第228話 巨大海賊船
割れた海は一瞬にして元へと戻る。
それにより生じた激しい波がその海域全体へと広がり、船を大きく揺らした。
激しい波でクロト達が仕掛けておいた機雷は次々とミラージュ王国の軍艦を直撃し、爆音と水柱が何度も何度も轟いた。
もちろん、その激しい波は海流を大きく乱し、海中に居るクロト達も襲った。
「うぐっ! ど、どうするんスか!」
声を荒げるミィ。
流石にこれ程の激しい海流を予測していなかったのか、小型船は前後左右へと大きく揺れる。それでも、船が逆さになる事だけはなかった。
それだけ、土台に重量があったのだ。
必死に船にしがみつき、揺れに耐える。その中で、クロトは確りと目的地である大陸を視界へと捉えていた。
「見えたぞ!」
「み、見えたって……そ、それでどうする気?」
セラが声を上げると、クロトはエンジンへと右手を乗せ、魔力を練る。
その瞬間にセラとミィは嫌な予感が頭を巡った。
「な、何する気ッスか!」
「ちょ、クロト――」
二人に答える事無く、クロトは練りこんだ魔力をエンジンへと注ぎ、それを風属性へと変えた。
その瞬間、スクリューは今までの数十倍の勢いで回転し、船は海流などものともせず、海中を直進する。
そして、一瞬の後に、衝撃が広がり、船は木っ端微塵に吹き飛んだ。
大陸へと衝突したのだ。
船が大破し、投げ出されると、クロトはミィとセラを両手に抱え、そのまま海面へと浮上する。
「ぷはっ!」
海面へと顔を出す。
髪は濡れ、額へと張り付き、衣服は非常に重い。
それでも、何とか辿り着いた。ミラージュ王国の船着場に。
「な、何て無茶するんスか!」
全身ずぶ濡れのミィはそう声を荒げる。
衣服は張り付き、ミィの幼児体型が際立つが、クロトは全く目をくれる事無く、城内の様子を窺うように身を潜めていた。
一方、セラは海水を含んだ服を脱ぎ、褐色の肌を露出させ水気を含んだ衣服を両手で絞っていた。
「ちょ、セラ! な、何してるんスか!」
顔を赤らめ、ミィはセラの行動に声を荒げる。
当然だ。セラは上半身下着姿だったのだ。
大慌てのミィに対し、セラはキョトンとした表情で首を傾げる。
「えっ? 何って……服を絞ってたんだけど?」
「いやいや。そ、それは分かってるッスよ! ど、どうして絞ってるんスか!」
両手を振り回しそう言うミィに、セラは眉を顰める。
「えっ……だって、濡れたままだと気持ち悪いでしょ?」
当然と言わんばかりのセラに、ミィは頭を抱える。
そんな中、クロトは静かに口を開く。
「セラ、ミィ。キミ達はここで待機しててくれ。俺が、一人で中の様子を見てくる」
クロトの提案に、ミィは振り返る。
「い、いや! ちょ、ちょっと待つッス! 幾らなんでも危険ッスよ!」
「危険だから、俺一人で行くんだ。それに、ウォーレンとは俺が決着をつけなきゃいけない気がする……。だから、二人はここで、待っててくれ」
クロトのその言葉に、ミィは唇を噛むと、セラへと目を向ける。
「セラからもなんとか言うッス!」
「いいんじゃないかな? クロトで一人で行くって言うなら」
「な、何言ってるんスか!」
絞った服を力強く振りそう言うセラに、ミィはそう怒鳴る。
その声に、セラは苦笑し、肩を竦め、
「私達が一緒に行ったとしても、足手まといでしょ? それに、ここを死守する事も大切な事だよ」
と、言いセラは服を着なおした。
そんなセラの言葉に、ミィは不満げに頬を膨らませるが、渋々と肩の力を抜いた。
「分かったッス。自分達はここで待ってるッス」
「ああ。任せるぞ」
クロトはそう言い、ミィの方へと顔を向けると、右手でその頭を優しく撫でた。
そして、クロトは駆け出した。
城内へと侵入したクロトは、廊下に飾られた鎧から装飾用の剣を抜き取った。
武器としての機能は皆無だが、無いよりはいいだろうと考えたのだ。
深く息を漏らすクロトは、広い城内を探索する。
