第21話 大商業都市
船は停留所に停泊していた。
そこにクロト達の姿はない。クロト達は船を降り、ある場所を目指していた。それは船を停泊された場所から十キロほど離れた街大商業都市ローグスタウン。建ち並ぶ巨大建造物が停留所からも見え、活気ある明るい音楽すら停留所に僅かに聞こえた。
その街の門の前で佇むクロト。門の向こうに見える広い道、人の波、多くの露店に、圧倒されあんぐりと口をあけていた。それは、最初に言ったあの港町とは比べ物にならない程大きな町で、比べ物にならない程の賑わいだった。
「も、もしかして、目的地ってここっすか?」
あまりの迫力に引きつった笑みを浮かべるクロトは、隣りに佇むパルへと目を向け、前方を指差しそう呟いた。その呟きに鼻から息を吐いたパルは、
「そうよ。まぁ、大まかに言うとだけどな」
と、トレードマークだった骸骨の入った海賊ハットではなく、普通のカーボーイハットのツバを軽く人差し指で持ち上げ、門の先を真っ直ぐに見据える。眉間にシワを寄せ、渋い表情を浮かべるパルに対し、腰に剣をぶら下げた三十代程の男がパルへと歩み寄った。
「お嬢」
「分かってる。それより、彼は大丈夫なの?」
パルがクロトの方へとチラリと視線を送ると、男は長く整った黒髪を揺らし、穏やかに笑い右手で頬を掻く。
「私が教えられる事は教えました。彼は呑み込みが早く、未だに伸びシロが見えない程です」
「ダーヴィンがそこまで言うなら、安心ね」
パルがそう告げると、ダーヴィンは照れ臭そうに笑みを浮かべた。ここに来たのはクロト・セラ・ミィ・パルとこのダーヴィンの五人だけ。大人数で動くよりも少数精鋭で動く事をパルが望んだのだ。
ダーヴィンはパルの率いる海賊団の副船長で、海賊団一剣術に長けたパルの信頼も厚い男。クロトに剣術を教えたのもこの男だった。一応、妻子持ちでクロトの事が自分の息子とダブって見え、ついつい厳しく鍛えてしまったが、クロトは文句を言わず付いてきてその成長ぶりに驚かされる一方だった。
「全く。私の出来の悪い息子とは大違いですよ」
「ふふっ。そんな事言って。彼だって頑張ってるじゃない?」
「いいえ。アイツは全然ですよ。あっはっはっ!」
大声で笑うダーヴィンに、クロトは引きつった笑みを浮かべ、ミィは迷惑そうな表情を向けた。その二人の横では、セラが目を輝かせていた。まだ見ぬその巨大で人の賑わう未知なる街に、期待に胸を膨らませ。
そんなセラの姿にも、クロトは呆れた様な表情を浮かべ、大きくため息を吐いた。
「はぁ……」
「どうかしたんスか?」
「いや……セラの目が期待に輝いてるからさぁ……何しに来たのか分かってるのかと、思ってさ」
セラを横目に見据え、右肩をやや落とすと弱々しく笑う。そんなクロトの気持ちを知ってか知らずか、セラはクロトの肩をパンパンと叩き、
「ねっ、ねっ! 見て見て! あの露店! 凄く美味しそう! うわっ! あのお店もっ!」
テンションの高いセラに、「痛いって」と小さく呟いたクロトは、もう一度深いため息を吐いた。そんなクロトの様子に、「大変ッスね」とミィは苦笑し、すぐに表情を曇らせた。
ミィにとって、ココは一番来たくない場所だった。生まれ育った街であり、ミィの育ての親が住む街。そして、ミィが逃げ出そうとした街。とても居心地の悪い場所だった。
俯くミィのその姿に、クロトは心配そうに目を向ける。
「大丈夫か? 嫌なら船に残ってて――」
「ダメだ」
クロトの言葉を遮る様にパルの澄んだ声が割り込む。パルの方へと目を向けると、いつになく厳しい表情をしたパルがクロトの方へと二・三歩近付き腕を組み顔を見据える。
