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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
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第194話 夜の闇の中で

 夜の街を疾走するケルベロスの姿があった。

 闇にも映える白髪を揺らし、白い吐息を漏らすケルベロスは、不意に足を止める。

 額から溢れる汗を手の甲で拭い、ケルベロスは切れ長の目を暗闇へと向け落ち着いた声を発する。


「何の用だ? 一体」


 ケルベロスの声に、街灯の明かりが届かぬ暗闇の中から一人の女が姿を見せた。

 肩口で揺れる淡い蒼の髪の合間、耳の付け根から生えた十センチ程の小さな角が見え隠れする女に、ケルベロスは目を細める。

 腰には二本の剣をぶら下げ、ハーフパンツに黄緑色の皮のジャケットの上から漆黒のローブを纏った女性は、赤い瞳をケルベロスへと向ける。


「別に用はないわ。ただ、どうしてあの番犬ケルベロスが、魔力を失うかもしれないリスクを犯してまで魔力解放を行ったのか、気になっただけよ」


 腕を組む女性がそう言うと、ケルベロスは不快そうに眉をひそめる。それから、瞼を閉じ、深く息を吐き脱力する。


「別に、理由などない。確か……エルド、だったか? お前だって絶対に譲れない戦いがあるだろ? その時、お前だって龍化するだろ?」


 ケルベロスがそう言うと、エルドは肩を竦める。


「さぁね。残念ながら、私はそこまで熱くはなれないね。龍化も基本的に私は出来ない」


 エルドがそう答え薄らと口元へ笑みを浮かべた。

 龍化も、龍魔族の中の限られた者しか扱う事が出来ない。もちろん、力のあるエルドなら使えるのだろうが、そのリスクも高い。

 魔力解放にしろ、獣化にしろ、龍化にしろ、強大な力を得るにはそれだけのリスクが必要だと言う事だった。

 眉間にシワを寄せるケルベロスは、小さく頭を左右に振る。


「分からんな。何故、それ程優秀な能力を持つお前が龍化が出来ない?」

「その理由なら簡単だ。やったことがないからだ」


 エルドの答えに、ケルベロスは怪訝そうな表情を浮かべる。

 どうにも話かかみ合っていないと、言うか何か矛盾しているような感じがした。

 目を細めるケルベロスは、腕を組むと鼻から深く息を吐く。


「どう言う事だ? お前は、龍化出来ないのだろ?」

「ああ。そうだ」

「なら、やった事がないというのはどう言う事なんだ?」


 ケルベロスが強い口調でそう言うと、エルドは呆れた様に首を左右に振り吐息を漏らす。


「やった事がないと言うのは、やった事が無いと言う意味だ。高いリスクがあるんだ、ワザワザ挑戦はしないだろ? それとも、お前は魔力解放を試みた事があるのか? 無いだろ。魔力を失うリスクがあるんだワザワザ練習してまで使いたいとは思わないだろ」


