第2話 突然の襲撃
暗い暗い闇が続く。
目を閉じているのか、開いているのかも分からない闇の中。分かったのは自分が落ちていると言う事だけだった。
この状況に、裕也は思う。これは夢なのだと、堅く瞼を閉じる。早く目が覚める事を願いながら――。
「――ッ!」
誰かの声が聞こえた。夢からの帰還。淡い期待を胸に秘めながら、裕也はゆっくりと瞼を開く。眩い光に視点が合わず暫くボンヤリとした光景が映る。何か人影の様なモノが見え、だんだん声がはっきりと聞こえてきた。
「おい! 起きろ! いつまで寝てんだよ」
幼い子供の様な声。全く聞き覚えの無い声に、裕也は不安になりもう一度ゆっくりと瞼を閉じた。
「待て待て! 今、完全に目を覚ましただろ!」
「これは夢だ。早く目を覚ませ。俺」
怒鳴りつける声を無視して、そう自分に言い聞かせる裕也だが、その体を揺すりそれを妨げる者が居た。
「起きろって! コラ! 寝たふりしてんじゃねぇ! てか、無視すんな!」
「だーっ! うっせぇ! 俺は、今、夢から覚めようとしてんだよ!」
あまりのしつこさに目を開き、思いっきり怒鳴る。と、同時に目が合う。ジト目で裕也の顔をジッと見据える褐色の肌をした一人の少女と。赤い瞳が裕也を見据え、やや尖った耳がピクッと動いた。
「チッ。来たか。ここは危険だ。私と一緒に来い」
突然、真剣な表情を浮かべたかと思うと、裕也の腕を掴み無理矢理立ち上がらせ走り出す。何が何だか分からぬまま、少女に引かれて走っていると、先ほどまで裕也が居た場所で大きな爆音が轟き、火の手が上がる。
見た事の無い木々や葉が燃え、黒煙が空へと昇る。
「な、何だよ……コレ……」
その光景に足を止めると、裕也の腕を引いていた少女もゆっくりと足を止め振り返る。
燃え上がる木々。
響き渡る人の声。
轟く爆音。
これが、夢なら本当に早く覚めてくれと願う。
だが、そんな裕也に少女は静かに言う。
「私も初めてこの光景を目の当たりにした時は、そうだった」
ポンと右肩を叩かれ、顔を少女の方へと向ける。悔しさに下唇を噛み締める少女。その目に浮かぶ涙に、裕也は我に返った。と、同時に燃え上がる森の向うから猛々しい声が無数聞こえてきた。
「うおおおおっ! 魔王軍を叩きのめせ!」
「魔王城はすぐそこだ!」
「手柄を上げろ!」
次々に聞こえてくる男たちの声。そして、悲鳴。何が起っているのか分からず、その場に立ち尽くす裕也の腕を、少女はまた引っ張った。
「急げ。奴等に見つかったら、殺されるぞ!」
「こ、殺される!」
少女の口から出た言葉に驚く。
「さぁ、急げ!」
と、少女が走り出そうとした時、正面の茂みから斧を持った大男が現れた。鎧を纏い、右胸の位置に十字のエンブレムが描かれている。その大男を見るなり、少女は体を震わせる。
「お、おい。だいじょ――」
「魔族見っけ」
裕也が少女に声を掛けるより先に、大男の野太い声が周囲を制する。その声に続く様に、茂みの向うから別の声が響く。
「何! 魔族が!」
「今、応援に行くぞ!」
声が聞こえたかと思うと、茂みで葉が擦れ合い音を奏で、無数の男女が飛び出す。様々な衣装の男女。まるで仮装大会の様なその格好に、困惑する裕也。しかも、彼等は手に刃物や鈍器を持ち、明らかな敵意を向けていた。
「おいおい。たかがザコ相手にこの人数はねぇだろ?」
「馬鹿言えよ。魔王城の手前だぞ? そんなザコばっかりなわけねぇだろが」
目の前にたたずむ斧を持ってた大男に、いかにも剣士風の格好をした男が忠告する。その言葉に「仕方ねぇなぁ」とぼやく大男は、後ろに佇む僧侶の格好をした女に顔を向け、
「おい。強化の術で俺を強くしろ」
「分かってるわよ。言われなくても、光の祝福!」
女が声をあげると、大男の体が輝き出す。
「力がわいてくるぜ」
「言って置くけど、効果は――」
「わーってるよ。五分だろ? んなけありゃ十分だろ」
「だから、油断するなって言ってるだろ!」
剣士風の男が再度忠告するが、大男は「はいはい」と、軽く受け流す。
そして、視線を裕也と少女の方へと向けた。その表情に、裕也は直感する。殺されると。わけも分からない場所で、わけも分からないまま、死ぬそんなイメージが脳内に鮮明に浮かぶ。
そのイメージを振り払おうと、男から視線を反らした時、隣りで震える少女の顔が視界に入った。怯え震える彼女を、どうにかしないといけないと、裕也は視線を上げ大男の顔を見据える。裕也だって怖くないわけじゃなかった。それでも、震えを押し殺し、毅然とした態度で大男へと告げる。
「や、やめろ! こ、この娘が何をしたって言うんだ!」
僅かに声が震えた。それでも、はっきりした口調で述べたその言葉は周囲の人に届いたのだろう。沈黙が暫しの間続いた。だが、その沈黙が一瞬で破られる。噴出した笑いを皮切りに、次々と笑い声が周囲にこだまし、大男が自分の頭を指差し、
「恐怖で頭がいかれたか? 魔族」
「お、俺は、魔族なんかじゃない! に、人間だ!」
大男の言葉にそう反論する。が、大男は更に大声で笑うと、
「ガハハハハッ! に、にん、人間だと、ガハハハハッ! 笑わせるじゃねぇか! テメェの何処が人間だぁぁぁぁぁッ!」
大男が振り上げた斧を振り下ろした。突風が吹き抜け、地面が砕けた。大男が下ろした斧は裕也と少女の丁度真ん中に落ち、衝撃とともに土煙と砕石を飛び散らせる。衝撃に吹き飛んだ裕也と少女。少女は大木に背中を打ちつけ意識を失う。
一方、裕也は地面を横転し、重量感のある鎧を着込んだ男の足に体をぶつけ動きを止めた。飛び散った砕石で皮膚が裂け、体中いたる所から血が滲む。痛みに体を震わせる裕也が、ゆっくりと顔を上げると、男が振り上げたランスを裕也に向けて振り下ろした。