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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
最終章 不透明な未来編
293/300

第293話 クロトと冬華

 微笑するクロトは、首を傾げる。

 あまりにも冬華の反応が薄いからだ。

 目を見開き硬直する冬華。その瞳が薄っすらと潤む。

 感動の再会。そんな演出を感じているのだろうと、クロトは瞼を閉じると自然と両腕を開いた。

 抱きついてきてもいいぞ。

 そう言う意図の現れだった。

 しかし、暫しの沈黙の後――


「あだっ! 痛っ! ちょ、ちょっと! と、冬華さん?」


と、クロトが声を上げた。

 悲鳴にも近い声を上げた理由は、


「あんた、本当に黒兎でしょうね!」


と、疑いの眼差しを向ける冬華が槍の切っ先でクロトを軽く突いていたからだ。

 軽く皮膚に当たる程度の突きの為、実際は痛いと言うよりもこそばゆいと言う方が正しい。

 槍を動かす手を止める冬華は、ジト目を向ける。完全に疑いの眼差しに、クロトは苦笑し、右手の人差し指で頬を掻いた。

 すると、冬華は一層眉間にシワを寄せ、


「夢?」


と、もう一度クロトを槍の切っ先で突いた。


「い、痛いって! てか、夢か確かめるなら、自分の頬をつねりゃいいだろ! なんで突くんだよ!」


 不満そうにクロトがそう言うと、冬華は槍を下ろし頬を若干膨らませた。


「死んだはずでしょ? なんでいるのよ?」


 腕を組み顔をそむける冬華に、クロトは目を細め、鼻から息を吐く。それから、俯き儚げな目を浮かべる。

 急に黙りこんだクロトを不思議に思ったのか、冬華はチラリとクロトの方へと視線を向けた。


「クロト?」


 小首を傾げる冬華に、クロトは頭を二度振り、気合を入れると、


「ああ。なんでもない。とりあえず、俺は死んでないよ。ここにいるのがその証拠だ! まぁ、奇跡的に致命傷を免れたって事だ!」


と、腰に手を当て、胸を張り明るく答えた。

 冬華に心配させたくなかった。いや、こんな思いをさせたくなかった。だから、クロトはセルフィーユの事はあえて伏せた。

 冬華にこれ以上、何かを背負わせたくない。そうクロトは思ったのだ。

 何処か、ぎこちない笑みだったのだろう。冬華は納得していない様子だった。

 だが、すぐに吐息を漏らし、冬華は視線を逸らした。


 ちょっと強引過ぎただろうか?


 そう考えるクロトだったが、もう言ってしまったものは仕方ないと、強引に押し切る事にした。


「まぁ、俺の日頃の行いがいいからだな!」

「何処がよ!」

「イダッ!」


 冬華は槍の切っ先でもう一度クロトを突いた。

 ここが戦場で、今まで激闘と繰り広げていたとは思えぬ程、二人の空気感は和やかだった。

 その光景に、周囲の者はただただ呆然としていた。

 そんな中だった。唐突に高濃度の魔力の波動が広がる。瞬時に反応を示すクロトは、古城の方へと体を向けた。

 同じく、冬華もその視線を古城へと向ける。

 ケルベロス、クリス、天童もまた古城へと視線を向けた。まだ、戦えるような状態じゃない。それでも、三人は静かに立ち上がり、奥歯を噛み締める。


「いやいやいや。まさか、ここまでやるとは思わなかったよ」


 幼さの残る声が響くと同時に、高濃度の魔力の集まるその先で空間の裂け目が生じる。

 五つの空間の裂け目。その真ん中からゆっくりと歩み出てきたのは、真紅のローブに身を包む魔術師だった。

 群青の髪を僅かに揺らすその魔術師は、魔導義手の右手を顔の横で握り締める。一体、何処で何をしていたのかはクロトと冬華の知る所ではないが、そのローブはすでにボロボロだった。

