第248話 魔族狩り
クロト達は急いで、酒場へと戻った。
しかし、戻ったクロト達が目の当たりにしたのは、もぬけの殻となった酒場だった。
酒を酌み交わしていたはずの多くの客は消え、机や椅子は派手に倒され、カウンターの後ろの棚に並んでいた酒瓶はすべて床へと落ち割れていた。
何があったのか分からないが、部屋の中はアルコールの酷い臭いだけが残されていた。
臭いだけで酔ってしまいそうで、クロトは思わず右手で口と鼻を押さえる。
不快そうに眉間にシワを寄せるクロトは部屋の中を見回す。
そして、声を上げる。
「ミィ!」
声をあげ、クロトは走り出した。
部屋の中央で横たわる小柄な少女、ミィ。
その額からは血が流れ、意識はもうろうとしていた。
何があったのかは一目で分かる。
頭を殴打されたのだ。
恐らく、何か硬いもの。そこら辺に散乱している瓶の破片から見ても、それがミィの頭を殴打したものと見ていいだろう。
奥歯を噛み締めるクロトは、なるべく頭を動かさないようにミィを仰向けにすると、左手で脈を測る。
脈は確りとしている。命に別状はなさそうだった。
だが、頭を殴られていると言う点で見ると、そのままにしておくわけにはいかない。
遅れて酒場に入ったパルは、表情を歪める。
「な、何だ……この臭いは……」
思わずそう声をあげたパルは、右手で鼻と口を覆い、部屋の中央で座り込むクロトの方へと足を進める。
「何があった?」
「…………」
クロトはミィの口元へと耳を近づけていた。
小さく動くミィの唇は、弱々しく言葉を紡ぐ。
掠れたミィの声が紡いだ言葉に、クロトは小さく頷くと、その頭を優しく撫でた。
「ごめん……俺の所為で……」
深く頭を下げたクロトは、瞼を閉じる。
そんなクロトへと、後ろからパルは声を掛ける。
「おい……大丈夫か?」
「…………ああ。気を失っただけだよ。ミィの事……任せていいか?」
ゆっくりと瞼を開いたクロトは、静かに立ち上がる。
そんなクロトの足元に見えるミィの姿にパルは表情を険しくする。
朱色の髪を更に血が真っ赤に染めていた。
ミィのその姿に、パルは額に青筋を浮かべると、クロトを睨んだ。
「誰だ! 誰がミィを――」
「答えは簡単ですよ。セラさんが居ないのなら、間違いなく魔族狩りですよ」
酒場の扉が開かれ、先程パルを助けた男が部屋へと入った。
揺れるオレンジブラウンの髪の合間に見える耳の付け根に小さな角が見えた。
それは彼が龍魔族であると言う事を物語っていた。
それを確認したクロトは、体を彼の方へと向け、鋭い眼差しで尋ねる。
「魔族狩りって事は……お前もそれに関係しているのか? 龍魔族だろ? あんた」
穏やかな声だが、その口調は好戦的な敵意むき出しだった。
その言葉に対し、男は銀のピアスをした右耳を右手で触ると、小さく首を振る。
「私は彼らとは無関係ですよ」
「その証拠は?」
間髪居れずにクロトはそう尋ねる。
クロトの質問攻めに少々不快そうな表情を浮かべる男は、眉間へとシワを寄せた。
「証拠? 彼女を助けたって事では証明されないかい?」
「それが作戦だとしたら?」
「ワザワザそんな作戦を取る理由はないでしょ? ここは、龍魔族の地ですよ?」
二人の視線が交錯する。
険悪な雰囲気を放つ中、壁をすり抜けセルフィーユが部屋へと入り込む。
『クロトさん! 感知しま――クサッ!』
部屋に入ったセルフィーユは広がる酒の臭いにそう声を上げた。
そして、涙目になりながら鼻をつまみ、セルフィーユはクロトの横へと移動する。
『はうぅ……ぐ、ぐざいでず……』
「それで、セラは?」
涙目のセルフィーユへとチラリと視線を向けるクロトは、静かな声でそう尋ねる。
