第236話 望んだ力
地下通路を駆けるクロト、セラ、ミィ、パルの四人。
その後方では青白い閃光が金属音と共に幾度と無く広がる。
アオとあの少女が激しい戦闘を繰り広げているのだ。
「どうする! クロト!」
パルがクロトの背に叫ぶ。
だが、クロトは拳を握ったまま無言で走り続ける。
考えていた。
この状況を。
明らかにあの少女は待ち伏せしていた。
と、言う事は、地下通路の事を相手は知っていると言う事だった。
それでも尚、通路を塞がなかったと言う事は、そこから攻め込まれても対処出来るだけの策がある。もしくは、それだけ彼女の力を信頼している。と、言う事だろう。
戻るべきかと悩むクロトに、セラは告げる。
「信じよう。アオを」
そのセラの言葉に、クロトは奥歯を噛み締める。
そう。
今はアオを信じて突っ走るしかない。
だから、クロトは悩むのをやめ、ただひたすら走り続けた。
この地下通路を抜けるまでただひたすらに。
地下通路の広間。
青白い閃光が瞬き、金属音が響く。
雷を象ったような形をした短剣、轟雷を構えるアオは、左手を地面へと着き、息を吐いた。
地面には黒焦げた跡が幾つも残っていた。
全て、アオが走り抜けた跡だった。
地面に落ち割れたランプから漏れた油に炎が引火し、辺りは明るく照らされ、アオと少女の影が壁に揺らぐ。
「青雷の異名はダテじゃないって事ね」
少女の言葉に、アオは右の眉をピクリと動かす。
何故、彼女がその異名を知っているのか疑念を抱く。
ギルド連盟の一員になってから、アオは連盟の犬と言う通り名が広まった。
故に、彼女がその異名を知っている事が、アオには不自然に思えた。
訝しげな表情を浮かべるアオへと、少女は肩を竦める。
「何を驚いているんですか?」
黙り込むアオへと、少女はそう告げる。
その言葉にアオは轟雷を構えたまま静かに尋ねた。
「何者だ? 何故、俺の事を知っている」
「何を言ってるんですか? あなたほどの有名人を知らない方がおかしいでしょ?」
少女がもう一度肩を竦める。
そして、両腕に着けた漆黒のガントレットへと魔力を込めた。
(魔族か!)
そう考えるアオだが、すぐに少女の瞳の色に気付く。
(待て……あの赤い目は……)
アオがそう思った矢先、少女の姿が消え、次の瞬間にはアオの目の前へと少女が姿を見せる。
しかも、その体に青白い光をまとって。
「くっ!」
咄嗟に轟雷を体の前に出す。
だが、少女は構わずその右拳を振り抜いた。
金属音の後に衝撃が広がる。
大きく弾かれたアオは壁際まで追い込まれた。
険しい表情を浮かべるアオへと、少女は追い討ちを掛ける為、またしても一瞬で間合いを詰める。
その動きはまさにアオの使う雷火そのものだった。
「ッ!」
声をもらしたアオは瞬時に上半身を右へと傾け、少女の拳をかわした。
少女の拳は空を切り、壁を打ち抜く。
壁の砕ける音が響き、砕石が飛び散った。
瞬時にその場を離れるアオは、大きく肩を揺らす。
「ど、どう言う事だ! 何で、お前が雷火を使える! これは、俺が編み出した――」
「簡単な事ですよ。私があなたよりも優秀で、それを学習する事が出来たと、言う事です」
漆黒のワンピースの裾をはためかせ、軽く頭を下げる少女をアオは睨んだ。
簡単に覚えられる程、雷火は簡単な技ではない。
そもそも、アレは体にかなりの負荷が掛かる。その負荷に女性が耐えられるわけがないのだ。
疑いの眼差しを向けるアオは、轟雷を構えると、腰を少しだけ落とす。
「私があなたよりも優秀だと言うのを見せますよ」
少女はそう言うと雷火をまとったまま、その右手に聖力をまとう。
その瞬間にアオは悟った。彼女の秘密に。
地下通路を駆けるクロト達はようやく出口へと辿り着いた。
呼吸を整えるクロトは、一旦、振り返り、セラ、ミィ、パルの三人の顔を見据えた。
「ここから先は何があるか分からない。気を引き締めていこう」
クロトがそう言うと、セラとミィは目を細める。
「そんなの分かってるよー」
「そう言う確認はいいッスよ」
二人の冷めた言葉に、クロトは苦笑する。
「作戦はあるのか?」
苦笑するクロトへと、パルはそう尋ねる。
すると、クロトは腕を組み唸った。
「いや……作戦は無い」
「大丈夫なのかそれで」
クロトの答えに呆れるパルは右手で頭を抱え深く息を吐いた。
一方で、セラは両拳を胸の横で握り締め、
「大丈夫だよ! 何とかなるって!」
と、満面の笑みを浮かべた。
「楽観的過ぎッスよ」
