第241話 嵐王と焔王
その頃、パルは、ようやく地下の牢獄を発見した。
牢獄にはまだ兵が数人残っていたが、それらをパルは容易に片付け、牢屋の鍵を入手する。
それからは、一つ一つの牢屋を覗き、ロズヴェルを探していた。
しかし、一つ問題があった。
「お前は、ロズヴェルか?」
そう、パルはロズヴェルの顔を知らないのだ。
その為、こうして、牢屋を覗きこんでは、その人物に尋ねていたのだ。
もちろん、牢獄されている者の中には凶悪な犯罪者もおり、彼らが素直に本当の事を言うとは限らない。
故にパルのロズヴェル探しは難航していた。
一方、中央広場にて、クラリス、グラード、リュードの三人と戦闘を繰り広げるクロトの呼吸は大分上がっていた。
流石に幹部クラス三人を相手にするのは、キツイ。
しかも、彼ら一人一人が、一つのものに特化した能力を持っており、基本平均的な能力値であるクロトでは、決定的なダメージを与える事が出来なかった。
パワータイプのグラード。
スピードタイプのリュード。
そして、クラリスは術に長けていた。
故に、クロトが自らの体を省みずに体内の血液を沸騰させ、どれだけ循環させ能力を上げようが、簡単にいなされてしまうのだ。
体内は焼ける様に熱く、吐き出される吐息は高熱を帯びる。
意識はもうろうとしていた。思考は半分停止し、今、自分が何をしているのかも、薄らとしか分かっていない。
それでも、クロトは剣を構え、よろめきながら三人を見据える。
クロトのその姿に、流石に三人も引いていた。
何が彼をそうさせるのか、何故、そんな状態でも立ち向かってくるのか、それが三人にとっては大きな疑念だった。
「くっそ! 何なんだよ! アイツは!」
グラードが怒声を響かせ、大剣を構える。
「なんか、すげぇ怖いんだけど……」
青ざめた顔でリュードは双剣を握りなおす。
「恐れる事はありませんよ! 彼はすでに死にかけです!」
クラリスはそう声をあげ、レイピアへと精神力をまとわせる。
そして、精神力を魔力へと変換させ、レイピアへと水をまとわせた。
と、同時に、その視線をリュードへと向ける。
「リュード!」
「分かったよ。僕も力を貸すよ!」
不服そうにリュードは双剣へと精神力をまとわせると、それを魔力へと変換させ、風を刃へと纏わせる。
やがて、クラリスが動く。
「水龍!」
クラリスが水を纏わせたレイピアを突き出すと、水は龍を象りうねりを上げる。
リュードはその水の龍へと飛び込み、その中で腕を広げた。
「竜巻!」
そう声を上げると、リュードは回転し、双剣に纏った風が渦を生み出す。
水の龍の体内を風が渦巻き、その水の鱗一枚一枚を荒々しくかき回した。
そして、みるみる内に、水の龍の体は膨れ上がり、三倍ほどの大きさへと変貌し、荒々しい姿でクロトを見下ろす。
「「激龍! 嵐王!」」
クラリスとリュードの声が重なり、同時に激龍・嵐王は動き出す。
大きな口を開き、牙をむき出しにしクロトへと突っ込む。
うねりを上げ、地面を抉る。土煙を巻き上げる嵐王は蛇行しながらその大きく開いた口でクロトを食らった。
そして、激龍・嵐王は天へと登る。
その瞬間に、リュードは嵐王の中から飛び出し、灰色の髪から水を滴らせる。
「どうだ! やったか?」
リュードは両手を膝に置きそう声を上げる。
だが、クラリスは険しい表情で嵐王を見据えていた。
嵐王に呑み込まれたクロトの体を、激流が襲う。
右へ左へ、上へ下へと揺さぶられるクロトの体を激流の中に流れる風の刃が斬りつけていく。
その度に鮮血が水の中へと広がった。
しかし、嵐王に呑み込まれたのは幸いだった。
冷たい水のお陰で、高熱だったクロトの体は大分熱が冷め、もうろうとしていた意識もしっかりしていた。
ただ、その代わりに呼吸が出来ず、酸欠状態で、相変わらず思考は回っていなかった。
それでも、クロトは魔力を全身へと広げる。
無意識と言うよりも本能的にそうしたのだ。
そして――
(業火!)
