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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
191/300

第191話 考えさせてくれ

 三日が過ぎ、クロトはようやく動き出す。

 暫く様子を見ようと思っていたが、あの男がまたいつ動き出すか分からない為、早めに行動に移す事にしたのだ。

 向かった先はもちろん、あの山の中腹にある鍛冶屋だ。

 鍛冶屋の主人は殺されてしまったが、まだその弟子である竜胆が居る。その技術を受け継いだ唯一の存在で、クロトは魔剣ベルを打ちなおせるのは彼しか居ないと踏んでいた。

 もう少し時間を空けるべきだとも、考えた。師が亡くなり、しかもその師の命を奪ったのが、自分が打った刀となれば、その心の傷は相当だろう。

 しかし、その傷が癒えるまで待つほど時間はなかった。

 それは、イエロが予言を告げたのだ。


“次にあの男が現れるのは、二週間後。場所はリックバードなのです”


と。

 リックバードはここクレリンス大陸の中心と言われる島で、龍馬と秋雨が仕える天童と剛鎧が収める地だ。

 現在、リックバードはある事件で損害を受け、復旧活動を余儀なくされている。それ故に、警備が手薄になっており、あの男が狙うとしたら彼ら二人だろうと、イエロは説明した。

 これは無数に枝分かれした未来の中で確実に起きる一つの大きな事柄だった。

 どの道を辿ろうと、確実にぶち当たる必然的な未来を伝えられた為、クロトは動かざるえなかったのだ。


「さて……大丈夫……かな?」


 思わずクロトがそう口にする。やはり不安だった。

 心に負った傷はそう間単に癒えるわけじゃない。恐らく、今、竜胆はどん底の中に居るだろう。

 そんな彼に、魔剣を打って欲しいなどと伝えるのは、どれだけ酷な事だろうか。

 深く息を吐き、深刻そうに表情を険しくするクロトに、隣りに並ぶレッドが静かに告げる。


「辛いかもしれないけど、これは、彼が犯した罪。彼の手で償うしかないんだよ」


 レッドの言葉に、クロトは肩を落とす。

 確かに、竜胆が犯した罪は大きい。最悪の者へと与えてはいけない刀を与えてしまったのだ。

 放っておけば多くの人の命が奪われる事は必至だろう。それを防ぐ為にも、クロトは彼に魔剣を打ってもらわなければならない。

 今、あの男が持っている刀に対抗する為にも、竜胆の打った剣が必要不可欠なのだ。

 気持ちを落ち着けるように胸に手をあて、深呼吸を繰り返すクロトは二度、三度と肩を上下に揺らし、一度頷いて立て付け直された戸を引いた。

 音も無く戸は開かれ、薄暗い部屋から埃っぽい空気が漂う。

 とても静かで、重苦しい空気にクロトは僅かに身を引いた。


「クロト。行きますよ」


 引いたクロトに対し、冷静にレッドはそう言うと部屋へと足を踏み入れる。

 敷居を跨ぐと、足元に僅かに土煙が舞う。


「竜胆くん。居るかい?」


 レッドは静かに尋ねる。だが、返答はない。

 いないはずはないと、分かっている為レッドはそのまま足を進める。

 クロトはそんなレッドの背を見据え、ゆっくりと部屋に入った。

 埃っぽい為、クロトは右手で鼻と口を覆う。そして、室内を見回す。

 窯はスッカリ冷め、辺りはモノが散乱していた。暴れたのか、ガラスが割れ、冷たい風が室内には流れ込んでいた。

 目を細めるクロトは、本当に大丈夫だろうか、と不安になる。

 そんな折だった。部屋の奥でレッドの声が響く。


「クロト! コッチだ。竜胆くんを見つけた」


 レッドの声の方へと顔を向けたクロトは、「すぐ行く」と返答し、もう一度部屋を一瞥してから声の方へと向かった。

 部屋の奥に行くとレッドが腰に手をあて佇んでいた。

 その視線の先、部屋の隅には竜胆が膝を抱え座り込み、覇気のない顔で足元を見つめていた。

 完全に心が折れていた。


「こんな状況で、大丈夫かな?」


 クロトが不安を口にすると、レッドは険しい表情で息を吐く。


「大丈夫じゃなくても、立ち直ってもらわないと困る。あの刀に対抗出来る武器を打てるのは、彼だけだ」

「分かってるけど……」


 クロトの不安げな表情に対し、レッドは凛とした落ち着いた面持ちで竜胆を見据える。

 その表情がクロトは少しだけ怖かった。

 それだけ、レッドは焦っていたのだ。

 レッドの気持ちも分かるがクロトは今の状態の竜胆では、あの男の持つ刀に対抗出来うるだけの剣を打てるとは思えなかった。

 クロトの考えとは裏腹に、レッドは静かに竜胆へと歩み寄る。

 足音で気付いたのか、それとも視界にレッドの足元が見えたからなのか、膝を抱えて俯いていた竜胆が静かに顔を上げた。

 覇気のない竜胆の虚ろな眼差しと、レッドの鋭い眼差しが交錯する。

 静寂と息苦しい時が数秒程過ぎ、レッドは静かに口を開く。


「キミはそんな所で何をしてるんだい?」

「れ、レッド!」


 酷なレッドの問いに、クロトは思わず声をあげ、レッドの肩を掴んだ。

 だが、レッドはそれを払いのけ、強い眼差しを竜胆へとむけたまま更に言葉を続ける。


