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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
198/300

第198話 元・静明流師範 劉漸(りゅうぜん)

 無人島から戻ったクロトは、鍛冶屋へと急いでいた。

 すでにイエロが予言したあの男の襲撃日を半日程過ぎていた。

 イエロが無人島にクロトを迎えに来たのは、つい先ほどの事で、鍛冶屋の前に空間転移で移動すればいいものを、ワザワザ港へと移動したのだ。

 故に、クロトは全力で鍛冶屋へと走っていた。

 黒のローブを纏い頭には深々とフードを被り、呼吸を乱すクロトの後ろを、ピョコピョコと真っ白まん丸のニワトリ型の着ぐるみのイエロがついてくる。

 非常に申し訳なさそうに眉を八の字に曲げ、


「本当に申し訳ないのですよー」


と、イエロはクロトの背に謝った。

 もちろん、イエロにも事情があると言う事を理解している為、クロトも責めるつもりは無く、薄らと開いた唇を緩め背を向けたまま答える。


「いいよ。俺は気にしてないから。それより、リックバードの方はどうなの?」


 走りながらも呼吸を殆ど乱さなず、クロトがそう尋ねる。

 すると、イエロは腕を組み小さくうなり声を上げた。


「うーん……」

「どうしかした?」

「それが、現状、リックバードがどうなっているのか、私にも分からないのですよ」


 困り顔でイエロはクロトの背にそう答える。

 その答えにクロトは「そうか……」と呟き、僅かに走る速度を上げた。

 何か、酷い胸騒ぎがしたのだ。



 クロトの胸騒ぎは、現実のものとなっていた。

 クレリンス大陸リックバード島に、ついに奴は姿を見せる。

 復興活動をする兵達の前に音も無く姿を見せたその男は、僅かに鯉口に刃が擦れる音を鳴らせ、長刀を抜くとそれを一振り。それから、スッと長刀を鞘へと納める。

 キンッと澄んだ金属音が僅かに響くと、兵達の体が裂け血飛沫が噴き上がった。


「キャアアアアッ!」


 女が悲鳴を上げる。

 それに遅れ他の人々もその惨劇に悲鳴をあげ、逃げ惑う。

 そんな中、警備、見回りをしていた兵が、悲鳴を聞きつけその場に駆けつけた。

 和風な鎧を纏い長槍を持った兵達は、その先を男へと向け、距離を取る。

 すでに彼らも聞いていた。この男が、龍馬と秋雨を負傷させた人物だと。

 その為、皆、警戒し、距離を取っていたのだ。

 兵達の慎重な行動に、男は訝しげな眼差しを向け、不適な笑みを浮かべる。


「おやおや。どうやら、大分警戒されていますね」

「くっ……貴様!」


 兵の一人が声をあげ、突っ込む。挑発に乗ったと言うわけで無く、先手を取ろうとしたのだ。

 兵は左足を踏み込むと槍を突き出す。大気を貫く鋭い突きだったが、男は一瞬にして長刀、桜千を抜き突き出された槍を縦に真っ二つに裂いた。と、同時にその刃は兵の体を切り裂いた。


