ゲート ～黒き真実～

最終章 不透明な未来編

第238話 自分の為に生きろ

　地面を突き上げ迫る爆発は、敵味方など関係なく、次々と兵を吹き飛ばし、レーザーの様に放たれた水撃は兵のまとう鉄の鎧を突き破り最短距離でクロトへと迫る。

　前後からの同時攻撃にクロトは眉を顰める。

　その理由は、グラードもクラリスも自らの兵の犠牲など関係なく攻撃を仕掛けてきたからだ。

　奥歯を噛み締め、拳に力を込める。外道二人をどうするか考えるクロトは右足へと重心を傾けた。

　だが、直後、クロトの動きは止まる。視線を感じたのだ。

　まるで獲物を狙う獣の様な殺気の篭った視線を。

　その視線の主はリュードだ。体勢を低くし、舌なめずりをするリュードは、大きく穏やかだったその眼を細め、狩人の様な眼差しでジックリとクロトを観察していた。

　確実にクロトの息の根を止める為、その眼は些細な動きすら見逃さない。

　恐らく、今、クロトがグラードとクラリスの攻撃をかわそうと動き出せば、リュードはその心臓を目掛けむき出しの牙を突き立てるだろう。

　そう考えたクロトは一層険しい表情を浮かべる。

　仲間の事など考えず、自分の欲望の為に動いているはずのグラード・クラリス・リュードの三人だが、確実にそれは連携の取れた攻めだった。

「くっ！」

　思わず声を漏らすクロトは、右手に持った剣と左手に魔力を集める。

　鍛錬のお陰が、一瞬である程度の魔力は集まり、

「属性硬化！　土！」

と、左手に集めた魔力の属性を変化させ、その手を土属性で硬化する。

　そして、右手の剣は逆手に持ち替えると大きく振り上げ、

「グランドスマッシュ！」

と、その剣を地面へと突き立てた。

　衝撃が地面を貫き、大地は大きく揺れる。その小さなうねりはクロトの突き立てた剣を中心に幾つもの波紋を生み出し次々と周囲へ広がった。

　それにより、地面を突き上げ突き進むグラードの爆撃は相殺され、同時にその場に居た全ての兵の動きを止める。ただ一人を退いて。

　一方で、左手は真っ直ぐに直進する水のレーザーを正面から受け止める。

「ぐっ！」

　余りの衝撃にクロトの表情は歪む。

　強度の高い土属性で硬化したとは言え、勢いよく噴出す水は鉄をも貫く。そんな破壊力のある一撃を硬化しているとは言え素手で受けなど、正気の沙汰ではなかった。

「ひゃっほーっ！　やっぱ、僕、持ってる！」

　クロトが地面に剣を突き立てるその瞬間に、跳躍していたリュードが身を縮ませ、両手に持った刀を肩に添わせるように振り上げ、クロトを見据えていた。

「くっ！　ざけんな！　リュード！」

「全く、何が持ってるですか！」

　リュードの言葉にグラードとクラリスが同時に叫ぶ。

　しかし、リュードは止まらない。身を縮めた状態で前方へと体を回転させながらクロトに向かい、落下する。

「大・回・天・切・り！」

　回転するリュードは勢いをそのままに両手に持った剣をクロトへと振り下ろした。

　左手でクラリスの一撃を防ぐクロトの重心は右へとずれていた。その為、地面に突き立てた剣を抜く事は出来ず、リュードの一撃を防ぐ術は――なかった。

（くっ！　ダメか！）

　クロトが目を伏せた時だった。

　その耳に聞き覚えのある声が聞こえる。

『絶対障壁！』

　その声に、クロトは瞼を開く。

　すると、クロトの目の前には半透明の姿で両手をリュードにかざすセルフィーユの姿があった。

　その手の先には見えない壁が作り出され、それが、リュードの振り下ろした二本の剣を受け止め、弾き返した。

「くっ！」

　弾かれたリュードは後方回転し、着地すると、足元に土煙を巻き上げ勢いを殺し眉間にシワを寄せる。

「な、なんだ？　今の……」

「おいおい！　何やってんだ！」

　戸惑うリュードに対し、地面に突き立てた大剣を抜いたグラードが地を駆ける。

　重量感のある大剣の切っ先を地面に引き摺り、土煙を巻き上げる。

