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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
298/300

第298話 弱き者

 木々の生い茂る密林地帯。

 そこで、剣を交えるのは、クロトと和服の男。

 不安定な下駄にも関わらず、素早い身のこなしで木々の間を駆け抜け、鋭く刀を振り抜く。

 和服の男の動きに何とか喰らいつくクロトは、風の剣である双剣・嵐丸でその一撃一撃を防いでいた。恐らく、双剣である嵐丸でなければ、和服の男の攻撃を捌く事は難しかっただろう。

 防戦一方――と、言うよりも、防衛に集中するクロト。そんなクロトに代わり和服の男に攻撃を仕掛けるのは――


「はああっ!」


と、声を張り、黒刀・黒桜を振り抜く天童だった。

 完全に死角からの一撃だったが、和服の男はその一太刀を右の下駄の裏で受け止め、口元を緩める。


「良い攻撃だ。だが、殺気で丸分かりだ!」


 和服の男は黒桜を受け止めたまま右膝を曲げると、勢いをつけそのまま蹴りを見舞う。

 大きく弾かれる天童。その口から「くっ!」と声が漏れ、片膝が地に落ちる。治療は完了しているとは言え、消費した体力は言うほど回復していない。

 故に、天童の膝は僅かにだが震えていた。深く踏み込めない事が影響し、天童の一太刀は重みがなく、和服の男に容易に防がれたのだ。


「この程度か!」


 声を弾ませ、和服の男は妖刀・血桜を振りかぶる。そんな和服の男の前へとクロトが割って入る。僅かに不快そうな表情を見せる和服の男は、下駄のつま先へと体重を乗せると、


「一々目障りだな!」


と、クロトに対し血桜を振り抜いた。

 鈍い金属音が響き、火花が散る。大きく上体が浮かされるクロトだが、何とか二本の刃を交差させ、和服の男の一撃は防いだ。

 細い二本の刀身の小刻みな振動が、その衝撃の凄まじさを物語っていた。歯を食い縛り、何とかその場に踏み止まるクロトは、すぐさまその眼を和服の男へと向ける。

 まず確認したのは体の向き。和服の男が次にどう言う行動を取るのかを予測するのには、重要な所だった。

 それから、眼を見据え、血桜を握る右手、足と視線は落ちていく。体の向き、重心の掛け方からクロトはすぐさま和服の男の動きを予測し、対応するべく足を動かす。

 クロトの動きに不愉快そうに眉間にシワを寄せる和服の男は、小さく舌打ちをした。


「俺の邪魔ばかりしてんじゃねぇよ!」


 怒声を轟かせ、右足を踏み込む和服の男。


「お前の方こそ、なんで俺達の邪魔するんだ!」


 右足を踏み込み腰を捻るクロト。二人の視線が交錯し、ほぼ同時に両者の剣が振り抜かれる。

 ――刃が交錯。金属音の後に散る火花。衝撃が広がり、互いの刃が弾かれる。


「ッ!」

「くっ!」


 互いに奥歯を噛み締め、声を漏らす。力勝負では、和服の男の方に分があるのか、大きく仰け反るクロトは、数メートル後方まで弾かれていた。

 一方、和服の男の方は、何とかその場に踏みとどまっており、僅かにバランスを崩した程度だった。

 すぐに体勢を整える和服の男は、その目をクロトへと向ける。


「テメェは学習能力がねぇのか!」


 和服の男は体を反転させ、血桜を振るった。すると、金属音が響き、血桜の刃が漆黒の刃と激突する。

 その漆黒の刃は黒桜。その持ち主は当然、天童だ。右足へと重心を乗せ、必死に鍔迫り合いに持ち込む。だが、和服の男は容易にその体を弾き飛ばす。

