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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
296/300

第296話 キミとは相容れない

 重い金属音が響き、火花が散る。

 大きく弾かれるゼットの右腕。その手に握るのは自分の背丈以上の槍。それが、ティオの振り抜いた土の剣、黒天と衝突したのだ。

 小柄な体格に似つかわぬその一撃に、大きく弾かれたティオの足は床を滑り、摩擦によりゴムの臭いが僅かに漂う。

 一方、ゼットは僅かに身を仰け反らせるだけだった。そんなゼットへと、続けてキースが踏み込む。腰の位置に煌めくのは刀身の細い剣。

 それを、外に払う様に振り切った。


「おっと!」


 ゼットはそう声を上げ、右手に持った槍の石突きを地面へと突き立てる。そして、両足で床を蹴ると、柄を握る右腕だけでその体を支え、逆立ちをしてみせた。


「ッ!」


 振り抜いた剣の刃が、地面に突き立てた槍の柄へと衝突し、火花が散る。逆立ちをしていたゼットは、体を跳ね上げた後に音もなく床へと着地し、後方へと跳んだ。

 流石に、間合いを取った。未だに背負ったままのもう一本の槍。それをまだ使わないと言う事は、ゼットはまだ本気ではないと言う事だった。

 ゼットが距離を取るのと同時に、柱の影へと身を隠したティオとキース。ゼットと真正面から戦える程、二人に余力は無い。

 レオナに治療してもらったと言えど、キースの体に蓄積されたダメージは短時間では完全に取り除く事は出来ていない。

 同じくティオもグラドとの戦いで大幅に消耗していた。

 故に、二人共満身創痍に近い状態だった。

 だが、ゼットは違う。まだまだ余裕。体力も有り余っている。そんな相手にバカみたいに真正面から突っ込むわけにはいかなかった。


「何々? かくれんぼ? 僕、そう言うの嫌いなんだけど?」


 柱の影に身を隠すティオとキースへと、ゼットはそう投げかける。だが、二人からの返答はなく、ゼットの声だけが虚しく反響していた。

 返答がなく、不満そうなゼットは、唇を尖らせると目を細める。


「何だよー。つまんねぇーなぁー」


 子供のように声を上げるゼットは、頬を膨らせる。だが、すぐに口元にイタズラっぽい笑みを浮かべ、身を屈めた。


「いいもんね! そっちが、戦わないなら――」


 ゼットが床を蹴る。その瞬間、「ッ!」と声を漏らし、ティオが柱の影から飛び出す。


「やっと出てきた!」


 そう笑みを零すゼットの視線がティオを見据える。二人の視線が交錯し、


「はっ!」


 頭上に振り上げた黒天が真っ直ぐに振り下ろされる。鈍い風切り音を奏で、振り下ろされた刃をゼットは軽快なステップで避け、体の正面をティオへと向けた。

 そして、体重を右足へと乗せ、低い姿勢から槍を突き出す。柄の一番下を握り締め、勢い良く放った槍はブレる事なく大気を貫く。

 重い黒天を振り下ろしたばかりのティオの反応は遅れる。その遅れはティオに回避と言う選択肢を失わせた。

 避ける事は出来ない。振り下ろしたばかりの黒天で防ぐ事も敵わない。


「貰ったっ!」


 ニシっと笑みを浮かべ、ゼットが叫ぶ。切っ先は真っ直ぐにティオの心臓を――刹那、金属音が響き、槍が下から叩き上げられた。それを行ったのはキース。ティオが柱の陰から出るのとほぼ同時に、キースも動いていたのだ。

 刃はティオの頭の上を通過し、ゼットは「惜しいっ!」と小さく舌打ちをする。と、同時にゼットは槍を引く。その瞬間にゼットは右手を柄から放す。柄が手の中をスライドしながら引き戻され、ゼットは柄のちょうど真ん中で手を握った。


「さぁ、次はどうかな!」


 もう一度、突きを放つ為、ゼットは左足へと力を込める。

 迎え撃つ為、腰の位置に剣を構えるキースは、重心を落とす。一方で、ティオもそれに対応する為に黒天を持ち上げ、構え直した。

 二人の眼差しに嬉しそうに笑みを零すゼットは、腰を回転させ、槍を突き出す。放たれた槍に、キースが剣を振り抜く。

 二つの刃が交錯し、金属音が広がり、火花が散る。突きの勢いを完全に殺したが、キースの剣は軽々と弾き返された。


「くっ!」

「振りは鋭いけど、力が足りないね!」


 ゼットはそう言うと左足へと体重を乗せ、右足を振り抜いた。小柄な体をめいいっぱいに伸ばし放つ上段蹴り。その蹴りがキースを胸板を打ち抜く。弾けるような甲高い打撃音が響き、キースの体は後方へと吹き飛んだ。