と、全身を赤黒い炎で包んだ。
その炎は水の中にあるにも関わらず消える事無く燃え続け、やがて、水を沸騰させる。
煮立つ嵐王に異変が起きたのはその直後だ。
嵐王の長い体が真ん中辺りで破裂し、弾け飛び、そこからクロトが飛び出す。
「ら、嵐王が!」
驚きの声を上げるリュードだが、すぐにグラードが声を上げる。
「次は焔王を使うぞ!」
大剣を構え、精神力を纏わせるグラードは、宙にいるクロトを睨む。
「そこでは逃げ場はねぇぞ!」
不敵に笑うグラードに、リュードは深々と息を吐き出し両手の双剣に精神力を注ぐ。
「竜巻!」
リュードはそう叫び、両腕を広げその場で回転する。
すると、風が逆巻き巨大な竜巻が土煙を舞い上げた。
その突風は、落下するクロトの体を煽り、バランスを崩す。
衣服は水を含み、体に張り付き、しかも重くクロトはほぼほぼ身動きが取れない状態だった。
「ゲホッ! ゲホッ!」
咳き込みながらそれを確認するクロトは熱気の篭った息を吐きながら、考える。
まだ、思考が完全に働いているわけではない為、いい案は浮かばないが、考える事で、クロトは冷静になることが出来た。
だが、そんなクロトに対し、地上では、グラードが動く。
大剣に纏わせた大剣を振り上げると、その刃は一瞬にして炎に包まれる。
「燃え上がれ! 爆龍!」
グラードはリュードが作り出した竜巻へとその剣を振り下ろす。
すると、その竜巻を紅蓮の炎が呑み込み、巨大な炎の渦を生み出す。
だが、それはすぐに姿を変え、巨大な炎の龍と化した。
「「爆熱! 焔王!」」
リュードとグラードの声が重なり、巨大な炎の龍、爆熱・焔王は落下するクロトへと大口を開き突っ込んだ。
それは、まるでクロトを地面へと叩きつけるような勢いだった。
「奴を喰らい! 焼き尽くせ!」
グラードの声がクロトの耳に届く。
そして、クロトはその大口を開く焔王を見上げる。
(どうする! 何か、いい案は――)
その時、クロトの視界を水滴が横切る。
それは、クロトの衣服に含んだ水が水滴となり弾けたものだった。
水滴を見たクロトは瞬時に閃く。
(悪いが! 真似させてもらう!)
クロトは右手に持った剣を手放し、同時に両手に魔力を集める。
「右手に水!」
一番苦手とする水属性へと変えた魔力。それにより、その手に水が生み出される。
大きさは手の平サイズで、とても、焔王には太刀打ちできるものではない。
だが、次の瞬間、クロトは叫ぶ。
「左手に風!」
皮膚を裂くような鋭い風が、左手を覆う。水属性よりも遥かに扱いやすい風属性の魔力は、膨大に膨れ上がり、クロトの左腕は鮮血に染まっていた。
苦痛に表情を歪めるクロトだが、これしか焔王を防ぐ方法はなかった。
「水+風! 暴風雨!」
クロトはそう声をあげ、両手を胸の前で合わせた。
左手を覆う風が、右手に集めた水を細切れにしながら吸収し、更に膨大に膨れ上がる。
まるで、小さな台風の様なものが、クロトの左腕を包み込んでいた。
「くっ!」
激痛に表情を歪めるクロトは奥歯を噛むと、
「いっけぇぇぇぇっ!」
と、声をあげ、左拳を迫る焔王へと突き上げた。
その勢いは凄まじく、クロトは地上へと叩きつけられ、生み出された暴風雨は、放たれると同時に周りの空気を取り込みながら膨れ上がり、焔王と衝突する。
「ふっ……ふはははっ! あんなもので俺様の焔王が――」
グラードはそう声を上げたが、直後、大きな爆発と共に、焔王と暴風雨は相殺され、地上へと炎と水が降り注いだ。
表情を険しくするグラードは、奥歯を噛むと、
「そんなバカな! 俺様の焔王が!」
と、声を漏らすが、クラリスは落ち着いた面持ちで、
「仕方在りませんよ。リュードは二度目。流石に精神力の消耗が激しかった」
と、疲弊するリュードへと目を向けた。
流石に、二度も大技を出すとなると、それなりに消耗してしまっていたようだった。
呼吸を乱すリュードは、両手の双剣を地面に突き刺し、ようやく立っている状態。
そんなリュードに、グラードは声を荒げる。
「テメェ! 肝心な時にへばってんじゃねぇ!」
「う、うるさい……なぁ。文句があるなら……自分一人で焔王を出せよ!」
グラードに対し、反抗的な眼差しを向けるリュードだが、そんな二人にクラリスは静かに告げる。
「もめている場合ではありませんよ。直撃は避けたとは言え、彼は大きなダメージを負った事に変わりはありません! 今の内に始末しますよ!」
クラリスはそう言い走り出し、グラードも小さく舌打ちをし走り出した。