第268話 ゲートの中心 ルーガスへ
「はぁ? ルーガスへ行く!」
パルが不快そうに眉を顰め、そう声を上げた。
一通り、街を見て周り、飲み水・包帯・薬品などの類をパルは両腕に抱えていた。
一方、興奮気味のルーイットは胸の横で拳を握り激しく頭を上下に振った。
そして、真っ直ぐにパルの眼を見据え、
「そうだよ! ルーガスに行くの! そこに、クロトとセラが居る!」
と、力強く答えた。
しかし、パルは怪訝そうにルーイットを見据える。
根拠が無い。どうして、クロトとセラがルーガスにいると思うのか、そこが引っかかっていたのだ。
渋るパルに対し、ぷくーっと頬を膨らすルーイットは、両拳を激しく上下に振り、
「考える必要ないよ! 行こう! 今すぐ行こう! コレは、決定事項だよ! ねっ! ねっ!」
と、パルを急かす。
深く息を吐くパルは、肩を落とすと眉間にシワを寄せた。
「待て。お前が、ルーガスに行きたいって言うのは、よく分かった。だが、根拠は何だ? その名前も知らない女の言う事が正しいと、どうして言える?」
右足に体重を乗せ、首を傾げるパルに、ルーイットは頬を膨らし目を細める。
不満そうにジト目を向けるルーイットに、パルは鼻から息を吐くと目を細めた。
「そんな顔をしてもダメなものはダメだ」
「どうしてよ! ケチ!」
「ケチじゃない! 大体、どうやってルーガスに行くつもりだ? ルーガスは、南の海岸から、しかも特定の時期にしか上陸できないんだぞ?」
ズバッとパルが言い切ると、ルーイットは両拳を腰の位置に力強く振り下ろすと、前のめりになる。
「そんなの分かってる! でも、行って見なきゃ分からないじゃない! 何も、手掛かりが無いんだよ!」
「だとしたら、根拠とそこまで行く方法をちゃんと考えろ!」
乱暴な口調で尤もな事を言い放つパルに、ルーイットは唇を噛む。
パルの言う事は、ルーイットにも理解出来ている。それでも、ルーイットは――
「少しでも、可能性があるなら、行くべきだよ! ルビーちゃんなら、ルーガスまで飛んでいけるし……」
と、食い下がった。
だが、パルは冷静に答える。
「ああ。そうだな。あの翼竜ならいけるだろう。けどな、もし行って、上陸できませんでした、クロトとパルは居ませんでした、ではすまないんだぞ? 焦る気持ちは分かるが、冷静になれ」
静かにそう言うパルはホッと息を吐くと肩の力を抜いた。
それでも、納得出来ないと言いたげなルーイットは唇を尖らせ、頬を膨らせる。
「不満なのは分かるが、そんな顔をしてもダメだぞ」
「それ、二度目だよ」
「知ってる。お前が、そう言わせてるんだ」
パルは不満そうに眉を顰め、ルーイットを睨んだ。
双方とも折れる気配は無く、暫し睨み合う。
ギクシャクとした空気が漂い、険悪な空気が流れる。それを嫌い、パルは息を吐くと歩き出す。
「とりあえず、ティオが目を覚ましてからだ」
ティオを寝かしている高層の建物へと向かうパルに、ルーイットは振り返り声を張る。
「何でよ……時間が無いから、ほんの少しの可能性があるなら、行くべきなんじゃないの? 違う?」
「そうだな。そう言う考え方もある。さっきも言ったが、この話はティオが目を覚ましてからだ。どっちにしろ。アイツが目を覚まさないと動けないのは事実だからな」
ルーイットに立ち止まり、背を向けたままそう答えたパルは、再び歩き出した。
奥歯を噛むルーイットは俯き拳を握り締める。
一人でも、ルーガスに向かってやる。そう、考えたと同時に、パルが言い放つ。
「一人で行こうなんて考えるな。私は、何も行かないとは言ってない。全てはティオが目を覚ましてからだ、と言ってるんだ。焦って、事を急ぐな」
それだけ言い、パルは建物へと消えていった。
その言葉に不満はあったが、ルーイットは渋々とパルに続き建物へと入っていった。
部屋へと戻ると、パルはとってきた薬品と包帯で、キッチリとティオの傷の手当てを済ませた。
鎮静剤をうった為、時期に意識は取り戻すだろう。
それから、パルは焚き火を熾し、空腹を充たす為に簡単な調理を開始した。
