第239話 私は信じます
疾風の如く地を駆けるのはリュード。
その手に握られる二本の剣は幾度と無く、クロトに襲い掛かる。
素早い一撃一撃をクロトは全て受け流す。
火花が散り、次々と金属音が響く。
額から溢れる汗と血が混ざり合い、クロトの顎先から雫が零れ落ちる。
その刹那、右からグラードが大剣を振り抜く。
リュードはギリギリまでクロトの動きを制止させ、その場を飛び退いた。
それにより、クロトはグラードの一撃を防がざる得なかった。
「くっ!」
重く力強い一撃にクロトは奥歯を噛み締める。
腕ごと持っていかれそうになるのを、全体重を乗せ必死に堪えるが――
「爆ぜろ」
の一言でグラードの刃は輝き、爆発を起こす。
衝撃が広がり、クロトは地面を転げる。
衣服は黒焦げ、顔中煤だらけになっていた。
瞬時に体を起こしたクロトは、周囲を確認する様に、視線を動かす。
リュードとグラードの姿を確認した後、背後でクラリスの声が響く。
「探し者は私ですか?」
クラリスはそう告げるとレイピアをクロトの背に突き出す。
「ッ!」
険しい表情を浮かべるクロトは、すぐさま反転し突き出されるレイピアを剣で弾き、距離を取った。
流石に今のクロトでは三人を相手にするのは厳しい。
ウォーレンとの戦いの傷も癒えていないと言うのもあるが、それ以上に三人の実力が相当なものだった。
それに、三人共別々の属性を持ち、それが一層クロトを苦しめていた。
「はぁ……はぁ……」
呼吸を乱すクロトは左肩で頬を伝う汗を拭った。
ここまで、クロトは防戦一方で、魔力を抑え何とか三人の攻撃を防いでいた。
魔力の消費量はかなり少なく節約できているが、それ以上に体力の消費が激しくクロトは苦悶の表情を浮かべる。
周囲一帯は荒地となり、兵の亡骸が多く散乱していた。
そんな中に佇む四人。グラード・クラリス・リュードの三人はクロトを囲う様に陣を取っていた。
まだまだ余力のある三人は獲物を狩るようにジリジリと間合いを詰める。
「さぁ、どうしますか?」
「どうするかだと? 決まってんだろ!」
クラリスの言葉に、グラードはそう声を上げると、大剣に精神力を注ぐ。
「爆殺してやるさ!」
グラードが地を蹴る。
「あっ! ズリぃー! 奴は僕の獲物だ!」
グラードに遅れ、精神力を両手に持った剣に注ぎ、リュードも走り出す。
しかし、クラリスだけが落ち着いた面持ちでその状況を眺めていた。
まるで、観察するように。
「爆烈斬!」
グラードが力強く右足を踏み出し、大剣を振り抜く。
これを受けるのは危険だとクロトは直感し、後方へと飛ぶ。
だが、その瞬間、背後に気配を感じる。
「残念! 逃がさないよ」
幼い子供の様なリュードの声が耳元に聞こえ、クロトは表情を険しくする。
と、その時、ようやくクラリスも動く。
そのレイピアに精神力をまとわせて。
リュードに背後を取られたクロトは、考える。この状況を打破する術を。
だが、その瞬間、グラードが振り抜いた刃が爆発を起こし、クロトの体を吹き飛ばす。
「ぐっ!」
「ナイスアシスト!」
リュードがそう声をあげ、風を纏わせた両手の剣を一気に振り抜く。
「暴風陣!」
(属性硬化!)
爆風で吹き飛ぶクロトは咄嗟に魔力を背中へと集め、それを土属性に変え、背中を硬化する。
硬化したクロトの背中に暴風と化したリュードの二本の刃が衝突し、甲高い金属音が響く。
「くっ!」
「なっ!」
声を漏らすクロトと、驚くリュード。
火花が散り、暴風はクロトを上空へと吹き飛ばした。
「くそっ!」
声を漏らすリュードは僅かにその表情を歪める。
その理由は――
「ようこそ。私のテリトリーへ」
クロトの飛ばされたその先にクラリスがいた。
そのレイピアに水を纏わせて。
「くっ!」
険しい表情を浮かべるクロトは、その身を屈め、両腕に魔力を込める。
「水龍撃!」
(属性強化! 雷!)