「イッ!」


 二度、三度と床を横転し、体勢を整えるキースは、片膝を着き口角から血を流す。

 そんなキースを横目でチラリと見たゼットは、右足を着くとその足を軸に回転し、そのままの勢いでティオへと右手の槍で突きを放つ。

 回転で勢いがつき、今まで以上に鋭い突き。その突きに対し、ティオは黒天の平を正面へと向ける。黒天の平へと槍の切っ先が衝突し、火花が散った。

 両足を床に踏ん張るティオだが、その体は軽々と弾かれた。一方で、ゼットも僅かによろけ、二、三歩後退する。


「ううーっ。し〜び〜れ〜る〜」


 衝撃で、槍の柄が激しく振動していた。


「くっ……ッ……」


 険しい表情を浮かべるティオは、奥歯を噛みその視線をゼットへと向ける。

 まだ、ゼットには笑みがこぼれていた。必死の二人に対し、未だに余裕のゼット。それだけ、力の差があるのだ。

 苦悶の表情を浮かべるキースは、剣の柄を握り直すと、呼吸を整える。

 乱れた黒髪の合間からゼットを睨むキースは、薄っすらと開いた唇から熱気のこもった息を吐いた。思考を張り巡らせる。ありとあらゆる可能性を考慮し、シミュレーションしていく。

 一瞬の後に、幾重もの答えを導き出すキースは、下唇を噛む。どれだけ考えても、ゼットに勝てるイメージが湧かない。

 柄を握る手が僅かに震える。悔しいが、ゼットは桁外れに強い。それを、まざまざと感じさせられた。


「キース!」


 目伏せたその瞬間、キースの耳にティオの声が響く。刹那、瞼を開き、正面を見たキースの視界に、ゼットの姿が映し出される。


「ッ!」

「もっと集中してくれないかなっ!」


 踏み込んだゼットが、力いっぱいに槍を振り抜いた。反応が遅れたキース。その脇腹を槍の柄が殴打する。


「うぐっ!」


 顔をしかめるキースの足が床から引き剥がされ、そのまま力任せに殴り飛ばされた。


「うっ……くっ……」


 二度、三度と床を転げたキースは左手で腹部を抑え蹲る。骨に以上は無いだろうが、激痛が体を襲っていた。

 ゲホッゲホッと咳き込み血を吐くキースに、ゼットは残念そうな眼差しを向ける。完全に背を向けるゼットへと、ティオは駆け出し、黒天を振りかぶった。

 だが、その瞬間にゼットは素早く反転するとティオへと槍を突き出す。


「くっ!」


 右足を踏み込みブレーキを掛けたティオは、体を大きく右へと傾け、突き出された槍をかわした。刃が僅かに左頬を掠め、ティオの頬に血が滲む。

 一歩、二歩と後退するティオは、瞬時に黒天を構え直した。

 距離をとり、ゼットを挟むキースとティオ。二人とも険しい表情を浮かべていた。

 そんな二人に対し、呆れたように肩を竦めるゼットは、鼻から息を吐く。


「もーっ。期待外れだよー。もっと熱い戦いがしたいんだよー。僕にもう一つの槍を抜かせる位は頑張ってよねー」


 左手を腰に当て、小さく頭を振る。

 眉間にシワを寄せるキースとティオは、言葉を呑む。何も言い返せない。それだけの差があったのだ。

 意気消沈の二人に、ゼットは不満そうに頬を膨らせる。


「何だよ何だよー。もう、終わり? やる気なし? つまんねぇー」


 サイアクーと、声を漏らしゼットは肩を落とす。

 それから、目を細め、鼻から息を吐いた。


「はぁ……僕、引き運ないなぁー。さっきも、全然手応えの無い女二人だったし……」


 不満げなゼットの言葉に、キースの表情が僅かに変わる。脳裏に浮かぶのは、ラルとルピー。あの戦場での隊列で、女二人の組み合わせは、あの二人しかいない。

 奥歯を噛み瞼と堅く閉じたキースは、拳を震わせる。あの二人なら大丈夫だと気にしていなかったが、あの戦場での二人の安否をキースは知らない。

 故に、動悸が激しくなり、心音が体内を鳴り響く。思考は完全に止まっていた。頭の中に繰り返されるのは、ラルとルピーの事ばかり。自分を慕い、信じ、ついてきてくれた二人の死。そのイメージがキースの脳裏に刻まれる。


「…………ッ」


 俯くキースは、強く歯を食い縛る。

 明らかなキースの変化に、ティオは気付いていた。その引き金となったのが、ゼットの"女二人”と、言う単語だった事も。

 ただ、何故この単語にキースがあれ程まで感情を露わにしたのかまでは、わからなかった。故にティオは少々戸惑っていた。

 正直、ここでキースの心が折られるのは得策では無い。いや、それは寧ろ最悪の展開だった。二人で相手をするのもやっとだと言う状況で、キースが戦意を失えば確実に戦力が落ちる。それだけは避けなければならない。

