第261話 二代目・桜嵐 六代目・月下夜桜
クロトと別れたティオは、裏路地を進み、最短距離で城を目指していた。
当然だが、それを阻止しようと、兵達が動き出していた。
「居たぞ! 反逆者だ!」
「ッ!」
ティオは兵達のその言葉に表情を歪める。
現在、この国でティオは反逆者となっている。
何故なら、前国王であるガガリスの暗殺を手助けしたのが、ティオだと言う事になっているからだ。
険しい表情を浮かべるティオはすぐに足を止め、引き返そうとする。
裏路地の為、道は狭い。
こんな所で見つかれば、当然――
「もう逃げ場はないぞ! 反逆者! ティオ!」
完全に挟まれた。
足を止め、息を呑むティオ。
ここでは、流石に黒天は出せない。
何故なら、こんな狭い路地では、大刀である黒天で戦うのは不利なのだ。
小回りが利かないし、下手をすれば身動きが取れなくなる恐れがあった。
故に、ティオは唇を噛むと、致し方なく背負っていた盾と剣を手に取った。
元々、ティオは盾と剣を使用し戦うガーディアンだ。
今は、クロトから預かっている黒天がある為、使用頻度は落ちているが、コッチが本来のティオのスタイルだった。
ティオの動きに、路地を挟む兵達は一歩下がる。
流石に皆知っているのだ。ティオのその強さを。
この国でもティオの実力は上位に位置する。もちろん、それは、一般兵とのレベルであり、この国の兵団長クラスの相手とは、互角かそれ以下である事は変わりない。
その為、ティオは手早くこの状況を切り抜けたかった。
正直、兵団長クラスの相手とは戦いたくない。
体力を消耗したくないと言うのもあるが、基本的にティオは兵団長クラスには勝てないと思っていた。
当然だ。この国の兵団長は皆、純粋な龍魔族だ。
皆、龍化が使えるし、実力は折り紙つきだ。
その為、ティオは深く息を吐き出すと、剣を構え告げる。
「私はあなた方と戦うつもりはありません! 退いて下さい!」
ティオの声に対し、兵達は怯む事はなく、武器を構える。
そして――
「黙れ! 貴様こそ、大人しく捕まれ!」
と、兵達は動き出した。
グランダース、王都の出入口で和服の男と漆黒の鎧の男の二人に挟まれたクロトは、険しい表情で呼吸を乱す。
正直、二人を相手にする程の余裕は無い。
両者とも確実にクロトよりも強い実力者だ。
故に、クロトは全神経を研ぎ澄まし、二人を交互に見据える。
右目に映る魔力の波動は両者共に恐ろしい程だ。
こんな二人を相手にするのは、クロトにとって非常に厳しい。
「何しに来た」
和服の男は不満そうに結った長い銀髪を揺らすと、刀と脇差を構えなおし、漆黒の鎧の男を睨む。
すると、漆黒の鎧の男は右手に黒い鉄球の付いたハンマーを取り出し、それを肩へと担いだ。
「何しに? 俺は、俺の仕事をしに来たまでだ」
「…………」
鎧の男の発言に対し、和服の男は沈黙し不満そうな表情を浮かべる。
二人の関係性はイマイチ分からないが、どうも味方同士と言う風には見えず、クロトは怪訝そうな表情を浮かべていた。
ただ、ここでもし三つ巴になったとしても、クロトが不利だと言う事に変わりは無い。
その為、クロトは深く息を吐くと、二人を交互に見据えた後に、
「どっちが相手だ?」
と、僅かに後退し尋ねる。
すると、和服の男は脇差を鞘へと納め、脱力すると、更に刀も鞘へと納めた。
「興ざめだ。拙者は――」
「おい。何のマネだ? 伝説の剣豪。かつての英雄の一員が、逃げ出す気か?」
鎧の男がしゃがれた声でそう言うと、和服の男は不快そうに眉を顰める。
そう、彼こそ、かつての英雄が率いたパーティーの一人にして、剣豪の異名を持つ男、名を蒼玄。
寡黙で常に前線で英雄の為に戦った最強の剣豪だった。
不快そうに眉間にシワを寄せる蒼玄は、腕を組むと鼻から息を吐き出す。
「勘違いするな。逃げる気ではない。汝がいるなら、拙者が戦う必要は無い。そう言っているのだ」
蒼玄がそう言うと、鎧の男は肩を竦める。
「おいおい。冗談だろ? 何事にも全力。誰が相手でも手を抜かないのがもっとうじゃねぇのか?」
「…………それは、あくまでも一対一の時のみだ。その者ならば、汝一人で十分だ。拙者の仕事は侵入者の排除。もう一人の方を追う」
蒼玄がそう言い、歩き出そうとした時、鎧の男は不敵に笑い、
「ソイツはいいんだよ。放置していても。コイツの始末が先だ。これは、命令だ」
鋭い眼差しを向ける鎧の男に対し、動きを止めた蒼玄は振り返り不快そうに鎧の男を睨んだ。
二人のやり取りから、二人の関係は一応仲間と言う風に見える。
だが、クロトにはどちらかと言えば、蒼玄の方がなんらかの理由で鎧の男の方に従わざる得ない状況なのだと、感じていた。
静かに息を吐く蒼玄は、ゆっくりと刀を抜く。
「桜一門六代目の打ちし刀。月下夜桜。その美しい刃は、月明かりの下で真価を発揮する」
鎧の男はそう呟き蒼玄を見据える。
静かな面持ちの蒼玄は、不愉快そうに鎧の男を見据え、
「何故、汝がそれを知っている? 拙者は、この刀について、語った覚えは無いのだが?」
と、月下夜桜を構える。
すると、鎧の男は首を左右に振り、
「知ってるさ。その脇差が桜一門二代目が打った桜嵐だって事もな。ウチには桜一門のマニアがいるんでな。それ位は知っているさ」
と、肩を竦める。
怪訝そうな眼差しを向ける蒼玄だったが、すぐに視線をクロトへと向けると、ゆっくりと脇差、桜嵐を抜いた。
息を呑むクロト。
桜一門の事は知っている。それは、クロトの魔剣を新しく打ってくれた竜胆が弟子入りしていた鍛冶屋の事だ。
彼らは自分が打ちし最高傑作に必ず桜の名を刻む。
故に、クロトの魔剣は魔桜と名づけられた。
確か、竜胆で十代目で、計十本の剣が世に出ている事になる。
その内の何本かは行方が分からなくなっていたが、まさか、蒼玄が二本も所有しているとは思っていなかった。
「まさか……そんな名刀を持った奴が相手とは……」
クロトは苦笑する。
刀に興味があるわけではないが、桜一門の打ったその刀は、特別な力を持っている事はすでに分かっていた。
妖刀・血桜に、桜千。この二本は傷口の再生を遅らせ、血の凝血を止める力を持っている。
恐らく桜一文字にも、なんらかの力があるはずだが、それを発揮できる程の使い手が現在は存在していない為、クロトもその能力は分からない。
だが、魔剣・魔桜の破壊力を見る限り、確実に蒼玄の持つ二本も相当な力を持っている事は容易に予測がついた。
「…………貴殿もこの刀の事を知っているのか?」
「知っているも何も、ソイツの持つ剣は、桜一門十代目が打った剣だ」
「…………十代目? …………そうか。ならば、拙者も負けるわけには行かぬな」
蒼玄はそう口にすると、月下夜桜と桜嵐の二本を構え、クロトを睨んだ。
何故、蒼玄が突如としてやる気を出したのか、クロトには分からない。
だが、現状が最悪になった事だけは理解できた。