第234話 バレリアの入り江
クロト達は、バレリア大陸の入り江にいた。
そこは、現在、もぬけの殻となっているが、本来なら六傑会の一人キースが管理していた海域防衛所になっていた。
そこに船を停泊させ、クロト達は砦を探索していた。
バレリアで何があったのかを知る為にも、必要な事だった。
六傑会の事はクロトも詳しくは知らない。その為、この砦を統括するキースと言う男に一目会っておきたいと、考えていたのだが、無駄足だったようだ。
「誰もいないみたいッスね」
ミィは周囲を見回し、目を細める。
ミィの言う通り、誰もそこにはいない。
しかし、争った跡があると言う事も無く、意図的にこの場所を放棄したと言うような形だった。
食料から何から全て運び出され、手掛かりになりそうなものすら残っていない。
腰に手を当てるクロトは、深く息を吐くと首を傾げる。
「そうだな……正直、何か手掛かりがあると思ってたんだけど……」
埃の乗った机をクロトは右手の人差し指でなぞる。
すると、机には指の跡がくっきりと残った。
つい最近いなくなったのではなく、大分前にこの場所を去ったようだった。
複雑そうに眉間にシワを寄せるクロトに、他の部屋を探索していたパルが合流する。
「やっぱり、もぬけの殻だな」
ヘソを出した軽装のパルは、ハーフパンツから伸びる引き締まった足を進め、クロトの前で立ち止まった。
「どうする? このままココにいても、収穫はなさそうだぞ?」
パルはそう言い、右手を腰に当てる。
パルの言う通り、ココに居ても収穫はなさそうだった。
その為、クロトは右手で頭を掻くと、深く息を吐く。
「そうだな……」
「しかし……一体、何処に消えたんだ? この砦の連中は?」
「うーん……私が思うに、身を隠したんじゃないかな?」
腕を組みながらセラがクロト達と合流した。
セラは魔力を使い、砦の周囲を調べていたのだ。
しかし、セラの調べでも、何も見つからなかった。
「魔力の波動って言うのは感じなかったから、恐らく戦いがあったって事はなかったみたいだけど……」
右手の魔力を消滅させ、セラは肩の力を抜いた。
腰に手を当てるパルは目を細めると、不満げに唇を尖らせる。
「一体、どうなってるんだ? 全く……」
「とりあえず、ここからは徒歩で行こう」
クロトがそう提案すると、パルは腕を組む。
「徒歩か……。確かに、船で王都を目指すのは危険だが……」
「でも、ここで徒歩で王都まで行くのは大変ッスよ」
訝しげに眉間にシワを寄せ、ミィがそう口にする。
確かに、ここはバレリア大陸の最西端だ。ここから王都を目指すのはかなり時間が掛かる。
それでも、クロトは船よりも徒歩で行く方が安全だと考えたのだ。
「でも、あんまり時間は掛けられないんじゃないかな?」
セラはそう口にする。
その言葉に、クロトは眉間にシワを寄せた。
そうクロト達に時間は残されていない。
処刑が決定されたのだ。
元・六傑会の一人、ロズヴェルの。
クロト達がそれを知ったのは先日の事で、処刑日時は一週間後の午後だった。
「そう……だな」
「なら、やっぱり、船で行くべきか? 馬を飛ばしても、一週間じゃ王都には辿り着けないぞ?」
パルがそう口にした時だった。唐突にそこに一つの気配が現れ、
「なら、一瞬で飛ぶってのはどうだ?」
と、聞き覚えのある男の声が響いた。
その声の方へと皆の視線が集まる。そこには、一人の男が佇んでいた。
短い黒髪に相変わらずの凛とした表情の男に、クロトは笑みを浮かべ、パルは眉間にシワを寄せる。
「アオ!」
「何で、お前がここに……」
クロトとは対照的に不快そうにそう告げるパルに、アオは両手を顔の横まで上げる。
「安心しろ。今回は討伐対象ってわけじゃないから」
