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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
ルーガス大陸・ゼバーリック大陸編
32/300

第32話 シオ

 喉を鳴らすケルベロス。

 警戒していた。目の前に佇む少女を包む淡い輝きに。感じ取ったのだ。先程までとは違う力を。だから、ケルベロスは動きを止め、威嚇する様に喉を鳴らしていたのだ。

 黒髪を逆立て、奥歯を噛み締めるケルベロスに対し、少女は僅かながら驚いた表情を見せていた。自分の身におきている現象に驚いたのだろう。それでも、すぐに視線をケルベロスへと向け槍を構える。

 ジリッと足を退き、少女と間合いを取るケルベロスは、体勢を低くし両手に灯した蒼い炎の火力を更に強める。純度が高く強い輝きを放つその蒼い炎をまとった拳を振り上げる。

 その動きに少女も右足を踏み込み、全体重をその足に乗せた。

 両者が同時に動く。ケルベロスが地を蹴る。


「うがああああっ!」


 と、咆哮を響かせながら。その咆哮で火力が一層強くなり、ケルベロスの右拳が僅かに血を滲ませる。右拳を振り上げ、左足を踏み込む。

 ケルベロスの動きを少女はジッと見据え、意識を集中する様に静かに口から息を吐く。腰を僅かに落とし、槍をケルベロスに向ける。その槍から冷気が漂い始め、その冷気とケルベロスの拳の炎が放つ熱とが混ざり合い、周囲に湯気が立ち昇る。

 二人を覆い隠す様に漂う湯気。そして、ついに二つがぶつかる。


「雪花……一輪咲き!」


 と、言う彼女の綺麗な声が周囲にこだますると同時に。

 冷気を放つ真っ白な槍がケルベロスに向かって突き出される。高質で純度の高い魔力により生み出された冷気をまとうその槍は、空気中の水分を凍らせ粉雪を舞わせる。

 一方で、ケルベロスの拳がまとう炎も空気中の水分を蒸発させ、蒸気を上げながら一気にその槍に向かって振り下ろされる。

 酸素を取り込み火力を更に強めて激しく燃え上がるその炎が、その槍の放つ冷気に触れ凍る。だが、槍もまた、その炎に触れ激しく白煙を吹かせ、蒸気を吹き上がらせる。

 両者の一撃が激しくぶつかり合い、唐突に訪れる。一瞬の静寂。一瞬だが、時が止まったのではないかと思う程、周囲が静まりかえり、次の瞬間、その一帯全てを眩い光が包み込み、静寂を打ち破る轟音が大気を――大地を――激しく揺るがした。

 凄まじい衝撃に二人は弾き飛ばされる。少女は集落の方へ、ケルベロスは森の更に奥へと。背中を何度も木々にぶつけ幾本もの木をへし折り、やがて地面を転げ動きを止める。

 二人のぶつかったその地は大量の雪に覆われ、空を蒼い炎が彩った。周囲一帯の木々は衝撃によりなぎ倒されていた。

 横たわっていたケルベロスの瞼が勢いよく開かれ、その視線は遠くに移る少女の姿をしっかりと捉える。粉雪と蒼い火の粉が降り注ぐその向こう側の茂みから僅かに覗く少女の姿を。

 一方で、その少女も真っ直ぐにケルベロスの姿を見据えていた。体勢を整え、槍をしっかりと構えて、茂みの向こうに僅かに見えるケルベロスの姿を。呼吸を乱し、額から大量の汗を流しながら。

 激しい動悸。僅かに戻ったケルベロスの意識が暴走する肉体へと及ぼす僅かな反動。それにより、ケルベロスは少しの時間その場を動く事が出来なかった。呼吸が大きく乱れ、膝が震える。そして、その右手は少女の槍が放つ冷気の影響を受け、冷たくなり感覚が殆どなくなっていた。

 小刻みに震える右手。その手首を左手で握ったケルベロスは、そのまま左手から蒼い炎を出すと、直接右手を温め始めた。蒸気が吹き出る音が僅かに響き、右手から白煙が昇る。やがて、その震えは止まり、右手は僅かに焼け焦げた痕だけが残された。

 息を吐き、静かに膝へと力を込め立ち上がる。静まり返ったその場に冷気と熱とが混ざり合う生暖かな風が流れ込んだ。根元から折れた木々をその手にまとった炎で焼き払うケルベロスは、ゆっくりと足を進める。その少女を真っ直ぐに見据えながら。

 やがて、その足は駆け足となり、そこから徐々に加速し、そのまま一気にその少女へと向かって突っ込む。粉雪の積もったその場所を駆け抜け、降り注ぐ蒼い火の粉を潜り抜ける。その瞬間、ケルベロスは何かの気配を感じ取った。今まで幾度と無く感じた立ちふさがる壁のイメージ。

