第192話 強くなる為に
二日後、竜胆から答えが返って来た。
悩みに悩んだ末に、魔剣を打つと竜胆は拳を震わせていた。
武器を打つ事が怖いのだと、クロトは感じた。
だが、竜胆は強い眼差しでクロトを見据え、宣言した。
「オイラが造るのは、あんただけの武器だ。この世で一番の最高傑作を作り上げてやる。だから、テメェも誰にもまけねぇーくらい強くなれ! オイラの作り上げる最高傑作の魔剣にまけねぇーくらい強くなれよ!」
そう激しい言葉を継げ、竜胆は小屋へと篭った。竜胆なりのエールだったのだろう。
最上級の五つの魔法石と砕けた魔剣ベル。この素材をどの様な剣を生み出すのかは定かではない。
だが、クロトは竜胆の腕を信じ、現在魔力の制御を行っていた。
いつも通りの鍛錬を行うクロトだが、少々疑問を抱いていた。
いつも通りでいいのか、本当にこのままでいいのか、と言う事だ。
傷はもう癒えている。魔力も大分コントロールできる。なら、後は何をするべきなのか、そう一馬は考える。
そして、一つの答えへと行き着く。
それは、戦術を増やす為にも、新たに技を覚える事だった。
これは、常々考えていた事だった。
業火爆炎斬も焔一閃も、火属性の技で、多少なりに全ての属性の魔力を扱えるのに勿体無いと思っていたのだ。
もちろん、技を覚えるのは容易い事ではない。それに、技をどうやって覚えるのか、と言う問題もある。
そんな疑念と不安を胸に秘めるクロトは、深く息を吐き出すと両手に灯していた魔力を分散された。
美しく散る微粒子の魔力が空へと消え、クロトは静かに立ち上がる。
肩を回すクロトは、短くなったその髪を右手で掻き、やがてその手を腰に当てる。
「さて……どうするかなぁ……」
ボソリと呟くと、その後ろから、
「何がどうするかな、なんスか?」
と、ミィが無垢な笑みを浮かべ声を掛ける。
「はうっ!」
驚きの声をあげたクロトは飛び上がり、胸を右手で押さえミィへと視線を向ける。
クロトの悲鳴の様な声に、ミィは呆然とし目を細めていた。
それから、肩を落とし深いため息を吐き、クロトの方へと足を進める。
「何してるんスか? 全く……」
「い、いや、み、ミィこそ、何して……」
「何って、様子を見に来たんスよ。あっ、あと、龍馬が目を覚ましたそうッス」
肩を竦め、ミィがそう言うと激しい足音と共にクロトは診療所へと駆け出して行った。
自分が魔族で、この島には上がってはいけないと言う事も忘れて。
呆れた表情でため息を吐くミィは、右手で頭を抱え肩を落とすと、渋々とクロトの後を追いかけて行った。
クロトが診療所へと飛び込むと、真っ白でまん丸なニワトリの着ぐるみを着たイエロが全身でクロトを受け止めた。
「ふがっ!」
着ぐるみに衝突し声を上げるクロトに、イエロは「にはははっ」と笑い、胸を張る。
「舞っていたのですよ!」
「えっ? ま、待ってた?」
鼻を右手で押さえたクロトは、イエロへと目を向ける。
すると、イエロは言葉どおり舞う様にクルリと回った。
一体、何をしているんだ、とクロトが訝しげな目を向けると、イエロはタタンとステップを踏みポージングを決める。
とても愛らしいポーズだが、やはり着ぐるみの所為か、何か違和感があった。
唖然とするクロトの表情に、イエロはむふーっと得意げに鼻から息を吐いた。やりきった感があるが、クロトにはさっぱりとわけが分からない。
その為、場の空気は微妙な感じだった。
沈黙する二人の視線が交錯する中、診療所のドアが開かれミィが息を荒げ入ってきた。
「はぁ……はぁ……や、やっと着いたッス……」
足を止め膝に手を着くミィがそう呟いた。
すると、イエロが満面の笑みを浮かべ、
「ミィっちなのです。息を切らせてどうしたのですか?」
と、尋ねた。
その言葉に対し、呼吸を整えたミィは、こじんまりした胸を張り、それを僅かに揺らしながら答える。
