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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
ルーガス大陸・ゼバーリック大陸編
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第22話 和服の男

 クロト達がローグスタウンを歩き回っている頃――

 海賊団の船長パルと副船長のダーヴィンの二人はローグスタウン裏の顔であるスラム街へと足を踏み入れていた。

 腐敗臭が漂い、人々は飢えやせ細りハエがその体にたかる。一帯に建ち並ぶ家は屋根も無くただ、ゴミだけが山の様に詰まれていた。活気のある表舞台とは打って変わり、静まり返り時折殺気の様なモノを感じる程だった。

 何人、何十人と言う人間が一月で命を落とすだろう。幼い子供達は、何人大人を迎えられるだろう。そんな事を考え、パルは表情をしかめた。

 そんなパルの気持ちを悟ってか、ダーヴィンは優しくその肩を叩き、静かに告げる。


「お嬢。俺らがそう言う顔をしちゃいけませんぜ。このスラムの子供達に生きる幸せを与える為にも、俺らは前を向いていかねぇーと」

「うん。分かってる……。私も……先代に救ってもらったから。今度は私が――」


 パルは拳を握り、その拳に誓う。そんなパルの姿に、ダーヴィンはその勇ましい顔に優しい笑みを浮かべ、無造作に伸ばした髪をかきむしった。

 「ふっ」と、小さく息を吐いたパルは、胸を張り歩き出す。このスラムの現状を知る為に、このスラムを眼に焼き付ける為に、自分がこのスラムの人々の為に今からする大仕事を成功させる為に。ゆっくりと足を進めた。飢えに苦しむ者に僅かながらの食料を明け渡し、病気に苦しむ人々に少量ながら薬を渡しながら。

 そして、パルとダーヴィンがスラム街を出ようとする頃には、陽は大分傾き始めていた。


「ごめんなさい。少し時間が掛かったわね」

「いえ。お嬢の生まれ育った場所なんですから。いい思い出なんてありゃしないと思いますが、それでも、ここはお嬢の――」

「えぇ。ありがとう。確かに、嫌な思い出ばかりだったけど……いい思い出もあったわ」

「そうですか。それならよかったですよ」


 ダーヴィンが優しく微笑み、パルもその笑みに優しく微笑み返す。と、その二人の横を一人の男が横切った。その瞬間、パルとダーヴィンの二人は得体の知れない恐怖をその身に感じ、その男へと視線を向ける。腰に刀をぶら下げた和服を着込んだ男へ。

 下駄が澄んだ音を奏で、結った黒髪が歩くたびに左右に揺れる。その背中から漂う不気味なオーラに、二人はただ息を呑み瞳孔を広げ見据える事しか出来なかった。すれ違うその一瞬で分かる恐怖。僅かに見えたその眼は血の様に赤く、獣の様に鋭い眼。それは、今、まさに人を斬って来たと言わんばかりに。その証拠に僅かに血の臭いが漂っていた。

 奥歯を噛み締め、腰のガンホルダーへと手を伸ばす。だが、それをダーヴィンが制止する。


「お嬢。落ち着いてください。い、今、あんな奴とやりあう理由はございやせん」

「わ、分かってる……わ、分かってるけど……」


 奥歯を噛み締め、拳を震わせながら眼を静かに伏せる。彼の出てきた場所。それは今まさにパルとダーヴィンの出てきた場所。そして、彼の体から漂う血の臭いは――。

 それを考えると、許せなかった。スラムの人々の命を奪ったその男が。力の差があったとしても、それを冷静に判断する事など今のパルには出来なかった。その手はダーヴィンの制止を振り切り、銀色の美しい銃を抜き、その指は引き金に掛かり、銃口からは薄らと金色の光りが溢れる。


「ライトニングショット!」


 掛け声と同時に引き金が引かれる。雷鳴の如く銃声が轟き、稲妻がその男の背中に向かって空を駆ける。一瞬の出来事だった。それはまさに雷が落ちるが如く一瞬の出来事。

 振り返った男。その手には抜き身になった刀。不気味に輝くその刃に鮮血が付着し、その血は二人の間を流れる様に飛び散る。やがて、ゆっくりと空から何かが地面へと落ちた。重々しい音をたてて。

 銃を構えたまま佇むパル。その眼は完全に瞳孔が開き、目の前の光景に唇を震わせる。


「だ、ダー……」


 パルがその名をいい終える前に、目の前に佇むその体はゆっくりと崩れ落ちる。体だけを残して。目の前の現実に、パルは静かに首を振る。信じる事など出来るわけが無い。今まで頼りにしていたその人物は、まるで紙切れの様に切り裂かれた。ただの一太刀で。

 自分の犯した失態に、パルは静かに涙を流す。自分の所為で失われたその命に。怒りに任せずダーヴィンの言葉に耳を傾けていれば、自分がもっと冷静だったなら。後悔し、ただ声にもならない嗚咽を吐き涙を流す。

 和服の男はその光景をせせら笑い、刃に付いた血を振り払うと、それを鞘へと収め蔑む様な眼差しをパルへと向けた。


「腐敗した人間の周りに飛ぶハエ如きが――。感謝しろ。その男に。そして、絶望しろ。お前の所為でその男が死んだ事を」


 そう吐き捨てその男はその場を立ち去った。

 残されたパルは、引き裂かれたダーヴィンの傍で泣き崩れた。自分の過ちを後悔しながら。ただ嗚咽を吐き続けた。



 その頃、クロト達は待ち合わせ場所に居た。夕焼けに染まる空を見上げるクロトは、腕を組み不機嫌そうにため息を吐いた。かれこれ二時間以上も待たされていたからだ。これから、どうすればいいのか、何をすればいいのかなど、指示を受けていなかった為、クロト達はここで待っている事しか出来なかった。


「はぁ……」


 もう一度深いため息を吐くと、ミィが呆れた様な表情を浮かべクロトの顔を見上げた。


「クロト。これで、二十回目ッスよ?」

「仕方ないだろ? ここで待ち合わせだって言ったのはパルの方なのに、二時間だぞ?」

「きっと下見に夢中になってるんスよ。警備はどうかとか、色々調べる事は沢山あるッスから」

「そりゃ、そうだけどさ……」


 もう一度クロトがため息を吐くと、木陰でうとうととするセラが目を擦り眠そうな顔をクロトへと向ける。


「ねぇ。もしかして、何かあったんじゃないかな? 二時間も遅れるなんてさぁ」


 眠そうなうつろな目を向けるセラにクロトは苦笑し、


「眠いなら寝ておけよ。パルが来たら起こしてやるから」


 と、セラへと告げた。その言葉にセラは静かに頷くと、「うん。ごめん」と呟き、木にもたれ静かに寝息を立てた。そんなセラの寝顔を見据え、クロトはもう一度吐息を漏らし街の方へと視線を向ける。と、そこに一つの影が浮かぶ。夕焼けを背にこちらを近付く一つの影。束ねた長い髪を揺らすその影に、それがすぐパルで無いと分かった。

 だが、クロトはその視線を外す事が出来なかった。クロトには見えていた。突如として疼き出した赤く染まった右目によって。その空をも覆う鮮血の様に真っ赤な霧がその影から渦巻いて出ているがハッキリと。

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