 奥歯を噛み締め、眉間にシワを寄せるティオは、黒天の柄を強く握り締めた。


「あーあ。もっと強い奴と戦いたいなぁー。前回は、まさかの竜王に一撃で殺されちゃったからねー。正直、不完全燃焼だったんだよねー。全力出せずに終わっちゃって」


 不満げに唇を尖らせそう口にするゼットに、ティオはピクリと右の眉を動かす。

 "前回”と言うのは恐らく、数年前に起きたと言う英雄戦争。ゼットが竜王と戦う機会があるとすれば、その時だけだ。


「あの時は、ちょっと後悔したかな。幾らなんでも無謀だったって。だからさ、今度は失敗しないようにしないとね」


 ニシシと笑うゼットに、俯くキースが静かに口を開く。


「お前……何の為に戦ってるんだ? 何故、英雄と共に旅をしてきたんだ?」


 俯いたまま問いかけるキースに、きょとんとした表情を見せるゼットは、肩を揺らし笑う。その笑い声が、壁に反響し不気味に部屋に響き渡る。


「何の為って決まってんじゃん。強い奴と戦う為だよ。英雄と旅をしたのも、それが理由だよ。それ以外ないじゃん」


 肩を竦めるゼットに、キースは静かに顔を上げ、ゆっくりと瞼を開く。


「そうか……。どうやら、僕とキミとは相容れない存在らしい」

「そうみたいだねー。僕もあんたの事は、あんまり好きじゃないから」


 無邪気な笑みを向けるゼットだが、その目は明らかな嫌悪感をキースへと向けていた。二人の視線が交錯し、静寂が場を支配する。

 とても割って入れる様な空気ではなく、ティオは黒天を構えたまま二人を見据えていた。

 沈黙が長く続く。そんな折、場が動き出す。動いたのは――キースだ。床を蹴り右肩を正面へと向け、右手に持った剣を左肩口へと構えた。

 それに遅れ、口元に薄っすらと笑みを浮かべたゼットは、体の正面をキースへと向け重心を落とす。


「いいね! その目! 僕を楽しませてよね!」


 槍を両手で握り、切っ先をキースへと向けた。

 キースの右足が力強く踏み込まれ、鋭く払うように右腕が振り抜かれた。細い刃が風を切り、遅れて――


「いっけぇーっ!」


 ゼットの掛け声と共に、槍が大気を貫く。

 両者の刃が――交わる事なく――通過する。槍の僅かに上をキースの剣が――。細い刃の僅かに下をゼットの槍が――。

 疾風が地下の広い一室に吹き抜け、両者の髪が激しく揺れる。点々と鮮血がこぼれ、


「――残念」


と、無邪気な笑みを消したゼットが眉間にシワを寄せた。

 キースの左頬から血が流れた。ゼットの槍はキースの顔の側面を掠め、そのまま突き出されていた。その刃には血が僅かに付着し、切っ先からは赤い雫が落ちる。

 顔色一つ変えず、ゼットを見据えるキースの肩が上下に動く。そんなキースの刃は右へと振り切っていた。だが、その刃はゼットを捉える事は出来なかった。

 屈み込む様な低い姿勢。ゼットは槍を放つ瞬間、キースが刃を振り抜いた瞬間、頭を下げた。上半身をこれでもかと、低くした。そして、腕力だけで強引に槍を突き出したのだ。

 故に、キースの剣はゼットの薄紅色の髪を掠め、その体の上を通過しただけだった。


「くっ……」


 互いに距離を取るように後方へと跳ぶ。その瞬間、ティオは動く。

 卑怯だと言われてもいい。今は、勝つ事を最優先し、背を向けるゼットへと迫る。飛び退くその着地の瞬間を狙っていた。

 ゼットに悟られぬように足音を極力まで消し、ティオは両手で握った黒天を振りかぶり左足を踏み込んだ。

 刀身の太い漆黒の刃に、ティオは魔力を込める。その行為にゼットは気付く。だが、すでに跳んだ後。体勢を変える事など出来ず、ゼットは左手を背負ったもう一本の槍へと伸ばした。


