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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
ルーガス大陸・ゼバーリック大陸編
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第36話 ベルヴェラート

 息を呑む。

 漂う異様な空気に。

 ドアの隙間から入り込む赤い煙に、クロトは表情を歪め、ルーイットを自分の背中へと隠す。今出来る最善の行動だった。だが、何も分からないルーイットは、突然のクロトの行動に首を傾げる。


「な、何?」

「いいから、黙ってろ」


 クロトは背を向けたままルーイットに静かにそう伝えると、両腕を広げ右足を退く。ルーイットの壁になる様に構えるクロトに、ルーイットは怪訝そうな表情を浮かべた後、静かに瞼を閉じる。意識を集中し、周囲の音へ耳を澄ませる。頭の上に生えた獣耳が僅かに動き、周囲一帯全ての音を捉える。

 軋む船体。船内を吹き抜ける風。蛇口から零れ落ちる水滴。小さな音さえもその耳は捉え、そして、気付く。このドアの向こうでうごめく生物の存在に。


「な、何……あれ……」


 驚くルーイット。そのドアの向こうに居る得体も知れない存在に。獣耳はうなだれ、体は震える。瞳孔が開き怯えるルーイットに、クロトは言葉を掛ける事が出来なかった。どう言う言葉を掛けていいのか分からなかった。

 唇を噛み締め、この状況をどう切り抜けるか考える。手元に武器も無く、戦うすべは自らの拳のみ。魔力を引き出そうにも、先の戦いで使用した魔力はいまだに回復していない。この状況でどれだけの魔力を引き出せるか分からない。その為、クロトは魔力を使用する事をためらった。もし使い切って倒れてしまったら、ルーイットを守る者が居なくなるからだ。

 握った拳に滲む汗。得体の知れない存在にクロトも正直恐怖していた。それでも、その恐怖を押し殺し、クロトは気丈に振舞っていた。

 流れ込む赤い煙を右目で感じながら、クロトは部屋の中を見回す。どうにか、逃げ出す方法を探っていた。机、棚、小窓、ベッド。そして、クロトは見つける。部屋の隅に備え付けられた通気口を。その発見と同時だった。ドアが激しい衝撃を受け軋む。部屋に響く衝撃音に、ルーイットの体がビクッと動く。

 この状況で、もう取るべき行動は一つだった。クロトはすぐに行動に移す。


「ルーイット! こっちだ!」

「え、えっ?」


 体を震わせ、戸惑うルーイットの腕を引き、クロトは部屋の隅へと移動する。足場を作る為に、机と棚を移動させる。その間もドアは軋む。激しい衝撃を受けて。鉄の扉に亀裂が走り、クロトの右目に映る赤い煙が亀裂から更に大量に噴き出る。その瞬間、右目を襲う激痛。あまりの痛みに右膝を床に落としたクロトは、左手で右目を押さえ苦痛に表情を歪める。

 ルーイットは怯えながらも、膝を落とすクロトの姿に心配そうな表情を見せ、その背中に二歩足を進める。


「だ、大丈夫?」

「うぐっ……ああ。平気だ……。それより、足場は出来た。後は、あの通気口から逃げろ」

「に、逃げろって……あんたはどうするのよ?」

「俺もすぐ行く」


 クロトは力強く言い放ち、ルーイットの顔を見上げた。二人の視線が交錯し、ルーイットはそこで初めて気付く。クロトの赤く染まった右目に。赤い瞳が一層鮮明に発光するクロトの目に、ルーイットは驚き息を呑む。赤い瞳の魔族は多く存在するが、クロトの様に輝く赤い瞳など見た事が無かった。

 驚きのあまり硬直するルーイットに、クロトは真剣な表情を向け、怒鳴る。


「早く行け! ドアが壊されるぞ!」


 クロトの声に我に返ると同時にドアが爆音を響かせ、上下二つに裂け部屋の中へと飛ぶ。鋭利に裂けたドアの裂け目が壁へと突き刺さり、深い亀裂が走った。息を呑むクロトはすぐに立ち上がると、足場を駆け上がり通気口を破壊し立ち尽くすルーイットの腕を引き、そこへと押し込んだ。


