第244話 呪い
ギルド新緑の芽吹きの鎮圧は半日も掛からず終了する。
主力である四人を失った新緑の芽吹きに対抗出来うるだけの力は残されていなかったのだ。
いや、それだけではない。
中央広場に集められた兵はほぼ全滅だった為、城内に殆ど兵も残っていなかったのだ。
まだ息のある者などは医務室へと運ばれ、治療を行っていた。
その中に、アオの姿もあった。
アオの体は酷いものだった。
手足の筋は深刻なほど痛み、現状動く事は不能の状態。しかも、喉もまで損傷しており、呼吸をするのも辛いものがあった。
それもあり、アオの治療は最優先で行われ、緊急オペが開始された。
現状、ヒーラーが居ないと言う事もあり、緊急オペを行う事になったが、これも、ヒーラーが来るまでの応急処置的なものだった。
一方、クロトの損傷も激しかった。
流石に、あの技を使った為、全身酷い火傷を負っていた。
それでも、何故か、バルバス相手に初めて使用した時よりも、その症状は軽い。
恐らく、体に免疫と言うか、耐性がついたのかも知れなかった。
緊急オペが行われる部屋の前にはセラとミィの姿が。
オペの道具を用意したのはミィで、薬品から何から全てを手配した。
どれ程の応急処置が出来るのかは、この国の医師の技量に掛かっていた。
不安げに胸の前で手を組むセラは、祈る。
魔族のセラに出来るのは、それ位の事だった。
誰かが傷ついた時、セラは常に思う。
何故、魔族では聖力が使えないのか、どうして、自分は何も出来ず祈る事しか出来ないのか、と。
破壊する力しか生まない魔力と、癒しの力の聖力。
比べれば比べる程、魔族と人間とは対照的な存在なのだと、まざまざと知り、セラはただ唇を噛み締めていた。
場所は変り、地下牢獄。
そこに、パルは居た。
未だにロズヴェルがどれなのか分からず苦戦を強いられていた。
地下の牢獄の為、中央広場で起きていた戦いが終わった事を、パルはまだ知らなかった。
そんな折だった。
カツカツと踵を鳴らす音が響き、パルは瞬時に警戒心を強める。
(見回りか? でも、この足音は――)
訝しげに眉を顰めるパルが振り返ると、揺らぐ炎の薄明かりに一人の女性の姿が映し出される。
タイトなスカートに大人びた雰囲気を放つその女性は、ポニーテールにした長い黒髪を揺らすと、メガネを右手で上げ、鋭い眼差しをパルへと向ける。
「……あなたは?」
彼女の声にパルは瞬時に銃口を向ける。
無言の威圧に、女性は好戦的な眼差しを向け、深く息を吐く。
「私は、キース様の秘書で、ラルと申します。見た所、あなた様は、侵入者、所謂、ギルド新緑の芽吹きの敵対勢力とお見受けいたしますが?」
「キース? 確か……岬の砦の? でも、アイツは今――」
「えぇ。私達は、新緑の芽吹きからここを奪還する為に、密かに行動をしていました。その最中、あなた方が、侵入し、騒動を起こし、私達もそれに便乗する形で、動き出したわけです」
ラルは静かにそう説明し、両手を顔の横まで上げる。
自分に敵意は無いと。
そのラルに、パルは怪訝そうな目を向け、尋ねる。
「上はどうなったんだ? お前がここに居るって事は……」
「えぇ。収拾しましたよ。なんとか。ただし、結局、新緑の芽吹きのギルドマスターはいませんでしたし、大聖女には逃げられてしまいましたが」
肩を竦めるラルに、パルは眉を顰め、「そうか……」と呟き銃を下す。
それから、パルは静かに息を吐くと、肩の力を抜いた。
安堵するパルへとラルは静かに尋ねる。
「それで、あなたはここで何を?」
「あぁ? そうだな……クロトの奴に言われて、ロズヴェルと言う奴を探していたんだが……」
「ロズヴェル? そうでしたか……でしたら、私が案内いたしますよ。丁度、私も彼に用があるので」
ラルは大人びた笑顔でそう言うと、優雅に歩き出す。