「チッ」


 小さな舌打ち。ゼットからすれば、不本意な事だった。こんな形で、もう一本の槍を抜く事になるのは――。

 赤褐色の柄に、赤みがかった不気味な細い刀身の槍。その柄を握った瞬間、ゼットの表情が僅かに歪む。

 その表情をティオは見逃さない。明らかに苦悶の表情だった。それほど、その槍が危険なものなのだと、ティオは直感する。

 だが、ここで危険性などを考えても仕方ない、とティオは奥歯を噛み締め、土の剣・黒天を振り抜いた。

 鈍い風切り音の後、澄んだ金属音が響き渡る。ティオの一撃を、不十分な体勢にも関わらずゼットは受け止めた。赤褐色の柄に赤みがかった不気味な刃の槍で。

 だが、空中で踏ん張りが利かず、ゼットの体はそのまま大きく弾かれる。


「おっとと」


 弾かれたゼットだが、すぐに体を強引に回転させると、両足を天井へと着いた。膝を曲げ、屈み込むようにし衝撃を吸収し、天井を蹴りそのまま床へと着地する。

 音も起てず、静かな着地を決め、ゼットはその視線をティオへと向けた。


「不本意だけど、二本目の槍を抜かされちゃったよ。まさか、抜くとは思わなかったんだけど……仕方ないね」


 何故か、残念そうに肩を落とす。目を伏せ、薄っすらと開いた唇から吐息を漏らす。

 右手に持っていた槍をゼットは投げ捨てた。乾いた音を起て、投げ捨てた槍が床を転げる。その音だけが地下室に広がった。

 すり足で右足を前に出すティオは、怪訝そうに眉を顰める。そして、キースも剣を構え直し、眉間にシワを寄せた。

 違和感があった。急に笑みが消え、明らかに雰囲気が変わった。槍が変わっただけで、何故、こんなにもゼットが真剣な顔をするのか分からない。

 二人の疑念に対し、ゼットはふっと、息を吐くと槍を構える。


「悪いけど……コイツを抜いたからには、オメェらとバカみたく遊んでらんねぇからな」


 ゼットの声質が変わった。無邪気で幼さの残る声が、何処か大人びた落ち着いた声に。

 寒気を感じるティオとキースの二人。ゼットの体から溢れる殺気が、広いその空間を呑み込んだ。

 殺気に呑まれたティオとキースは、目を見開く。逆立つ短い薄紅色の髪を揺らし、鼻筋にシワを寄せるゼットの目が不気味に赤く輝いていた。


「な、なんですか……アレは……」


 ティオが見開いた目を細め、眉間にシワを寄せる。魔族でも無いのに、赤い瞳。全身からは淡く魔力が溢れていた。とても、精神力を魔力に変換し、まとっていると言う風には見えない。

 鼻から息を吐くキースは、そんな事など気に留めず動き出す。


「き、キース!」


 ティオが声を上げる。だが、駆け出したキースは止まらない。その眼で見据えるのはゼット。そして、右足を踏み込む。

 刹那――


「もう遅いって。動きも、判断もさ」


 冷ややかな声と共に、ゼットの槍が突き出される。その速度は今までの比ではなく、風の音も起てず真っ直ぐに放たれた。

 だが、その刃は空を切った。


「はぁ……はぁ……ま、間に合った……」


 息を切らせるティオは、切っ先の平な土の剣・黒天を地面に突き立てていた。その黒天は僅かに魔力を帯び、その先にはゼットの槍を突き上げる土の壁があった。

 とっさに、ティオは魔力を地面に打ち込み、地面を隆起させゼットの突き出した槍を強引にかち上げた。故に、槍は天井へと伸び、キースがその壁の影から飛び出しゼットの懐へと入る。

 射程圏内にゼットと捉え、キースは右足を踏み込み重心を落とすと、左肩口へと構えていた剣を払うように振り抜く。


「だから、遅いって」


 ゼットは右腕を引く。と、同時に、突き出されていた槍がキースの横を風を切りながら戻り、ゼットの上半身を後方へと倒す。

 その瞬間にキースも気付く。


(蹴りか!)


 キースの目がゼットの左足へと向く。予想通り、ゼットの体重が右足へと乗り、左足が床から離れる。

 ゼットの体勢から、その蹴りが上段に来るとキースは判断し――


(関係ない! 振り切る!)


と、踏み込んだ右足へと体重を乗せ、腰を回し、右腕を振り――抜けなかった。

 振り抜く前に、ゼットの左足が、キースの右肩を痛打した。鈍い打撃音がキースの耳元で聞こえ、骨が軋む。


「ッ!」

「キース!」


 ティオは叫び、地面に突き立てた黒天を持ち上げる。だが、ティオが動き出すより先に、ゼットの右足の踵がキースの側頭部へと入った。

 一瞬の事だった。左の蹴りでキースの動きを完全に止め、右手を床に着き右足で地を蹴る。逆立ちする様に腕で体を支え、そのまま上体を捻り右足の踵をキースの側頭部へと打ち込んだ。

 頭蓋骨が軋み、脳が揺れる。そして、キースは吹き飛ぶ。激しく床の上を。

 動き、戦い方が、今までとは明らかに違う。故に、ティオは不可解そうに動きを止めた。


(なんだろう……。焦ってるのか?)


