第247話 フィンク大陸 再び
あれから、数日が過ぎた。
クロトとパルはあれ以来必要最低限の挨拶程度の言葉しか交わしていない。
それが、原因なのだろう。
船内には非常に重苦しい空気が漂い、険悪な雰囲気だった。
それでも船は進み、北の大陸フィンクへと到着していた。
海賊船は流石に港町に停泊するのは難しいだろうと、今回はフィンク大陸の最西端にある岬に船は停泊させられた。
一年中雪降る寒い地域だけあり、雪が積もり、空気も冷たい。
その為、クロト達は厚手のコートを着込み、フィンク大陸に上陸した。
上陸したのはクロト・セラ・ミィ・パルの四人で、他の船員は船で待機と言う事になった。
フードを被るクロトは、軽く身震いをすると、真っ白な息を吐き両手を擦り合わせ、辺りを見回す。
「さて、これからどうする?」
目を細め、クロトは肩に積もった雪を払う。
そんなクロトに黒のロングコートに身を包むセラは白い息を吐きながら提案する。
「やっぱり、町に行くべきじゃない?」
「そうッスよ。まずは情報ッス」
セラの提案に、ミィも賛同する。
クロトも基本的に、セラと同意見だが、答えには困っていた。
正直、町に行って情報を集めたいと言うのはあるが、やはりあの噂が脳裏を過ぎる。
グランダースで行われている魔族狩りだ。
理由は分からないが、確実にこの国で行われている事だとして、その魔族狩りが、この遠方の地まで行われているのか、と言うのがクロトの疑問だった。
それともう一つ。
魔族の地であるこの場所で、人間であるミィが町に足を踏み入れていいものなのか、と、クロトは懸念していた。
それ故に、答えに迷っていた。
クロトの迷いを知ってか、いつもと違うロングブーツにロングコート姿のパルは、深々と白い息を吐き出し目を細める。
「迷う必要はないだろ? 龍魔族は基本的に人間と見た目は殆ど変わらないし、ハーフも多い。角のある奴がいれば、ない奴もいるんだ。堂々としていれば何の問題もない」
腕を組みそう答えるパルは、キュッキュッと雪を鳴らし足を進める。
素っ気無いパルの言葉に、ミィは訝しげな表情を浮かべ、首を傾げる。
そして、ミィはクロトの方に顔を向けた。
「何かあったんスか?」
「んっ? うーん……ど、どうかな?」
苦笑し、クロトは言葉を濁した。
その答えに、ますますミィは疑念を強めた。
その後、クロト達は通過した港町へと辿り着いた。
パルの言うとおり、町には殆ど人間と区別できない見た目の人が多く居た。
寒い地域と言う事もあり、耳当てをしている者や、深くフードを被っている者が居る為、それも影響して、ますます龍魔族かどうかなど区別出来ない状況だった。
町の入り口で深々と息を吐き、町を見据えるクロトは「よしっ!」と気合を入れた。
「ホント、パルの言う通りだねー。全然、区別つかないやー」
えへへ、と笑うセラは両手を広げ、楽しげにクルンと回る。
とても楽しげなセラに、クロトも朗らかに笑う。
セラにとって、雪は特別なモノだ。
何故なら、セラの住んでいたルーガス大陸は一年中温暖な気候の為、雪とは無縁なのだ。
その為、久しぶりに訪れるフィンク大陸の雪に、はしゃいでいるのだ。
「セラ。あんまり浮かれちゃダメッスよ?」
「分かってるよー。でもでも、雪だよ! 雪」
「そうッスねー。雪ッスねー」
子供を宥めるようにそう言うミィは、困った様に微笑する。
何を言ってもこれはダメだと、すぐにミィも理解した。
すでに単独行動で町の散策に行ったパルの姿は見えない。
何処に行ったのかはクロト達も分かっていない。
その事が、ミィは少々気がかりになっていた。
こんな場所で、単独行動を取っても大丈夫なんだろうか、と。
不安げな眼差しをチラリとクロトへと向ける。
困った表情で腕を組みセラを見据えるクロトの横顔を見て、ミィは鼻から息を吐き俯いた。
そんなミィの頭にクロトの左手が置かれる。
フード越しにも分かるその感触に、ミィは顔を上げた。
「大丈夫だよ。パルの事は心配ないよ」
そう言い、クロトはポンポンとミィの頭を優しく叩いた。
何故、クロトがそんな事を言うのか分からず、ミィは不思議そうな表情を浮かべる。
だが、クロトは気にせず、歩き出す。
「さぁ、酒場にでも行くかー」
情報集めの定石。最も人が集まるであろう酒場へと、クロト達は向かった。
その頃、パルは一人、町を歩いていた。
何も考えずにブラブラと。
白い息を吐きながら足を進めるパルは、不意に足を止めた。
それは、妙な気配を感じたからだ。
「誰だ?」
パルの声に、物陰から顔を隠した黒ずくめの集団が姿を見せた。
ザッと見て、一〇人は居る。
しかも、完全に囲まれていた。
何か、嫌な感覚を覚え、パルは腰の銃へと手を伸ばした。
だが、その瞬間だった。
一番手前に居た男が、剣を抜き振り抜いた。
一気に間合いを詰められた為、パルは思わず下がり、銃を抜いたが、直後その腕を後ろから掴まれた。
「ッ!」
(しまった!)
思わずそう思うパルは顔を上げ、その腕を振り切ろうと力を込める。
だが、腕は微動だにしない。
何故なら、そのパルの腕を押さえるのは巨漢の男だったからだ。
パルの体格差は約二倍。
その強靭な腕から生み出される握力に、パルはなす術などなかった。
『はわわわっ! た、たた、大変です! く、クロトさん! クロトさん!』
パルに並んでその場を浮遊していたセルフィーユは、大慌てで念じる。
契約者であるクロトへと念を送ったのだ。
その直後、その場に、一つの足音と共に一人の男が姿を見せた。
その頃、酒場で話を聞いていたクロトは右の眉をピクリと動かし、椅子から立ち上がった。
突然のクロトの行動に、セラとミィは不思議そうに顔を上げる。
「どうしたの? クロト」
「何かあったんスか?」
不思議そうな二人に、クロトは真剣な表情で口を開く。
「悪い。二人はここで待ってて。ちょっと用が出来た」
「へっ? 用って――ちょ、クロト!」
セラの答えなど聞かず、クロトは慌てて酒場を飛び出す。
だが、その瞬間に酒場に居た男達は不敵に笑みを浮かべた。
雪の積もった道を駆けるクロトは、コートを揺らし魔力を目に集め、周囲の気配を探る。
セルフィーユは聖力の集合体の為、この方が探しやすいと考えたのだ。
そのクロトの考えは的中する。
赤く輝く瞳に、ハッキリとセルフィーユの清らかなオーラをまとう姿が映る。
「セルフィーユ!」
クロトが叫び、建物の角を曲がる。
刹那、視界に飛び込む。
地面に平伏す多くの男達。
そして、その中心に佇む一人の深々とフードを被ったロングコートの男に、パル。
何が起こったのか分からないクロトの下へとセルフィーユは飛んで来る。
『クロトさーん!』
「セルフィーユ? 一体……何が?」
小声でクロトはセルフィーユへと尋ねる。
すると、セルフィーユはやや興奮気味に、
『じ、実は、あ、あの人が助けてくれたんです! それから――』
と、言いかけた時、男は静かに振り返り、
「こんな所で何をしているんだ君は!」
と、怒鳴った。
その言葉に、クロトは怪訝そうに眉間にシワを寄せた。