 弾かれ、よろめく天童は、「くっ」と声を漏らしながらも、黒桜を握り直す。しかし、足が出ない。やはり膝に力が入らなかったのだ。

 そんな天童に、和服の男からの追撃はなかった。何故なら、和服の男が天童へと追撃を仕掛ける前に、クロトが嵐丸で斬りかかったのだ。

 金属音が一撃、遅れて二撃目。火花が散り、和服の男の体が右へと弾かれる。


「ッ! 鬱陶しいッ!」


 横目でクロトを睨み、眉間にシワを寄せる。

 二対一と言う数的有利を活かすクロトと天童。二人の連携が上手く行っているのは、防衛に徹しながらも隙あらば攻撃に転じるクロトの存在があってだ。

 しかも、殺気を放つ天童と違い、クロトは殆ど殺気を放っていない。何故なら、クロトが仕掛けるのは、和服の男を攻撃する為ではなく、自分へと意識を向ける為の攻撃。故に、殺気が殆どなく、聴覚を研ぎ澄まし、刃音と呼吸音で和服の男は対応しなければならなかった。

 下駄を鳴らし、下がる和服の男は、二人から距離を取り一つ息を吐く。

 動きを止める和服の男に、自然にクロトと天童も動きを止め、体勢と呼吸を整える。

 数では優位に立っているが、剣術も力も和服の男の方に分があった。

 薄っすらと赤く輝くクロトの右目。その眼が捉えるのは、和服の男がまとう赤い霧。その濃い霧が、和服の男が強者だと言う現れだった。


「ハァ……ハァ……」

「大丈夫か?」


 和服の男から目を離さず、クロトはそう天童へと尋ねた。


「だ、大丈夫だ……。すまない……足を――」

「そんな事ないさ。それに、天童には天童にしか出来ない事がある。それは、俺には出来ない事だから……」


 クロトはそう言い、微笑する。その笑顔に天童は小さく息を吐き、肩の力を抜く。


「すまない……少し、弱気になっていたようだ……」

「それより、まだ動けるよな」

「ああ。大丈夫だ」


 黒桜の柄をギュッと握り締め、天童は真っ直ぐに和服の男を睨んだ。

 クロトと天童の話を聞いていた和服の男は、俯くと「クスリ」と静かに笑う。


「おいおい。そいつに何が出来るって言うんだ? ただの弱者だぞ?」


 呆れたように眉を曲げる和服の男が、肩を揺らす。その発言に奥歯を噛み締める天童だが、クロトは変わらぬ眼差しを向けたまま、頭を右へと少し傾ける。


「何がおかしいんだ? 弱くて何が悪いんだ? そもそも、人は皆弱い。だからこそ、支え合うんだ」

「支え合う? ふっ……戯れ言を……」


 瞼を閉じ首を振る和服の男。その男はゆっくりと瞼を開くと、クロトを冷めた目で見据える。


「それは、甘えだ。弱いから支え合う? その結果、相手に裏切られる。弱みを握られる。人は常に相手よりも優位に立ちたがる生き物だ。弱さを見せれば、取って食われる。弱肉強食なんだよ!」


 和服の男が地を蹴る。


「どうやら、あんたと分かり合えそうにはないな!」


 クロトは横目で天童を確認した後に、地を蹴った。少々動き出しの遅れたクロトへと、鋭く血桜が振り抜かれる。だが、クロトはそれを右手に持った剣で受け止めた。

 体重の乗った重い一撃に、クロトの体が横へと流れる。しかし、クロトは左足へと力を込め、強引にその勢いを殺した。

 手応えがあっただけに、和服の男は聊か驚いた表情を見せるが、すぐさま口元へと笑みを浮かべる。

 交錯する二つの刃が軋み、こすれ合う。その最中、クロトはもう一方の剣を和服の男へと突き出す。疾風をまとった鋭い突きだった。だが、その突きは和服の男の顔の横を通過する。和服の男が体を捻り上体を僅かに逸らしたのだ。

