第213話 セラの大技
クロト達三人は長く続く危険な洞窟をようやく抜けた。
時間にすると、約二時間程かかった。
洞窟を抜けてすぐ、息を切らせ腰を下ろしたクロトは、天を仰いだ。
流石に、気を張っていた為、少しばかり疲れていた。
セラも大分疲れた様子で、木陰に座り込んでいた。
ランプの明かりを吹き消したケルベロスはクロトへと振り返る。
「休んでいる時間は無いぞ? この森を抜けるとすぐに城下町だ。休むならそこでだ」
渋い表情を浮かべるケルベロスの白髪が風に揺れた。
そんなケルベロスの目を真っ直ぐに見据えるクロトは、ふっと息を吐くとゆっくりと立ち上がる。
「じゃあ、もう少し……頑張るか」
クロトはそう呟くと、木陰に座るセラへと目を向けた。
疲労の色の隠せないセラだが、クロトの眼差しにえへへと苦笑いをし、ゆっくりと立ち上がる。
「大丈夫か? セラ」
セラへとクロトが尋ねる。
褐色の肌に滲む汗を拭い、セラはもう一度えへへ、と笑った。
「だ、大丈夫……うん。もう少しだから……」
浮かれていた為、疲労が半端ではなかった。
それでも、もう少し、もう少しだから、と気合を入れていた。
そんなセラが、クロトは少し心配だった。
ここは魔族の土地で心配は無いだろうとは思うが、もしももう魔族を狩りに来た人間が入り込んでいたら、と思うと嫌がおうにも心配になってしまう。
それに、初めてこのゲートの世界に来た時も、ここは襲撃されている最中だった。
それを考えるとやはり、不安は拭えない。
不安げな事が表情に出ていたのか、セラはクロトを見据え尋ねる。
「何か、気がかりな事でもある?」
心配そうな表情のセラに、クロトは顔を上げると苦笑し頭を振る。
「いや……思い過ごしだといいんだけど……」
「安心しろ。どうやら、思い過ごしではないらしい」
クロトの言葉を遮り、ケルベロスが真剣な表情で辺りを見回す。
その声に、クロトも気付く。周囲に複数の人の気配がある事に。
すぐに見まがえるクロトだが、その手に剣は呼び出さず、ただ拳を握り締めていた。
クロトの行動に聊か疑念を抱くケルベロスだが、周囲の状況を考え戦闘体勢に入る。
右手の中指に嵌めた赤い宝石の入ったリングが煌き、ケルベロスの右拳を紅蓮の炎が包みこんだ。
「さて、相手は何人だ?」
と、ケルベロスはクロトに尋ねる。
未だ魔力が戻らない為、ハッキリと周囲の気配を探る事が出来ないのだ。
そんなケルベロスに代わり、クロトは周囲の気配を探り、辺りをゆっくりと見回す。
「右に一〇人……ちょっと。正面に二〇……いや、三〇は居る。左は、右と同じく一〇人ちょっと」
「合計五〇人……くらい? も、もしかして、もう攻め込まれてるの?」
セラが驚き、慌ただしく「あわあわ」と言う中、ケルベロスは静かに息を吐き、クロトへと目を向けた。
ケルベロスの視線に気付いたクロトは、視線を向ける。
視線が交錯すると、ケルベロスは小さく頷き、
「正面は俺がやる。お前は右と左を頼む」
と、告げる。
だが、クロトはすぐに驚きの声を上げた。
「ちょ、ちょっと待て! 無茶言うなよ。右と左をどうやって同時に対応しろっていうんだ?」
「自分で考えろ」
「無茶苦茶だな!」
即座にそう突っ込みを入れたクロトに、ケルベロスは不快そうに腕を組む。
何か良い足そうな表情を浮かべるケルベロスに対し、クロトは断固抗議する。
「無理なものは無理だ! どう頑張っても同時には対応出来ないだろ!」
「ならさ――」
揉めるクロトとケルベロスの間に、先程までアワアワとしていたセラが妙に落ち着いた面持ちで静かに割ってはいる。
揉める二人の様子で、セラは冷静になれたのだ。そして、両手に魔力を込めた。
「右手に土――」