 しかし、外傷は殆ど見られず、その身にまとう魔力も激しく迸っていた。不気味な程赤く血走った眼を向ける魔術師に、冬華は険しい表情を浮かべる。


「あいつ……」


 冬華の呟く声が、クロトの耳に入った。どうやら、クロトよりも冬華の方があの魔術師とは因縁が深そうだった。

 冬華を背にするクロトは、手にした黒刀を構え、真っ直ぐに魔術師と、その後方に開いたままの空間の裂け目を見据える。

 大手を広げる魔術師は、肩を揺らすとケルベロス、クリス、天童、クロト、冬華の順に目を向け、最後にデュバルとセラへと顔を向けた。

 すでに息も絶え絶えの皆の姿に、小さく首を振る。


「しかし、随分とお疲れのようだな」


 不敵な笑みを浮かべる魔術師に、ケルベロスは眉間にシワを寄せる。開いたままの空間の裂け目から、まだ誰かが出て来る事は容易に想像がついた。

 四つあると言う事は残り少なくとも四人は出て来ると言う事になる。

 ケルベロスを含め、天童もクリスも戦える状態ではない。もちろん、デュバルもセラもだ。

 誰が出て来るのかは分からないが、こんな状況でまともに戦えるとは思えなかった。

 険しい表情のケルベロスに、魔術師はクスリと笑う。


「そう険しい顔をするなよ。すぐに殺してやるから」

「だったら、その後ろのものは閉じて貰いたいものだがな」


 魔術師に対し、クリスが苦笑しながらそう口にした。

 当然だが、魔術師は肩を竦め首を振った。


「おいおい。馬鹿か? 死にかけのお前らを相手に、俺が自ら手を下すわけねぇーだろ!」


 大笑いする魔術師に、クリスは不快そうに目を細める。

 そんな時だ。


「何が面白いんだ?」


 開かれた空間の裂け目から雄々しい静かな声が響き、傷ついた漆黒の鎧に身をまとうかつての“勇者”アルベルトが姿を見せる。

 背に背負うのは聖剣レーヴェス。美しい刀身の太い真っ白な刃をきらめかせる。


「今度は、もっと強い奴と戦いたいなぁー」


 無邪気な幼さの残る声が響き、背丈の低いまだまだ幼さの残る顔立ちの少年。かつて英雄と共に戦った“怪童”ゼットが、頭の後ろて両手を組み空間の裂け目から姿を見せた。

 その背には明らかにゼットには不釣り合いな二本の大きな槍を背負い、短髪の薄紅色の髪を揺らしていた。


「……相変わらずの戦闘狂だな」


 静かな声が続けざまに響き、草鞋に和服姿の“剣豪”蒼玄が姿を見せた。

 長い銀髪を結い、それを左右に優雅に揺らし足を進める蒼玄は、腰に差した刀と脇差しに肘を置き、静かな面持ちをゼットへと向けていた。

 そんな蒼玄の眼差しに「えへへー」とゼットは照れ笑いを浮かべる。


「流石は元・英雄のパーティーの一員。余裕だな」


 最後に空間の裂け目から出てきたのは、白銀の騎士団団長ゼフだった。純白のマントに真っ白な衣服に身を包んだゼフは、赤褐色の髪を右手でかき揚げる。

 落ち着いた面持ちのゼフは、小さく息を吐くと周囲を見回す。

 すでに死した白銀の騎士の面々に、聊か残念そうな表情を浮かべる。


「まさか、私以外全滅とは……白銀の騎士団の名も地に落ちたものだ」


 小さく首を振り、蔑むような眼差しを向けるゼフに、天童は奥歯を噛む。決して彼らが弱かったわけではない。

 そんな風に言われるような無様な戦いをしたわけではない。そんな彼らに対し、敬意も払わぬその言い草が天童は許せなかった。

 だが、言い返すだけの余力もなく、ただ奥歯を噛み締めるだけだった。

 空間の裂け目が静かに塞がり、五人が横に並ぶ。真ん中に魔術師。その右側にアルベルト・ゼフ。左側にゼット・蒼玄と並ぶ。

 圧倒的な空気感を漂わせる五人に対し、絶望的な状況のクロト達。この状況でどうすればいい、とケルベロスは考える。

 魔力開放を使えば、それなりに戦う事は出来るだろう。だが、この人数を相手には流石に無謀だ。思考を張り巡らせるケルベロスだが、良い案は浮かばない。体力を消耗していた為、思考がうまく回っていなかった。


