第232話 バレリアへ
「本当に、もう行くのか?」
ウォーレンが残念そうな表情でそう言う。
アレから、二日程が過ぎた。
巨大海賊船は、魔導砲を真横から受けたが、その後霧の様に消えてしまった。
結局、アレがなんだったのかは分からぬままだった。
それから、ウォーレンに招待され、ミラージュ城で船員を労った。
疲れもあっただろうし、あの戦闘の後だった為、皆、食事を終えるとすぐに寝てしまい、結局二日の時間が過ぎたのだ。
その間、クロトも少しの時間ながら傷を癒しつつ、ウォーレンの話を聞いていた。
ウォーレンの話によれば、クロト達がこのミラージュ王国を出て行ったそのすぐ後に、謎の男にこの城は襲われたとの事だった。
何でも、漆黒の鎧を着た不気味な男で、ソイツが、父を殺めたとの事だった。
その話を聞く限り、クロトの頭の中に、フィンク大陸で見た一人の男を思い出す。
それは、土属性を扱う男で、すでに殺された。恐らく、その男が、この国を変えた男なのだろう。
クロトはそう説明すると、ウォーレンは悔しそうに「そうか」と呟き、拳を握り締めていた。
父の仇をとる事が出来ない。それが、よっぽど悔しかったのだ。
それから、ウォーレンは、妙な薬を飲まされた事を、告げた。
その薬がなんなのかは分からないが、その後の記憶は曖昧だった。
自分が中立都市を武力で制圧した事すら、覚えていなかった。
パルはそんなウォーレンの言葉に呆れつつも、安心したように微笑していた。
「まぁ、長居するのは、良くないだろう」
パルは腰に手を当て、海賊ハットから伸びる黒髪を揺らした。
すると、ウォーレンは鼻息荒く胸を張ると、
「パルちゃんだったら、いつまででも居ていいのに!」
と、目を輝かせる。
そんなウォーレンに苦笑するパルは、ジト目を向けた。
「断る。そもそも、お前にはお前のすべき事があるだろ?」
「うぐっ……た、確かに……」
「それに、私は海賊で、お前は一国の王だ。それを忘れるな」
パルはそう言い、背を向けると軽く手を振った。
そんな背を見据え、ウォーレンは小さくため息を吐き、肩を落とした。
船へと乗り込んだパルに、クロトはただただ苦笑する。
「いいのか? アレで?」
クロトがそう言うと、パルはその顔をキッと睨む。
「何か問題があるのか?」
「い、いえ……な、何の問題もありません……」
あまりの迫力に、クロトはそうカタコトで答えた。
すると、パルは深く息を吐き出し、声をあげる。
「出航の準備をしろ!」
パルの声に「アイアイサー」と船員達は声をあげ、船に帆を張った。
甲板ではミィがこの二日で買い集めた薬品やら何やらを広げ、整理をし、セラはそれを眺めていた。
並んで手すりにもたれかかるクロトとパルは港で名残惜しそうに手を振るウォーレンを見据える。
「これからが大変だろうな」
クロトは軽く手を振りながらそう言うと、パルは眉間にシワを寄せた。
「そうだな……。利用されていたとは言え、奴がやった事は、国民を苦しめた。そう簡単に許してもらえる事ではないだろうな」
「だよな」
深くクロトは息を吐いた。
「だが、アイツなら大丈夫だろ。時間は多少掛かるだろうが、きっと国民に認めてもらえるさ」
パルがそう言うと、クロトは嬉しそうに口元に笑みを浮かべる。
そんなクロトの顔を横目で睨んだ。
パルの視線に気付いたのか、クロトは視線をそらすと、
「さて、次はバレリアかぁー」
と、話をそらした。
だが、意外にも、パルはその話に乗っかる。
「そうだな……でも、何しに行くんだ? 今更、行った所で、魔族には厳しいと思うぞ?」
心配そうにパルがそう言うと、クロトは先程までとは打って変わり、真剣な表情で答える。
「だからこそ、行かなきゃいけない」
「だからこそ? 何で、そこまで拘るんだ?」
パルがそう言うと、クロトは鼻から息を吐き出し手を組んだ。
「あの大陸はさぁ……この世界を象徴している気がするんだ」
「この世界を象徴している?」
「ああ。人間が魔族を嫌い、魔族が人間を憎む。その関係が、この世界を縮小した大陸なんだよ」
クロトの言葉に、パルは頭を左右に振るう。
「分からんな。そんなの、何処の世界でも一緒だろ?」
「かも知れない。でもさ。あの大陸には絶対的な独裁者が居た。その人物が居なくなり、ようやく、魔族と人間とが、手を取り、一緒に暮らしていける段階へと進もうとしてたんだ……」
「だが、人はそんなに簡単には変わらないぞ」
「だから、誰かが変える為のきっかけを与えなきゃいけない。でなきゃ、ずっとこのまんまだ……」
クロトは眉を顰める。
ここまで、様々な世界を見てきたが、その中でもバレリア大陸が一番最悪な状態だったと、クロトは考えている。
だからこそ、変えなきゃいけない。そう考えたのだ。
クロトの言葉に、パルは深々と息を吐き、腕を組む。確かに、この世界は今、変わらなきゃいけない時期なのかも知れない。
だが、それは、並大抵の事ではない。
それを知っているからこそ、パルは渋い表情を浮かべ空を見上げる。
「険しい道を辿る事になるぞ?」
「それでも構わないさ。俺に出来る事は何でもする」
クロトは真剣な眼差しで、海面を睨んだ。
誰かがこの世界を悪い方向へと導こうとしているのは分かっている。
何か大きな事の起こる裏で、誰かが暗躍しているのは分かっている。
だからこそ、魔族と人間が、協力し合わなければならないと、クロトは考えていた。
そんな真剣なクロトに、パルは深く息を吐き、
「まぁ、私も極力協力はするつもりだが……」
と、言うと、クロトはパルへと顔を向け、
「ありがとう。パルには、無理ばっかりさせて、悪いと思ってるよ」
と、微笑した。
その笑みに赤面するパルは顔を背けた。
「べ、別に、無理なんかしてないから。私は出来る事を、ただこなしているだけだ!」
妙に早口になるパルに、クロトは「そっか」と答えた。
それから、静かな時が流れ、波の音だけが響く。
すでにミラージュ王国の港は遠ざかり、ウォーレンの姿は見えなくなっていた。
手すりからはなれたクロトは、「んんーっ」と声をあげ、背筋を伸ばす。
そして、右手を空へとかざした。
「俺はさぁ、この世界は、嫌いじゃない。確かに、苦しい事、恐ろしい事、許せない事とか、沢山あるけど……。それに負けない位、沢山の嬉しい事、楽しい事もあった。だからこそ、俺は、この世界の人たちにも幸せになって欲しいって、思ってるし、この世界は平和であるべきだと思うんだ」
クロトはそう言い、穏やかに微笑する。
そんなクロトに、腰に手を当てたパルは深く息を吐き、肩を落とす。
「分からないね。どうして、異世界から来たあんたが、そこまでこの世界の事を考えているのか」
肩を竦め、パルは頭を左右に振った。
そんなパルの反応に苦笑するクロトは、右手を下ろすと、
「自分でも、よく分からないんだ。それでも、この世界を良くしたい。そう思うのは、多分、至極当然の事なのかも知れないよ」
と、困った表情で答えた。
クロトにも、よく分からない。どうして、そう思うのか。
平和な世界で何不自由なく育ってきた自分が、そう思うのは、クロト自身不思議で仕方なかった。