セラがそう呟くと、右手に集まった魔力が橙色に輝く。
「左手に水――」
今度は左手に集まった魔力が青く輝く。
「属性統合」
次に両手を胸の前で合わせ、魔力を圧縮すると、セラは片膝を着き両手を地面へと下す。
「濁流!」
一連の無駄のない動きと共に高らかと響くセラの声。
そして、クロトとケルベロスの目の前では恐ろしい光景が――。
セラが地面に手を着くと、そこから一気に高濃度の魔力の波動が広がり、地面を抉り濁った激流が、正面広範囲へと一気に広がる。
それは、ただの濁流だと言えば、可愛げがありそうだが、二人の目に映るその光景は、濁流と言うよりも、巨大な濁った大津波……と、言う言葉がピッタリだった。
濁流――もとい、濁った大津波は、地面を抉り木々をへし折り、広がる。
そして――
「ぬあああっ!」
「な、何でこんな所で津波が!」
「た、退避しろ!」
と、大津波の向こうで響く声に、クロトは目を細め、ケルベロスは腕を組み息を吐いた。
両手を地面から離したセラは、ふっと、小さく息を吐くと、立ち上がり背筋を伸ばし、二人へと顔を向けた。
「どう? これで、大丈夫?」
「えっ……あぁー……うん……」
濁流で完全に姿を変えてしまった森を見回し、クロトは静かにそう答えた。
一目見ただけで、人の姿などない事は分かるが、一応、気配を探り微弱な波動を感じ取った。だが、どちらにせよ、今、その気配の主は動けないだろう。
何故なら、その微弱な波動を感じ取ったのは、土の下からだった。恐らく、先程の濁流に飲み込まれたのだろう。
ただ、放置していても大丈夫だと、クロトは考えていた。
それは、彼らが所有しているであろうワープクリスタルの存在を知っていたからだ。
ここに攻め込んでくるのなら、逃げる為の術も持っているはずだと、クロトは考えた。その結果、行き着いた答えが、ワープクリスタルだ。
恐らく――いや、確実にそれを持っているはずだ。出なければ、こんな魔族だけ大陸に乗り込んでくるわけが無い。
そこまで考えてのクロトの答えだった。
その答えに、満足げに胸を張り口元を綻ばせるセラは、ムフンと鼻から息を吐き、ケルベロスをチラッと見た。
「何だ? その、私だってやれば出来るんだぞ、と言う顔は?」
「ふふーん。当然でしょ?」
「でもさぁ……ちゃんと確かめてないけど、もし魔族だったらどうする?」
自信満々のセラへと、水を差すような形で、クロトが呟いた。
確かに、気配は感知したし、敵意も感じた。だが、それが、この地を守る魔族として、人間が侵入してきたから、防衛する為の敵意だとしたらどうだろうか?
向こうからも、気配は感じただろうが、コッチが魔族なのか人間なのか判断は出来なかったはずだ。
もちろん、それはクロト達も判断は出来なかった。ただ、敵意があるから侵入してきた人間かも知れない、そう判断し戦う事を決めたのだ。
それを確認しないで、いきなりの大技で全てを終わらせたセラのドヤ顔がやや引きつった。
「えっ、えっ? でも、でも……」
「確かにな……。魔族だったかもしれんな……」
と、ケルベロスも腕を組み小さく頷いた。
ケルベロスの発言に、一気に顔面蒼白になるセラは、大慌てでうろたえる。
「ど、どどど、ど、どうしよう! わ、わ、わ、私――」
「まぁ、十中八九攻め込んできた人間だと言う事は変らないがな」
と、ケルベロスは肩を竦め、ふっと静かに笑った。
顔面蒼白だったセラは目を白黒させた後に、みるみる顔を赤くすると両拳を振り上げ激昂する。
「もーっ! 何なのよ! ほ、ホント、怖かったんだから!」
ポカポカとか弱い女の子の様に、セラはケルベロスを両拳で叩いた。
そんな二人の姿に、クロトはただただ苦笑していた。