 疑念を抱く。ゼットのその動きに。あの槍を抜いてから、ゼットの動きは格段に素早く、鋭くなった。特に身体能力を強化したようには見えない。

 故に、ティオは違和感を覚えていた。それは、キースも同じだった。身体能力を強化したならば、全身に精神力の波動が漲るはずだが、ゼットが身にまとうのは魔力。人間であるはずのゼットが持っているわけが無い波動だった。

 だが、その理由は明らかだ。それは、ゼットが手にした槍。アレが何らかの特殊な効果を持つ武器なのだ。

 体を左右へと揺らしながら立ち上がるキースは、口から血を吐き出し、目を凝らす。まだ脳を揺らされた影響が抜けず、膝が震えていた。

 呼吸を整えつつ、ゼットを観察するキースは、剣の柄を両手で握り締める。

 不可解そうな二人の眼差しに、ゼットは静かに息を吐き出す。


「テメェらに説明する義理はねぇが、教えといてやるよ」


 突然のゼットの言葉に、ティオはピクリと眉を動かし、キースは複雑そうに眉間にシワを寄せた。


「コイツは、ソウルイーター。持ち主の魂を喰らい、持ち主の身体能力を向上する。今のテメェらには勿体ねぇ代物だ」


 今までと違い、口調が悪くなった。そして、額からは大粒の汗が溢れ出す。


「制限時間は五分。テメェらは五分間逃げ切れば勝ちだ。さぁ、勝負と行こうか? テメェらが生き残るか、全滅か!」


 地を蹴ったゼット。先に狙うのはティオ。ダメージを受け、ふらつくキースよりも、龍魔族であるティオを先に潰しておくべきだと判断したのだ。

 一瞬の後にゼットはティオの間合いへと入った。右足を踏み込んだゼットに対し、ティオは反射的に黒天を体の前へと出す。その瞬間、鈍い金属音が響き、火花と共に衝撃が広がった。

 ゼットの槍が一瞬の後に放たれ、黒天ごとティオの体を軽々と弾き飛ばす。


「ッ!」


 弾かれたティオは何とか両足を地面に踏み締め、勢いを殺す。だが、そんなティオに追い打ちを掛けるようにゼットの手から放たれる鋭い突きの連続。

 鋭い風音を立てる槍が、黒天の平へとぶつかり金属音と火花を何度も広げる。衝撃に後退せざる得ない。黒天の柄を握る手はその衝撃にピリピリとしびれる。

 表情を歪ませ、必死に堪えるティオに、ゼットは更に踏み込み力を込めた。


「よく粘るじゃねぇーか!」


 ソウルイーターを背が仰け反る程まで引いたゼットは、捻り上げた上半身を解き放ち、鋭く重い一撃をティオへと繰り出した。

 音もなく風が吹き抜け、衝撃が重音を轟かせ、黒天ごとティオの体を弾く。大きく体を仰け反らせ、黒天は頭上まで上がる。それにより、完全に腹部ががら空きになった。

 だが、ゼットはそんなティオに槍ではなく右足の蹴りを見舞うと、すぐさま反転し口元に薄っすらと笑みを浮かべ、槍を突き出した。

 澄んだ金属音が響き、キースが弾かれる。

 まだダメージが残っている中、キースは物音を起てずにゼットへと駆けていたのだ。

 しかし、ゼットは気付いていた。ソウルイーターが強化するのは、何も身体能力だけじゃない。五感全ても研ぎ澄まされていた。

 故に、キースの殆ど聞こえないはずの足音もその耳で拾っていたのだ。


「うくっ!」


 弾かれたキースは、膝から力が抜け尻もちを着きそのまま床の上を横転した。

 そんなキースを横目で確認したゼットは、再度反転するとティオを睨む。

 腹を蹴られたティオは、すでに体勢を整え、左足を踏み込み右腰の位置に黒天を振りかぶっていた。


「刃構築!」


 魔力を込めるティオが、そう叫ぶ。すると、黒天の漆黒の刃が輝く。眩い光は、ゼットの想像以上に研ぎ澄まされた視覚を遮る。


「ッ!」


 思わず目を伏せる。そうしなければならないほど、ゼットには眩く感じた。実際は、この薄暗い地下空間を僅かに照らす程度の光だが、今のゼットにはそれが閃光のように映る。

 眉間にシワを寄せるゼットに、踏み込んだティオは体を前へと押し出しながら、土の剣・黒天を振り抜いた。

 ――鈍い風切り音。その音だけでゼットはティオが黒天を振り抜いた事を理解し、すぐさまその場を飛び退く。

 五感全てが研ぎ澄まされた状態のゼット。当然、聴覚も視覚同様に向上していた。故に、その音でどのくらいの距離まで下がれば良いのか、その呼吸音から誰が何処にいるのかも瞬時に把握する。

 大きく空振りした黒天の太刀風がゼットの薄紅色の短髪を揺らす。堅く瞼を閉じるゼットは、左手で目を覆う。


「チッ……。しばらく、視覚は頼れねぇか……」


 右目を僅かに開いたゼットは、そう呟いた。その視野は完全に真っ白に染まっていた。どれくらいで視覚が元に戻るのかは定かでは無いが、時間の無いゼットはそんな事を気にせず、槍を構え直す。

