第207話 魔剣・魔桜(まおう)
次々と武器を変え、応戦するクロトに対し、劉漸は戸惑っていた。
今までとは明らかに違い、余裕などその表情からは消え、焦りの色が見て取れた。
技術的な面で見ても、クロトよりも劉漸に圧倒的に分があるのだが、それすら感じさせない。
別段、クロトが強くなったと言うわけではない。この短期間で急激に強くなる事などありえない事だ。
なら、何故、今、クロトは劉漸と互角――いや、互角以上に渡り合えているのか。
それは、元々持つクロトの膨大な魔力を効率よく引き出すその武器にあった。
それに、五つの剣は、それぞれの属性の特徴が最大限まで活かされ、それをクロトの魔力が更に倍増させているのだ。
最上級の魔法石によって生み出され、純度の魔力を膨大に所有するクロトが使う事により、それは眩く輝く最高の武器となっていた。
火の剣・焔狐で剣を受け、雷の剣・轟雷で剣を弾く。
劉漸が水の刃を放てば、クロトも応戦するように水の剣・水月で水の刃を生み出し相殺する。
更に細かくなった水の刃を風の剣・嵐丸で細切れにし、最後は土の剣・黒天で全ての水分を吸収する。
どれだけ攻撃を仕掛けても、クロトは確りとそれに対応し、その動きは無駄がなかった。
その為、劉漸にも焦りが窺えた。そして、その焦りは苛立ちを生み、劉漸は声をあげる。
「何なんだ! 貴様!」
怒りをその表情に全面に出す劉漸に、クロトはやけに落ち着いた表情で静かに答える。
「俺はクロトだ。見ての通りのただの魔族だ」
クロトがそう言うと、劉漸は頬を僅かにピクつかせ、鼻筋にシワを寄せた。
奥歯をギリギリと噛み締める音が僅かに聞こえ、クロトも彼の苛立ちが分かった。
だからこそ、クロトは冷静でいられた。自分の力が、今の所通用していると分かったからだ。
これも全ては竜胆が打ってくれた五本の剣のお陰だと、クロトは心から感謝する。
二人の対照的な精神状態の中、ケルベロスは違和感を覚えていた。何故、クロトは受けに回っているのか、と言う事だった。
疑問を抱くケルベロスの下へと、パルはゆっくりと後退する。
「どうかしたか?」
静かなパルの声に、ケルベロスは眉間にシワを寄せる。
「何がだ?」
パルの質問の意図が分からず、ケルベロスがそう尋ねる。
すると、パルは眉間にシワを寄せた。
「何故、クロトは自分から仕掛けない? 調子が悪いのか? それとも、攻撃出来ない理由があるのか?」
パルもケルベロスと同じ疑問に行き着いたのだ。
その疑問に、ケルベロスは静かに息を吐く。
「知らん。俺は今日ここで初めてクロトと再会するんだ。知るわけないだろ」
「だよな」
パルは目を細め、そう答えた。
誰も分からない。クロトが何故、攻撃を仕掛けないのか。
何を考え、何を狙っているのか、全く持って分からない。
そんな二人の心配を他所に、クロトは劉漸と対峙する。
交錯する二人の眼差し。静かな風が二人の間を音も無く吹き抜け、互いの髪を揺らした。
怒りに囚われる劉漸には、クロトが攻撃を仕掛けてこない事など全く感じ取っていなかった。
それ程まで錯乱している状態だった。
それは、クロトにとって幸いな事で、まだ劉漸には知られていない。クロトの右肘は最初に放った轟雷での一撃でまともに動かす事が出来ぬ程、激痛が走っている事を。
必死でそれを隠す為に、クロトは防戦に回り落ち着いた表情を浮かべていたのだ。
(これ以上、長引かせるのは危険か……)
そう考え、クロトは深々と息を吐き出し、脱力した。右肘の痛みを忘れるように深く長く息を吐き出し、心を静める。
そんなクロトの様子に、劉漸は唇を噛むと長刀・桜千を腰の位置で構えた。
しかし、クロトは劉漸を無視し、その手にした土の剣・黒天の柄を地面へと突き立てる。
「何のマネだ?」
突然のクロトの行動に、劉漸は表情を引きつらせる。その行動はまるで劉漸をバカにしている様に見えたのだ。
