第263話 グラド
突然、空より降り立ったルーイットとパルに、クロトはうろたえていた。
何故、ルーイットがココにいるのか、どうして、パルと一緒なのか、そう思うクロトに対し、空からセルフィーユがゆらゆらと降りてきた。
『クロトさーん』
明るいセルフィーユの声にクロトは顔を挙げ、怪訝そうに尋ねる。
「何でここに?」
クロトのその言葉に答えたのは、ルーイットだった。
「アレだよー。私の友達のルビーちゃん」
左手で上空を指差し微笑するルーイット。
その指差す先、空には真っ白な翼竜が大きな翼を羽ばたかせていた。
美しい翼竜を見上げるクロトは、口をあんぐりあけた後に、首を振りルーイットを見据える。
「違う! どうやって来たのか、じゃなくて、どうしてここに来たのかって事だよ!」
背中の痛みなど忘れ、クロトがそう声を上げる。
すると、ルーイットは不満そうに頬を膨らませると、腰へと手を当てた。
「どうしてって、セラを助ける為でしょ! 何言ってるのよ!」
当然と言うようにルーイットはそう言うと、クロトは眉間にシワを寄せる。
確かにルーイットの言い分は当然だ。
だが、クロトはこの状況を最悪だと思っていた。
今、セラがどう言う状況なのか分からない。
もし、セラが暴走でもすれば、この一帯の人と言う人を消し去るほどの何かが起こる可能性がある。
故に、クロトはティオと二人だけでここに来たのだ。
なのに、まさかここに来て行方の分からなかったルーイットが、パルと一緒に現れるとは思って居なかった。
しかも、今回の相手は、伝説の英雄のパーティー、剣豪・蒼玄に、あらゆる技を反射する鎧の男の二人。
ルーイットとパルの二人を戦力に数えていないわけではない。
しかし、蒼玄と鎧の男の二人を相手に、果たしてルーイットとパルを戦力に加えていいものかと、クロトは考えていた。
膨れ上がっていた右腕を元に戻したルーイットは、肩を回しながらクロトの方へと足を運ぶ。
「ひっさしぶりだね」
先ほど怒鳴っていたはずのルーイットは、声を弾ませクロトの顔を覗きこむ。
「全く……あんなに大見得切って、何て様だ」
腕を組むパルは、海賊ハットを深々と被り、クロトへとそう棘のある言葉を放つ。
不満そうなパルへと振り返るクロトは、目を細める。
言い返す言葉がなかった。
強敵相手とは言え、無様な姿なのは変わりなかったからだ。
非常に気まずそうなクロトとパルの雰囲気に、ルーイットは空気を読まずに声を張る。
「それよりさ! 見た見た? 私の実力! 出会った頃と比べたら、劇的じゃない?」
やや興奮気味なルーイットの発言に、クロトは出会った当初を思い出す。
今に思えば、出会いは最悪だった気がする。
警備兵だと勘違いし押し倒したわけだが、あの後に化物に襲われ大変だった。
魔剣・ベルが人の姿を見たのもその時が初めてだった。
そんな回想を脳内で張り巡らせるクロトは、慌てて頭を左右に振る。
「いや、まぁ、確かに劇的に変わったけど、何? 今はそれどころじゃ――」
クロトはそこで言葉を呑む。
何故なら、目の前には頬を膨らませるルーイットが、にらみを利かせていたのだ。
流石に、あんな目で見られたら、文句など言えずクロトは視線をそらした。
「はぁ……はぁ……」
壁を背にしティオは息を整えていた。
現在、ティオは建物の中に居た。
なるべく戦闘を避ける為、逃げ回りながら戦っていた。
その為、ティオは建物に逃げ込んだのだ。
瞼を閉じ顔を天井へと向けるティオは、長く息を吐き出す。
流石に、疲れていた。
このままではグラドに会う前に体力が尽きてしまいそうだった。
呼吸を整えたティオは、壁から背を離すと、息を潜めその場を移動する。
何とか兵士達に気付かれないように、最小限にまで気配を消し足音を立てずに歩みを進めていた。
建物の構造は非常にシンプルで、廊下があり幾つかの部屋が存在している。
高層の建物故に、中々に部屋数も多く、兵士達も探すのには時間が掛かりそうだった。
息を潜めるティオは、階段を上がり、最上階を目指す。
最上階を目指す理由として、屋上から隣の建物へと飛び移ろうと言う浅はかな考えと、もう一つ城まで、どれ位の距離があるのかと言うのを把握するためだった。
足音を立てず素早く移動するティオは、曲がり角で壁に背を着け、息を殺す。
「くそっ……どうして、俺達がこんな事をしなければ行けない!」
通路の向こうで、そんな声が聞こえた。
「仕方ないだろ。グラド様の命令だ。それに、各部隊の隊長もその命令に従っているんだ。俺達下っ端が逆らうわけにはいかないだろ」
まだ若い新兵だろうか、二人はそんな事を言い息を呑む。
一体、何の話だろうか、とティオは聞き耳を立てる。
「でも……俺はあの人を王と認めたくない。それに、絶対にティオ様が、反逆なんて起こすわけがないだろ」
二人の内少々幼さの残る声の兵がそう言うと、低い落ち着いた声が告げる。
「俺だって、そう思っている。きっと、他にもそう思ってる奴は多い。それでも、命令だ。従うのが兵士の務めだ」
兵士達のその声に、ティオは唇を噛む。
自分の事を信じてくれている兵がまだ居るのだと言う事が嬉しく、そして、悔しい。
そんな兵士達の気持ちに応えるだけの力が無い事が。
この国は今、二分化されている。
グラドを王と認め、ティオを反逆者としている者と、ティオを信じながらも王の命令で渋々動く者の二組に。
恐らくだが、部隊長クラスは前者の方に多く存在し、下っ端、所謂新兵や一般兵の中に後者が多い。
ゆえに、ティオを信じながらも、反抗する事が出来ず、従うしかない状況なのだ。
彼らに感謝の気持ちを抱きながら、ティオは深く息を吐き出す。
だが、その時だ。
「ぐあっ!」
「な、何を――うあっ!」
二人の呻き声が響き、僅かに金属音が響いた。
その音に、ティオは思わず角から姿を見せ、兵士達の方へと体を向ける。
ティオの視線の先には、二つの真っ赤に染まった兵士の遺体と、一つの影が映った。
赤黒い髪を揺らすその男は、
「王である俺を信じられないのなら、死ね」
と、寒気を感じさせるほど冷たく言い放った。
その男の姿に、鼻筋にシワを寄せるティオは、右手を横へと伸ばすと声を上げる。
「グラドォォォォォッ!」
ティオは叫ぶと同時に駆ける。
右手には土の剣・黒天が呼び出され、その分厚い漆黒の刃が壁を引き裂いていた。
ティオの声に気付いたグラドは、横たわった兵士の遺体から右足を退けると、体を向ける。
「何だ? 居たのか……ティオ」
薄らと浮かべた笑み、不気味な雰囲気に、一瞬でティオは足を止めると、反射的にその場を飛び退く。
壁から黒天が抜かれ、僅かに瓦礫が廊下には散乱する。
その中で、身を屈め距離をとるティオは、目を見開いていた。
(な、何だ……。コイツ……一体……)
思わず、ティオはそう思う。
目の前にいるグラドは、グラドであって、グラドではない存在だった。
正確には、自分が以前まで知っていたグラドではなくなっていた、と言う事だった。
何が彼をそうさせたのか、一体、何があったのかは分からない。
だが、グラドのまとうその禍々しい程の魔力に、ティオは異様なモノを感じとった。