第245話 男の友情
あれから、一週間ほどが過ぎ――。
「いいのか? ホントに」
紺色のコートを羽織ったクロトは、潮風に黒髪を揺らす。
港にはパルの海賊船が停泊していた。
つい先日、ここに到着したのだ。
王都は奪還されたと言う事を聞き、船員達の独断でここまで来たのだ。
そして、クロト達は出航の準備を終え、次の大陸、フィンクへと旅立とうとしていた。
そんなクロトと向かい合うのは、現在この大陸を統べる事になったキースだった。
王と言うわけではないが、現状、この大陸を統治出来る人材は彼一人だけだったのだ。
故に、彼が一人ですべてを担う事になった。
幸いの事に彼には優秀な部下が多く、彼らは大陸の各地に赴き、ギルド新緑の芽吹きの残党を捕えていた。
大陸のリーダーとなっても尚、変わらぬボサボサの黒髪を右手で掻くキースは、苦笑し肩を落とす。
「いや……私も、一緒に行きたいのは山々なんだけどね……ラルがどうしてもダメだと……」
眉を八の字に曲げるキースは、その視線をチラリと後方へと向けた。
キースの右斜め後ろに佇むタイトスカートの女性は、メガネを右手で上げサラリと右手で長い黒髪を揺らした。
当初、キースも一緒に北の大陸フィンクに行く予定だった。
それは、クロトと彼が意気投合し、お互いに友と呼ぶほど仲がよくなった事が原因だった。
アオは負傷し、現在意識不明で、クロト達の戦力は女性が大半だと言う事を知り、キースが一緒に行こうと直訴したのだ。
しかし、それを阻んだのは、メガネに黒髪ポニーテールのタイトスカートの女性、ラルだった。
それはもう、即答で、
「却下です」
と、キースの言葉を切り捨てた。
それからは、昼夜問わずに、彼女がキースの傍に付き添い、絶対に逃げられない状況になってしまった。
まぁ、当然だろう。
キースがいなくなってしまえば、この大陸を統治出来る者がいなくなってしまうのだから。
牢獄から出されたロズヴェルは、レベッカが今回の主犯だったと言う事を受け止められず、完全に塞ぎこみ、元六傑会のメンバーも、療養中だ。
それを、分かっているからこそ、キースもわがままを言わずに、こうして諦めたのだ。
「いや。それはいいんだけど……アオの事とか、この大陸の事、全てを任せてしまって……」
申し訳なさそうにクロトは俯く。
本来なら、新緑の芽吹きを撃退したクロト達が責任を持って、最後までするべきなのだろう。
だが、クロト達は全てをキースに投げ出し、旅立とうとしていた。
それが、クロトには申し訳なく思ったのだ。
俯くクロトの肩に、キースは右手を置いた。
「おいおい。そんなに、私は頼りないか?」
「えっ? いや、そうじゃなくて……」
「なら、任せろ!」
顔を上げたクロトの目を真っ直ぐに見据え、キースはそう口にした。
穏やかな笑みに、強い意志の篭った眼差し。
その目に、クロトは小さく息を吐いた。
「わかった……。悪かった。変な事言って」
「いいさ。元々、今回の件は、この大陸の者達で片付けなければならない事だった。それを、キミ達が助けてくれたんじゃないか。後処理位、なんて事はないさ」
穏やかな笑みを浮かべるキースは、ポンポンと二度肩を叩き、距離を取った。
そして、腕を組み胸を張ると、
「一緒に旅を出来ないのは残念だが、この件が片付いたら、必ずキミ達の助けになろう。約束だ!」
と、堂々と宣言した。
その言葉に、クロトも微笑し、
「ああ。そうだな。その時は力を貸してくれ」
と、クロトは右手を差し出す。
その手をキースは握り、
「ああ」
と、答えた。
そんな二人を船上から見据えるセラは、不満そうに頬を膨らませる。
「なんだか、男の友情って感じだね」
肩口まで伸ばした茶色の髪を潮風に揺らすセラは、手すりに組んだ腕に顔を埋めブーッと息を吐いた。
不満げなセラの様子に、隣で道具の整理をするミィは苦笑する。
「そうッスね。女の自分たちには分からない世界ッスよ」
と、答えた。
セラもそんな事は知っている。
だからこそ、不満げだったのだ。
きっとセラには一生分かる事のない感情なのだと思うとついつい不満に思ってしまう。
そんなセラに、道具を整理する手を止めるミィは顔を上げる。
「まぁ、いいじゃねぇッスか。そう言うもんスよ?」
「それは分かってるけどー……」
唇を尖らせるセラに、ミィは静かに立ち上がる。
「なんスか? ヤキモチッスか?」
「そんなんじゃないけど……なんだか、楽しそうだなぁーって」
「そりゃ、男同士ッスから。女の自分らと話せない事も話せるんじゃないッスか?」
ミィはそう言い、手すりへともたれかかった。
そして、港で握手を交わすクロトとキースに目を向ける。
「いいッスねー男の友情ってー」
ミィは目をただただ目を輝かせていた。
クロトの手を握ったキースは周囲には聞こえないように押し殺した声で、クロトに告げる。
「それより、気をつけた方がいい」
「えっ?」
思わずクロトはそう口にするが、表情は変えなかった。
キースが声を押し殺したと言う事は、周囲には知られたくない話だとすぐに直感したのだ。
そんなクロトの反応に、キースは小さく頷くと、静かな声で続ける。
「実は、今、フィンクで、魔族狩りが行われているらしい」
「魔族狩り? それって……ヴェルモット王国?」
クロトがそう尋ねると、キースは首を左右に振る。
「いや……それが、そうじゃないらしい」
「じゃあ、グランダースが?」
クロトの言葉にキースは頷く。
だが、クロトは疑念を抱く。
何故、魔族側のグランダースが魔族狩りをしているのか、と言う事だった。
クロトの疑念を、キースも感じていたのか、
「何故、そんな事をしているのかは定かではない。ただ、気になる事と言えば……王が変わったって事だろう」
「王が変った? 何で、それが気になるんだ?」
クロトが不思議そうにそう尋ねると、キースは眉間にシワを寄せる。
「その口振りだと、竜王に三人の息子が居るのは知ってるな?」
「ああ……確か、腹違いの三人だろ?」
クロトがそう言うと、キースは頷く。
「そうだ。竜王プルートが亡くなった際に第一王子のガガリスが跡を継いだ。そして、彼はヴェルモットと和平条約を結んだ。だが、第二次英雄戦争時に、何者かに殺されたらしくてな。それを、第二王子のグラドは人間の仕業と見てな。それから、グラドは王位に着き、宣戦布告した」
「グラドが王位についたのは聞いてたけど……なんで、そんな事に……」
「分からない。ただ、それによって、ヴェルモットの和平条約もなくなり、今は争いが絶えないらしい」
キースがそう言うとクロトは小さく頷き、
「分かった。ありがとう」
と、答え、手を離した。
「野郎ども! 出航だ!」
そんな時、パルの声が轟く。
パルの声に、クロトは慌てて船へと乗り込み、
「じゃあ、色々とありがとう!」
と、クロトはもう一度キースへと手を振った。
そして、船はゆっくりと出航した。