 僅かにだが、和服の男は体勢を崩した。当然、クロトは追撃を仕掛けようと右足を踏み込む。


「――!」


 刹那、クロトは、表情を険しくし、踏み込んだ右足で地を蹴り、その場を飛び退く。そのすぐあとだ。赤黒い魔力の波動が刃となり、空を斬ったのは。

 天童に横並びになる位置まで飛び退いたクロトは、重心を低くし和服の男を見据える。

 一方、和服の男は、鼻から静かに息を吐くとゆっくりと体勢を戻した。


「何をした! 今の一撃は何だ!」


 険しい表情の天童がそう声を荒げる。すると、和服の男は、妖刀・血桜を肩の位置まで持ち上げ、静かに笑う。


「何をした? 見ての通りだ。俺は、コイツの力を開放したんだ。流石に、二対一じゃこっちとしても思うように戦えないからな。それに、人は弱いんだろ? 支え合うんだろ? なら、構わないだろ。俺を支えるのは、コイツだ」


 禍々しい程の魔力が、妖刀・血桜から溢れ出す。それは、クロトの赤く輝く右目には、濃く深い闇に見えた。もう、和服の男の姿すら見えなくなるほどの闇。

 故に、クロトは右目を閉じ、左目で和服の男をしっかりと目視する。

 その魔力の邪悪さを、天童も肌に感じたのか、奥歯を噛み鼻筋にシワを寄せた。直感していた。これ以上、妖刀・血桜を使わせてはいけないと。

 ジリッと右足を前に出す天童。その動きにクロトは気付く。そして、小さく息を吐き、息を呑んだ。

 集中する。右目を閉じた事により、クロトの右側にいる天童の姿は完全に死角。その動き出しを目視して動くには遅い。故に、耳を研ぎ澄ます。天童の呼吸音に、僅かな筋肉の動きに。意識を集中する。

 心音が力強く、一定の間隔でクロトの頭へと響く。その音に紛れ聞こえる天童の呼吸音。そして、すり足で出される右足。

 いつ天童が動き出してもいいように、クロトも右足へと重心を乗せる。

 ――刹那。クロトは地を蹴った。


「反応がおせぇよ」


 踏み込む和服の男。その憎悪を含んだ魔力の波動が、血桜の刃を黒く染める。

 いち早く反応したクロトに和服の男は微笑した。


「クロト!」


 クロトの行動に、天童も声をあげる。何より、血桜がまとう禍々しい魔力に、天童は畏怖していた。それは、まだ見ぬ力。故に出遅れた。

 クロトの動き出しに遅れ、天童も動く。だが、すでに和服の男は血桜を――禍々しい魔力を――放つ。


「ッ!」


 クロトは険しい表情で息を吐くと、両手に持った双剣・嵐丸を両方共地面へと突き刺し、


「来い! 黒天!」


と、魔力を込めた両手を頭上へと振り上げる。

 一瞬の後、クロトは判断したのだ。細く軽量化された刀身の嵐丸では防ぎきれない、と。故に、クロトは所有する剣の中で、最も強度の高い黒天を呼び出したのだ。

 重量のある漆黒の分厚い刀身。それを支える長めの柄。その柄を握り締めるクロトは、両足を肩幅へと開き腰を僅かに落とす。

 クロトと和服の男の視線が交錯する。


「てやあああっ!」


 声を上げ、クロトは振り上げた黒天を振り下ろす。重量も相まって加速する黒天と素早く放たれた血桜。

 二つの刃は十字に交錯しぶつかり合い火花と衝撃を周囲へと広げた。


「ぐっ!」


 弾かれたのはクロトだった。重量のある黒天が軽々と弾き返され、クロトの背中が弓なりに伸びる。

 一方、和服の男の方は、血桜を振り抜いた状態のまま不敵な笑みを浮かべていた。和服の男の攻撃はまだ終わっていない。

 血桜がまとっていた禍々しい魔力が遅れて牙を剥く。通常、魔力だけなら何の問題も無いのだが、この魔力は触れてはいけない。そんな空気が漂っていた。

 故に、クロトは奥歯を噛み締め、天童は右足を踏み込み重心を落とす。


「クロト!」


 天童の力強い声。その声に、クロトはすぐさま踏ん張っていた足から力を抜いた。それにより、頭上に振り上げられた黒天の重量でその体は背中から地面へと倒れ、それと同時に和服の男の視界に天童の姿が映る。