「きゃっ!」

「とりあえず、ここを進めば別の部屋に行けるはずだ」

「えっ、で、でも、あんたはどうするのよ?」

「俺は時間を稼ぐ……」

「じ、時間を稼ぐって……」


 驚くルーイットは、そんなクロトの右手を掴む。


「だ、駄目! 無理よ! あ、あんな得体の知れない……」


 その生命体の存在に怯えるルーイットに、クロトは優しく笑みを浮かべると、水音の様な足音を部屋に響かせ、そこへと進入してきた生物へと視線を向け、静かに告げる。


「大丈夫。俺は、アイツを知ってる。以前、一度戦った」


 拳を握ったクロトの視界に映る。緑色の生物。以前、倉庫の防衛の依頼を受けた時に見た生物とは形が違うが、明らかに同じ臭い、同じ力を感じた。ゆえに、クロトはルーイットに言ったのだ。“以前、一度戦った”と。実際は一撃受け、意識を失っていたのだが、それでも、そう言ってルーイットを安心させる事しか、今のクロトには出来なかった。

 クロトの言葉を聞き、ルーイットは小さく頷き、通気口を這いその先へと進む。そのぎこちない足音を聞きながら、クロトは目の前に居る緑色の化け物を見据える。

 ヘドロ状の肉体をゆっくりと動かすその化け物は、ゆっくりと首を回すとようやくクロトの存在に気付き、大きく裂けた口を開き不気味笑う。


「クケケケケッ!」


 その笑い声にクロトは息を呑むと、足場から飛び降りそれと同時に足場を破壊する。机が倒れ、棚が崩れる。床へと着地したクロトはすぐさま距離を取り拳を握った。埃が舞う中で、クロトと緑の化け物の目が合う。不気味な光を放つその化け物の目を見据え、クロトは寒気を感じる。以前あった時は感じる事の出来なかったその化け物の気配。その気配の強さをその身に感じていた。

 クリスとの戦いで、クロトは感知能力を身に着けていた。それは、輝く右目の影響もあったが、それ以前に同格の相手と戦った事による影響が大きかったのだ。

 ヒシヒシと感じるその力に、クロトは臆していた。その最中、頭に響く。ベルの声が。


『我が名を呼べ! 契約の元、力を貸そう!』


 その声に、クロトは安堵した様に笑みを浮かべると、その手を振り上げ叫ぶ。


「来い! ベル!」


 クロトの声が高らかに響き、部屋にこだまする。だが、何も起こらず空しくクロトの声だけが反響し、やがて消えていった。静まり返りクロトを襲う強烈な羞恥心。天へとかざした腕を引き俯く。耳まで赤くするクロトは、あまりの恥ずかしさにその場から今すぐ逃げ出したかった。それ程恥ずかしい思いをしたクロトの頭に、またベルの声が響く。


『すまん。契約はまだだったな』

「そ、そうかい、そうかい! なのに、俺にあんな恥ずかしい事……」

『恥ずかしい事?』


 わけが分からないと言いたげなベルの声に、「な、なんでもねぇ」と、怒鳴ったクロトは、顔を上げ目の前の緑の化け物へと視線を向けた。水音の様な足音が聞こえ、右足が踏み込まれる。待ちきれなくなり、ついに動き出したのだ。

 突然の行動に驚くクロトは身を退く。だが、それにあわせる様に化け物は体を前へと出し、ヘドロの様な右腕を振り抜く。異臭が鼻を刺激し、クロトは「ぐっ」と声を漏らし表情をしかめ、咄嗟に身を屈めた。化け物の腕がクロトの頭の上を通過し、更なる異臭が鼻を襲う。あまりの臭いに、クロトはすぐさま化け物の横をすり抜け、後方へと回りこむと、大きく息を吸い込んだ。


「くっせーっ! な、何だこいつ。臭過ぎるだろ!」


 左手で鼻と口を覆い、深く肩を上下させる。そんなクロトの頭にまたベルの声が響く。


『クロト。ベルヴェラート。私の本当の名だ。私の姿を思い描き、名を呼べ』

「今度こそ、大丈夫だろうな!」

『信じろ。私を』

「分かった」


 クロトは息を吸い、右腕を振り上げる。その動きにあわせ、緑の化け物は体を反転させ、もう一度クロトへと突っ込む。そんな中、こだまする。


「来い! ベルヴェラート!」


 と、言うクロトの叫び声が――

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