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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
202/300

第202話 聖剣を持たぬ勇者

 建物の陰にレッドは身を潜めていた。

 ケルベロスと同じく、自分の気配を悟られない様に特殊なローブをまとうレッドは、息を殺し時を待つ。

 その手に握るのは、パルから授かった予備の剣。とりあえず、何もないよりはマシだろうと、考えたのだ。

 本来なら、聖剣以外は使いたくないと言う考えを持つレッドだが、こればかりは仕方ないと渋々だった。

 深々と息を吐き出すレッドは、瞼を閉じ考える。

 心拍数が上昇するのが分かり、それを静めようと深呼吸を二度。

 長々と息を吐き出し、レッドは瞼を開く。幾分、落ち着いた。


(合図はまだか?)


 全神経を研ぎ澄ますレッドはそう思い顔を上げる。

 現在、作戦実行中だった。ケルベロスとパルの二人が劉漸を引きつけ隙を作り、それをレッドが突く。と、言うシンプルな作戦だった。

 もちろん、成功する確率は格段に低い。それでも、クロトが来るまでの間の時間稼ぎになれば良いと、考えたのだ。


(二人は大丈夫だろうか?)


 思わずそんな事を考えるレッドは、強く柄を握り締める。

 作戦とは言え、二人に一番危険な事をさせて、自分がこんな安全な場所にいるなんて、申し訳なかった。

 そんな時だった。


「こんな所に隠れていたのか?」


 と、劉漸の声が響いた。

 驚くレッドは立ち上がり、顔を上げる。

 その時、レッドは気付く。自らの周りに微量の水泡が浮かんでいる事に。


「くっ!」


 思わず声を漏らすと、静かに角から劉漸が姿を見せる。

 そんな劉漸の手に握られた長刀・桜千の切っ先から滴れる鮮血に、レッドは瞳孔を広げ、奥歯を噛み締めた。

 驚きと怒りが入り混じり、レッドはついに剣を抜いた。


「ほぉーっ。聖剣以外も扱えるのか?」


 何処にでも出回っている極普通の片手剣を握るレッドは、その劉漸の言葉に眉間にシワを寄せる。

 劉漸の言う通り、今までレッドは聖剣以外の剣を使った事がない。その為、本当にこの剣で聖力を使って戦えるだろうか、と考えていた。

 本来、聖力は回復・補助にしか使えない代物で、それを攻撃に扱う事は出来ないとされている。

 それを可能にするのが、聖力を込め生み出された聖剣だった。

 息を呑むレッドに、劉漸は不適に笑う。


「気配は消せても、姿自体は消せない。探すのは非常に容易だったよ」

「くっ! 二人はどうした!」


 レッドが怒鳴ると、劉漸は長い黒髪を揺らし肩を竦める。


「さぁな。自分の目で確かめたらどうだ?」


 劉漸の言葉にレッドは、一層険しい表情を見せた。

 長刀・桜千の切っ先から滴れるその鮮血が、レッドの脳裏に嫌なイメージを焼き付ける。そして、同時に焦りを生んだ。


(どうする……どうする!)