 禍々しい魔力の波動を挟んで和服の男と天童の視線が交錯した。

 いつ収めたのか、天童は腰の位置で鞘に収まった黒桜を構えていた。その構えから和服の男はすぐに危険を察知するが――


「抜刀――空!」


 踏み込んだ右足へと全体重を乗せ、天童は左手の親指で鍔を弾く。それからは一瞬。鯉口に刃が擦れ火花が散り、真空の刃が宙を滑空する。真空の刃は一瞬にしてクロトの上を通過し、漂う禍々しい魔力を両断する。だが、その刃は和服の男までは届かなかった。


「ッ!」


 表情を歪める天童の膝が僅かに落ちる。


「空まで使えるようになったとは、驚きだな」


 振り下ろされた血桜を、ゆっくりと肩へと担ぐ和服の男。その口元に薄っすらと笑みが浮かぶと同時に、和服の男の背後で二つの衝撃が広がった。

 和服の男は、天童の放った真空の刃を真っ二つに切り裂いた。故に二つの衝撃が広がったのだ。

 倒れゆく木々が、土埃を巻き上げ、その衝撃の凄まじさを物語っていた。

 渾身の力を込めた一撃だったにも関わらず、ただの一太刀で両断されてしまった。しかも、抜刀・空は体に膨大な負荷がかかる故、天童の体の節々が軋み、激痛が体を巡る。


「ぐっ……」


 奥歯を噛み、痛みに耐える天童だが、まだ万全では無い肉体の方が悲鳴を上げ、膝が地に落ちた。そんな天童へと不敵な笑みを浮かべる和服の男は、静かに血桜を鞘へと納め、先程の天童と同じ姿勢を取る。


「テメェと俺の格の違いってのを見せてやるよ」


 重心を落とし、鞘を握る左手の親指を鍔へと掛ける。その姿勢は間違いなく天童が使用した抜刀・空の構えだった。

 故に、天童は表情を険しくし、震える膝に力を込める。しかし、膝が上がらない。反動が大きすぎたのだ。

 そんな天童を尻目に、和服の男は動く。


「抜刀――」


 左手の親指が鍔を弾く――と、同時に、倒れていたクロトは体を起こし、素早く立ち上がる。突然、視界に姿を見せるクロトに、和服の男は一瞬ためらう。

 ――だが、


「テメェも一緒に死ねッ!}


と、叫び、体重を右足へと乗せる。

 一方、クロトは真っ直ぐに和服の男を見据え、地面に突き立てた双剣・嵐丸を手にとった。すでに両手には魔力を集められており、クロトは嵐丸の柄を握ると同時に魔力を刃へと注ぎ込む。

 すると、二本の刃を暴風が包み込む。しかし、


「爆炎――」


 クロトの静かな声と共に、嵐丸の刃を包む暴風を炎が呑み込んだ。炎上する二本の剣を構えるクロトに、和服の男は、


「――空!」


と、親指で血桜の鍔を弾き、一閃。そして、禍々しい魔力を帯びた漆黒の刃がクロトへと放たれる。

 だが、クロトも負けじと右足を踏み出すと、


「――乱舞!」


と、向かい来る禍々しい漆黒の刃へと二本の剣を交互に振り抜く。

 右手の剣が放たれた漆黒の刃へと衝突。金属音と共に火花と火の粉を舞わせ弾かれる。僅かにクロトの足が押されるが、続けて左手の剣が漆黒の刃を叩く。

 すぐに左手の剣も弾かれるが、続けざまに弾かれた右手の剣が振り抜かれる。それを、クロトは高速で行う。弾かれては火花と火の粉を舞わせ、また金属音。何度も何度も繰り返す。