「キミには、キミにしか出来ない事、すべき事があるはずだろ?」

「オイラの……すること……?」


 覇気のない声でそう呟く竜胆は、静かにその視線を下す。

 片膝を着いたレッドはそんな竜胆の胸倉を掴み、真っ直ぐに視線を向ける。


「キミが出来る事は、武器を打つ事。作り出す事だろ!」

「武器……悪いが、もう二度と武器は作らない……オイラは、未熟だった……ジジイが、何でオイラを半人前だって言ってたのか、やっと理解できた……」

「ふざけるな!」


 レッドが声を荒げ、竜胆の体を壁へと押し付ける。


「何が二度と武器は作らないだ! 未熟だった? 理解できた? そんな事関係ない! お前には責任があるだろ! それを――」

「よせ! レッド!」


 クロトはレッドを強引に竜胆から引き離すと、二人の間へと割ってはいる。

 そして、レッドの目を真っ直ぐに見据えた。


「何、焦ってるんだよ。レッドらしくないぞ。もっと冷静になれって」

「何言ってるんだ! 悠長にしている時間は無いんだよ! 約二週間後にまた奴が動き出すんだぞ!」

「分かってるけど、焦っても仕方ないだろ?」


 いつに無く冷静さを欠くレッドの怒鳴り声に、クロトは静かにそう言い首を傾げる。

 唇を噛み締めるレッドは、眉間にシワを寄せ、クロトを睨む。

 あの男と直接対峙しやりあったから分かる。あの男の強さ、異常さを。だからこそ、レッドは焦っていたのだ。

 そんなレッドの気持ちも、何となく分かるクロトは、静かに竜胆へと向き直ると、深く頭を下げた。


「お願いだ。俺の剣を打ってくれ」


 クロトの願いに、竜胆は僅かに反応を示す。だが、すぐにその表情は暗くなり、その乾いた唇を開く。


「言ったろ……オイラは、もう二度と武器は打たないって」


 竜胆の僅かに掠れた声に、クロトは顔を挙げる。

 そして、真っ直ぐに竜胆を見据え、口を開いた。


「武器を打ちたくない気持ちは分かる。けど、いいのか? これで」

「……ああ。二度と、武器が打てなくても、オイラには何の支障も――」

「そうじゃない。キミが打ったその唯一の武器が、多くの人の命を奪う事になっても、キミはいいのか?」


 竜胆の言葉を遮り、クロトは真剣な口調、真剣な顔でそう告げた。


「今も尚、彼はキミの打った刀で、多くの人を殺そうとしている。それでもキミは耐えられるのか?」


 クロトの言葉に竜胆は息を呑む。そして、その眼差しが険しく変る。

 怒りにも似た感情を抱く竜胆は、クロトを睨み立ち上がるとその体を両手で突き飛ばした。


「――ッ!」


 表情を歪め、よろめくクロトに、竜胆は声を荒げる。


「お前だって一緒だろ! オイラに武器を作って欲しい? 武器を作ってもらってどうすんだ! その武器で、お前も同じように人を殺すんだろ!」


 尤もな竜胆の言葉に、クロトは僅かに表情を曇らせる。

 確かに、竜胆に魔剣を直してもらったら、クロトは人を殺める事になるだろう。

 ここに来るまでだって、クロトは多くの人と剣を交えた。

 だが、実質的にクロトが殺めたのは暴君バルバスのみ。殺めたと言っても、すでに殺され暴走させられた化物となったバルバスを、だ。

 誰かを守る為に戦い、人の命を奪う事になるかも知れない。それが、許されない事もクロトは知っている。

 でも、そんな化物となった奴を野放しにするなど、今のクロトには出来なかった。


「俺は……人は殺さない……とは、強く言い切れない。でも、それでも、大切なものを守る為の力が必要なんだ……。俺は無力で、ちっぽけな存在。きっと、周りの皆に支えられていなければ、ここにこうして立っている事なんてなかった。だから、守りたいんだ!」


 クロトの真剣な思いに、竜胆は唇を噛み締める。


「だから……何なんだよ……。オイラには関係ない」

「関係あるよ! 俺が止める。あの男を! そして、二度とその刀で人を殺させない。約束する」

「それは、アイツを殺すって事か? なら、アイツとやってる事は一緒じゃねぇーか」

「本当に、一緒なのか?」


 竜胆の言葉に、レッドが静かにそう口を挟む。


「あの男は自らの快楽の為に人を殺めている。クロトは誰も傷つかないように、誰かを守る為に剣を振っている。それに、あの男はすでに人じゃない」


 腕を組み俯くレッドがそう告げると、竜胆は訝しげな顔を向ける。


「人じゃ……ない? どう言う事だ?」

「僕の知り合いの調べで、彼は手を出してはいけない禁術に手を出し、すでに人とは異なる存在になっているらしい。その為、彼は若々しい姿のままなんだ」

「そ、そんな……じゃあ、オイラは、そんな化物に刀を……」


 ショックが大きかったのか、竜胆は頭を抱え蹲った。

 そんな竜胆の肩に手を置いたクロトは、真剣な眼差しを向ける。


「アイツは俺が止める。だから、キミが打ったあの刀に対抗出来る剣を、魔剣を打って欲しいんだ! 頼む」


 もう一度クロトが頭を下げる。

 すると、竜胆は俯き、静かに呟いた。


「少し……考えさせてくれ……」


と。

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