第262話 漆黒の鎧の男と剣豪・蒼玄
「ッ!」
激しい金属音と共に火花が散り、クロトは後方へと弾かれた。
短刀・轟雷で、蒼玄の振り抜いた刀・月下夜桜を受け止めたのだ。
だが、蒼玄のその体からは想像出来ぬ程の力で、クロトは弾き飛ばされていた。
和服は肉体を隠すのにはいい具合にぶかぶかだった。
故に、気付きにくいが、蒼玄の体は鍛え上げられた筋肉で引き締まっていた。
それに、クロトが気付いたのは、弾き飛ばされた瞬間だった。
今までは手を抜いていたのだろうと思える程、その一撃は凄まじく弾かれたクロトは何度も何度も地面を転げる。
すぐさま体勢を整えるクロトだが、刹那――
「うおらっ!」
と、クロトの背後でハンマーを振り上げた鎧の男が、真っ直ぐにそれを振り下ろす。
「ッ!」
瞬時にその場を飛び退くクロト。
遅れて、鉄球が石畳の地面を砕く。
石畳の地面には亀裂が走り、僅かな砕石が跳ぶ。
地面に両手を着き前転したクロトは、すぐに反転し鎧の男へと目を向ける。
石畳の地面に減り込んだ鉄球をゆっくりと持ち上げる鎧の男は、顔を覆う兜の中に薄らと笑みを浮かべた。
「ふっ……どうした? 逃げ回ってばかりだな」
不敵な声でそう言う鎧の男に、険しい表情を浮かべるクロトは、チラリと蒼玄へと目を向けた。
悠長に話している余裕は無い。
蒼玄と鎧の男、二人を相手に、そんな余裕などあるわけがなかった。
轟雷を握りなおし、白い息を吐く。
一方、鎧の男と違い、不快そうな表情を浮かべる蒼玄は、月下夜桜と脇差・桜嵐をゆっくりと構え、身を低くする。
すでに動き出す準備の出来た蒼玄へと体を向けるクロトは、更にチラリと鎧の男に目を向けた後に、轟雷を胸の前で横に構えた。
今の所、クロトが轟雷で使える技は、雷迅のみ。
あれは、光速の突き。正直、短刀で突きと言うのは、非常に相性が悪い。
本来、短刀であるならば、突きよりも、斬り付ける技が相性がいい。
属性であるならば、小回りも利き、速度もある風属性の方が最も短刀にはピッタリの属性だった。
正直、これは、竜胆のミスだと、クロトは考えていた。
しかし、ここで、クロトは思う。武器作りに対して絶対の自信を持つ竜胆が、こんなミスをするわけが無い。
きっと、轟雷を短刀にしたのには訳があるはずだと、クロトは咄嗟に考えた。
しかし、この状況で悠長に考えているだけの時間は無い。
石畳の床を蹴り、蒼玄が無音でクロトへと迫る。
音はなくとも、その気配で蒼玄が近付いている事に気付いたクロトは、考えながらも体を動かす。
(何で、竜胆は、轟雷を短刀に……)
「――フンッ!」
切れよく息を吐き、蒼玄は脇差・桜嵐を振り抜く。
刹那、桜嵐は刃に風をまとう。
それを、轟雷で受けようとしたクロトだったが、瞬時にそれが危険だと直感する。
「ッ!」
身を仰け反らせるクロトの前髪を桜嵐の刃が掠める。
風が、クロトの右頬を撫で、その瞬間にクロトの右頬が裂け、鮮血が噴出す。
奥歯を噛み、表情を歪めるクロトは、後方へと飛び退き、左手の甲で右頬を押さえる。
(な、何だ……。何が起きた?)
風が頬を撫でただけ。
それなのに、何故かクロトの頬には斬られたような傷が付けられ、血がドクドクと溢れていた。
傷事態はそれ程深くない。だが、出血が止まらない。
故に、クロトは悟る。
「妖刀……か」
その性質は、妖刀血桜と桜千の二本と同じ。
血の凝血を鈍らせる力。
まさしく血を吸う妖刀の力だった。
しかし、蒼玄はそのクロトの発言に不快そうに眉を顰める。
「妖刀では無い。これは、先代が打った妖刀・血桜と桜一刀を組み合わせて作られた最高傑作だ」
「桜一刀と?」
クロトはそう呟き、怪訝そうな表情を浮かべた。
(て、事は、刃に触れてもいないのに頬に傷が出来たのは、桜一文字の特性?)