クロトの声に、コクリコクリと頷くセルフィーユは、報告する。
『えっと……物凄い速度で東北東に向かってます。恐らくですが……馬車か何かを利用し、移動しているみたいです』
「馬車……だとすると……」
「追うんですか? なら、協力しますよ?」
男のその言葉に、クロトは一層強い疑念を向ける。
「どう言うつもりだ? お前、龍魔族だろ?」
「そう……ですね」
「なら、お前達がミィをこんな目にあわせたと言うわけか……」
パルは銃を抜き、その銃口を男へ向ける。
明らかにその目は男を敵視していた。
当然だろう。
ミィをこんな目にあわせたのだ。
怒って当たり前だった。
クロトとパルの二人に敵意を向けられる男は、呆れた様に息を吐くと肩を竦める。
「全く……なら、これなら信じてもらえますか?」
彼はそう言うと、右手を前へと出し、魔力をその手に込めた。
その手から溢れる魔力の波動に、クロトとパルは身構える。
刹那に、姿を見せる。
光沢のある漆黒の太い刀身の剣。
それは、クロトも見覚えのある剣――。
「土の剣。黒天」
平たい切っ先を床へと突き立て、柄頭へと右手を乗せる男はふっと息を吐いた。
「あなたの魔剣の一つ。そして、あなたが信頼出来る者へと託してくれた剣です」
「じゃ、じゃあ、お前が……」
パルがそう口にし、目を細めると、男はニコッと微笑し、
「竜王プルートの息子。第三王子のティオです。現在は、アオさんの意向で、ギルド連盟で働かせていただいています」
と、丁寧に説明し、小さく頭を下げた。
だが、ティオの言葉に対して、クロトの表情は変らない。
疑いの眼差しは変わらない。
そんなクロトにティオはもう一度息を吐く。
「まだ、信じてもらえませんか? 黒天は確かあなたの武器なはずですけど?」
「それを、お前が奪ったとしたらどうだ?」
「信用ないんですね……」
「俺は、ティオと面識がない。パルの今の様子からティオの顔を知らないない。なら、何とでも言えるだろ?」
クロトがそう口にすると、ティオは肩を竦める。
「もし、私が偽者だとして、デメリットが大きすぎませんか? あなた方のどちらかがティオの顔を知っていたら、終わりですよ?
それに、偽者だとして、ここであなた方の味方のフリをするのは、疑われる可能性の方が高いんです。やめるべきでしょ?」
穏やかにそう述べるティオに、クロトは眉間にシワを寄せる。
そして、
「分かった。お前を信じる」
と、クロトは口にする。
だが、そう言う割りにその警戒心は解かなかった。
ここで、時間を食うわけには行かないと、クロトは考えたのだ。
その為、ティオは少々困った表情で、
「言葉と、態度が合ってませんけど?」
と、肩を竦めた。
怪我をしたミィをパルは船へと連れて行き、雪原にはクロトとティオの二人の姿しかなかった。
一応、セルフィーユはその辺りを浮遊していた。
雪はやや吹雪いていた。
ただ、このフィンクではこの程度は日常茶飯事の為、大した事はない事だった。
「うーん……視界は最悪ですね」
「ああ……」
「ただ、彼らにとってはこれは日常茶飯事ですから、恐らく足は衰えないでしょうね」
ティオの冷静な分析に、クロトは真っ白な息を吐き出す。
「あんたは、この国の出身なんだろ?」
「えぇ、そうですよ?」
突然のクロトの質問にティオは少々驚きつつもそう返答する。
すると、クロトは片膝を着き、右手を雪原へと下ろす。
「なら、この辺りの地理には詳しいんだな?」
「え、えぇ……まぁ……。何をしようとしてるんですか?」
クロトの言葉に、ティオは不安そうにそう口にする。
「いや……地理に詳しいならそれでいい。追うか……」
そう口にしたクロトは立ち上がり、深々と息を吐いた。