 目は見えていないはずなのに、正確にティオを正面に捉える。ゼットはその音だけで、空間を認識していた。イメージしていた。

 故に、分かる。ティオのいる場所、キースのいる場所が。

 奥歯を噛むティオは、黒天を構え直し、目を細め考える。瞼を閉じるゼットの視覚が正常に戻るまで、どれくらいの時間が要すのかを。

 すぐに視覚が戻るなら、こうして考えている時間が勿体無いが、ゼットの反応から視覚が戻るまでは時間が掛かりそうだった。

 ジリッと右足を前へと出すと、ゼットは眉間にシワを寄せ、僅かに足を引いた。まるでティオとの距離を取るように。


(やっぱり、音で距離を測ってるのか……)


 どれほどの音まで聞き取れるのか、と言う疑問を抱きつつ、ティオは重心を落とし、息を一つ吐いた。

 無意識のその行動に、ゼットはピクリと反応し、やがて――


「そこか!」


と、声を上げ槍を突き出す。

 素早く突き出された槍は、真っ直ぐにティオの方へと伸びる。息を呑むティオは身を右へと傾け、槍をかわした。

 本当に目が見えていないのか、と疑いたくなる程、正確にティオの横をすり抜ける。かわしていなければ、間違いなく心臓を一突きされていた。

 音を起てぬ様に距離を取ったティオは、黒天を下段に構え、額から汗を零す。

 一方、ゼットは手応えが無い事に小さな舌打ちをし、


「外したか……」


と、眉間にシワを寄せ、僅かに首を傾げる。音を聞く為にそうしたのだ。

 息を殺すティオは、もう一度黒天を右腰の位置に構える。音など殆ど立てていないはずなのに、ゼットの顔は真っ直ぐにティオへと向けられていた。

 獣魔族以上の聴覚をゼットは身に着けていると、ティオは判断する。その事を考慮し、ティオは距離を取りやがて、動く。

 右足を軸にしその体を大きく回転させる。鈍く不気味な風切り音が、地下空間に響き、その音にゼットは訝しげに眉をひそめた。


「何の音だ……?」


 ボソリと呟くゼットの正面で、黒天を腰の位置に固定し右回りに回転するティオ。分厚い黒天の刃が大気を切り裂き、風を巻き上げる。

 その風で、柱に立てかけられていたランプの炎が揺らぐ。

 突如、吹き荒れる風に、ゼットの薄紅色の短髪は激しく揺れる。風など入る余地の無いこの地下空間に突如生まれた風。その風に、ゼットは耳を澄ます。


(何が起きてる?)


 瞼をゆっくりと開く。ゼットの視界はまだ完全ではなく、所々が霞んでいた。故に、ハッキリとティオの姿を捉える事は出来ない。

 そんなゼットの耳に届く。一つの足音。引きずる様なその足音が聞こえるのは後ろ。ティオが正面で回転しているとすれば、後ろにいるのはキースだけだった。

 だが、ゼットは気にしない。今、注意するべきなのはティオだと。

 野太い風音だけが響く中で、キースはクスリと笑い剣を肩口に構える。


「いいんですか? 背を向けていて……」


 呟くキースの声がゼットにはハッキリ聞こえた。と、同時に、野太い風音の中に別の風音が聞こえた。甲高く、鋭い風の音が。

 その瞬間にゼットは自分の判断ミスを悔いる。

 振り返る間もなく――


嵐穿らんせん


 キースの声が響き、風をまとった刃が背後からゼットの体を貫く。

 鮮血が弾け、背中から突き刺さった刃は肉を裂き、骨をも貫いた刃はゼットの腹部から突き出す。


「かはっ……」


 吐血するゼットは、目を細め、左手で腹部から突き出す刃を握る。口の周りを血で赤く染めるゼットは、顔を横へ向けると、そのまま後ろへと目を向けた。

 呼吸を乱すキースとゼットの視線が交錯する。


「不意打ちが……卑怯とは、言わないだろうな?」


 キースがそう言い、更に剣を押し込む。


「うぐっ!」


 苦痛に表情を歪めるゼットの食いしばった歯の合間から血が溢れる。

 そんなゼットは、全身に魔力を広げた。


「な、なめんなよ……テメェ!」


 体を貫かれながらも、その身を反転させ、強引にキースを払いのける。力なく床の上を横転するキースは、柱に腰をぶつけ「うっ」と呻き声を上げた。

 だが、すぐに口元に笑みを浮かべ、ゼットを見据える。


「いいのか? 僕の方へ、体を向けて」


 血で染まった右手で背中を押さえるキースの言葉に、ゼットは地下空間に響く野太い風音の事を思い出す。

 そして、瞬時に振り返り、ティオへと目を――


「大旋風!」


 回転していたティオは左足を踏み込み、腰の位置に構えていた黒天を振り抜いた。

 今までの野太く鈍い風音とは違い、鋭い風切り音。吹き抜けるのは一陣の疾風。黒天を振り切ったティオは、前傾姿勢で動きを止めていた。

 肩が揺れ、呼吸は乱れていた。

 そんなティオの先に佇むゼットは、「ゲホッ」と咳き込み同時に吐血する。遅れて、その体から鮮血が吹き出し、数本の柱が音を起て崩れた。

 鋭利な刃物で切られたような跡を残して。

 数本の柱が失われたことにより、天井に僅かに亀裂が生じ、微量の土が落ちた。


「う、うぅっ……」


 鮮血を大量に撒き散らせるゼットの右膝が床に落ちた。胸の高さを横切る様に深く切りつけられていた。肋骨を断ち切り、深くまで侵入した刃は、間違いなくゼットの心臓まで達していた。