流石にスラム育ちだけあり、料理の腕前は上々だった。生きていく為に、空腹を充たす為には、痛んだ食材を加工する必要があったのだ。
簡単な調理を済ませたパルは、それをとってきた皿に盛り、ルーイットへと差し出した。
「食っとけ。お前だって、体力を消耗しているんだろ? もし、ルーガスにクロトとセラが居るとしたら、私達は戦う事になる。きっと休まる時間など無いぞ」
パルの言葉に、小さく頷いたルーイットは皿を受け取り、フォークで盛られた料理を口へと運んだ。
まだ不満そうなルーイットだが、納得していた。
頬を膨らませパクパクと料理を食すルーイットに、パルは苦笑する。
そして、パル自身も料理を口に運んだ。
そんな折だった。
「うっ……ううっ……」
と、ティオの呻き声が響き、その体がゆっくりと動く。
皿を置いたパルは、
「おい! 大丈夫か?」
と、ティオの顔を覗きこむ。
薄らと瞼を開いたティオは、パルの顔を見るとゆっくりと唇を動かす。
「パ……ル……さん? どうして……」
「めふぉさまふぃらの?」
口いっぱいに料理を詰め込んだルーイットはそう言うと、皿とフォークを手にし歩み寄る。
意識を取り戻したばかりでまだ、ハッキリとしない視界に映るルーイットの姿に、眉を顰める。
「あなたは……」
目を細めるティオに、ルーイットは目をパチクリさせる。
微妙な空気が流れる中、パルは右手で頭を抱えると深々と息を吐く。
「とりあえず、水を飲んで、落ち着け」
パルはそう言って、水をティオへと差し出した。
数分後、落ち着きを取り戻したティオは、壁に背を預け座ると、苦しげに呼吸を乱す。
「大丈夫か?」
パルは心配そうにティオを見据える。
そんなパルに、オレンジブラウンの髪を揺らすティオは、瞼を閉じ長く深く息を吐いた。
「私は、大丈夫です。それより、今の話、本当ですか?」
「うん! 本当だよ! ルーガスにクロトとセラが居るって!」
拳をギュッと握り締め、ルーイットはそう断言する。
軽い治療をしながら、ティオに先ほどの話をしたのだ。
瞼を開き、もう一度深く息を吐いたティオは、眉をひそめると、肩を落とす。
「だとしたら、恐らくそこに、グラドも居ます。決戦の地と言ってましたし……その言葉に相応しいとすれば、この世界の中心、ルーガスだと思います」
「それは、理解した。だが、何故、ルーガスなんだ? あの地に一体、何があるって言うんだ?」
腕を組むパルは、眉間にシワを寄せる。
パルの言う通り、何故、ルーガスなのかと言う疑問はあった。
確かにこの世界の中心ではあるが、あの地は未開の地でもある。あんな所を決戦の地と言うのは、どうなのか、そうパルは思っていた。
一方、ルーイットも聊か疑念を持っていた。
「私も、そう思うんだけど……あの地って、未開の場所が多いじゃない? そこに何かあるんじゃないかな? 誰も、その未開の地には足を踏み入れた事がないんだし」
ルーイットがそう言うと、ティオは眉をひそめる。
「そう……ですね。その可能性は大きいですね。そもそも、何故、九割以上が未開の地であるルーガスで、常に大きな戦争が起こっているのか、と言うのも気になります」
「確かに……な。過去に起こった英雄戦争も、前回起きた英雄戦争も、ルーガスだったな。一定時期にしか上陸できないあの場所に、乗り込むなんて……」
「おかしいと言えばおかしいよね。下手したら退路が断たれちゃうもんね」
パルの尤もな言葉に、ルーイットは小さく頷く。
不可解な事に、この世界では必ず大きな物事が起こる時、その中心となるのはルーガスだった。
今まで誰も疑問を持った事はなかった。それが、普通だとこの世界の住人は皆思っている事だった。
ルーイットもパルもティオも、それが当然だと思っていた。
だが、今回の件で、それがとても不可解な事だとちゃんと理解した。
その上で、三人が出した結論は――
「ルーガスへ行こうよ!」
「えぇ……行きましょう」
「分かった。行こう。ルーガスへ!」
ルーガスへ向かうと言う事だった。