「当たり前だ! コッチは、世界の為に海賊家業そっちの気で協力してんだ。討伐対象にされてたまるか!」
アオのニヤケ顔に、クロトは苦笑し、パルは一層不快そうな表情を見せた。
キョトンとするミィは首を傾げ、セラは周囲を見回す。
それから、眉をひそめ、アオへと目を向けた。
「他の皆はどうしたの?」
セラの言葉に、アオの表情が一瞬だが引きつった。
クロトはその変化を見逃さなかったが、何も言わずそれを流した。
笑みを浮かべるアオは、肩を竦める。
「まぁ、なんだ。ギルド連盟も人手不足でな。忙しいんだよ」
「そうなんだ……久しぶりに、レオナさんに会いたかったなぁ……」
「そうか……悪いな。一緒じゃなくて」
アオはそう言い苦笑した。
そんなアオへと赤い瞳を向けるクロトは、目を細める。
「アオが来たって事は、ギルド連盟もバレリアを支配するギルドが危険だって判断した……て、事でいいのかな?」
クロトがそう言うと、アオは小さく頷いた。
「ああ。そう言う事になる。ただ、相手は急激に力をつけ、ギルド連盟非加盟のギルドでナンバーツーのギルドになったからな」
「えっ! ナンバーツーに! そ、それって……」
驚くセラに、アオは頷く。
「この国自体が、そのギルドの所有の物となった。故に総合戦力が国一つ分と言う判断が下された」
「ちょっと待つッス! そ、それじゃあ、非加盟ギルドのナンバーワンって……」
「ホワイトスネークか?」
腕を組むパルは眉間にシワを寄せ、アオを睨んだ。
その眼差しにアオは大きく頷く。
「ああ。クロト。お前もすでに知ってるかもしれんが――」
「確か、東のクレリンスを現在統括してるのが、ホワイトスネークってギルドなんだよな?」
「そうだ。膨大な資金力と強大な軍事力を持ったギルドだ。その資金源は分からないが、一代でココまで大きくなるなんて、なんらかのカラクリがあるに決まっている」
アオは渋い表情でそう口にした。
「しかし……たかだか一介のギルドが、国を統括するとはな……」
パルは右手で頭を抱え、深く息を吐いた。
「そうだな。普通ならありえない状況だけどな……」
「そんな一国の軍事力を持つギルドに、連盟はどう対処するつもりなの?」
セラが不思議そうにそう尋ねると、場は静まり返った。
連盟は何も対処など考えていないのだと理解し、クロトはため息を吐いた。
「無策は愚策よりも愚かだ」
「そうだな」
クロトの言葉に、アオ自信も賛同する。
「しかし、お前、一人で乗り込むつもりだったのか?」
パルが意外そうにそう言うと、アオは肩を竦める。
「ウチの優秀な雑務担当が、ここにお前達が来るって予言してな」
「イエロが? それじゃあ、イエロに言われて来たのか?」
クロトがそう言うと、アオは「ああ」と小さく頷いた。
それから、右手をクロトへと差し出すと、その手の平が青白い光を放ち、一瞬にして雷の剣、轟雷が現れた。
「轟雷? あぁ……そっか。アオに預けたって言ってたっけ……」
「これを、お前に返しておこうと思ってな」
グッと柄を握るアオは、その手をクロトの胸へと押し付ける。
だが、クロトはその手を押し返し、
「いや。それは、アオが持っててくれ」
と、言った。
その言葉に、アオは眉間にシワを寄せる。
「何でだ? これは、魔剣の一部なんだろ? それなら、お前が持ってる方が――」
「いや。轟雷一本だけ持ってても、俺には使いこなせないからさ。専門属性のアオが持ってる方がいいと思うんだ」
「んーっ……まぁ、お前がそう言うなら……」
複雑そうな眼差しを向け、アオは轟雷を消し肩の力を抜いた。
「じゃあ、遠慮なく借りておく」
「それで、これから、どうする気だ?」
パルは不快そうな表情でアオを睨んだ。
そんなパルへと微笑するアオは、肩を小さく竦めると、
「言ったろ? 一気に王都に行くって」
と、力強く言い放った。