呆れながら、ミィは肩を竦める。
だが、ここで考えていても始まらないと知っている為、吐息を漏らすとクロトへと目を向ける。
「とりあえず、自分はここで待機してるッス」
「そうだな。ミィにはここで待機してもらっている方がいいだろうな」
クロトは小さく頷く。
そして、セラへと目を向ける。
「それから、セラもここに待機しててくれ」
「えっ! な、何で! わ、私――」
「ミィ一人だと危険だろ? それに、退路を確保しておかなければならない。恐らく、守る為の戦いはセラが一番適任だと思うんだ」
クロトはそう言い、強い眼差しをセラへと向けた。
その眼差しにセラは息を呑み、そして、小さく頷いた。
「わ、分かった! 私はここを死守する!」
「ああ。任せるぞ!」
クロトはセラの肩を右手で叩いた。
腕を組むパルは、そんなクロトを見据え、目を細める。
「それで、私とお前で攻め入るのか? 無謀じゃないか?」
「ああ。恐らく、待ち伏せされているかもしれない。だからこそ、二人で行く」
「何の意味がある?」
パルが首を傾げると、クロトは複雑そうに眉をひそめ、
「これは、俺の願望なんだが……恐らく、敵は大人数で来ると思っている。だから、二人で行けば――」
「油断してくれると? 幾らなんでも、その考え方は――」
「分かってる。この考え方は短絡すぎるって。だから、願望だっていっただろ」
「ふむっ……」
唸るパルに、クロトは真剣な目を向けた。
そして、クロトはパルの肩を右手で掴み告げる。
「それから、パルにはもう一つ頼みがある」
「頼み? なんだ?」
パルがそう言うと、クロトはチラリとセラとミィを見た後、声を潜めパルにのみ聞こえる声で何かを告げた。
「ま、待て! お前、それは――」
「分かってる。でも、時間が無い。俺は大丈夫だ。だから、パルはその事だけを優先して進んでくれ」
クロトの強い眼差しに、パルはそれ以上反論できず、唇を噛み、「分かった」とクロトの考えを了承した。
青白い閃光が瞬き衝撃が広がる。
壁が音を立て崩れ、鮮血が地面へと滴れる。
「がはっ!」
壁に減り込むのは、雷火の効き目が切れたアオだった。
額から血を流し、うな垂れるアオは、大きく開いた口から熱の篭った息を吐き出し、虚ろな眼差しを少女へと向ける。
青雷をまとう少女は、両手を覆う漆黒のガントレットへと精神力を纏わせる。
「結構、あっけないのね」
「あぁ……」
壁から剥がれたアオは、膝から地面へと落ちた。
だが、すぐに体を起こし少女を睨んだ。
「そう……か……通りで、雷火が使えるわけか……」
そう言い、アオが口元へと薄らと笑みを浮かべた。
ピクリと眉を動かす少女は、眉間へとシワを寄せる。
「お前……人造人間か……。まさか、まだ被験者がいるとは思わなかった……」
アオは俯き加減にそう言うと、少女は肩を揺らし笑う。
「ふっ……ふふふっ……」
「なにが……おかしい?」
アオがそう尋ねると、少女は穏やかな表情で答える。
「被験者? 違うわ。私は、望んだのよ。こうなる事を」
「何?」
彼女の言葉に、アオは表情を歪める。
人造人間。それは、過去にフィンク大陸ヴェルモット王国で行われていた非合法の人体実験だった。
魔族や人間の肉体を無理矢理移植したり、魔法石を埋め込んだりすると言う非人道的な実験だった。
被験者となったのは当時まだ幼い子供達だった。そして、使われたのは捕らわれた魔族や犯罪者の肉体。
だが、まだ幼い子供がそれだけの移植手術に耐えられるわけも無く、実験は失敗に終わった。ただ、唯一一人の少女を除いては。
その少女をアオはよく知っていた。
その為、まさかもう一人被験者がいるとは思わなかった。しかも、その少女が、自分からそうなる事を望んだと言う事を信じられなかった。
「お前……本気で言ってるのか?」
「えぇ。本気よ。だって、常人を超えた力が得られるのよ?」
「そうか……どうやら、お前はアイツとは違うみたいだな……」
「アイツ? 誰の事を言っているのか分からないわね」
首を傾げる少女は肩を竦めた。
深く息を吐き出すアオは、震える膝に力を込め、再び全身に青雷をまとった。
「何々? まだやる気?」
少女は呆れた様な眼差しを向け、首を振った。
そんな少女にアオは、強い眼差しを向け告げる。
「どうやら……俺は、お前には負けられないらしい……」
「はぁ? 何言ってんの?」
「その力を望んで手に入れたと言うお前に、俺は負けるわけにはいかねぇんだよ!」
アオはそう言い、地面を蹴った。