第223話 俺はお前を信じる!
第二次英雄戦争から一月余りが過ぎていた。
ゲートの中心、ルーガス大陸。そこは悲惨な状態だった。
多くの残骸が残り、森は焼け焦げ、地面はボコボコに陥没していた。
城下町も悲惨な状態で、多くの亡骸を弔う人々の姿があった。
その中で、魔王デュバルの右腕だったクロウが兵達に指示を出し、現在この国をまとめていた。
多くの犠牲を負ったあの戦いの傷痕を癒そうと、兵達は皆、一心不乱に働いていた。
自室でボンヤリと窓の外を眺めるセラは、深いため息を吐いた。
茶色の髪が肩口で揺れ、褐色の肌をそよ風が撫でる。
尖った耳へと髪を掛けたセラは、ボソリと呟く。
「クロトが……お父さんを……」
あの日の光景を思い出す。
謁見の間で銃弾に倒れ、血を流すデュバルと、銃を手にするクロト。
確かにあの状況を考えれば、クロトがデュバルを撃ったのは疑いようが無い。
それでも、セラはそれを信じる事が出来なかった。そもそも、クロトがデュバルを撃つ理由が無い。
だから、あの日の事を考え後悔する。ショックが大きかったとはいえ、皆がクロトを犯人だと決めつけ、追いかけるのを止められなかった事を。
肩を落とし、俯くセラはもう一度深く息を吐いた。
そんな時、部屋の扉をノックする音が響き、扉は開かれる。
「失礼します」
黒髪を揺らし、お辞儀をしたのはケルベロスだった。
何処か他人行儀な感じで部屋へと入ってきたケルベロスは、鋭い眼差しで窓際のセラを見据えると、
「食事の用意が出来ました」
「そう……うん。後でいい」
「そうですか……」
そう答えたケルベロスは、もう一度深く頭を下げた。
部屋を出ようとするケルベロスに、セラは不意に声を掛ける。
「ねぇ、ケルベロス」
「はい?」
動きを止めたケルベロスはドアノブを握ったままセラの方へと顔を向けた。
そんなケルベロスへとセラはもの悲しげな眼差しを向け、静かに尋ねる。
「クロトは……本当に、お父さんを――」
「それは、俺には分かりません。ただ……いえ。何でもありません。では、また」
ケルベロスはそう答え、部屋を後にした。
ケルベロスの答えを聞き、セラは鼻から息を吐く。
そして、窓の外へと目を向けた。そんな時だ。森の方で一筋の光が瞬いた。
それはほんの一瞬の輝きだったが、セラははっきりとその光を目視した。
(何? 今の……もしかして……)
不意にセラの脳裏に浮かぶのは、クロトの顔だった。
もしかしたら、そこにクロトが居るんじゃないか、そう思った時、セラの体は自然と動き出す。
木々が焼かれ、焼け野原となった森の中、眩い光と共にクロトは姿を見せた。
周囲に人の気配は無く、ただ乾いた風だけが緩やかに流れていた。
乾きひび割れた地面を踏み締めるクロトは、そんな空気を吸い込み深々と息を吐き出した。
またこの地に戻って来たのだと、実感し、拳を強く握り締める。
やるべき事は沢山ある。でも、それらを全て出来るわけではない為、クロトは優先順位を考え、今、出来る事を考えた。
まず、今、一番優先しなければならない事は――
「どうにかして、ここを出ないと……」
ルーガス大陸を無事に出ること、それが、今の最優先事項。
デュバルを殺したと言う罪がある為、魔族からも敵対され、魔族と言う事から人間からも敵視されている。
この状況で果たして、この大陸を出る事は出来るのか。
そして、もう一つ。一月が経過したが、この大陸の唯一の出入口は果たして開通しているのか、と言う事が問題点になる。
もし開通していなければ、危険を冒さなければいけない。故に、クロトは相当の覚悟はしていた。
『どうするんですか? これから』
不意に、セルフィーユは尋ねる。
誰も居ないとはいえ、焼け野原となったその場所はかなり目立つ。
その為、セルフィーユは辺りを見回していた。
そんなセルフィーユの心配とは裏腹に、クロトは右手で頭を掻き、困り顔で答える。
「うーん……どうするかなぁ?」
『まさかのノープランですか?』
クロトの答えに、セルフィーユは苦笑する。
流石にここまで来て、ノープランと言うのは驚きだった。
苦笑するセルフィーユは、大きく吐息を漏らし、不安げに胸の前で手を組む。
『あの……ここに居るのは、危険……じゃないですか?』
不安げなセルフィーユの言葉に、クロトは腕を組んだ。
「そうだね。確かに……危険かもしれないね」
能天気にそう答えたクロトは「はっはっはー」と笑った。
とりあえず、場を明るくしようと思い、そう言う行動に移ったのだが、場は白けていた。
息を呑むクロトは、冷や汗を掻き小さく頷いた。
「じゃ、じゃあ、移動しよっか。うん」
『そうですね。ここだと――』
セルフィーユがそう言いかけた時だった。
足音が聞こえた。
瞬時に息を潜めるクロトだが、次の瞬間、一人の少女の声が響く。
「クロト!」
幼さの残る愛らしい声。
それと共に姿を見せる褐色の肌に茶色の髪を揺らすセラだった。
息を切らせ、両肩を大きく上下に揺らすセラの赤い瞳がセルフィーユの透けた体越しに、クロトを真っ直ぐに見据える。