「うああああああっ!」


 声をあげる兵の体から血飛沫があがり、静かに地面へと崩れ落ちる。

 一瞬の出来事に、兵達は息を呑み、緊迫した空気が漂う。

 抜き身になった桜千をゆっくりと構える男は残念そうに鼻から息を吐き、首を左右に傾けその骨を鳴らした。

 ゾッとする兵達はその場を動く事が出来なかった。

 鍛え上げられた精神・肉体を持ってしても、恐怖を感じてしまう程の圧倒的な威圧感に完全に呑み込まれる。

 兵達の呼吸音、滲む汗に、男は不適な笑みを浮かべた。


「恐怖は、判断力を鈍らせ、瞬発力を失わせる」


 いつ、振り抜いたのか、男の右腕が右方向へと真っ直ぐに伸びていた。

 刃は水の膜に包まれ、僅かな水滴をその先から跳ね上げる。

 穏やかな風が足元を吹き抜け、数秒の時が過ぎ突如それは起きる。


「うかっ!」

「がはっ……」


 兵達の鎧が砕け、内側から体が切り裂かれ血飛沫が舞い散る。

 何が起こったのか分からない兵達だが、その現象は次々に兵を襲う。

 前の方から徐々に徐々に後ろにいる兵達へと広がり、まるで感染症にでもかかったかの様に皆同じ様に鎧が砕け血が噴出す。

 ものの十数秒で、その場に居た兵達は全て地面へと平伏す。皆、呻き声を上げ、地面に広がった自らの血の上でうごめいていた。

 体を鋭利な刃物で切りつけられた様な、そんな痛みが兵達を襲っていた。

 しかし、皆、斬られた感覚は無く、男もただ長刀・桜千を振り抜いただけ。その刃が届く位置に兵は一人もいなかった。

 そんな中で一人佇む男は不適に笑う。


「静明流独式二の太刀。霧雨」


 静かにそう呟いた男は桜千を鞘へと納め、ゆっくりと平伏す兵達の体を踏み締め歩き出す。

 男は桜千を一振りした際にすでに攻撃を仕掛けていたのだ。

 静明流独式二の太刀、霧雨。刃を覆う水の膜が、振り抜かれた際に、霧状に散り、その散った微粒子の目に見えない水は、刃となり空気中を漂った。

 その空気を吸った為、兵達は体内から体を引き裂かれ鎧を砕かれ血を噴出したのだ。

 草履で兵の体を踏み締め歩みを進める男だったが、すぐに足は止まる。

 男の視線の先に、二人の男の姿があった。


「おやおや。またやられに来たのか?」

「貴様!」

「その足をどけろ!」


 男の前に現れたのは、以前敗北を喫した龍馬と秋雨の二人だった。

 灰色の長い髪を揺らす龍馬は、腰にぶら下げた長刀の柄を握り、鋭い眼差しを男へ向ける。

 一方、落ち着いた面持ちの秋雨は爽やかに黒髪をなびかせ、ジリッと左足を半歩下げた。

 前回は何も出来ずに敗戦した為、秋雨は恐ろしい程警戒心を強めていた。

 二人の姿を見据える男は、残念そうに肩を竦め、冷ややかな目を向ける。


「天童か、剛鎧のどちらかが来ると思っていたが、非常に残念でならない」

「ふっざけるな! テメェ!」


 龍馬が長刀の鍔を左手で弾き、勢い良く抜刀すると、そのまま男へと刃を振り抜いた。

 しかし、その刃は軽々と遅れて抜いた男の長刀、桜千で受け止められる。

 澄んだ金属が響き渡り、衝撃が地面に張った血の水面を激しく揺らした。

 交錯する二つの刃は美しく互いの表情を映し出す。

 怒りを滲ませる龍馬の眼差しと、不適に緩むおとこの眼差しが、交錯する。


「――! 龍馬! 離れろ!」


 秋雨がある事に気付き、声を上げる。

 すると、龍馬は口元に笑みを浮かべ、


「分かってるよ! んな事!」


と、声をあげ、唐突にその刃へと炎を灯した。

 轟々と燃え上がる炎は周囲の水分を蒸発させ、白煙を噴かせる。

 その龍馬の無意味とも言える行動に男の緩んでいた表情が、僅かに強張った。


「どうした? まだまだ、火力は上がるぜ」


 龍馬がそう口にすると、更に刃を包む炎が大きく膨れ上がり、高温の熱が辺りの空気を歪める。


「くっ!」


 その熱気を嫌がる様に、男は龍馬の長刀を弾くと、そのままその場を飛び退いた。

 男の行動に秋雨は眉間にシワを寄せ、龍馬は刃に灯した炎の火力を弱め、秋雨の横へと並ぶ。


「今ので、この辺りの水分は一通り蒸発させた。霧状の刃も消えただろ」

「けど、油断はするな。私達は一度、奴に敗れてるんだからな」

「分かってるさ。今度こそ――」


 龍馬は下唇を噛み締め、長刀を握る手に力を込めた。

 感心する男は、小さく頷きやがてまた不適な笑みを浮かべる。


「どうやら、すでに俺の対策は済んでいるようだな」


 男のその言葉に、龍馬は長刀の切っ先を真っ直ぐに向けた。


「俺は、負けず嫌いなんだ。やられっぱなしで、引き下がれるかよ!」

「私も、そうですよ。劉漸りゅうぜん先生――いや、劉漸。あなたを私は越える!」


 秋雨はそう言い、腰にぶら下げた二本の刀を抜き、戦闘態勢へと入った。

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