 徐々に徐々に勢いは衰えるものの、クロトも後退させられていた。それほど、和服の男の放った一撃は凄まじかった。

 どれほど剣を振ったか、どれほど弾かれたのか、やがてクロトの動きが止まる。土埃が大量に舞い、疾風が吹き抜けた。


「相殺……か」


 静かに笑う和服の男は、妖刀・血桜を払うように一振りし、


「だが、何発打ち込んだ? 確か……十発までは数えていたが……」


と、左手を顎へと添え小首を傾げた。

 それに対し、肩を大きく上下に揺らし、半開きの口で呼吸をするクロトは顔をあげる。


「ぜぇ……ぜぇ……だ、大体、九十三発だ……」


 息を切らせながらも、クロトは答えた。強く揺らぐことの無い眼差し。その眼に、和服の男は不快そうに鼻筋にシワを寄せる。

 非常に不愉快だった。圧倒的に不利な状況にありながらも、希望を、前を向き続けるクロトの眼が、和服の男は強烈に嫌いだった。

 奥歯を噛み、両腕を脱力するクロトは、呼吸を整える。高速で腕を、剣を振り続けた為、腕は重く、肘も肩も痛みがあった。

 それでも、クロトはその痛みを表情には出さず、ゆっくりと嵐丸を構え直す。


「す、すみません……」


 クロトの後ろで膝を着く天童が、小さく頭を下げゆっくりと膝を上げる。まだ、反動で上手く動く事の出来ない天童は、何とか腰を上げた。

 だが、立っているだけがやっと。そんな状態でも、天童は歯を食いしばり、黒桜を構えた。


「大丈夫か? まだ、動けるか?」


 横目で天童の様子を確認し、クロトは静かに尋ねる。すると、天童は下唇を噛み締め、息を吐きながら、


「大丈夫です……動けます」

「じゃあ、まだ戦えるな」


 クロトは静かに告げ、和服の男を見据える。

 クロトと目が合うと、和服の男は口元へと笑みを浮かべ、肩を竦めた。


「まだ戦える? その状況でか? 笑わせてくれるな」

「お前は弱い」


 静かなクロトの言葉に、和服の男は表情を曇らせる。額に青筋を浮かばせ、クロトを睨む和服の男は、笑みを引きつらせた。


「今、なんて言ったんだ?」

「お前は弱い。そう言ったんだ。聞こえなかったのか?」


 真っ直ぐな眼差しを向けるクロトが、ハッキリとそう言い放つ。すると、和服の男は表情を引きつらせる。


「誰が弱いだ! テメェ!」


 そう怒鳴り、左拳を払うように振るった和服の男は、右足を半歩踏み出す。だが、それ以上は動かなかった。幾ら和服の男と言えど、抜刀・空の反動が少なからず出ていた。

 それを知ってか、クロトは静かに息を吐き出すと、右手の剣の切っ先を和服の男へと向ける。


「ずっと……不思議に思ってたんだ」

「不思議に?」


 不可解そうに天童が呟き、眉を曲げる。そして、和服の男もクロトへと不可解そうな表情を向けた。


「何が不思議だ? 俺の強さか?」

「……ああ。そうだよ。その強さだ」


 肯定するようにクロトはそう言いつつも、その目は真剣に和服の男を見据える。何が言いたいのか分からないが、クロトが真面目に話している事だけは理解し、天童は息を呑みその場に佇む。

 一方、不快そうに唇を噛んだ和服の男は、押し殺したような低い声で、「何が言いたい」とクロトを威圧する。

 しかし、クロトは表情一つ変えず、ただ和服の男だけを見据え答えた。


「その強さがありながら、何故、お前は妖刀に手を出した?」


 クロトの言葉に、僅かに和服の男の眉が動き、眉間にシワが寄る。そして、天童も疑念を持った眼差しを和服の男へと向けた。

 今に思えば、そうだった。天鎧の養子だった三人の中で、あの男は群を抜いた才能と類まれな身体能力を持ち合わせていた。どう足掻いた所で、どう努力した所で、天童も剛鎧も彼には遠く及ばない。それだけの差が予実にあった。


「妖刀に頼らずとも十分過ぎる程、あんたは強い。なのに、何故?」


 クロトの言葉に、奥歯を噛む和服の男は静かに口を開く。


「決まってるだろ――」

「更なる高みを目指す為? 違うだろ」


 和服の男が言い終わる前に、クロトはそう断言した。


「師である者を超える為? 違う。お前が妖刀に手を出したのは――」

「貴様に、俺の何が分かる! 勝手な解釈をしてんじゃねぇ!」


 クロトの言葉を遮ろうと、和服の男が声を荒げ、右足へと重心を乗せる。だが、その膝から力が抜け、和服の男の膝が地面へと落ちた。それだけ、抜刀・空の反動が体に大きな負荷をかけていたのだ。