「さて……どうしたものか?」


 この状況下で、クロトは腕を組むと右手を口元へと当てそう呟いた。


「ちょ、ちょっと! な、何、呑気に言ってんのよ!」


 あまりの落ち着きっぷりに、後ろで冬華が慌ただしく声を上げる。

 正直、クロト自身も自分のあまりの冷静さに驚きを隠せない。いつもなら、焦ってしまうはずなのだが、何故だが今日は落ち着いていられた。

 それは、自分の後ろに冬華がいるからだろう。それだけで、クロトは落ち着き、気持ちは楽だった。


「まぁ、焦ってもしょうがないだろ?」

「そんな事言ってる状況? 少しは慌てなさいよ!」

「いやいや。こう言う時ほど、冷静にならなきゃダメだろ?」


 肩を竦め、クロトは首を振った。一瞬だが、冬華はムッとした表情を見せた。だが、すぐに深呼吸をし、気持ちを落ち着ける。


「それで、どうする気? 戦うの?」

「うーん……。戦うのは得策ではないと思うけど……」

「お前達に戦わないって選択肢があるわけねぇだろ!」


 唐突に声を上げた魔術師は、右手を空へとかざす。その手の平には魔力が圧縮され、炎が球体状に集まっていた。

 目を細めるクロトは、そんな魔術師を見据えた後に、チラリと冬華の方に顔を向ける。


「だ、そうだ。戦うっきゃないっぽい」

「ないっぽいじゃない! もう! いっつもそうなんだから!」


 いつも通りの冬華の態度に、思わずクロトは笑みをこぼす。なんだか、懐かしい感覚だった。

 だが、その態度が気に障ったのか、冬華は不満そうに頬を膨らせる。


「真面目にやりなさいよ!」

「いやー。俺は至って真面目なんですけど……」


 肩を落とすクロトはそう答え、右手で頭を掻いた。

 そんな二人のやり取りに、魔術師は不愉快そうに鼻筋にシワを寄せ、


「なめてんじゃねぇぞ!」


と、声をあげ、その手に集めた炎をクロトと冬華へと目掛け投げつける。


「クロト!」


 ケルベロスが叫び、クロトの方へと顔を向ける。

 刹那、クロトは右手を正面に出すと、


「属性強化! 水!」


と、右手を水の膜で覆う。そして、そのまま炎の玉を右手で受け止めた。

 衝撃がクロトの体を僅かに押すが、すぐにその動きは止まり、激しい蒸気が周囲へと広がる。熱気が後ろにいる冬華にも伝わり、額からは汗が溢れる。

 当然だが、受け止めているクロトはもっと熱い。水で覆ったとは言え、直に炎に触れている為、その水は沸騰し、右手は赤くなっていた。

 それでも、クロトは奥歯を噛み、「ぬっちゃっ!」と言う掛け声と共に炎の玉を空へと投げ飛ばした。炎の玉はそのまま空で弾け、火の粉だけを地上へと降り注ぐ。


「ぬあーっ! あっつ! 右手が熱っ!」


 右手を振りながらそう声を上げるクロトは、涙目で赤くなった右手を見つめていた。

 そんなクロトを蔑む様に見据える冬華は、


「あんた……馬鹿でしょ?」


と、呟き大きなため息を吐いた。

 一方で、ケルベロスとクリスは安堵したように息を吐くと同時に、呆れたような眼差しを二人に向ける。ハッキリ言って、この状況であんなにも落ち着いたやり取りが出来るのが不思議だった。