クロトは両腕に雷をまとった。クラリスの一撃を防ぎ、あわよくば攻撃出来ればいいそう考えたのだ。
だが、その考えは甘かった。
突き出されたレイピアから放たれる水の龍は一瞬にしてクロトを呑み込み、その肉体を地面へと激しく叩き付けた。
地面は砕け大きく陥没する。
その衝撃から逃れる様にグラードとリュードはその場を離れ、陥没した地面に溜まった水を見据えていた。
水の溜まったその地面の底にクロトは埋もれていた。
意識はもうろうとし、赤く輝く右目は光を徐々に失う。
セルフィーユにあれだけの事を言っておきながら、この様。正直、クロトは笑ってしまいそうになった。
何が、信じろだ、何が手を出すなだ。
こんな様では、セルフィーユが信じないのも、手を出したくなるのも当然だった。
そんな事を思うクロトの口から泡が漏れる。
体は地面に埋まっている為、浮くことはなく、クロトはただ海面から見える空を見上げていた。
『クロトさん! クロトさん!』
耳元で聞こえるセルフィーユの声。
その声にクロトはゆっくりと瞳を動かす。
セルフィーユの姿を捜していた。
だが、その瞳にセルフィーユの姿は映らなかった。
その代わりに、セルフィーユの声だけが耳元で響く。
『私は、信じます。だから、こんな所で負けないでください!』
セルフィーユのその言葉にもうろうとしていたクロトの意識は唐突に冴える。
そして、口から大量の泡を噴出すと、クロトの右目が一層強い輝きを放つ。
同時にクロトは全身へと魔力を張り巡らせ、体内を流れる血を燃やす。
沸騰するように煮えたぎる血液はその流れを加速させ、クロトの体は高熱を帯びる。
やがて、その熱は陥没した地面に張った水へと伝わり、その水をゆっくりと蒸発させていった。
「な、何事ですか?」
地上に降り立ったクラリスが、その異変に眉を顰める。
「あの野郎! まだ何かやるつもりか!」
大剣を構えなおすグラードはそう声をあげ、唇を噛む。
「次こそ、逃がさねぇ!」
リュードは二本の剣を構え無邪気に笑った。
場面は地下へと移る。
青雷をまとうアオと少女は、激しくぶつかり合う。
両腕に装着した漆黒のガントレットで、アオが振るう轟雷を防ぐ少女は、不敵に笑みを浮かべる。
同じ雷火を使用しているはずなのに、少女の方が開発者のアオを圧倒していた。
「くっ!」
額から血を流し肩で息をするアオは、目を凝らし少女を見据える。
人造人間と言うだけあり、少女の身体能力は獣魔族並みで、その魔力量は魔人族並み。そして、その頑丈さは龍魔族並みの強さを持っていた。
それに加え、精神力による肉体強化に、魔力による属性強化。
圧倒的にアオよりも高い能力値なのだ。
故に、幾ら開発者で技の事を知り尽くしているとは言え、少女に遅れをとっていたのだ。
「ふふふっ……連盟の犬って言ってもその程度なのね」
不敵に笑い、漆黒のワンピースの裾を揺らす少女は、赤と金の瞳をアオへと向ける。
そんな少女の眼差しに、アオは薄らと口元に笑みを浮かべた。
どこからそんな笑みが浮かべられるのか、疑念を抱く少女は拳を構える。
「何がおかしいの?」
「別に……おかしいわけじゃねぇよ。ふと思ったのさ。パーティーを組まずに一人で戦うのは、どれ位ぶりだろうかって」
突然のアオの言葉に、少女は眉間にシワを寄せる。
「だから、なんだって言うの?」
「基本的に、俺は……女とは本気で戦わない」
「今度は言い訳? 見苦しいわよ」
アオの言葉に不快そうに少女はそう答えた。
だが、アオは頭を左右に振る。
「青雷の名は、俺がギルド連盟に所属する前……一人の時につけられた名だ」
「…………だから、何?」
明らかに二人の会話はかみ合っていない。
その為、苛立ちから少女は雷火をまとったまま地を蹴り、アオの背後へと回り込んだ。
「さっきから、話が噛みあってないんだけど!」
と、少女は振り上げた拳をアオへと振り下ろした。
だが、次の瞬間少女は驚愕する。
何故なら、振り抜いた拳は空を切り、少女の視界からアオは消えていたのだ。