 その様子から、クロトは自分が出した答えが正しいことを再認識し、小さく息を吐き言葉を続ける。


「怖かったからだ」

「ッ!」

「後ろから迫ってくる追いついてくる天童と剛鎧が」

「ふざけるな! 誰が、才能のねぇクズ共を恐れるか!」


 荒々しい口調でそう言うが、和服の男は未だに動けない。まだ反動が残っている証拠。それを確認しつつ、クロトは更に言葉を続ける。


「才能があるが故に気付いたんだろ。自分の限界と、天童と剛鎧の伸びしろに。だから、お前は絶対的な力を得る為に、妖刀に手を出した」

「貴様の妄想に付き合ってやれるか!」


 ようやく、和服の男が地を蹴る。だが、その足は万全ではないのか、今までよりも動きが鈍い。

 嵐丸の刃に風と炎をまとわせるクロトは、それを迎え撃つ様に地を蹴る。低い姿勢で、二本の剣の切っ先で地面を切りつけながら、クロトは和服の男へと迫った。


「お前はすでに肯定してるんだよ!」


 二本の炎をまとう剣により、クロトの後塵には炎が――。


「何を肯定していると言うんだ!」


 踏み込む和服の男が、クロトへと妖刀・血桜を振り抜く。足腰の力の入っていない腕力にのみ頼った一撃を、クロトは右の剣で受け止める。

 腕力のみの一撃にも関わらず、衝撃は凄まじく、クロトの体は僅かに左に傾く。


「なら聞く! 何故、お前は抜刀・空を使用した! 大きな反動が、体に多大な負荷がかかる事を知っていながら、何故だ!」


 左足を踏み締め、体を支える。そして、クロトはキッと和服の男を見据え、左の剣で血桜を叩き上げた。澄んだ金属音の後、二人の間で火花が散る。

 両足の踏ん張りが利かない為、和服の男は容易に後方へと弾かれた。


「くっ!」

「お前は誇示したかった。自分の方が勝っていると。だから、反動が大きいと分かっていながら、天童と同じ技を使用したんだ!」


 右足を踏み出し、クロトは右の剣を突き出す。

 しかし、和服の男はそれを上半身を捻りかわし、一気に距離を取った。

 二人の間に距離が開き、風が静かに吹き抜ける。僅かに呼吸を乱すクロトに対し、半開きの唇から熱気のこもった吐息を漏らす和服の男は、頬を伝う血を手の甲で拭った。

 クロトの突きが僅かに頬を掠めたのだ。

 対峙する二人。それを囲うように周囲の木々から火の手があがる。嵐丸がまとっていた炎が、血桜と衝突し周囲へと散らばり、それが火種となったのだ。

 炎はやがて散乱する木片や木々に燃え移り、広がる。

 熱気が二人の額に汗を滲ませる。


「テメェの言っている事は、所詮固持付けだ。何の根拠もねぇ」

「根拠も何も、お前のその態度、行動がそう示している」

「黙れ!」


 和服の男が地を蹴るのとほぼ同時に、二人の間を割って入るように炎に包まれた巨木が倒れてきた。

 二人を分断する巨木に対し、和服の男は右足を踏み込むと血桜を振り上げる。


「邪魔だ!」


 踏み込んだ右足へと体重を乗せ、和服の男は血桜を振り下ろす。重々しい衝撃音が響き、巨木は真っ二つに割ける。火の粉を吹かせ、真っ二つに割けた巨木は宙を舞う。

 視界が開け、和服の男は一歩二歩と足を進める。だが、そこで動きを止めた。

 目の前に広がるのは炎上する木々と黒煙のみ。クロトの姿はなかった。


「ッ! 逃げたか!」


 荒々しくそう吐き捨て、和服の男は天童の方へと体を向ける。しかし、そこにいたはずの天童の姿も消えていた。

 不愉快そうに眉間にシワを寄せる和服の男は、