 それを感じ取ったケルベロスは右拳を振り上げ、蒼い炎をまたその拳へとまとわせ、勢いに任せ突き出す。

 やはり、そこには存在した。見えざる壁が。重々しい手応えと、僅かに響く衝撃音。広がる衝撃がケルベロスの黒髪をなびかせ、更に目の前に存在する壁を弾き飛ばし、


「うがああああっ!」


 と、咆哮を放ち茂みから飛び出す。黒い髪を激しく乱し、蒼い炎をまとうケルベロスの姿に、少女は腰を落とし臨戦体勢を取る。

 刹那だった。唐突にその場へと轟く。


「ケルベロォォォォス!」


 と、言う少年の声が。大気を揺るがすその声に、ケルベロスの意識が更に呼び戻され、その動きをピタッと止めた。そして、視線は自然とその声の主の方へと向く。崩壊した家の真ん中に佇む一人の少年。腕に血を流しうな垂れる少年を抱きかかえたその少年の姿を見据える。

 ケルベロスは彼を知っていた。そして、彼が抱きかかえるその少年も。まだ幼い頃に同じ師の下で戦闘技術を教わった事があった。

 そんな彼を見据え、微動だにしないケルベロス。一方で、ケルベロスと対峙していた少女は突如叫ぶ。


「セルフィーユ!」


 誰の名前なのか分からないが、彼女が女の名前を呼ぶと、ケルベロスを睨んでいた少年が、抱き上げていた少年をその場に下ろす。怒りを滲ます少年は、鋭い視線をケルベロスへと向け、下唇を噛み締めると、右足を踏み込み一気に地を蹴る。

 爆音が轟き、地面が砕け砕石が舞う。そんな彼の行動に、ケルベロスと対峙していた少女が叫ぶ。


「シオ! 待っ――」


 だが、彼女の言葉を聞かず、シオと呼ばれた少年は彼女の横を駆け抜けると、ケルベロスの右頬を殴りつけた。鈍い打撃音が響き、ケルベロスの体は吹き飛ぶ。地面を転げ、激しく土煙が舞う。土煙の中、横たわるケルベロスは、口角から流した血を拭い静かに立ち上がると、煙の向こうからシオの怒声が響く。


「どう言うつもりだ! ケルベロス!」


 シオの怒声に対し、


「うぅぅぅぅっ……がぁぁぁぁっ……」


 と、ケルベロスは呻き声を上げ、大きく肩を揺らすと静かに息を吐き、その拳へを蒼い炎を再び灯す。土煙の向こうでは、シオと少女の怒声が響く。


「シオ! ちょっと落ち着きなさいよ」

「落ち着いていられるか! コイツが……ここを……」

「違う! コイツが来る前にすでに人間達がこの集落を襲ったの! その後で、コイツが現れたの!」


 二人の怒鳴り声にケルベロスは地を蹴り一気に土煙から飛び出す。だが、奇襲に対し、シオは体を捻ると右足を振り抜く。自分の顔へ向かってくるシオの右足に、ケルベロスは炎を灯した右拳を振り抜く。


「ぐっ!」

「うがっ!」


 シオの足とケルベロスの腕が交錯し、凄まじい衝撃が生まれる。よろめくシオに対し、大きく仰け反り押し流されるケルベロス。両者共に表情を僅かに歪め、互いの顔を睨む。その瞬間、二人の間へとあの少女が割り込んだ。その行動に怒ったのはシオだった。


「どう言うつもりだ……てめぇ……」


 握った拳を震わせ、額には青筋を浮かべたシオに対し、背を向けたままの少女は、


「あなたは引っ込んで」


 と、静かに告げる。その言葉に鼻筋にシワを寄せ、怒りをあらわにするシオは、奥歯を噛み締め更に声を荒げる。


「ひ、引っ込めだと! 馬鹿言うな!」

「大人しくして。それに、彼……何かに操られてるだけ。彼の意思でこんな事をしてるわけじゃないわ」


 冷静な口調でそう述べる少女の背中を見据え、シオは表情をしかめる。一方で、少女は静かに息を吐き出し、意識を集中する。ケルベロスはそんな彼女を見据え、身構えた。彼女の体が放つその光が、一層輝きを増したからだ。

 息を呑み、握った拳がまとう炎の火力を上げる。だが、その時、ケルベロスの意識が僅かに戻り、その火力を抑えた。彼女の放つ光を浴び、ケルベロスの体を暴走させる力が弱まっていた。だから、ケルベロスはそのままその場に仁王立ちする。何をするわけでも無く、ジッと目の前の少女を見つめて。

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