッドが真ん中から砕け、両端が大きく持ち上がる。鉄片が僅かに宙を舞い、緑色のヘドロが壁に大量に飛び散っていた。


「はぁ…はぁ……マジッスか」


 二つに割れたベッドを見据え、表情を引きつらせるクロト。あのヘドロな体の何処にこれ程までの怪力を持っているのかと驚いていた。ヌメヌメとした体をゆっくりと捻り、クロトの方へと体を向けた緑の化け物は上半身を左右に揺らす。

 奇妙な動きをする化け物の様子を窺うクロトに、ベルは不思議そうに口を開いた。


『モンスター……か』

「モンスターって言うと、ゲームとかに登場する奴だな」


 ベルを構え、当然のようにそう言ったクロトに、ベルは小さく吐息を漏らす。


『それも、ジンの奴が言っていたな』

「うぐっ……すみません……バリエーションが少なくて……」

『いや、いいさ。それだけで、お前とジンが同じ世界から来たんだと分かる』


 ベルの静かな口調に、クロトは僅かながら両肩を落とし凹んでいた。そんな事とは知らず、ベルは真剣な口調で言葉を続ける。


『モンスターの類なのは間違いないが……アレは……』


 口ごもる。何か言い難い事なのかと、クロトは眉間にシワを寄せ、ゆっくりと目の前の化け物へと視線を向けた。確かに見た目はモンスターと言うに相応しい姿だが、それ以上に一体何があると言うのだろうか、と疑問を抱く。

 だが、そんな疑問を解決している時間は与えてくれそうも無く、化け物はヘドロの右足を床へと踏み込み大量のヘドロをばら撒きながら、右拳を振り抜く。


「ぐっ!」


 その拳を防ごうと、クロトはベルを振り抜こうとした。だが、その瞬間、ベルの檄が飛ぶ。


『ば、バカ! あんな汚いモノを、私で防ぐな!』

「んな!」


 ベルの檄に振り抜こうとした刃を強引に真下へと下ろし、床を蹴り後方に飛び、更に上半身を大きく仰け反らせる。クロトの胸の前をヘドロの右腕が通過し、異臭が鼻腔を刺激し、クロトの表情が苦悶に歪む。


「うぐっ!」


 後方へと転がる様に倒れ込んだクロトは、そのまま左手で鼻を摘み素早い動きで部屋のドアから飛び出す。廊下に出たクロトは、目尻に涙を浮かべ、口で呼吸を繰り返し鼻声で「ぐぜーぐぜー」と連呼していた。

 そんなクロトの声が聞こえたのか、ゆっくりと顔を動かす緑の化け物は、ドアの方へとその足を引きずる様に進み、大口を開ける。

 ベルを構えるクロトは左手を離すと、涙目で化け物を見据え、ベルへと問う。


「お前で防いじゃダメなら、攻撃も出来ないじゃないか!」

『当たり前の事を言うな』

「じゃあ、何で呼び出させたんだよ!」


 当然のクロトの怒りに、ベルは小さく息を吐くと、


『仕方ない。ならば、最低でも炎はまとわせろ。それが、条件だ』

「武器から使用条件を出されるなんて……」


 鼻声で涙を目尻にためながら呟くと、先日行った様に意識を集中する。前回は感じなかった魔力の波動、流れが体内を巡る感覚のおかげか容易に魔力を練る事が出来、その魔力を右手へと集めるとそのまま柄を伝い刃へと魔力を流し込む。ベルの刃は魔力を注ぐと不気味に輝きを放ち、遅れてその刃を赤黒い炎が包み込む。


「くっ……はぁ……。これで……いいか?」


 僅かに息を切らせる。まだ魔力の制御の仕方が分からず、余分に魔力を消費していた。その為、クロトは額に汗を滲ませ、大きく肩を上下に揺らす。まだ全快じゃないにせよ、ベルの刃に炎を灯す為に大量の魔力を消費したのだ。

 疲労の色を僅かに浮かべ、薄らと開いた口で荒い呼吸を繰り返すクロトに、ベルも気付く。クロトが魔力の制御が上手く出来ていないと。だが、今は何も言わず目の前の敵へと意識を集中させる。余計な魔力を消費させない為の策だった。

 炎をまとうベルを構えるクロトは、右足をすり足で前へと出すと小さく深く息を吐く。不気味な水音を響かせ、ドアの方へと近付く緑の化け物をジッと見据えるクロトは、左手を柄へと持っていき、両手でしっかりを柄を握る。両手から注がれる魔力に、刃がまとう赤黒い炎の火力が増幅し、それをクロトはゆっくりと頭上へと構えた。


「一気に終わらせよう」

『バカ! まずは、様子見から――』


 ベルの声を聞かず、クロトは声高らかに叫ぶ。


「業火!」

『クロト! 人の話を――』


 クロトの声に刃を包む炎が一層火力を増し、更に叫ぶ。


「爆炎斬!」


 頭上に構えた剣を一気に振り下ろす。魔力が両手から一気に柄を伝い刃に流れ出すのを感じ、クロトの表情は歪む。それでも、クロトは全力で刃を振り下ろした。

 一瞬の静寂の後、全ての音を呑み込む爆音。衝撃と共に前方に放たれる赤黒い炎。津波の様に大きくうねりを上げ、ドアの縁を破壊しながら部屋事緑の化け物を赤黒い炎が呑み込む。炎は部屋の壁を突き破り、爆音を轟かせ外へと噴出した。

 その激しい衝撃にふらついたクロトは、そのまま反対側の壁に背中を預ける。肩で息をし、苦しそうに顔を上げたクロトは、肩から力を抜き構えていたベルを下ろした。刃がまとっていた炎は消え、僅かな魔力で何とか現状を維持していた。


「はぁ…うぐっ……」

『バカ野郎! 一気に魔力使い果たしてどうするんだ!』

「は、はははっ……いいだろ。手っ取り、早く……終わって……」


 途切れ途切れの声でそう告げたクロトの腰がゆっくりと落ちる。初っ端から大技を出した影響だった。消費した魔力が大き過ぎて、クロトの視界が僅かに揺らぐ。そんな中、映る。クロトの視界に。抉られた部屋の中心で佇む緑色の化け物の姿が。僅かに体から黒煙を吹かせ、不気味な笑みを浮かべて。

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