 それでも、ゼットが息をし、肩を揺らしているのは、その手に持つ槍ソウルイーターの効果だろう。血を口から吐くゼットは、虚ろな目をティオを向ける。


「さ、流石に……やべぇ……」


 掠れた声でそう言うゼットは、左膝に手をつき、ケホッケホッと咳込んだ。

 血が派手に傷口から溢れ、ゼットの体は真っ赤に染まっていた。それでも、体を起こすと、その手に持った槍をゆっくりと構える。

 この状態でもまだ戦おうとするゼットの姿に、ティオとキースは戦慄を覚える。


「ま、まだ…‥まだ……戦える……」


 赤く血走った目をティオへと向け、ゼットは口元に薄っすらと笑みを浮かべた。

 寒気を感じる二人は息を呑む。畏怖する。圧倒的に異様な雰囲気を漂わせていた。


「ば、化物かよ……」


 口元を引きつらせるキースが、僅かに肩を揺らし苦笑する。


「戦闘狂……と、言うよりも、鬼神ですね……」


 両膝を震わせるティオは、黒天を構え直す。体力の限界はとうに超えていた。それでも、ふてぶてしくゼットを見据える。

 ティオとゼットの視線が交錯し、数秒。床を蹴る。

 一瞬にして加速するゼットは、右手に持った槍を振りかぶった。

 それに対し、ティオは半歩下がり、黒天を振りかぶる。だが、ガクンと左膝が落ちる。どれだけ強がろうが、どれだけ気持ちを強く持とうと、とうに限界を超えたティオの体には、踏ん張るだけの力すら残っていなかった。


