第188話 イエロの未来視
結局、その後、クロトについての話は無く、今現在この世界で起きている事についての話が中心となった。
現在、この世界で起きている事はイエロにもハッキリと見えるわけじゃない。と、言うより何か強い力でイエロの能力を妨害している、そんな感じがするとイエロは語った。
その所為か、最近はその予知能力も大分精度が落ちている。その為、次に何が起こるか、この先どんな事があるのかは、断片的にしか見えないと言う。
そんなイエロが現在、この世界の状況を語った。
まず、南の大陸ゼバーリック。
大陸西のミラージュ王国が最近妙な兵器を開発中だと言う。詳しくはイエロも分らないが、その兵器が今後何かこの世界に影響を及ぼす可能性があると、イエロは考えていた。
もちろん、良い影響なのか、悪い影響なのか、今の所分っていない。ただ、現状の情勢から見る限り、それが良い影響を与えるとは考え難い事を、その場に居る誰もが分かっていた。
ゼバーリックの中央に広がる密林の奥、獣魔族の根城。獣王亡きその城に、戻ったと言う。獣王ロゼの血を引く唯一の息子、シオが。
そして、彼は戦の準備を始めたと言う。まるで人が変ったように精鋭を集め、鍛え上げている。恐らく、現状、ゼバーリックで一番の勢力を持っているのはここだとイエロは断言した。
ゼバーリックの東イリーナ王国は、三人の貴族と共に何とかその領土を守り抜いている。やはり、数ヶ月前に起きた暴走事件で戦力の大半を失ったのは痛手だったのだろう。このまま行けば、近い内に獣魔族に呑まれていくだろうと、イエロは語った。
それから、北の大陸フィンク。
クロト達の活躍もあり、現在、和平条約を結んだヴェルモット王国とグランダース王国。
とりあえず、今の所両国共に目立った動きは無いが、それが逆に不気味だと、イエロは分析している。
元々、争いの多かった場所で、急に和平条約を結ぶ事になったが、兵や町の人達がそれに一切反発を示さないのが、その理由だとイエロは言う。
西の大陸バレリア。
そこでは、現在、元王国軍――暴君バルバスの息がかかった兵達が反乱軍、所謂レジスタンスとなり、主権を取り戻そうと暴動を起こしている。
その中心となるのは、ハーネスと言う名の女。基本能力が高く、指揮能力も高い。故に、現在最もバルバスに近い空気を纏った存在と言える。
東の大陸クレリンス。
今、クロト達の居るこの大陸では、無差別辻斬り事件。あの静明流の元師範代の男が暴挙を振るっている。
彼の持つ刀は桜千と呼ばれる刀で、竜胆の師である鍛冶屋の店主が桜一刀と血桜を基に作り出した刀だ。故に、桜一刀の様に鋭く、その刃で斬られると血桜の様に傷口を再生を遅延させる事が出来る。
そして、もう一つ。不可解な動きが他の島では起きており、イエロはそれも気になっていると言う。
それについてはまだ調べがついていない為、今は話せないとし、イエロは詳しい事は語らなかった。
最後に、現在最も静かな大陸、この世界の中心ルーガス。
現状、何も起きてはいない。元々、この大陸にあるのは広大な未開の地と魔王デュバルが収めるほんの僅かな土地のみ。
故に、今の所何も起きてはいないが、この先この地で何かが起こるとイエロは考えている。それは、恐らく十五年前の英雄戦争並みの大きな事だとイエロは断言した。
あらかたの説明が終わり、皆は解散した。
後は各々がゆっくりとその意味を考え、答えを出して欲しいとイエロは、可愛らしく微笑んでいた。
船の船首にケルベロスは佇んでいた。冷たい夜の風が闇にも映えるケルベロスの白髪を優しく撫でる。
そんな中、甲板が軋む音が聞こえ、ケルベロスは静かに振り返った。
「ありゃりゃ? 気付かれてしまいましたか?」
明るい声を上げるのは真っ白でまん丸な着ぐるみを着たイエロだった。
相変わらず、愛らしく微笑するイエロに対し、不快そう眉間にシワを寄せるケルベロスは腕を組んだ。
「何だ? まだ何か話でもあるのか?」
