第27話 囚われ者と 待つ者と
「ん……んんっ?」
僅かな揺れと、奇妙な機械音でクロトは目を覚ました。目の前に広がるのは鉄の天井、鉄の壁。そして、鉄格子。何故、こんな所にいるのだろうか、と考えたクロトだったが、体に痛みが走りすぐに考えるのをやめ、小さく息を吐いた。
ボンヤリと鉄の天井を見上げ、右腕を額へと乗せる。魔力を使い果たした所為なのか、体がダルく頭も妙にモヤモヤとした感覚だった。
ゆっくりと額の上に置いた右手を持ち上げ、その手で右目を覆う。何の異常も感じられず、何も変わってはいない。その事に安堵した様にクロトは深く息を吐くと、静かに体を起こし、軋むベッドの上にあぐらを掻いた。
「イッ……」
節々が痛み表情を歪めたクロトは、壁に背を預け大きく肩を上下に揺らす。
「あぁー。痛い……。何で、俺がこんな目に……全く……」
小声でボヤキ、また深く息を吐く。そこで気付く。自分の両腕に付けられた奇妙なリングに。金色のシンプルなリングだが、気を失う時にはこんな物をつけていなかったはずだと、クロトはそのリングに触れた。
その瞬間、体中に電流が走り、クロトを飛び上がらせた。
「うぐっ! がぁぁぁっ……」
強い電流にクロトは意識を失いそうになったが、何とかギリギリの所で堪え、ベッドの上で苦悶に蹲っていた。すぐに理解する。このリングが拘束具である事を。そして、自分が囚われたのだと言う事を。
奇妙な機械音の正体もすぐに理解する。今、クロトは何処かへと連れて行かれようとしているのだと。
苦痛に表情を歪めるクロトは、痛みを堪えベッドから立ち上がると、ゆっくりと鉄格子の方へと近寄り、廊下を見回す。警備の兵などは居らず、妙に静かだった。人手が足りないのか、それとも逃げ出す事が不可能だと言う自信があるのか。どちらにしても、見張りがいないのであれば、逃げ出せると、クロトは壁に備え付けられた小窓の方へと足を進めた。
「こんな所で死ねるかっての……」
クロトは小窓の鉄格子に捕まると、その目で外を見据える。真っ白な雲が、目の前を通過し、青々と煌く海が随分と遠くの方に映る。硬直するクロトは、ロボットの様にゆっくりとぎこちない動きで回れ右すると、そのままベッドへと倒れこんだ。
「ううっ……そ、そうか……ひ、飛行機か……道理で揺れると思った……うぷっ!」
自分が置かれた状況を理解し、ようやく遅い来る酔い。体のダルさも頭のモヤモヤも、乗り物酔いが原因だったのだ。
ベッドに横たわり天井を見据えるクロトは、「うぅーっ……」「あぁー……」と、呻き声を上げ暫し時を忘れる様に眠りに就いた。
「クロト……遅いね」
船の手すりから身を乗り出しながらポツリとセラが呟いた。船に戻ってからセラはずっとこの調子だった。眠気は覚めたのか、ずっとクロトの事を気にし、危ないと言われているのに手すりから身を乗り出す。
そんなセラを見つめるミィも、何処か胸騒ぎがしていた。クロトの表情に。そして、未だ帰らないパルに。何事も無ければと、思いながらミィはクロトの携帯を握り締めた。
「しっかし、どうしたんスかね。副船長も一緒だって言うのに?」
甲板へと出てきた若い船員がそう呟きながらミィの隣へと並ぶ。若いと言ってもミィよりは七つ程年上で、二十歳ほどでパルの次に若い見習い船員だった。
黒い髪をなびかせ、穏やかに笑みを浮かべるその船員を、ミィは横目で睨み小さく息を吐く。
「なんスか? 自分に用ッスか?」
「いやいや。そんなんじゃないッスよ」
「自分の口調を真似するのはやめて欲しいんスけど」
ジト目を向けると、若い船員は「あはは」と右手で頬を掻く。
「そんなつもりじゃなかったんだけどなぁ」
「凄い不快ッス。馬鹿にされてるみたいで」
ムスッと頬を膨らすミィは、その船員から距離を取る様に半歩右へと寄った。その行動に苦笑する若い船員は、困った様に小首をかしげると、
「あ、あの……もしかして、僕のこと嫌いッスか?」
「…………」
沈黙しただうっとうしそうに若い船員を睨むと、困ったように笑みを浮かべる船員は、頬を掻きながらセラの方へと視線を向けた。
足をパタパタとさせるセラの後姿を見据え、若い船員は呟く。
「子供っぽいッスよね。あの娘」
「えっ?」
「アレで、ウチの船長と同じ歳なんスよ?」
意味深にそう告げる若い船員に、ミィはムッとした表情を向ける。
「何が言いたいんスか?」
怒気を込めそう言い放つ。セラは何の苦労もせずに育ってきた、そう言われている様で無性に腹が立った。まだセラとの付き合いは短いが、それでもセラを馬鹿にされるのは嫌だった。
睨みを利かせると、若い船員は苦笑し、
「いや、別に深い意味は無いッスよ。ただ……世界は不公平……そう言いたかっただけッス」
その言葉にミィは拳を握り締めると、鋭い視線を若い船員に向けた。その視線に小首を傾げる若い船員は、「なんスか?」と呟く。
険悪な空気の中で、不意にセラがミィの方へと顔を向けた。不安そうな表情を浮かべて。
「大丈夫……だよね? クロト。それに、パルさんやダーヴィンさんも……」
深刻そうな表情を浮かべるセラに、ミィは無理矢理笑みを作った。あまりにセラが不安そうだったから、心配させない様にそうした。ミィ自身も不安はあった。拭えない胸騒ぎ。一向に戻ってこないクロト達。頭に過るのは最悪の結末。それでも、その結末はありえないと、自分に言い聞かせ、セラの方へと歩む。
「大丈夫ッス。クロトは強くなってるッス。それに、パルだってついてるんスから大丈夫ッスよ」
「そ、そうだよね……うん」
小さく頷きながらも、何処か浮かない表情。セラは夢を見たのだ。暗闇に鮮明に飛び散る真っ赤な液体。そして、そこに転がる無数の影。動かなくなり、冷たくなったその影の中心で佇む自分自身。そんな不気味な夢を見た。だから、不安だったのだ。
魔王デュバルの娘であるセラには不思議な力があった。それは、予知夢を見ると言う事だ。幼い頃から度々その様な事があったが、単なるデジャブだと気には止めていなかった。だが、今回見た夢はとっても恐ろしく、まるでこの先に起こる事を告げている様に感じた。今までと違いその夢を未だに覚えていると言う事が更にセラの不安を増幅させていた。いつもならもう忘れてしまっているはずなのに。
そわそわと歩き回った後、セラは立ち止まる。ローグスタウンの方角に体を向けて。そして、祈る。そのか細い手を組んで。クロトの無事を。