「クロトを追ってきたんスよ。全く、魔族だって事をすぐ忘れちまうんスから……」
呆れ顔でミィはクロトを見据え、そんなミィにクロトは苦笑する。
完全に自分が魔族である事を忘れて、同じ過ちを繰り返してしまったと、反省していた。
「そうそう。龍馬っちが目を覚ましたのは知っているのですか?」
反省するクロトへと、イエロはニコッと笑みを浮かべ告げる。
イエロの言葉にクロトはそれを思い出し声を上げる。
「そ、そう! それそれ! 龍馬が目を覚ましたって聞いて、来たんだ!」
「おやおや? そうだったのですか?」
「そうッスよ。それで、龍馬は?」
ミィがそう声を上げると、イエロは笑みを浮かべ歩き出す。
「こっちなのですよー」
と、イエロは案内する。
そんなイエロの後に続き、二人は病室へと入っていった。
病室に入ると、そこには松葉杖を着く秋雨と、ベッドで包帯を巻かれた龍馬の二人がいた。
深刻そうな表情の二人は、イエロに連れられクロトとミィが部屋に入ってくると、視線を向ける。
「クロトか……」
そう呟いたのは龍馬で、完全に彼の自信は失われていた。
自信に満ち溢れていたその瞳の輝きはくすみ、表情は暗い。
秋雨も同じだった。先の戦いでの敗北は培ってきた自信を砕くには十分すぎる敗北だった。
心の折れた二人の放つ重く暗い雰囲気にミィは表情を歪める。
非常に居心地は悪く、部屋に居るだけで気が滅入ってしまう。
「それで、私達に何か用でもあるんですか?」
秋雨の覇気のない眼差しを受け、クロトは眉を八の字に曲げた。
こんな時に、こんな願いをすべきではないかもしれない、そう思いながらもクロトは口を開く。
「実は、二人に頼みがあって……」
「俺達に頼み?」
「一体、何の頼みですか?」
怪訝そうな表情を浮かべ、龍馬と秋雨がそう尋ねる。
その眼差しにクロトは一度深呼吸をし、心を静めてから口を開いた。
「二人の技を教えて欲しい」
意を決しクロトがそう言うと、龍馬も秋雨もその表情を険しくし、視線を逸らした。
当然だ。
あの男に二人の技は通用しなかった。
だから思う。今更こんな技を覚えて何になるんだ、と。
不快そうな表情を浮かべる龍馬は、唇を噛み締めると瞼を閉じクロトへと背を向け、告げる。
「断る」
「ど、どうして!」
龍馬の返答に、思わずクロトはそう声を上げる。
すると、龍馬に代わって秋雨が答えた。
「クロト。キミは、あの男と私達の技を覚えて戦うつもりなんだろうけど……それは、無意味だ」
「どうして、そんな事がいえるんだよ」
秋雨の答えに、クロトがそう尋ねる。
答えは分かりきっていると、言いたげな眼差しを向ける秋雨は深く息を吐き出す。
「答えは簡単だよ。今の私と龍馬を見てくれ。私達はあの男の前になすすべなく、この有様だ」
「だからって、早々に諦めるのか? それでいいのか?」
クロトのその言葉に、秋雨は俯き、龍馬は唇を噛み締める。
このままで言いわけが無い。だが、どうする事も出来ないのだ。
それだけの力の差を見せ付けられたのだ。
落ち込む二人に話を聞いていたイエロがピョンと一度跳ねると、明るい声をあげる。
「人とは考え、進歩するものなのです。考える事をやめてしまったら、そこで進歩は止まり、本当に終わってしまうのですよ?」
イエロの発言に、クロトは目を丸くする。
そして、ミィもわけが分からず首を傾げていた。
二人の反応から、龍馬と秋雨にも意味は伝わっていないのだと思ったのか、イエロは更に言葉を付け加える。
「伝承されてきた技と言うのは、常に使い手が進化させていくモノなのです。例え、技が破られたとしても、それは流派全てを否定されたわけではないのです。これは、進化するチャンスなのですよ?」
イエロがそう言い、二人を励まそうとするが、今の二人の心にその言葉は響かない。
それだけ、ショックが大きかったのだ。