「ッ!」


 奥歯を噛むティオの表情が歪む。


「ティオ!」


 キースは叫び立ち上がろうとする。だが、柱に激しく打ち付けた腰が痛み前のめりに倒れた。

 苦痛に表情を歪めるキースは顔を上げ、ゼットの背を睨む。

 右足を踏み込んだゼットは、勢い良く槍を突き出す。だが、血に染まったその手から槍がすっぽ抜け、やがてゼットの体は前のめりに倒れた。

 放たれた槍ソウルイーターは大きくそれ、柱の一本を貫きその向こうの壁へと突き刺さった。

 うつ伏せに倒れたゼットの体から溢れる濁ったような黒い血が、異臭を漂わせる。思わず左手で鼻と口を覆うティオは、眉間にシワを寄せた。

 そして、キースも右手で口と鼻を覆い、ゆっくりと体を起こす。


「な、何ですか……この異臭は……」


 ――腐敗臭。それが、突如として地下空間に広がった。

 そして、その異臭の発生源は――ゼットだった。怪訝そうにその姿を見据えるティオとキースは、やがて全てを理解し瞼を閉じ、息を深く吐いた。


「そうか……勝ったのか……」


 キースは呟き腰を落とす。


「ギリギリ……でしたけど……」


 苦笑するティオは脱力すると黒天の柄から手を放しそのまま仰向けに倒れた。汗の染みこんだオレンジブラウンの髪が床へとベッタリと張り付く。

 大きく上下に胸を揺らすティオは、瞼を閉じると両腕を広げた。

 もう動くことが出来ない程、限界だったのだ。

 それは、キースも同じで、その場に座り込み震える膝に手を起きうなだれていた。



 場所は変わり、先へと進んだクロト達は、地下通路を抜けていた。

 ちょうど、進んだ先に階段があり、それを上がっていった形だ。その先にあったのは、古城ではなく、大聖堂。いわゆる教会だった。

 美しく大きなステンドガラスが正面に彩られ、豪勢な聖女の像が対になるようにステンドガラスの横に並んでいた。床に敷かれた赤絨毯の上を歩むクロトは、目を凝らす。

 薄暗いその中、ステンドガラスから差し込む光の前に、人影が一つ。

 背中には刀身の太い白刃、聖剣レーヴェス。傷だらけの漆黒の胸当てと手甲を身にまとう勇者アルベルトは組んでいた腕を解くと、右手をレーヴェスへと伸ばす。


「ここまで来るとは思わなかったぞ」


 レーヴェスの柄を握り締め、アルベルトは真っ直ぐな目を向ける。その目が見据えるのは、クロトよりも後ろにいる現勇者レッド。

 レッドに肩を借りていた天童は、ゆっくりとレッドから離れ壁へと背中を着いた。

 ライを抱えるクロトは、横目でレッドを見据え、奥歯を噛む。ゆっくりと歩みを進めるレッドは、クロトの横を追い越すと、腰にぶら下げる二本の剣を抜いた。

 刀身の細い白刃の二本の剣を構えるレッドは、深く息を吐くと、


「ここは、僕に任せてもらえませんか」


 静かにそう告げるレッドに、クロトはピクリと眉を動かす。

 不安はある。相手がレッドの父であり、元勇者であるアルベルトだからだ。

 任せて大丈夫だろうか、と答えに迷っていると、


「お、おい……下ろせ」


と、今まで意識のなかったライが、虚ろな眼をクロトへと向けていた。

 目を覚ましたライに、驚いたクロトは慌ててその場にライを下ろした。


「め、目が覚めたんだな」


 小声でクロトが尋ねると、「ああ」とライは静かに答えた。

 まだ、本調子じゃないのか、ライは右手で頭を押さえ、眉間にシワを寄せる。


「大丈夫なの? あんた」


 ぼんやりするライへと、不安げにレオナが尋ねる。すると、ライは顔を上げ、レオナの目を見据え、首を傾げた。


「レオナ? なんで……あんたがここに?」

「あんたじゃないでしょ!」


 レオナはライの両頬を引っ張り、不満そうに額をぶつける。


「いらい! いらいっ!」


 頬を引っ張られるライは、涙目で声を荒げる。そんなライに、レオナは頬を膨らせると、ライの頬から手を放し、呆れたように息を吐く。


「死にかけたあんたを治療してあげたの!」

「そ、そっか……で、ここ何処だ?」


 両手で頬を擦り、ライは細めた目で大聖堂を見回す。だが、すぐに膝に手を置くと、


「まぁ……何処でもいいか……」


と、腰を上げる。

 そして、クロトの右肩に左手を起き、レッドの背中へと目を向けた。


「ここは、俺らに任せとけって」


 ポンポンとクロトの肩を叩いたライが、静かにそう口にする。だが、クロトは心配そうな眼差しを向け、鼻から息を吐いた。


「分かった……。とりあえず、ここは、三人に任せる」


 クロトの言葉にレッドは、一瞬不満そうな表情を見せた。そんなレッドにライはひらひらと右手を振る。


「不満そうな顔すんなよ。俺は本調子じゃないんだ。後ろからサポートするだけ。レオナだって、戦闘要員じゃねぇーよ」


 ライの言葉にレッドは小さく頷き、


「そうしてもらえると助かります。すみません」


と、丁寧に答えた。


「て、わけだ。悪いな。クロト」

「いや。こっちこそ、目覚めたばっかりなのに……」

「気にしないでいいわよ。そもそも、ライは――」

「だーっ! うるせぇうるせぇ! 小姑か! いいから、クロト! お前は先に行け!」


 声を荒げ、そう怒鳴るライに、苦笑するクロトは、


「ああ。それじゃあ、任せるよ」


と、クロトは三人に背を向け、天童の方へと足を進めると、肩を貸し大聖堂を後にした。

 静まり返った大聖堂。

 対峙するレッドとアルベルト。

 二人の勇者と二本の聖剣。

 親であり子であり、師であり弟子でもある二人の視線が交錯する。

 呆れたようにジト目を向けるアルベルトは、深く息を吐くと聖剣レーヴェスを構えた。


「……レッド。残念だ。お前を、この手で殺す事になるとは……」


 静かな口調でそう告げるアルベルトに、レッドは表情を変えずすり足で右足を出す。白刃の二本の剣を下段に構えた。

 この緊迫した空気の中、背筋を伸ばすライは鼻から息を吐くと、ナイフをその手に取った。


「さて……。んじゃ、俺がお前に合わせるから、お前は全力で戦っていいぞ。レッド」


 基本的に単独で戦うレッドが、ライに合わせて戦うのは無理だと、判断したのだ。パーティーとして組んで戦う事を基本としていたライの方が、他人に合わせる事が出来る。

 故に、ライはサポートに回る事にしたのだ。本調子でない事もその理由ではあるが――。


「すみません。本来なら、僕一人でやらなきゃ行けない事なんですが……」

「気にすんな。同じ連盟のメンバーだろ」

「そうよ。それに……これ以上、仲間を失うのは嫌よ」


 悲しげにそう告げたレオナは唇を噛んだ。コーガイの事を思い出したのだ。


「話は済んだか?」


 アルベルトはそう尋ねると、前傾姿勢で地を蹴った。

 それに合わせるようにレッドが地を蹴り、ライもスライドするように横に動く。レッドの邪魔にならないように、レッドの動きに合わせる為に、二人の姿を確実に視界に収めておきたかったのだ。

 そして、レオナは壁際まで移動し、杖を胸の高さにかざす。

 三人が自分のすべき事を理解し、行動していた。

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