第251話 依頼人とは?
クロトとティオの二人は、パルの海賊船へと戻った。
捕えたふけ顔の男を連れて。
クロトは大分疲弊し、両腕は重度の凍傷で酷い有様だった。
不安そうにただ後に続くセルフィーユは、眉を八の字に曲げる。
セラを救う事が出来なかったと、言う事と、今回の敵がとても厄介な相手だと言う事に、場の空気は重い。
海賊船へと戻ったクロトは手当てを受けた。
船医室のベッドには頭に包帯を巻かれたミィが静かな寝息をたてる。
そして、その横ではパルは肩を落としうな垂れていた。
ミィを守れなかった事が相当ショックだったのだ。
幸いにも薬品の類は多く常備されていた為、クロトの凍傷の手当てはすぐに済んだ。
両手には痛々しく包帯が巻かれ、クロトはその手を軽く握っては開くを繰り返す。
包帯が巻かれているだけあり、少々指は曲げにくい。
それでも、痛みは軽減されていた。
「大丈夫か?」
ベッドの横に座るパルの背に、クロトはそう尋ねた。
クロトの声に、パルは小さくうな垂れた頭を上下に揺らす。
だが、何も言わない。
ショックは大きいようだった。
しかし、クロトもここで立ち止まっているわけにも行かず、
「じゃあ……俺はティオの所に戻るからな」
と、右手で頭を掻きながら告げ、部屋を出た。
甲板には、ティオと拘束されたふけ顔の男が居た。
腕を組むティオは、オレンジブラウンの髪を冷たい風に揺らしながら、白い息を吐く。
と、そこに、クロトが静かに現れる。
「手の方はどうでしたか?」
ティオが穏やかに微笑し、そう尋ねると、
「ああ。この通りだ」
と、クロトは包帯の巻かれた両手を顔の横まで上げ、困り顔で笑う。
痛々しい包帯だが、それでもクロトは明るく振舞っていた。
「まぁ、大事に至らなくてよかったです。凍傷は酷いと指を切り落とす事になりかねませんから」
「だな。今回はちょっと無理をしすぎた。反省だな」
腰に手をあて、クロトは「ははは」と笑った。
二人のやり取りを聞いていたふけ顔の男は、目尻を吊り上げ怒鳴る。
「て、テメェら! な、何を企んでやがる!」
ジタバタと両足を動かすふけ顔の男に、クロトとティオは目を向けた。
それから、クロトは黒髪を風に揺らし、左手で頭を掻く。
とりあえず、やるべき事は一つだ。
彼から情報を聞き出す事。
セラを攫った理由。
誰に頼まれたのか。
何故、魔族狩りが行われているのか。
などだ。
もちろん、素直に答えるかは分からない。その為、クロトは深いため息を吐き、
「じゃあ、尋問でもしようか?」
と、ティオに提案し、
「そうだね」
と、ティオは肩を竦めた。
それから、二人はふけ顔の男へと尋問を開始する。
と、言っても拷問をするわけじゃない。ただ、質問し、答えてもらうだけ。
故に、彼が正直に答えるかどうかは不明だった。
「じゃあ、まずは、セラを攫った理由でも答えてもらおうかな?」
クロトは雪の積もった樽を横倒しにし、椅子代わりにする。
樽に座り問い掛けるクロトに、ふけ顔の男は眉間にシワを寄せると、薄らと口元に笑みを浮かべる。
「攫った理由? んなの答えると思ってんのか?」
「うーん……」
唸り声を上げたクロトは、ティオの顔を見た。
クロトと目を合わせたティオは、肩を小さく竦めると鼻から息を吐き、ふけ顔の男へと目を向ける。
「答える気はないって事ですか?」
「ああ。そうだよ。何でテメェらに協力しないと行けないんだ!」
不愉快そうにそう言うふけ顔の男に、クロトは肩を落とし頭をうなだらせる。
「じゃあ、誰に頼まれたんだ?」
「さっきも言ったろ? 何でテメェらに――」
「捨石にされたんだぞ? お前の仲間だって、口を封じる為に殺された。そんな依頼人を、そうまでして守る必要があるのか?」
クロトは顔を挙げ、ふけ顔の男に真剣な眼差しで問う。
その言葉に、ふけ顔の男は僅かに表情をしかめた。
男の表情の変化に、ティオはすかさず、
「いいですか? このまま何も喋らなくても、あなたは何れ殺される。依頼人が誰かは知りませんが、見逃すとは思えませんし」
と、押し殺した声で告げる。
その言葉にふけ顔の男は息を呑み、表情を一層険しくする。
男も分かっているのだ。
だから、男は奥歯を噛み締めると、諦めたように声を吐く。
「わ、分かった……。教えてやる。俺らに依頼したのは――」
男の言葉に、クロトは眉間にシワを寄せ、ティオは目を伏せ、右手で頭を抱えた。
グランダース王国、王都の中心にある城。
その最上階にある王室に一つの影があった。
主は当然、この国の現国王グラド。
大きなベッドから起き上がるグラドは、赤黒い髪を揺らすと、耳の付け根に見える角を右手で触る。
大きく開かれた窓から入り込む冷たい風にガウン姿のグラドは、深々と白い息を吐き眉を顰めた。
そんな折だ。部屋の扉がノックされ、返事も聞かず扉は開かれる。
「失礼します。国王」
部屋へと訪れたのは白髪の老人だった。白髪の合間から覗く耳の付け根の角は一際美しく輝きを放っていた。
「どうした? 元老。何かあったか?」
元老。この国に古くから仕える男だ。
父のプルートの代からずっと元老として、国を支えてきた。
恐らく、この国で最も長く生きている男だ。
その老人はシワだらけの顔を真っ直ぐにグラドへと向けると、深々と頭を下げる。
「申し上げます」
「何だ」
不快そうに眉間にシワを寄せるグラドは、元老を見据える。
そんなグラドの眼差しに、白い眉を垂れ下げる元老は、ほっほっほっと笑った。
「何だ? 不快だぞ」
「さようで……それは、申し訳ありませぬ」
「まぁ……いい。それで、何のようだ?」
一層不快そうに眉を顰めるグラドに、元老はもう一度深々と頭を下げる。
「そうでしたな。では、報告です」
「ああ」
「弟君が動き出したようです」
「ティオが?」
不快そうにそう返答するグラドは「そうか……」と呟き、鼻で笑う。
「奴が動き出したか……」
「はい。それから、魔王デュバルの娘を捕えたようです」
「魔王デュバルの娘? ……そうか」
グラドは肩を揺らし笑う。
そして、深々と息を吐くと、
「アレの準備をしていろ。奴を動かす」
「さようで……。では、そのように手配を……」
「くっ……くくっ……奴は必ず、ここに来る。必ずな」
グラドはそう言うと、窓の外を真っ直ぐに見据え、不敵に笑った。