第249話 信頼に応えて
爆音と共に漆黒の板が宙へと飛び出す。
激しく飛び散る地面に積もっていた雪は重みのある音を響かせ、地面に落ちる。
それに遅れて、空に飛び上がった漆黒の板は重量のある音と共に雪原へと着地すると、雪原を滑走する。
雪原を掻き分け進むその漆黒の板の上に、クロトとティオの二人は居た。
板の前方にはティオが片膝を着き腰の位置に大刀・黒天をいつでも振り抜けるように構え、後方にはクロトが魔力を込めた手を雪原へと向けて構えていた。
「しかし……意外でしたね」
「黙ってろ。舌を噛むぞ!」
クロトはそう言うと、速度が落ちてきた漆黒の板を加速させる為、魔力を込めた両手を雪原へと突っ込み、
「吹っ飛べ!」
と、声を上げた。
右手に集めた魔力は風を生み出し、左手の魔力が炎を生む。
その二つが雪の中で混ざり合い、激しい爆音を轟かせ、漆黒の板は飛ぶ。
何故、クロトの体ではなく、漆黒の板そのものが飛んだのか。その理由は、クロトの足にあった。
この漆黒の板は、クロトが土属性の魔力で生み出した板だ。その為、その板と自分の両足を硬化で固定したのだ。
ゆえに、クロトが生み出した爆発は、クロトの体ごと重々しいこの漆黒の板も軽々と吹き飛ばしたのだ。
一方、ティオの体は僅かに宙に舞うが、すぐに板の端を掴み板から落ちないようにしていた。
重心が重くされている為、どれだけ跳んでもひっくり返る事なく、雪原へと着地し、勢いをそのままに雪原を進む。
真っ白な息を吐き出すティオは口元へと薄らと笑みを浮かべると、軽く頭を振った。
「まさか、こんな危険な移動手段を思いつくなんて……」
小声で呟くティオにクロトは、その口から大量の白い息を吐き出し、表情を歪める。
当然だろう。
素手を何度も何度も雪原に突っ込んでいるのだ。その手は血色が悪く激しく震えていた。
皸し、滲む血も、すぐに凍り付き、痛々しい。
しかし、それでもクロトは震える両手に魔力を込める。
そんなクロトへとチラリと目を向けるティオは、痛々しいその手を見て表情を険しくする。
幸い、斜面を下っている為、スピードは衰える事なく進んでいる。その為、ティオは静かに尋ねた。
「何故、このような無謀な移動手段を?」
ティオのその言葉に、クロトは半開きの口から白い息をまた大量に吐き出し、
「決まってるだろ。セラを助ける為だ」
と、即答した。
強い眼差しで、強い言葉で。
しかし、ティオはその言葉に疑念を抱く。
「セラを助ける……為ですか?」
「ああ」
「でも、その手で、戦えるんですか? 相手は、何人居るかもわからないんですよ?」
ティオが不思議そうにそう尋ねる。
当然だ。
セラを助ける為に、無茶をしているのは分かるが、それで両手はあの様だ。
追いついた所で戦える状態なのかは不明だった。
いや、恐らく戦える状態ではないだろう、と、ティオは判断していた。
今であれほどまで酷い有様なのだ。
後、何度雪に手を突っ込む事になるだろう。
後、どれ位距離があるのだろう。
それすら分かっていないのだ。
だが、ティオの心配を裏腹に、クロトはそれを鼻で笑うと、魔力を込めた両手を雪へと突っ込み、
「言ったろ。お前を信じるって!」
と、声を上げると先程と同じく爆発が起き、漆黒の板を吹き飛ばした。
宙へと舞う中で、ティオはクスリと静かに笑う。
まさか、ここまで自分を信頼しているとは思わなかった。
いや、正直、クロトは自分を信じていないと思っていた。
その為、ティオはその言葉が意外過ぎて、思わず笑ってしまったのだ。
重量のある音を響かせ、雪原へと着地した漆黒の板は更に加速し、直進する。
しかし、その行く手を阻む様に目の前には大木が立ち塞がる。
この板に、方向転換と言う方法は無い。ただ直進するのみ。
ゆえに、このまま行けば――衝突は免れない。
その大木を見据えるティオは、フッと笑う。
「なら……私は、その信頼に応えましょう!」
と、ティオは腰の位置で構えた大刀・黒天を横一線に振り抜いた。
黒天は漆黒の刃で冷たい風を切り進み、その太い刀身で大木を切り裂いた。
根元から切られた大木は、クロトとティオの方へと向かい倒れ始める。
「クロト!」
「確り掴まれ!」
魔力を込めた両手をクロトは雪へと突っ込む。
そして、今までよりも大きな風と火を生み出し、今まで以上の爆発を起こした。
その爆風で、切り倒された大木もろとも、漆黒の板は飛び出す。
大量の雪が舞い、周囲一帯は真っ白に染まった。
後方で重々しい音をたて、吹っ飛んだ大木が雪原へと落ち、更に雪を舞い上げた。
それに遅れて、漆黒の板は雪原へと着地すると、右へ左へと僅かにぐら付きながらも、体勢を整え、直進する。
「はぁ……はぁ……」
半開きの口から白い息を吐くクロトは、拳を握れない程に感覚を失った両手を震わせ魔力を込める。
「大丈夫ですか?」
前方を確認しながらそう尋ねるティオに、クロトは小さく頷く。
「ああ。心配無い」
クロトはそう言うが、唇は青ざめていた。
そして、肩も僅かにだが震えていた。
無理をしているのは明白だった。
だが、ティオに止める権利は無い。
そもそも、こうなった原因の一端はティオにもあったのだ。
この国の現・王であるグラドを止められない時点で、すべてがティオの所為といっても過言ではない。
奥歯を噛むティオは、瞼を閉じ、深く息を吐くとゆっくりと瞼を開く。
淡い赤い色の瞳は真っ直ぐに吹雪き悪い視界を見据える。
ティオは計算していた。
セラが連れ攫われた時間と、その間の移動距離を。
ここフィンクに置いての移動手段は、犬ソリが基本となる。
何故なら、この雪原は見た目以上に深さがある。その為、馬は脚を取られてしまうのだ。
故に犬ソリがメインとなるのだ。
その誘拐犯達が用いた移動手段も間違いなく犬ソリだ。
地の利があり、しかもこの天候だ。
向こうは間違いなく油断している。
この天候の中、道を知り尽くしている自分達に追いつけるわけが無い、見つけきれるわけが無いと。
その事も考慮した結果、ティオは導き出す。
「そろそろですよ!」
ティオがそう叫ぶ。
と、同時に、クロトは右目に魔力を込めた。
そして、その顔を前方へと向け、赤い右目で前方を見据える。
赤い瞳は僅かながらの魔力を感知する。
相手が魔族ならば、必ず魔力が見える。そうクロトは核心していた。
そのクロトの考え通り、吹雪く中に薄らと赤い霧状の気配が映る。
「見えた!」
クロトが鋭い眼差しでそう声を上げると、魔力を込めた両手を雪原に突っ込む。
それに遅れ、ティオは大刀・黒天を構えなおし、目を凝らす。
ティオの目にも、薄らとだが、吹雪く中に動く複数の何かが見えた。
それが、犬ソリなのかは分からないが、複数ある事から、間違いなくセラを攫った連中だと判断する。
「確認しました!」
「行くぞ! 舌を噛むなよ!」
クロトがそう言うと、爆音が轟き漆黒の板は吹っ飛ぶ。
大量の雪を巻き上げながら、空へと。