 考え込むレッドに対し、劉漸は悠然と口を開く。


「さて、始めるか? 勇者。お前の処刑を」


 静かな口調でそう言い放った劉漸は、その手に持った長刀・桜千の切っ先をレッドへと向けた。

 それを合図に浮遊していた水泡が氷柱状に変化し、それがレッドへと一斉に襲い掛かる。


「くっ!」


 反射的にその場を飛び退くと、水の氷柱は地面に衝突し弾けて消える。

 しかし、水の氷柱はまるでレッドを追尾するように次々と襲い掛かった。

 このままではまずいと考えたレッドは、咄嗟にその手に持った剣を振り抜いた。

 水の氷柱は刃に触れると弾け、水飛沫がレッドの顔へとぶっかかる。


「うっ!」


 それにより、レッドは思わず両目を閉じた。

 その瞬間に劉漸は間合いを詰める。レッドも目を閉じた瞬間にまずい、と悟りすぐに瞼を開き、防御体勢へと入った。

 薄らと開かれた視界は僅かに滲んでいた。その為、レッドには迫り来る劉漸の姿はハッキリと見えていない。

 ただ、滲んだその影の動きから、軌道を読みレッドは剣を振った。

 金属音が響き、衝撃でレッドの体は弾かれる。流石に足の踏ん張りが利かなかった。


「くっ……」


 二度、三度と地面を転げたレッドはすぐに体を起こすと、左手の甲で目を拭いた。


「あの状況で、よくまぁ、防げましたね」


 穏やかな口調でそう言う劉漸は、不適に笑みを浮かべる。

 狭い路地では圧倒的に不利だと考えるレッドだが、ここで劉漸を止める方がいいだろうと判断した。

 理由としては、周囲に被害を被る者がいないと言う事が大きかった。

 劉漸の使う静明流の剣術は、広範囲、所謂多勢を相手にする時に威力を発揮するタイプの為、この狭い路地では被害者が自分しか出ないという考えだった。

 そんなレッドの考えを知ってか、劉漸は肩を揺らし笑い首を振る。


「キミの考えは浅はかだね。ここなら、被害を最小に出来るとか考えているだろ?」

「だったら何だと言うんですか?」


 レッドがそう答えると劉漸は長刀へと水の膜を張り、それを下段に構える。


「静明流が広範囲攻撃が専門なのは知っているんだろ? なら、この場所でキミが俺を相手にして、どうこう出来るなんて思っているのかい?」


 劉漸の余裕の発言に、レッドは額から一筋の汗を流す。

 レッドも自分が下した決断がどれ程危険なのかは理解している。無謀だという事も分かっている。

 それでも、真っ直ぐに劉漸を見据え、剣を構えなおした。


「それでも、僕はあなたと戦う。それが、勇者である僕の使命だ」

「勇ましい答えだ。ならば、俺を楽しませてくれよ」


 劉漸がそう答え、長刀を振り抜いた。

 刃を包む水が雫を飛ばし、それが一瞬で刃と化す。

 流石にそれを剣で受け止めるのは危険だと直感するレッドは、すぐに身を屈める。

 水の刃はレッドの赤紫の髪を掠め、その後方に佇む建物を切り裂いた。爆音が轟き、壁が崩壊し、瓦礫が地面へと散らばる。

 破壊力はイマイチだが、その切れ味は抜群だった。

 レッドの赤紫の髪がパラパラと顔の前を舞う。

 奥歯を噛み締めるレッドは、体を起こすと深々と息を吐き、劉漸を睨む。


「威力は低いが、切れ味は抜群。それも、静明流の特徴みたいだね」


 レッドがそう分析し口にすると、劉漸は眉をひそめる。


「ふむ……そうみたいだね。しかし、剣術と言うのは破壊力よりも、切れ味が良いのが一番なんだよ」


 不満げだが、しっかりと自分の意見を述べる劉漸に、レッドは眉間にシワを寄せた。

 確かに彼の言う事は正しい。剣術においては切れ味が高い方が威力が良いに決まっている。

 だが、何故静明流を独式と変化させている彼が、そんな事を言うのか不思議でならなかった。

 訝しげな表情を浮かべるレッドに、劉漸は穏やかな笑みを浮かべ、長刀を構える。


「まぁ、静明流など俺には関係ないがな」


 そう言い、劉漸はレッドを見据え走り出す。

 このまま防戦一方に回るのは得策ではないと、レッドも地を蹴る。そして、聖力を刃へと集めた。

 聖剣以外では初めて行うが、上手い具合に刃には聖力が集まり、薄らと輝きを放つ。

 だが、その瞬間に劉漸が不適な笑みを浮かべる。

 レッドもその笑みが一瞬視界に入った。何故、劉漸が笑ったのか、と疑念を抱くと同時に異変を自らの握る剣に感じた。


(なっ!)


 驚くレッドは、自らの剣の刃を覆っていたはずの聖力が消滅している事に気付く。やはり、聖剣でない為か、刃に聖力を留める事が出来なかったのだ。


「くっ!」

「もう遅い」


 劉漸がそう呟くのが聞こえた。

 小さなその声が聞こえる程、もう二人の距離は狭まっていた。


「静明流独式――」

(まずい! 防御――)


 そう考えレッドは剣を構える。

 だが、それよりも速く――


「三の太刀! 雫」


 顔の横へと構えた長刀を、真っ直ぐにレッドへと突き出す。素早く大気を貫く長刀の切っ先は、レッドの胸――心臓へと向かった。

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