 尤もな意見を述べるエルドに、ケルベロスは複雑そうな表情を浮かべながらも納得する。

 言われてみればそうだ。ケルベロスも魔力解放を練習した事など一度もない。そもそも、魔力を失う可能性があるモノを練習するなんておかしな話だった。

 二度、三度と頷くケルベロスは納得するが、すぐにエルドを睨む。


「じゃあ、龍化できるかどうか分からないって事じゃないか」

「ああ。そうなるな。けど、どの道私には使えない。龍化も、獣化も、魔力解放も結局は怒りの延長線上にあるものだ。私にはそこまで怒る事は出来ない。そう言う事だ」


 肩を竦めるエルドに、ケルベロスは「そうか……」と静かに答えた。

 エルドの考え方は間違っていない。龍化も獣化も確かに怒りの延長線上にあるようなモノだ。故に、使用者の肉体は酷く損傷する。

 だが、魔力解放は二つとは違う。別に怒りが引き金で起こすものじゃない。

 その為、ケルベロスは何処か腑に落ちなかった。



 空に浮かぶ島にある古城。

 壁は色あせ、ツルが巻きついていた。

 周囲を囲う森の木々が冷たい夜風に揺れ、葉がざわめく。

 月明かりだけが照らす城は美しく、未だ風化すること無く原形をとどめていた。

 しかし、城内には全く光はともっておらず、殆ど人の気配がしない。

 その城の中で唯一の光が一つ廊下に現れる。

 漆黒のマントを纏った一人の青年が、小さなランプを片手に廊下を歩んでいたのだ。

 静かな足音だけが長く続く暗い廊下に響き渡る。

 爽やかに揺れる黒髪を漆黒の手甲をした左手でかき上げ、青年は童顔の大人しめな顔の眉間にシワを寄せていた。

 そんな青年に、突然闇の中から声が届く。


「何をしてるんだ?」


 静かな声と共に姿を見せたのは、和服の男だった。

 束ねた長い黒髪を揺らしゲタを鳴らす男は、腕を組み不快そうな表情を青年へと向ける。

 静かな面持ちだが、威圧感のあるその空気に青年は爽やかな笑みを浮かべた。


「別に何もしてませんよ。暇だったので息抜きの散歩中ですよ」

「散歩? 散策の間違いじゃないのか?」


 青年に対し、棘のある言葉を発する和服の男は、腰にぶら下げた刀の柄を握り締める。

 明らかに敵意のある和服の男に、青年は微笑するといつ抜いたのか、銀色の銃を右手に握り、その銃口を和服の男の頭へと向けていた。


「どう言うつもりだ?」


 和服の男が鋭い眼差しを青年へと向け尋ねる。

 一方、青年の方は落ち着いた面持ちで和服の男を見据え、僅かに首を傾げる。


「それは、こちらのセリフですよ。今にも刀を抜こうとしているじゃないですか」


 笑顔の青年だが、その目には威圧感があった。

 二人の視線が交錯し、数秒の時が流れる。

 冷たい風だけが廊下を駆け巡り、ランプの炎が僅かに揺れた。

 床に映し出される二つの影が静かに揺らぐ。

 沈黙の後、和服の男は刀から手を離し、青年は銃を消した。


「ここでは、戦闘は禁止でしたね」

「ああ。それに、身内同士での争いも禁止だ」


 青年の言葉に和服の男はそう付け加えた。

 若干二人は距離をとった。


「それで、他の皆さんは?」


 話題を変えようと青年が笑顔でそう尋ねると、和服の男は袖口に両手を納め視線を逸らす。


「さぁな。ここでは他人の行動を詮索しない事が暗黙のルールだ」

「そうみたいですね。先日、地下室に行った際は、あの魔術師の方にえらく怒られましたから」

「だろうな。地下室は奴の研究所だからな」


 相変わらず不服そうな表情で、和服の男は答えた。

 そんな和服の男に、青年はにこやかな笑みを浮かべる。


「では、あの銃をさしたローブの彼は?」

「奴は一番の秘密主義者だ。この城にいない時は何処で何をしているのか、俺にも分からん」

「そうですか……」

「何だ? 奴に何か用でもあるのか?」


 和服の男は疑いの眼差しを青年へと向け、眉間にシワを寄せる。

 しかし、青年は小さく首を振り、


「いえ。誰が何処で何をしているのかを知らないと、こっちも動けませんから」


と、言い笑う。

 青年の意見に、和服の男は僅かに頷き、賛同するように「そうだな」と呟いた。


「確かに、獲物が被ると、面倒だな」


 腕を組みそう呟いた和服の男は、右手を口元へと当てると、思い出したように呟く。


「そういえば、アイツはバレリア大陸に向かったと、聞いた気がするな」

「バレリアへ? 一体何しに?」


 青年がそう尋ねると、和服の男がその顔を睨んだ。

 その瞬間、青年は爽やかな笑みを浮かべ、口を開く。


「詮索はしない事、でしたね」


 穏やかな口調でそう言う青年に、和服の男は鼻を鳴らし「分かっているなら聞くな」と呟き静かに歩き出した。

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