 そんな二人の態度はやはり魔術師には不快だったのだろう。奥歯を噛み、鼻筋にシワを寄せ、二人を睨みつけていた。


「さて……どうする?」


 勇者・アルベルトは隣に佇むゼフへと目を向ける。


「やるしかあるまい。相手が誰であろうとな」


 そう答えたゼフは剣を抜く。


「だよねー」


 頭の後ろで手を組むゼットは無邪気にそう答え、静かに背負っていた槍を手にとった。

 そんなゼットの隣で、


「気は進まんがな……」


と、静かに呟き、蒼玄は月下・夜桜を抜いた。

 完全に四人が臨戦態勢へと入った時だった。唐突にベルがなる。

 黒電話のような甲高い音だった。


「な、なんの音だ!」


 突然の音に魔術師がそう怒鳴り、周囲を見回す。

 一方で、クロトは真後ろから聞こえるその音に、恐る恐る振り返る。


「な、なぁ、その音って……」


 クロトが振り返ると、冬華と視線がぶつかる。


「ど、どうしよう? これ……」


 冬華はポケットから取り出したスマホをクロトへと見せる。明らかに黒電話の音は、そのスマホからなっており、画面には非通知とデカデカと映っていた。

 目を細めるクロトは、口角を引きつらせる。


「え、えっと……それ……お前の? 着信音……こえぇぞ」

「ち、違うわよ! ここに戻る時に渡されたの! てか、で、電話……で、出てよ」

「いや……そこは、お前が出るべきだろ? お前が預かったんだから」


 クロトがそう言うと、冬華は渋々画面をスライドし、スマホを耳に当てる。


「も、もしもし?」

『ふふふっ……私……イエロちゃん。今……あなたの後ろにいるの……』


 スマホから聞こえたその声に、


「キャアアアアアッ!」


と、冬華は悲鳴を挙げ、スマホを放り投げた。

 それと、同時だった。冬華の背後に複数の空間の歪みが生まれ、それが空間の裂け目となる。


「ちょ、ちょっと! と、冬華さん?」


 怯えた冬華に抱きつかれ、クロトは狼狽する。それでも、その眼は、現れた空間の裂け目を見据える。

 一体、何があったのか。どうして、冬華がこんなに怯えているのか、そう考え、クロトは息を呑む。

 だが、次の瞬間――


「じゃじゃーん! イエロちゃん登場なのですよ!」


と、場の空気をぶち壊すニワトリのきぐるみを身にまとう女性が、元気よく飛び出してきた。

 真っ白な翼をパタつかせ、赤いトサカを揺らし、緊張感のへったくれもない風貌で笑みを浮かべる。

 だが、そんな彼女の登場に、魔術師だけが目を見開き、息を呑む。


「ば、馬鹿な……お、お前は、し、死んだ……はず……」


 驚愕する魔術師に対し、イエロは右の翼をピーンと上げる。


「お久しぶりなのですよ」

「ふ、ふざけるな! 何故、お前が生きてる!」


 声を荒げる魔術師に、小さく首を傾げるイエロは、


「何故……ですか? それは、私が生き残る為の最善の対策をしておいたからなのですよ? それでも、生き残る可能性は一割にも満たない未来だったのです」

「貴様には未来が視えている……そう言いたいのか?」


 魔術師が鼻筋にシワを寄せ、そう問いかける。すると、イエロは右の翼を口元へと当てた。


「うーん……未来は、刻々と変化しているのです。私に視えているのはあくまで可能性の世界の断片なのです。ハッキリと未来がこうなると言うのは分からないのですよ?」