二人の視線が交錯する中、セルフィーユはオドオドと二人の顔を交互に見せる。
どうしたらいいのか、どうすればいいのかを考えていたのだ。
そんなセルフィーユになど構わず、セラは一歩前へと出ると、下唇を噛み声を上げる。
「私は、あなたが分からない! どうして、お父さんを……」
セラのその言葉に、クロトは眉間にシワを寄せた。
「俺は、やってない。そもそも、デュバルさんを殺す理由が無い」
「本当に……クロトじゃないの?」
セラの言葉に、クロトは小さく頷いた。
正直、それしか言いようがない。
クロトにもデュバルの身に何が起こったのかは分からなかった。
クロトのその答えに、セラは目を伏せ、胸の前で手を握る。
そして、ゆっくりと顔をあげ、クロトを見据えた。
「じゃあ、お父さんは誰に? クロトはあの場に居たんでしょ?」
「それが……分からないんだ」
「分からない?」
クロトの発言にセラは訝しげな眼差しを向ける。
「ああ。確かに銃声は聞いた。けど、何も起きなかった。そして、俺が振り返ると足元には銃が落ちていて、それを拾った直後にデュバルさんが倒れる音だけが聞こえたんだ」
「それじゃあ……お父さんは誰に?」
「分からない……けど、俺じゃない。信じて欲しい」
クロトはそう言い、まっすぐにセラを見据える。
自分が犯人だと言う証拠ばかり揃っている今、そう言う以外何もなかった。
クロトの目を真っ直ぐに見据えるセラは、小さく息を吐いた。
「そっか……うん。やっぱり、クロトが犯人じゃなかったんだね」
「えっ? し、信じてくれるの?」
意外に呆気なく自分を信じてくれたセラに、クロトは目を丸くする。
そんなクロトに、えへへと笑みを浮かべたセラは、トコトコと歩み半透明のセルフィーユの体をすり抜けた。
「実は、ずっと考えてたの。クロトが犯人なのかな? って。それに、ずっと一緒に旅してきたんだもん。クロトがそんな人じゃないって、分かってるもん」
セラの言葉に、クロトは安堵すると同時に、その行動に妙な違和感を感じる。
まるでセラにはセルフィーユの姿が見えていないように、クロトは思えた。
その為、クロトはチラリとセルフィーユを見据え、首を傾げる。すると、セルフィーユは浮遊しながらクロトの背後へと回り、
『聖霊の姿は見える人と見えない人がいるんです。恐らく、セラさんには私の姿は見えないし、声は聞こえていないと思います』
と、告げた。
その言葉にクロトは何も答えず、ただ小さく頷いた。
変に声を返すとセラに変な目で見られると思ったのだ。
「でも……どうしてクロトが? 私、ケルベロスが殺したって聞いたけど?」
セラがそう言うと、クロトは苦笑する。
「ま、まぁ……うん。一度……死んだようなモノかな? それより、一刻も早くここを出たいんだけど?」
「えっ? ルーガスを? でも、もう道は塞がってるよ? どうやって出るつもり?」
「やっぱり……船か、何か無いかな?」
クロトがそう聞くと、セラは眉間にシワを寄せる。
「船はあるけど……大変だよ? この時期に出航するなんて……」
「分かってる。けど、急がないと――」
そんな時だった。また足音が響く。
その中には金属の擦れ合う音が僅かに聞こえ、それが武装した兵だとクロトはすぐに気付いた。
と、同時に声が響く。
「本当に居たぞ! 罪人、クロト! 奴を捕らえろ!」
と、言う兵士の声が。
その声に、セラは振り返るが、クロトはその手を掴み走り出す。
「えっ? ちょ、クロト! どうして逃げるの? 説明すれば分かって――」
「もらえると思うか? セラとは長い付き合いだけど、この国のほかの魔族と俺はそんなに面識が無い。疑われても仕方ない状況なんだぞ?」
クロトの言葉にセラは息を呑む。
確かに、クロトの言う通りだった。
そう思ったから、セラも走り出す。
二人が走っていると、その視界に一人の男の姿が入った。
それは、両手に蒼い炎を灯すケルベロスの姿だった。
「け、ケルベロス!」
思わずセラがそう声を上げる。
『ど、どうするんですか? クロトさん!』
「そのまま突っ走る!」
セルフィーユへとそう答えたクロトは、セラの手を握ったまま更に加速する。
ケルベロスに近づくにつれ、クロトの心音は速まる。
緊張が高まる中――クロトはケルベロスの横を駆け抜けた。
いや、違う。ケルベロスが、クロトとセラを見逃した。
驚くクロトは振り返ろうと足を緩めるが、その時、ケルベロスの声が響く。
「振り返るな! 突っ切れ! 俺は――お前を、信じる! それから……あの時はすまなかった……」
ケルベロスはそう発した後、両手を地面へと降ろした。
蒼い炎は大きく壁の様に吹き上がり、クロトとセラの後を追う兵の道を塞いだ。
「け、ケルベロスさま! 一体……何を?」
「悪いが、ここから先には行かせない」
「そうか……なら、私が相手をしよう」
「――ッ!」
ケルベロスは驚愕する。
兵の間を縫い現れたのは、自らの師でもあるクロウだった。