城内に兵は大勢いるようだが、クロトは気付かれぬように移動を続けていた。
目的地はすでに分かっている。謁見の間だ。
そこに現在の王であるウォーレンが居る。そう、クロトは判断した。
まだ城内に侵入したと言う事がバレていないからだろう。城内に居る兵達は海上の海賊パルへとその視線は貼り付けにされていた。
これも、クロトの思惑通りと言っていい状態だった。
だが、問題が一つ、海上ではおきていた。
「な、なんだ! あの海賊船は!」
パルの船の甲板で、船員の一人がそう声を上げた。
そして、パルも、その巨大軍艦――いや、巨大海賊船に目を向け、息を呑む。
船首には金色の装飾がされた女神像が吊るされ、物々しい程の大砲が構えられていた。
間違いなくパルの海賊船の二倍、三倍の大きさがあるその海賊船は、未だかつて見たことの無い海賊船だった。
「ど、何処の海賊だ!」
「分かりません! ですが、アレは――」
船員の一人が気付く。
その海賊船が掲げるその海賊旗に。
それは、十五年前、この世界の海を支配し、英雄の片腕と呼ばれた男の船だった。
「そ、そんな……ば、バカな事が――」
臆する船員達が口々と弱音を吐く。
そう、あの英雄戦争の後、英雄と共に旅をしてきた六人は消えた。
それが、今更になって何故、姿を見せたのか、しかも、パル達に明らかな敵意を向けて。
最悪な状況は更に最悪なものに変わっていた。
前方からはミラージュ王国の軍艦。後方からは伝説の海賊船。完全に挟み撃ちにされてしまった。
「くっそ……どうする! どうしたらいい!」
手すりを握り締め、パルは必死に頭を働かせる。
だが、次の瞬間、海賊船からの砲撃が鳴り響き、激しい水柱が噴き上がる。
「くっ!」
衝撃で船は左へと傾き、大きく揺らぐ。
このままでは危険だと判断するパルは、決断を下す。
「白兵戦をする!」
「ちょ、本気ですか! 船長!」
パルの言葉に、若い船員が驚きの声を上げる。
当然だろう。
白兵戦をするには圧倒的に戦力が少なすぎた。
それでも、パルはこの作戦を取るしかなかった。戦艦と戦うには、コチラの武装は圧倒的に少ない。戦力以上にコチラの方が分が悪い。
そう考えた結果の答えだった。
「船を回せ! 後方! 巨大海賊船に突っ込むぞ!」
パルの言葉に船員達は声を上げる。
もうやるしかないと分かったのだ。
その声に、船首付近で浮遊していたセルフィーユはビクッと肩を跳ね上げ、振り返る。
迫る巨大海賊船に、目を凝らすセルフィーユは唇を噛む。
『クロトさん……これは、かなりヤバイです……。早く、決着をつけてください!』
そう呟き、セルフィーユはミラージュ城へと目を向けた。
場所はミラージュ城、謁見の間。
そこで、クロトは再会を果たす。
玉座に座る一人の男ウォーレンと。
漆黒の胸当てをしたウォーレンは、グレーの髪を揺らすと、その手にハンマーを握り締め、ゆっくりと玉座から立ち上がる。
圧倒的な威圧感が場を支配し、クロトは思わず息を呑んだ。
ピリピリと肌を刺す殺気に、前回手合わせをした時とは明らかに違うものを感じた。
「やはり……お前が来たか。クロト」
落ち着いた静かな口調のウォーレンに、クロトは眉間にシワを寄せる。
明らかに前とは違う雰囲気と口調に、クロトは思う。
(パルの言った通り……まるで別人になったみたいだな……)
と。
玉座から立ち上がったウォーレンがゆっくりと階段を下り、クロトの正面へと立つ。
そんなウォーレンへと赤い瞳を向けるクロトは、薄らと口元に笑みを浮かべる。
「前回の……ケリをつけに来た」
「前回のケリ? …………ああ。アレか。ふっ……くだらん」
鼻で笑うウォーレンに、クロトは両手で装飾品の剣を握り締めた。
この剣でウォーレンと戦うのは、明らかに無理だろう。無謀な事だろう。
それでも、今、クロトの手元にある武器はこれしかなかった。