　そこで、ようやく、クラリスの放った水のレーザーが消滅し、クロトは左腕を下ろし、右手で剣を抜く。

　未だ、グランドスマッシュの効果は持続しており、周囲の兵は動けない。なのに、何故、グラードは動けるのか、そう考えるクロトだが、すぐに理解する。

　あの爆発で威力は衰えたのだと。

「死ね！」

　土煙を巻き上げ、大剣を振り上げたグラードは全体重を乗せ、大剣を振り下ろす。

『クロトさん！』

　セルフィーユは叫び、グラードの正面へと移動し、両手をかざす。

　だが、その瞬間にクロトは叫ぶ。

「手を出すな！」

　クロトのその声に、セルフィーユの動きは止まり、グラードは自分に向けられた言葉だと思い、不敵に笑う。

「んなわけねぇーだろが！」

　怒鳴るグラードの刃が触れる直前、クロトも地面から抜いた剣を振り抜いた。

　互いの刃がぶつかり、凄まじい衝撃が広がる。

　クロトの黒髪は衝撃で大きく揺れ、表情は険しく変った。

　直後だ。

「爆ぜろ」

　グラードの囁き声が響き、その大剣の刃が赤く輝く。

（マズイ！）

　グラードの言葉と、先程の技から、クロトは瞬時に判断する。

　これは、爆発すると。

　だが、判断した時には遅い。

　赤く輝く刃が激しい爆音を轟かせ、クロトの体を大きく弾き飛ばした。

「ぐっ！」

　二度、三度と横転したクロトは、すぐに体勢を整え、勢いを殺す。

　そして、顔を挙げ、グラードを見据えた。

　額からは僅かに血が溢れ、前髪は少々焼け焦げていた。

　赤く輝く右目を見開くクロトは、深く息を吐き腰を上げる。

「くっそ……」

『く、クロトさん！　大丈夫――』

　セルフィーユはすぐにクロトの下へと飛んでくると、心配そうに胸の前で手を組む。

「ああ。平気だ。下がってろ」

　しかし、クロトは冷たくそう言い、剣を構える。

　胸を刺すクロトの言葉に、セルフィーユは戸惑いの眼差しを向けた。

『ど、どうしてですか！　わ、私も一緒に――』

「いいから！　セルフィーユは何もしないでくれ！」

『そんな……それなら、私がいる意味は――』

　今にも泣き出しそうなセルフィーユの声に、クロトは奥歯を噛む。

　そんな時、壇上から飛び降りたクラリスが、地を蹴り叫ぶ。

「何を一人でゴチャゴチャと！」

　右手を引き、レイピアの切っ先をクロトの背に向ける。

　クラリスのレイピアを突き出した刹那、クロトは左回りに回転しながら、レイピアを受け流す。

　そして、右肘をクラリスの右脇腹へと打ち込んだ。

「うぐっ！」

　表情を歪めるクラリスは弾かれ、よろめく。

　だが、休む暇など与えず、

「今度は当てる！」

と、疾風の如く地を駆けるリュードは両腕を交差させ、額の前で構える。

「いっけぇぇぇぇっ！」

　叫び声と共にリュードは両腕を外に払う様に振り抜いた。

　鋭く風を切る音が――途切れた。

　金属音と火花を広げて。

　交錯した刃の中心に、クロトの剣が振り下ろされていた。

　三本の刃が交錯し、震え、軋む。

「いいか……そこに存在するのに、意味なんて必要ない！　生きているのに、理由なんて必要ないんだよ！」

　クロトはそう言い、リュードの体を右足で前蹴りし、突き放す。

　そして、深く息を吐き出した。

　明らかにおかしい言動の目立つクロトに、流石の三人も怪訝そうに眉を顰める。

「な、なんだ……コイツは……」

「さっきから、何言ってんだよ」

「おかしいですね。何か、薬でもやってるんじゃないですか？」

　三人は互いの顔を見合わせる中で、クロトはその背後に漂うセルフィーユへと静かに告げる。

「セルフィーユ。お前は、聖力が尽きれば、消滅する。正直、俺はそうなって欲しくない。生きているんだ。もっと、自分の為に生きろ！　もっと、世界を見ろよ。こんな所で、無駄に命を使うな」

　クロトは俯きそう言い、息を吐き出す。自らの心を沈める様に。

　そして、ゆっくりと顔を上げると、

「俺を信じろ」

と、クロトは静かに呟き、剣を構えなおした。