 微笑し答えるイエロに、魔術師はギリッと奥歯を噛む。今までの余裕が嘘のように失われ、その額から溢れ出す汗が、魔術師の焦りを表していた。

 アルベルト、ゼット、蒼玄、ゼフの四人は、何故、魔術師が焦っているのか分からず、顔を見合わせる。

 一方、クロト達は、未だイエロの登場に呆然としていた。正直、状況を呑み込めていなかった。冬華に至っては、クロトに抱きついたままガクガクと震えていた。


「と、冬華。そ、そろそろ、離れてくれると助かるんだけど?」

「お、お化け……お化けはダメなの……」

「いや、お化けじゃなくて、イエロだから! 生きてるから!」


 クロトがそう言うと、胸に顔を埋めていた冬華が顔を離し、


「ほ、ホント?」


と、涙で潤んだ目をクロトへと向けた。思わずドキッとしてしまう冬華の仕草に、クロトは視線を逸らした。

 耳が真っ赤になる程、顔は赤かった。正直、こう言う不意の冬華の仕草は、破壊力が凄まじかった。

 ゆっくりと離れる冬華は、グスンと鼻を啜りその視線をイエロへと向ける。冬華の視線に気付き、顔を向けるイエロは、にぱっと笑う。


「ラブラブなのですね」


 余計なイエロの発言に、冬華は顔を真っ赤にすると、


「そ、そそそ、そんなんじゃないんだから!」


と、クロトの腹部へと右拳を叩き込んだ。


「ふがっ!」


 不意の一撃にクロトは一発ノックアウト。腹部を押さえ膝から崩れ落ちる。

 何やら冬華が声を荒げているが、クロトの耳には入らない。それほど、腹部への一撃が強烈だった。

 そんな空気の中、ようやく魔術師の後ろに佇む四人が動く。


「クロト!」


 ケルベロスが叫ぶ声と共に、クロトの右側に姿を見せたのは――


「もうそろそろ、僕の相手もしてほしいなぁ」


 幼さの残る顔に無邪気な笑みを浮かべたゼットだった。


「ッ!」


 すぐさま立ち上がったクロトは、反射的に冬華の背中を押す。


「キャッ!」


 思わず悲鳴を上げる冬華の体は地面へと前のめりに倒れ、その上をゼットの振り抜いた大きな槍が通過する。

 金属音の後、クロトの体は軽々と吹き飛ばされる。手にしていた黒刀で槍を何とか防いだ。それでも、軽々とクロトは弾かれ、数十メートルも後退させられた。

 僅かに前のめりになるクロトは、顔を挙げゼットを見据える。だが、次の瞬間、背後に強力な波動を感じ、振り向く。


「反応が遅いな」


 すでに重心を落とし、十分な体勢で聖剣レーヴェスを腰の位置に構えるアルベルト。彼の鋭い眼がクロトを真っ直ぐに見据える。


「属性――」

「神撃・一閃」


 踏み込まれた左足に全体重を乗せ、アルベルトは聖剣レーヴェスを横一閃に振り抜いた。聖力を注ぎ込まれた刀身の熱い白刃は、これでもかと光輝く。

 衝撃が広がり、クロトの体は宙へと投げ出される。属性硬化が間に合わないと踏み、クロトは強引に手にしていた黒刀でレーヴェスを受けた。

 刃こそ防いだが、それでも力負けし、軽々と地面から足を引き剥がされた。


「クロト!」


 冬華が叫ぶ。その声に、クロトは気付く。すでに跳躍し、自分よりも高い位置にいる剣豪・蒼玄の姿に。

 流石に体勢を整える事の出来ない空中では、蒼玄の一撃を防ぐ手立てはなかった。


「くっ!」


 奥歯を噛むクロト。


「閃空!」


 蒼玄は手にしていた刀、月下・夜桜を体ごと真っ直ぐにクロトへと振り下ろす。

 刹那、二人の間に歪が生まれる。


(空間転移!)