それに続くように、パルもゆっくりと歩き出した。
生存者探しを行っている中央広場には、クロトがいた。
体中に痛みが残り、柱の傍に座り込んでいた。
そこを、セルフィーユはゆらゆらと漂う。
安堵した様子のセルフィーユは、幽霊の様に胸の前で両手をひらひらと揺らし、
『う~ら~め~し~や~』
と、小声で呟いていた。
そんなセルフィーユに苦笑するクロトは、右手の人差し指で頬を掻いた。
穏やかな雰囲気を漂わせるクロトの下へと、一人の男が歩みを進める。
ボサボサの黒髪を揺らすその男は、穏やかな笑みを浮かべると、クロトへと右手を差し出した。
「初めましてだね。私はキース」
「あぁ……俺は、クロト」
クロトはそう言った後に、自分の周りを浮遊するセルフィーユへと目を向けた。
紹介しようと思ったが、すぐに言葉を呑む。
セルフィーユの姿は誰にも見えないのだと思ったのだ。
しかし、意外にもキースは目を細め移動するセルフィーユを追うように瞳を動かす。
「え、えっとー……。君は、死者にでもとり憑かれてるのかな?」
ゆっくりとクロトへと視線を戻したキースは困った様に苦笑する。
キースのその言葉に、セルフィーユは動きを止め、クロトも目を見開いた。
驚いた様子の二人の表情に、キースは首を傾げる。
「あ、アレ? 何かおかしな事でも言ったかな?」
「み、見えるのか?」
『見えるんですか!』
クロトとセルフィーユの声が重なる。
だが、キースはクロトの言葉に対してだけ、
「い、一応見えるけど……?」
と、答える。
キースの答えに対し、クロトはセルフィーユと顔を見合わせる。
違和感があった。
その為、クロトは恐る恐る尋ねる。
「見えてるんだよね?」
「えっ? ああ……見えてるよ? 薄らとね。あと、何か叫んでるみたいだったけど?」
キースのその答えで、クロトはキースにはセルフィーユの声が聞こえていないのだと理解する。
その為、セルフィーユは即座に肩を落とし、涙目をクロトへと向けた。
セルフィーユのその表情にクロトは思わず目を反らした。
「ど、どうかしたのかい? なんだか、ショックを受けているようだけど?」
「いや……気にしないでくれ」
クロトは苦笑しながらそう言った。
自己紹介を終えると、キースはクロトの隣へと腰を下ろした。
それから、先ほどの事について話す。
「先程のあの女は、元・英雄のパーティーで、大聖女と呼ばれた女だ」
キースの言葉にクロトはレベッカの顔が思い浮かぶ。
しかし、レベッカの顔と、先程の女とでは明らかに骨格が違う。
クロトが知っているレベッカは幼い顔立ちで、あそこまで大人びた顔ではなかった。ただ、声質だけは変わっておらず、あの女がレベッカなのだと言う事は何となく分かった。
疑念を抱いたクロトの表情に、キースは鼻から息を吐くと腕を組む。
「君は呪いを知ってるかい?」
「呪い? 人を苦しめたりする?」
クロトがそう答えると、キースは渋い表情を浮かべる。
「まぁ、そうだね。そう言う類の呪いもあるね。でも、呪いにはもう一つ自分自身に掛ける呪いもあるんだ」
「自分自身に?」
「ああ。ロズヴェルも以前、自分に呪いを掛けて、自分の記憶を消し、性格まで変えていたらしいからね。その時は牧師をしていたみたいだよ」
キースがそう説明するが、クロトはイマイチ納得していなかった。
それと、レベッカの件がどう繋がっているのか、と言う事だった。
眉間にシワを寄せるクロトに、キースはもう一度深く息を吐く。
「まぁ、彼女も自分自身に呪いを掛けていたんだろうね。それによって、骨格まで変えていたんだろうね」
「そんな事をする意味ってあるんですか?」
クロトがそう問うとキースは小さく頭を振った。
「その意味は分からないよ。でも、きっと、何か意味があるはずさ」
キースはそう強い眼差しで答えた。