だが、クロトはいたって真面目な表情で劉漸を見据え、地面に柄を突き立てた黒天の平たい切っ先を両手で掴む。
「土は全ての土台となる」
クロトはそう口にすると、両腕に力を込める。
黒天の太い刀身の真ん中に縦に入った切れ目がゆっくりと広がり、太い刀身が柄を機転にして二つに折れた。
折れた曲がった刃はそのまま柄へと刃を沈ませ、一本の長い剣の柄のような形へと変った。それをゆっくりと持ち上げたクロトは、その長い柄を握り締める。
突然の変化に、劉漸は訝しげな目を向けた。
「何だそれは? 刃など無くても勝てる、そう言いたいのか!」
怒声を上げる劉漸が、クロトへと襲い掛かる。
だが、クロトはその柄を左手に持ち変え、右手の甲に輝く星型の文様を浮かべ、火の剣・焔狐を呼び出し劉漸の一撃を防ぐ。
「ぐっ!」
僅かな声を漏らす劉漸を、クロトは弾き返した。
間合いがまた離れると、クロトは静かに口ずさむ。
「火の全ての中心となり、全ての支えとなる」
クロトはそう言うと黒天を折って生み出した柄の先端に出来た窪みへと、炎狐の柄を差し込んだ。長い柄に不釣合いな焔狐の紅蓮の刃が僅かに発光する。
すると、クロトは更に右手の甲を輝かせ雷の剣・轟雷を呼び出した。
「雷は全てを打ち砕く刃をなり」
黒天で作られた柄へと納まった焔狐の刃に、轟雷の刃の背を添わせ柄に納める。
焔狐よりも短い刃だが、二つの刃はキッチリとかみ合い、切っ先は滑らかに連なっていた。
クロトが一体何をしようとしているのか、劉漸はようやく理解する。
「まさか、全ての剣をあわせて、魔剣。そう言いたいのか? くっ……くははははっ! 笑わせてくれるな! それで、魔剣が出来るなどと考えているとは、浅はかだな!」
一人大笑いする劉漸を無視し、クロトは右手の甲へ星型の文様を浮かび上がらせると水の剣・水月を呼び出す。
「水は全てを守り包み込む」
今度は水月の刃を焔狐の背に添わせる様に柄へと納めた。
水月の鍵爪の様になっていた切っ先は焔狐と轟雷の切っ先を包みこんだ。
そして、最後にクロトは風の剣・嵐丸を呼び出した。
「風は刃を加速させる原動力となる」
と、双剣である嵐丸で、刃を挟む様には平へとはめ込む。
すると、刃は唐突に輝きを増し、周囲一帯を眩い光が包み込んだ。
五本の異なる属性を持つ剣をあわせた事により生まれる強力な光。その光に膨大な魔力の波動を感じ、ケルベロスもパルも目を見開く。
恐ろしく純度が高く、それはもう美しい魔力の輝きだった。
劉漸もその異常なまでの魔力の波動に、思わず後退り、瞳孔を広げる。
「ど、どう……なっている! たかが属性を持つ五本の剣をあわせただけではないか!」
声を荒げる劉漸に対し、クロトは落ち着いた口調で語る。
「この五本の剣は、ただ属性を持つだけの剣じゃない。魔剣ベルの破片と最上級の魔法石により竜胆が生み出した特製の魔剣だ」
「特製だと! ふざけるな! 五つ揃った所で、属性が違えば反発が生まれる! そんな事が出来るわけがない!」
否定的な言葉を述べる劉漸に、クロトは首を振り小さく息を吐いた。
「言ったはずだ。この五本の剣には、魔剣ベルの破片が入っている。だから、反発しないし、逆に引き合うんだよ」
落ち着いたクロトの声。そして、満ちていた光が収まると、そこには美しい一本の片刃の大剣があらわとなった。
色彩豊かだった四本の刃は黒一色に染まり、切れ目など一切無い美しく艶やかな刃と化していた。
細く長い柄は、鱗模様が刻まれ手が滑らない様な仕様となっていた。
手にしっくりと馴染むような感触に、クロトは小さく頷く。
まるで、ベルを持っている時と同じ感覚だった。形は大分変ってしまったが、この五本の剣を合わさり生まれた剣は紛れも無い魔剣である事をクロトは理解し、その名を静かに述べる。
「これが、新しく生まれ変わった魔剣、魔桜だ」
と。