「何処だァァァッ! 隠れてないで出て来い!」


と、声を荒げると、乱暴に血桜を振り回す。

 すでに、抜刀・空による反動は消えているのか、和服の男が血桜を振る度に鋭い太刀風が吹き荒れ、炎を揺らした。

 返答は当然無い。気配も完全に消し、身を隠すクロトと天童に、和服の男は更に怒りと苛立ちを募らせる。


「ふざけやがって! テメェら、なめてんじゃねぇぞ!」


 和風の男は全身に精神力をまとう。膨大な精神力が溢れだし、血桜の刃が血のように赤く染まる。


「そこかっ!」


 振り向きざまに和服の男は血桜を振り抜く。刃は空を切る。だが、間違いなくそこには誰かがいた。その証拠に黒い毛が火の粉と共に舞っていた。

 刃が髪を掠めたのだ。

 そして、和服の男は不敵な笑みを浮かべる。すでにその目は捉えていた。先程までそこにいたであろう人物を。

 姿は黒煙で見えていないが、和服の男は確信し、右足を踏み込む。


「やはり、学習能力がねぇな! テメェは!」


 重心を右足へと乗せ、体を捻る。


「殺気で丸分かりなんだよ!」


 和服の男はそう口にし、妖刀・血桜を振り抜く。

 ――刹那、和服の男の脳裏に一つの疑念が生じる。


(ちょっと待て! さっきまで奴は反動で立つのがやっとだったはず――)


 疑念を抱くが、すでに血桜は振り抜いたあと。そして、太刀風と共に響くのは、鈍い金属音。火花が散り、衝撃が広がる。それにより、黒煙が吹き飛ばされ、視界が開けた。


「ッ!」


 目の前で血桜を受け止めるのは刀身の細い二本の剣。淡い緑色の刃は魔力を帯び薄っすらと輝き、僅かに風を吹かせる。


「な、何故、貴様がここにっ!」

「驚く事じゃないだろ。さっきまで、剣を交えてたのは俺なんだから」


 そう静かに告げ、クロトは顔を上げた。真っ直ぐな眼が交錯する刃の向こう側から和服の男を見据える。その眼に、和服の男はギリッと奥歯を噛み締め、鼻筋へとシワを寄せた。

 睨み合う二人。拮抗する力と力。その最中、クロトは静かに口を開く。


「殺気をまとっているから、天童だと思ったのか? だとしたら、お前は最初から天童に負けてる」

「くっ! 調子に乗るな! テメェと天童を間違えただけ、結果として何も変わってねぇんだよ!」

「……いや。お前は明らかに選択を間違えた。ちゃんと聞こえていたはずだ。天童の足音も、その動きも。だが、お前は殺気をまとった俺を天童だと思った。それは、お前自身が分かっていたからだ。お前を斬るのは、お前を倒すのは俺じゃなく――」

「ッ!」


 クロトの言葉に和服の男は理解する。だが、もう遅い。


「抜刀――」


 クロトを強引に弾き飛ばし、和服の男は右足を軸にし振り返る。

 一方、弾かれたクロトは全身の力を抜き、そのまま仰向けに地面へと倒れた。すでに結果は分かりきっている。故にクロトは叫ぶ。


「行けっ! 天童!」


 振り返った和服の男の視界に映るのは、重心を落とし腰の位置に鞘に収めた黒桜を構える天童。その眼が真っ直ぐに和服の男を見据え、


「――虚無!」


 脱力した右腕が、左手の親指で鍔を弾くと同時に黒桜を一閃する。音もなく、風もなく、ただ鯉口に刃が擦れ火花が僅かに散り、黒桜はその黒い刃を鞘の中へと収めた。

 瞬く間も無い一瞬の出来事。静寂が場を支配し、時が止まったかのような錯覚を生む。当然、それは錯覚であり、実際に止まったわけではない。倒れるクロトは背中を地面に弾ませ、燃え盛る炎は火の粉を舞わせる。

