第200話 パル ケルベロス 対 劉漸
濃霧に包まれた龍馬・秋雨・葉泉・雪夜の四人は、自らの影と激しい戦いを繰り広げていた。
もちろん、身体能力もその技量も自らと同等の力を持つ影は、四人と全く同じような動きで攻防を続ける。
そして、劉漸は――次々と兵をその刃で切り裂きながら、真っ直ぐに町の中心にある館へと向かっていた。
すでに、この島の主力である四人が濃霧の中に居ると言う事もあり、今や劉漸を止められる兵など存在していなかった。
無残に斬り付けられ、血飛沫が舞う。鮮血が地面に壁に飛び散る。
冷めた眼差しで次々と兵を斬りつける劉漸は、息絶えた兵を踏み締めると深く息を吐き出す。
「手応えがないな……やはり、あの四人の誰かを殺しておくべきだったか……そうでもしなきゃ、奴らも動かな――」
劉漸は唐突にその場を飛び退いた。
遅れて、弾丸が地面を撃ち抜き、地面が砕ける。砕石が舞い上がり、衝撃が吹き荒れる。
その風により、劉漸の長い黒髪が大きく揺れた。
表情を一切変えない劉漸は、長刀・桜千の切っ先で地面を二度、三度と叩き、目を細める。
「また、やられに来たのか? 無能の女帝」
劉漸の冷ややかな言葉が、視線の先に佇む海賊女帝、パルへと向けられた。
長い黒髪を結い、パルは肩口でその髪を揺らす。表情は落ち着き、深く被った海賊ハットのツバ越しに劉漸を睨む。
ショートパンツにヘソを出したとても露出の激しい服装のパルは、ブーツの踵を二度鳴らすと、その手に握った金色の銃の銃口を劉漸へと向けた。
「悪いが、やられるつもりで来たわけじゃない」
「ほーっ……なら、俺に勝つつもりでいるのか?」
劉漸はそう言った後に、クスリと笑いを噴出す。
「笑わせるな。お前ごときに俺は――!」
劉漸は驚愕する。雷のツルが地面から生え、劉漸の体を拘束したのだ。
「くっ! 何をした……」
「さぁな」
真剣な表情で肩を竦めたパルに、劉漸は表情を曇らせる。
だが、すぐに理解する。
「そうか……さっきの弾丸か……」
眉間にシワを寄せ、劉漸は奥歯を噛み締める。
両腕、両足を拘束され、身動きの取れない劉漸は真っ直ぐにパルを睨む。
しかし、すぐにその表情は緩み、肩を揺らし笑う。
「くっ……くくっ……」
「何がおかしい?」
怪訝そうに眉をひそめ、パルが尋ねる。
「何が? 全てだよ。この程度で、俺を拘束したつもりでいるなら、俺を甘く見すぎているな」
「何?」
眉をピクリと動かしたパルに、劉漸は深く息を吐き出す。
そして、その手に握った長刀・桜千へと力を込めると、その刃に水の膜が張られる。
劉漸のその行動に、パルは引き金を引く。
銃声が轟き、一発の弾丸が放たれる。だが、その弾丸が劉漸に当たるよりも先に、水の刃が雷のツルを切り裂き、同時に弾丸を真っ二つに裂いた。
一瞬の出来事だった。
裂かれた雷のツルが、地面を何度も跳ね、それから解放された劉漸は桜千を腰に添える様に構え、真っ直ぐにパルを見据える。
「どうだ? 分かったか? 俺はあんなもので拘束されても、簡単に抜け出せる」
「そうか……」
容易に拘束から逃れた劉漸に対し、パルの反応は聊か薄かった。
まるでそんなの解かれても当然だ、と言うような態度だった。
その為、劉漸は表情を険しくし、周囲の警戒心を強める。
パルの他にも誰かが来ている、そう考えたのだ。
劉漸のその考えは正しい。パルは劉漸を相手に一人で挑むほど無謀な性格では無く、この場に現在、ケルベロス、レッドの二人も潜んでいた。
魔力を失ったケルベロスと、聖剣を失ったレッド。とても戦力とはいえない二人だが、その気配は完全に消えており、劉漸が気付く様子は無い。
「どうやら、辺りに人の気配はない……か」
「さぁ、どうだろうな?」
パルのその言葉を合図に、建物の影から漆黒のローブを纏ったケルベロスが飛び出す。
「なっ!」
突然のケルベロスの出現に驚く劉漸は、思わず身を退く。
深々と被ったフードの向こうに褐色のケルベロスの顔が薄らと見え、その合間から嫌がおうにも目立つ白髪がチラリと見えた。
大きく開いたローブの袖口から握り締めたケルベロスの右拳が飛び出し、その中指に嵌められた赤い宝石の入ったリングがキラリと光る。
「炎武!」
ケルベロスの低音ボイスが静かにそう告げると、右拳が真っ赤な炎に包まれる。と、同時にローブの袖を一瞬で焼き尽くした。
「くっ!」
瞬時に防御体勢を取る劉漸は、刃をケルベロスの方へと向けた長刀を体の前に構える。
防御をすると同時に、ケルベロスに一撃与えられればいい、と言う劉漸の考えだった。