 クロト・蒼玄、二人がほぼ同時にそう悟る。と、同時に歪が開かれ、蒼玄はその中へと姿を消し、やがて魔術師の後ろへと投げ出された。

 一方、何事もなく地面へと落ちたクロトは、腰を擦りゆっくりと立ち上がる。


「悪いのですが、ここで、クロクロを失うわけにはいかないのですよ」


 イエロののんびりとした声が周囲に響く。空間転移を仕掛けてきたのは、イエロだった。魔力の消費が大きい空間転移をいともたやすくやってのけるイエロは、相変わらず笑みを浮かべていた。

 そんなイエロを睨むのは魔術師。群青の髪を逆立てるように全身を高濃度の魔力が覆い、今にもイエロに喰い付きそうな迫力があった。

 それでも、怒りを抑え、


「邪魔してんじゃねぇよ!」


と、イエロへと声を張った。

 しかし、イエロはマイペースに事を進める。


「邪魔だなんて人聞きが悪いのですよ? そもそも、邪魔も何も、いきなり仕掛けて来たのはそっちなのです。文句を言える立場じゃないのですよ?」


 プンプンと腕を組み頬を膨らすイエロに、魔術師はギリッと奥歯を噛み締める。イエロのペースに乗っては行けないと分かっていた。だからこそ、魔術師は怒りを必死に抑える。

 血走った眼を向ける魔術師に、イエロはクルンと回転し、


「あなた方の相手はちゃんと連れて来ているのです。慌てないでほしいのですよ」


と、宣言し、先程からイエロの後ろで開きっぱなしの空間の裂け目へと体を向ける。

 そんなイエロの宣言と共に、空間の裂け目より複数人が投げ出される。なんとも乱暴に。


「イテッ! な、何しやがんだ!」


 そう声を荒げるのは、小柄な体に金色の髪。そして、獣耳をピンと立てる獣王ロゼの息子、シオ。


「もう……な、何よ……」


 紺色の髪を揺らし、頭の上の獣耳を前に倒し、打ち付けたお尻を右手で擦るルーイット。


「こ、ここは?」


 訝しげな表情を浮かべ腕を組むティオ。


「死んだわけじゃねぇーよな……」

「ああ。全員一応、生きてるっぽいぞ」


 自分の体をまじまじと確認するウォーレンと、鋭い眼光で周囲を見回す剛鎧。


「どうやら、イエロの仕業のようだな……」

「そう、みたいですね」


 呆れたようにイエロを見据えるのは、同じギルド連盟のメンバー、アオとレッド。


「ちょ、ちょっと! 空間転移するなら、もう少し丁寧にしてよ。こっちの二人は重傷なんだから!」


 乱暴な空間転移の仕方に抗議の声を上げるのはレオナ。その足元には意識のないキースとライの姿があった。

 すでに体中に傷を負っている面々の姿に、魔術師は呆れたような目を向け、笑いを吹き出す。


「ふっ……おいおい。その中の何人かはすでに敗北者だろ」


 首を振り蔑む目を向ける魔術師に対し、イエロは空間の裂け目を閉じ静かに告げる。


「確かに、一対一では、元・英雄のパーティーだった彼らには敵わないのですよ」


 にぱっと笑みを浮かべるイエロは、愛らしく頭を右へと傾ける。その仕草に完全に魔術師が切れた。

 俯き、ブツブツと口遊む魔術師は、やがて、ゆっくりと顔を挙げる。怒りに血走った目は真っ直ぐにイエロを見据え、憎悪が渦巻いていた。


「お前ら……全員! 俺がぶっ殺してやる!」


 魔術師のその宣言に、アルベルト・ゼット・蒼玄・ゼフは一瞬、不快そうな表情を浮かべる。だが、すぐにこの場にいては巻き込まれると理解し、


「俺達は下がるぞ」

「巻き込まれちゃたまんないもんね」

「ああ……」

「行きますか」


 と、四人とも同じ意見を口にし、その場を足早に立ち去る。

 しかし、それを追うものはいない。なぜなら、目の前には膨大な魔力を放出し、鬼の形相を浮かべる魔術師の姿があったからだ。

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