不機嫌そうにそう尋ねるケルベロスに、イエロはトコトコと歩む寄る。
「何か悩んでいることがなるのではないかと、思ったのですが?」
イエロの満面の笑みにケルベロスは眉をひそめる。
悩んでいる事がないと言えば嘘になるが、イエロに話す理由も無く、ケルベロスは背を向けると無言を貫いた。
そんなケルベロスの背を見据えるイエロは、静かに口を開く。
「大丈夫なのですよ。ケルケルの魔力は時期に戻るのですよ」
「――ッ!」
心を見透かしたようなイエロの言葉に、ケルベロスは驚き振り返る。
そう、ケルベロスが悩んでいた事は自らの失われた魔力についてだった。
このままでは足手纏いにしかならない。この先、自分の魔力が戻らないかもしれない、そんな事を考えていたのだ。
怪訝そうに睨みつけるケルベロスに、イエロは微笑し首を傾げる。
「そんな怖い顔しないで欲しいのですよ」
「お前は、一体、何処まで未来を知っている?」
イエロに対し、ケルベロスはそう言い放つ。
すると、イエロは困った様に眉を曲げると、右の翼で頭を掻いた。
「何処までと言うか……私が見えるのは断片的な絵本の一ページ的なイメージだけなのですよ。それに、未来と言うのは常に幾重にも枝分かれした不確かで不透明なモノなのです。
ほんの些細な事で良い方向にも悪い方向にも進んでしまう程、繊細なモノでもあるのです」
落ち着いた口調でそう説明するイエロは、やがて腕を組み小さく頷く。
「まぁ、それでも、分岐した未来が一つに重なる場面が必ず現れるのです」
「重なる場面?」
「はい。私の見た未来の中で、その一つに重なる場面……確実に起きる出来事は――あなたが、その手でクロクロを殺す。その瞬間です」
「くっ!」
イエロの衝撃的な言葉に、ケルベロスは思わず声を漏らした。そんなバカな事が、そう口にしようとしたが、何故だかケルベロスはその言葉を発する事が出来なかった。
それは、イエロのその表情がもの悲しげで、とても嘘を言っているように見えなかったのだ。
拳を握り、奥歯を噛むケルベロスは、鼻筋にシワを寄せる。それが事実だとして、何故自分がクロトを、その疑念が頭を巡る。
だが、やがてケルベロスは口を開く。
「未来は不確かで不透明なものなのだろ? なら、その未来が――」
「言ったはずなのですよ。枝分かれした未来の中で、必ず一つになる場面があると」
イエロの言葉にケルベロスは息を呑む。
「ただ、何故、そうなったのか、どうしてそうなるのか、私には分らないのです。この先、クロクロに何があるのか、ケルケルに何が起きたのか、その時にならなければ分らない、と、言うのが私の能力の欠点なのですよ」
苦笑し、イエロはそう説明する。
実際の所、イエロにもハッキリと未来が分っているわけではない。その事を理解し、ケルベロスは静かに息を吐く。
自らを落ち着ける為、冷静になり考える為に。
ただ、何をどう考えても、今の状況からクロトと敵対するそんな光景が想像出来ず、ケルベロスは何度も首を左右に振っていた。
「この事は、ケルケル。あなたにしか伝えないのですよ」
静かな声でそう言うイエロへと、ケルベロスは目を向ける。
「何故だ? それは、俺がクロトを殺すからか?」
「違うのですよ。その方がいいと、私が判断したからなのですよ。先程も言ったとおり、未来は幾重にも枝分かれし、些細な事で変ってしまう程、繊細なモノ。だから、これは、ケルケルにしか話さないのです」
穏やかな落ち着いた面持ちでそう述べるイエロに、ケルベロスは小さく頷いた。
「分かった。この事は、俺も他言しない。だが、一つだけ聞きたい」
「何ですか?」
「何故、クロトに伝えず、俺……なんだ? 普通、未来を変えたいなら、殺される方に教えるべきだろ?」
聊か腑に落ちない、そう言いたげなケルベロスの発言に、イエロは困った様に微笑し、
「どうしてなのですかね? あなたに伝えておくべきだと、直感したのですよ」
と、答えた。
結局は、イエロの勘なのだと、ケルベロスは少々呆れた様に息を吐き出した。