第237話 三者三様
クロトとパルは地下から出た。
やはり、地下通路の先は古びた暖炉だった。
相手が気付いていないはずは無いのだが、部屋はとても静かでかび臭く、人の気配はまるでなかった。
あの待ち伏せは彼女の単独行動だったのか。
それとも、よほど彼女の事を信頼しているのか。
どちらにせよ、この静けさから察するに他に待ち伏せはいないようだった。
埃の舞うその一室に、クロトとパルは反射的に右手で口と鼻を覆う。
そして、眉を顰め、息を潜めた。
それから、アイコンタクトと身振り手振りで互いに合図を送りあい、小さく頷き動き出す。
当初の目的通り、クロトとパルは作戦を実行する。
部屋を先に飛び出したのクロトだ。
それは、安全確認と言うのもあるが、一番の目的は陽動だった。
後から部屋を出るパルが、行動しやすい様にと考えた結果だった。
クロトは部屋を出ると、わざと見回りの兵に見つかるように、先ほどの部屋から拝借した剣を抜き魔力を込める。
「業火! 爆炎斬!」
威力を最小限まで抑えた一撃だったが、それでも、壁をぶち壊し、大きな物音を立てる。
騒ぎを起こすには十分過ぎる一撃だった。
当然の如く、その物音に見回りをしていた兵や待機していた兵達はすぐに反応を示し、屋敷内は騒然となる。
「何事だ!」
「侵入者だ!」
「何処から侵入したんだ!」
兵達の言葉に、クロトは確信する。
あの待ち伏せは彼女の単独犯だと。
そして、まだあの抜け道の事を、兵達が知らない事を理解し、わざと大声を張る。
「ギルドマスターは何処だ! 俺と勝負しろ!」
クロトはそう言い、広場の方へと駆け出した。
目立つ方へ、目立つ方へとただ突き進むだけだった。
そして、兵達もそのクロトの後を追うように広場の方へと向かった。
パルは待った。時が過ぎるのを。
そして、廊下の騒ぎが静まるのを見計らい、パルは外へと出た。
広場へと出たクロトは、すでに大勢の兵に囲まれていた。
流石に兵士の数は多く、クロトは思わず苦笑する。
(やべぇー……やりすぎた……)
目を細め、剣を構えるクロトは、大きくため息を吐く。
だが、すぐにパルの言葉を思い出す。
この大陸を攻め落としたのは一人の少女だった、と言う事だ。
その少女と言うのが地下通路で待ち伏せしていた彼女の事だろう。
それを考えると、このギルドの主力はその少女だけなんじゃないだろうか、とクロトは考えていた。
だが、そんなクロトの考えを覆すように、穏やかな声が響く。
「おやおや。何処から侵入してきたんですかね」
背後から聞こえたその声に、クロトは振り返る。
赤い瞳を向けたその先には壇上があり、その上に一人の若い男が佇んでいた。
空色の恐らく癖毛なのだろうウェーブの掛かった髪を揺らし、穏やかな表情の優男。右手には銀色のガントレットをし、腰にはレイピアをぶら下げ、胸は銀の胸当てを装着していた。
如何にも貴族と言う風貌のその男は糸目でクロトを見据え、不敵な笑みを浮かべる。
そんな男の姿に、クロトは疑念を抱く。
(コイツがマスター? いや……違う……そんな感じは――)
その時だ、今度は正面口の方から雄々しい声が轟いた。
「おうおう。一体、どう言う事だぁ? あぁん!」
乱暴なその言葉に、クロトは更に振り返る。
そこには、大剣を背負う深紅の短い髪を逆立てた目付きの悪い男が佇んでいた。
先程の男とは打って変わり、その体付きは筋肉質で袖の無いジャケットに、指の無い黒いグローブを両手には装着していた。
鋭い眼差しを向けるその男は、右手で背負った大剣の柄を握ると、不満そうに声を上げる。
「俺様に逆らう奴は何処のどいつだ!」
ビリビリと大気を震わせるその叫び声に、兵士達は皆耳を塞ぐ。
一方、表情を歪めるクロトは、額に汗を滲ませる。
(アイツが、マスター? でも、どっちかって言うと、マスターと言うよりも、切り込み隊長みたいな感じが――)
そんな時、今度は西口から幼い子供の様な声が響く。
「うわーっ! 侵入者だ! 侵入者だ!」