「今回のミッションには、ミィの力が必要不可欠だ」
「なっ! ミィの気持ちとか考え――」
「わ、分かってるッス!」
パルに掴みかかりそうな勢いのクロトを止めるかの様に、ミィが叫ぶ。その声にクロトとパルはミィの方へと目を向けた。複雑そうな表情のクロトに、相変わらず厳しい表情のパル。二人の顔を見据え、ミィは拳を握る。
そして、クロトの方に弱々しく笑みを見せると、「心配しなくて大丈夫ッス」と、告げ、パルの方に目を向ける。
「必要なのは、自分の鑑定眼ッスよね」
「そうよ。だから、嫌だと言っても無理矢理にでも連れて行くわ」
パルの言葉にクロトは唇を噛み締め、ミィも一層強く拳を握った。緊迫するその空気の中、セラ一人がその空気を読まず明るくハツラツとした声が響く。
「クロトぉークロトぉー! あ、あの店行こうよ! ほらほら! ミィちゃんも一緒にねっ?」
クロトの腕を引くセラに、その場の空気は一気に崩れ、パルもミィもクロトもその場で失笑した。三人の噴出した笑いにセラが一人首を傾げ、唇に右手の人差し指をあて、不思議そうな表情を浮かべる。そんなセラの表情に、パルは静かに笑い右手を軽く振り、
「いいよ。行っておいで。まだ時間もあるし、私もダーヴィンと下見に行っておきたいしね。あと――」
パルは懐から札束を出すと、それをクロトへと投げた。束ねられた札が宙を舞い、クロトは慌ててそれをキャッチした。
「あ、あぶねぇーだろ!」
「うわっ! す、凄い大金!」
「それで、武器をそろえな。そのなまくらじゃ支障がでるしな」
クロトの言葉などスルーする様にパルはそう返答すると、背を向け手をヒラヒラ振りながら歩いて行った。呆然と立ち尽くすクロトだが、そんなクロトの手に握られた大金にセラはやや興奮気味に、
「ねっ! ねっ! 服が欲しい! 美味しいものも食べたい! それに、それに!」
「わ、分かった。分かった」
興奮して早口になるセラに迫られ、そう返答したクロトは苦笑し、ミィに横目で助けを求めたが、ミィは視線を逸らし苦笑していた。
それから、クロトとセラとミィの三人は広大な広さを誇るローグスタウンを散策した。パルから受け取ったのはやく二十万ゼニス。結構な大金の為、クロトはミィにお金を管理させた。商人としてお金を扱う事になれているだろうと判断した事もあるが、一番の理由はミィの交渉力を目の当たりにしたからだった。
「全く……ちょっと食べ過ぎッスよ」
「えぇーっ。だって、美味しいモノは幾らでも食べたいものでしょ?」
「そうッスけど……食べ物買うたんびに値段交渉するコッチの身にもなって欲しいッスよ? あと、クロトもそれいいんスか?」
ミィはクロトが右手に持つ二本の剣を指差す。腰にぶら下げる剣と合わせて三本。ミィ行き着けの武器屋アームズで買った二本だった。本来十万以上する剣を五万にまける代わりにと譲り受けた呪われた魔剣。今ではただのなまくらで、その刃は錆付きボロボロ。名前すらも忘れさられた代物だった。
ミィは嫌がったが、クロトがまけてもらえるならと了承したのだ。
「全く……フレイムブレードだけで十分なのに……」
「まぁまぁ。安く買えたんだからいいだろ?」
「はふはふ。そうだよ。はふはふ」
大きな肉まんを頬張るセラが、幸せそうな笑みを浮かべる。そんなセラの顔を見据え、クロトはクスリと静かに笑う。そのクロトの表情にミィはジト目を向ける。
「クロト……もしかして……」
「んっ? 何だ?」
「ううん。何でも無いッス」
ミィは言おうとした言葉を呑み込み苦笑し、クロトはそんなミィに対しニコッと笑いまたセラの方へと視線を向けた。