蒼玄の発言から、その答えにクロトは行き着いた。
だが、疑問は浮かぶ。一体、桜一刀の特性とは何なのか、と言う事だった。
もちろん、クロトが考えているだけの時間は無い。
すぐに、蒼玄が間合いを詰め、月下夜桜を右下から振り抜いた。
「くっ!」
声を漏らすクロトは、それを防ぐ為に轟雷を振り抜く。
二つの刃が衝突し、衝撃が広がる。
火花が散り、クロトの体が大きく弾かれた。
「ッ!」
宙へと舞うクロトは漏らす。
刹那――
「お前の骨を打ち砕くぜ」
と、背後で鎧の男の声が響く。
クロトはチラッと視線を後方へと向ける。
その視線の先にはハンマーを振り被る鎧の男の姿があった。
完全に待ち受けている。クロトが落ちてくるのを。
しかし、この状況で、クロトに出来る事は限られていた。
(属性硬化! 土!)
全身を土属性で硬化する。
それと同時に、鎧の男はハンマーへと魔力を込めた。
「爆撃弾!」
左足を踏み込んだ鎧の男は、目の前へと落ちてくるクロトへと、ハンマーを振り抜いた。
鈍く風を切る赤く輝く鉄球が、クロトの背中へと減り込んだ。
「うぐっ!」
奥歯を噛むクロト。
硬化した背中が軋む。
硬化されたはずのその皮膚に亀裂が走る。
「ぐっ!」
クロトの表情が歪み、次の瞬間鉄球が激しい爆発を起こす。
爆風が広がり、黒煙が周囲を包んだ。
その中から弾かれたクロトは地面を転げ、やがて動きを止めた。
「うっ……ガハッ!」
石畳の上に蹲るクロトは、血を吐く。
そして、丁度硬化の効果が切れると、クロトの亀裂の走ったその体から血が噴出した。
硬化しても尚、ダメージを与える程の一撃に、クロトの表情は歪む。
これほどまでとは、思ってもいなかった。
「ゲホッ! ゲホッ!」
咳き込みもう一度血を吐いたクロトは、左手の甲で口を拭いた。
状況は最悪だった。
やはり、一人でこの二人を相手にするのは分が悪い。
ゆっくりと体を起こすクロトは、苦しそうに瞼を閉じ真っ白な息を荒々しく吐き出す。
「あれをくらってまだ立つか」
振り抜いたハンマーを石畳へと下ろした鎧の男は、静かに肩から力を抜いた。
すでに勝敗は決している。
背中をやられたクロトに、一撃一撃を防ぐ程の耐久度はない。
背中から溢れる血がクロトの衣服を赤く染める。
それでも、クロトは立ち上がると、轟雷を構えた。
そんな折だった。
何かが風を切る音が上空から響く。
その音に、クロトも、蒼玄も、鎧の男も空を見上げる。
直後だ。
「部分獣化! 右腕! 虎王!」
と、聞き覚えのある声が響くと共に、鎧の男を太く強靭な拳が地面へと叩きつぶした。
地面が砕け、衝撃が広がり、砕石が土煙と共に舞う。
轟音に、クロトは思わず身を屈める。
一方で、蒼玄は視線をまだ上空へと向けていた。
「超電磁砲!」
高らかに響く声と共に、上空から地上に居る蒼玄目掛け、凄まじい衝撃が閃光と共に飛来した。
一直線状に圧縮された雷が地面を抉り、石畳を荒々しく砕く。
黒煙が土煙と混ざり合い、一帯は、酷い惨状となっていた。
石畳は完全に捲れ上がり、地表があらわとなり、深い穴が開いていた。
何が起こったのか分からず、ただただ呆然と立ち尽くすクロトは、肩の力を抜き白い息を吐く。
「やっほーっ。助けにきたよー」
強靭な拳を地面に突き立てた少女が、ピョンと跳躍し、体勢を整えて、そう口にする。
満面の笑顔に、紺色の髪の合間にピョコンと立った二つの獣耳をひく付かせる。
「えっ? えっ!」
驚くクロトは、目をパチクリとさせる。
そこに居たのはルーイットだった。
「な、な、何で?」
久しぶりに会うルーイットへと、クロトは驚きの声を上げる。
正直、現状を理解できるほど、クロトは冷静ではなかった。
そんなクロトの後方に静かに何かが降り立った。
「ったく……無謀な事を」
聞き覚えのあるもう一つの女性の声が、後方で響く。
振り返るとそこには、女帝パルの姿あった。