 何事も無いように、その場の空気は動く。

 倒れるクロトは天を仰いだまま、燃え盛る炎は揺れたまま、振り返った和服の男は目を見開いたまま。静かな時が流れる。

 薄っすらと開かれた唇から長く静かな吐息を漏らし、天童は瞼を閉じた。


「ぐっ……ぐふっ!」


 噛み締めた歯の間から血を吐く和服の男。その膝がゆっくりと地面へと落ち、同時にその体からは鮮血が噴き出し、そのまま仰向けに倒れた。

 止めどなく溢れる血が地面を赤く染め、和服の男の口からはヒューッヒューッと高音の呼吸音だけが漏れる。

 どれだけ息を吸おうが、和服の男の肺に空気が送られる事は無い。それほど深く、黒桜の刃が和服の男を斬りつけたのだ。

 間もなく和服の男は絶命する。意識があるのか、声が聞こえているのか分からない。そんな和服の男へと天童は静かに告げる。


「お前は選択を間違った……だが、それはお前だけが悪いわけじゃない。それと止める事の出来なかった私と剛鎧の責任でもある。お前がそうなるまで気付けなかった……」


 もの悲しげな眼を横たわる和服の男へと向ける。思い出されるのは幼き日の記憶。三人で天鎧の下で鍛錬をする懐かしき日の――色あせる事の無い日々の記憶。

 静かに息を吐き出す天童は、瞼を閉じた。


「もう苦しまずに静かに眠れ」


 天童のその言葉の後、和服の男は静かに息を引き取った。

 それを見届けたクロトは、小さく息を吐き、天童へと目を向ける。


「大丈夫?」


 クロトの言葉に天童は小さく頷く。だが、天童は限界だった。膝が震え、右腕はうなだれる。

 アレだけの速さで抜刀したのだ。当然、体に掛かる負荷も大きいのだ。

 この状態ではもう戦う事は出来ないだろうと、クロトは判断した。


「天童はここで休んでてくれ。あとは……俺がなんとかする」

「わ、私は……大……」


 一歩踏み出した天童だが、その膝が抜けたように地面へと落ちた。両手を地面へと着き、呼吸を乱す天童に、クロトは小さく息を吐き、


「無理はするなよ。今は休んでろって」

「し、しかし……」

「心配するな。他の皆も後から来る。だから、それまで休んでろって」


 ニシシっと笑い、クロトは右手の親指を立て突き出した。根拠なんて何も無い。だが、クロトは強い口調でそう言い笑う。

 その姿に天童は小さく息を漏らし、安堵したように笑む。


「わ、分かりました……。少しだけ……休ませてもらいます……」


 天童はそう言い、力を抜くとその場に横たわった。胸を上下に揺らし、呼吸を整え瞼を閉じる天童に、クロトは背を向けると、歩みを進める。


「ああ。ゆっくり休んでてくれ」


 クロトはそう告げると駆け足で木々の倒れるその合間を抜けていった。

 目指す先はすぐそこ。不気味な魔力の溢れる神殿だった。



 青苔の生えた柱が並ぶ巨大な神殿。広く殺風景な神殿内部に真っ黒な衣服に身を包むクロウの姿があった。

 祠を背にし佇むクロウは、閉じていた瞼を開き、その口元に薄っすらと笑みを浮かべる。

 広い神殿内部に響く静かな足音。靴の踵が美しい床を叩き、広々とした神殿内部に反響する。

 左腕には漆黒の手甲を装着し、白銀のロングコートを足元で揺らす。幼さの残る静かな面持ちに、綺麗な黒髪をたなびかせる青年は、穏やかな眼をクロウへと向け微笑した。


「おやおや……誰かと思えば……」


 目を細め、両腕を広げるクロウは蔑むような笑みを浮かべ、


「元白銀の騎士団団長にして、策に溺れた無能、ケリオスじゃないか」


と、挑発的に言い放つ。

 足を止めるケリオスは、ホルスターから銀の銃を抜き、銃口をクロウへと向けた。

 無言で引き金に指を掛けるケリオスは、爽やかな表情で、


「あなたを殺しに来ました。地獄の底から蘇って」


と、引き金を引いた。

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