もちろん、ケルベロスも劉漸の持つ長刀・桜千の能力を知っているため、踏み込んだ左足を僅かに外へと捻り、上体を右に倒し、振り抜く拳の軌道を強引に変更する。
それにより、拳は無防備になった劉漸の左脇腹へと突き刺さった。
「ふぐっ!」
衝撃を受け、僅かに劉漸の体が浮き上がり、その口からは血が僅かに吐き出される。
一方、ケルベロスは左脇腹へと減り込ませた拳をすぐに引き、瞬時にその場を飛び退く。
相手の間合いに居るのは危険だと判断したのだ。
足元に土煙を舞い上げ、距離を取ったケルベロスは、右拳に灯していた赤い炎を消すと、深く息を吐き出した。
よろめく劉漸は、奥歯を噛み締め、ケルベロスを睨みつける。その歯が血で赤く染まり、口角からは粘り気のある血が流れ出ていた。
全く気配すら感じなかったはずなのに、何故、突然姿を現したのか不思議でならなかった。
疑念を抱く劉漸に対し、何かを答えるわけでも無くケルベロスはローブを脱ぎ捨て、右手を握ったり開いたりを繰り返す。
「まぁまぁだな」
静かにそう述べるケルベロスは中指に嵌めたリングを見つめる。
魔力を失ったケルベロスが、その拳に炎を宿す事が出来たのは、このリングのお陰だった。
丁度、島を出る際にイエロがくれた特別製のリングだ。これにより、炎を扱う事が出来たのだ。
左手で腹部を押さえる劉漸は表情を歪めると、荒い呼吸を繰り返す。
「どう言う……事だ……」
今ならハッキリとケルベロスの気配が察知でき、疑念は更に大きなものへと変る。
そんな劉漸の言葉に、ケルベロスは答える事は無く、握った拳へと炎を灯した。
「これなら、まだ戦えるか……」
「くっ! 俺の質問に答えろ!」
劉漸が怒鳴ると、ケルベロスは蔑む様な眼差しを向け、首を僅かに左に傾ける。
「何でコッチの手の内を、ワザワザお前に教えてやらねばならん。それとも、手の内をバラして正々堂々と戦えとでも言うつもりか?」
冷ややかな声でそう言い放つと、劉漸は鼻筋にシワを寄せ唇を噛み締める。
だが、すぐに気付く。
ケルベロスが脱ぎ捨てたローブを見て。
「そうか……そのローブか!」
劉漸がそう口にすると、ケルベロスは肩を竦めた。
「さぁな。どうだか」
「ふざけるな!」
「何だ? お前が答えをだして、俺が正解と答えるとでも思ってたのか?」
呆れた様にケルベロスはそう言い、吐息を漏らす。
実際の所、劉漸の答えは正解だ。
ケルベロスの気配を劉漸が探知出来なかったのは、先程まで来ていたローブの影響だった。
アレは、ミィがクロト達と出会う以前に手に入れたいざと言う時の貴重なローブだ。糸状に形成した魔法石で編みこんだ特別製のローブで、人の体から発せられる僅かな気配すらも遮断する代物だった。
ただし、視界から見えなくなると言うわけではなく、ただ気配を感知されなくなると言うだけの為、もし劉漸が目視で周囲を確認していれば、間違いなくケルベロスの存在に気付いていただろう。
僅かに着ていたローブが焼かれ、焦げ付いた劉漸の左脇腹が見え隠れする。鍛え上げられたその腹筋は、恐ろしく硬く、ケルベロスの拳も芯までは届かなかった。
「ふざけたマネを……」
奥歯を噛み締める劉漸の額に青筋が浮かぶ。
今まで挑発的で、人をバカにしたような雰囲気を漂わせていた劉漸が、ようやく本当の顔を窺わせる。
ピリつく空気に、ケルベロスは静かに息を吐き、パルは目を凝らした。
「ここからが、本番って事だね……」
「ああ。気を引き締めろ」
二人は静かにそう述べ、全神経を研ぎ澄ませる。
はい。どーも。作者・崎浜秀です。
丁度200話、と、言う事もあり、読者の皆様にお聞きしたい事があります。
この作品は、ゲートシリーズとして、ゲート~白き英雄~と同じ世界の話をしています。
えっと、それでですが、今後についてなのですが、両作品の最終章。
まだ先の話ですが、その最終章は、大方二つの作品のストーリーが重なります。
で、このまま二つの作品として最後まで書くか、それとも、一旦終わらせて、二つの作品をまとめて最終章として書くべきか、と言う事です。
私の実力は恐らく知っていると思いますが、正直下手糞です。
すでに、何度かストーリーが交錯し、同じ場面を描いた所もあります。
最終章は恐らく、その場面と同じで、黒き真実の視点と、白き英雄の視点と言う形になる予定です。
どちらが良いのか、は分かりません。
ですので、意見をもらえると嬉しいです。
まぁ、結局判断を下すのは自分なので、自分で考えろって言われれば終わりですけど……