無邪気な子供の様な言葉遣いに、クロトは西口の方へと顔を向ける。
すると、そこには小柄な幼い少年が佇んでいた。
灰色の肩口まで伸ばした髪を頭の後ろで束ねた少年は、白い歯を見せニシシと無邪気に笑う。
両手を頭の後ろに組み、腰には二本の刀身の細い剣が揺れる。
「僕らのギルドに一人で乗り込むなんて、バカなのかなぁ?」
大きな目をパチクリと動かす少年は、鼻から息を吐き出した。
その少年の姿に、一層クロトの表情は険しくなる。
(三人目! くっ……マズイ……)
表情を険しくし、唇を噛み締める。
明らかに他の兵とは空気感の違う三人。
幹部クラスだと思われる。
その三人は互いの顔を見据えると、不満そうな表情を浮かべた。
「なんですか? グラード。あなたも居たんですか?」
壇上にいる優男が、正面口にいる筋肉質な男へとそう告げる。
その言葉に、グラードと呼ばれた正面口に佇む男は、額へと青筋を浮かべると、大剣を地面へと突き立て、胸を張った。
「んだと! クラリス! テメェこそ、何でんなとこに突っ立ってやがんだ! 俺様を見下してんじゃねぇ!」
雄々しい声を轟かせ、グラードは一歩踏み出す。
「ニシシー。相変わらずだねー。グラードもクラリスも」
頭の後ろで手を組む少年はそう言うと、相変わらず無邪気な笑みを浮かべる。
すると、グラードの苛立ちは少年へと向く。
「笑ってんじゃねぇ! リュード!」
グラードは鋭い眼差しをリュードと呼んだ少年へと向ける。
ギスギスとした空気を漂わせる三人に、クロトはただ息を呑む。
すでに、クロトの右目には映っていた。
三人の体から溢れ出る力の波動が。
三者三様だが、どれもこれも強い霧状の煙を漂わせていた。
「まぁまぁ、いいじゃんいいじゃん。さっさと片付けちゃおうよ」
頭の後ろで組んでいた手を解き、リュードは腰にぶら下げた剣へと手を伸ばした。
すると、グラードが怒声を轟かせる。
「待て待て! コイツの相手は俺様だ!」
グラードの声に、クラリスは肩を竦める。
「おやおや。何を言っているんですか? 相手をするのは私ですよ」
と、クラリスはレイピアを抜く。
「ちょっと待ってよー。僕も戦いたいんだけどぉー」
二人の発言に、リュードは両手に持った剣を振り上げる。
そして――
「なら、早者勝ちだ!」
と、リュードが地を駆ける。
「チッ! ざけんじゃねぇぞ!」
リュードに遅れ、グラードは地面に突き立てた剣を抜き、その刃に精神力を集める。
「全く……いいでしょう。私も参戦しましょう」
と、クラリスは顔の前にレイピアを立て、その先に精神力を集中する。
疾風の如く地を駆けるリュードは、集まった兵の合間をぶつかる事無くすり抜け、クロトの視界へと飛び出す。
「くっ!」
一瞬の後に反応し、クロトは体をリュードの方へと向けた。
クロトの反応速度に、一瞬驚いた表情を見せたリュードだが、すぐに無邪気な笑みを浮かべ、
「コイツは僕のものーっ!」
と、右手に持った剣を外から内へと振り抜いた。
それを、クロトは瞬時に剣で受け止める。
金属音の後に、火花が散った。
だが、リュードの攻撃はそれで終わりではない。
右腕を素早く引くと、続けざまに左手に持った剣が斜め下からクロトへと襲い掛かった。
「くっ!」
奥歯を噛むクロトは瞬時に足を引き、上半身を仰け反らせる。
リュードの振り抜いた剣の切っ先は、僅かにクロトの前髪を掠めた。
そして、グラードとクラリスも同時に動く。
「爆雷!」
グラードはそう声をあげ、精神力を纏わせた大剣を地面に叩きつける様に振り下ろす。
一方、
「穿尖!」
と、クラリスはその手に持ったレイピアを突き出す。
「に、逃げろ! 巻き添えを食うぞ!」
その瞬間に兵士達がそう声を上げ、散り散りに逃げ惑う。
だが、遅い。
グラードが振り下ろした大剣は地面を砕く。そして、地面には真っ赤な亀裂が一直線に広がり、直後激しい爆発が地を駆けた。
その一方で、クラリスの突き出したレイピアの先からはレーザーの様に水が高速で打ち出され、クロトへと直進した。