第187話 二つの魔力
「では、本題に移るのですよ」
イエロが真剣な表情でそう切り出した。
まん丸の真っ白なニワトリ型の着ぐるみの所為か、その真剣みがイマイチ伝わらないが、空気は少々張り詰めた。
僅かに息苦しいと感じるセラは、唾を呑み込み真っ直ぐにイエロを見据える。
ミィもセラと同じものを感じたのか、喉元がゴクリと僅かに動いた。
漂う空気の中、平然とするのはケルベロス、パル、レッド、エルドの四人。多くの戦いを乗り越えてきた四人にとっては、この程度の重圧は大したモノではなかった。
ゆっくりと流れる時の中、ようやくイエロは潤ったその唇を開いた。
「私がここに来たのはギルド連盟の人員不足の為なのですよ」
「人員不足?」
腕を組むケルベロスが思わずそう尋ね、レッドとイエロへと目を向けた。
訝しげなその眼差しに、レッドは苦笑しイエロは腕を組み大きく一つ頷いた。
「そうなのですよ。正直、現在のギルド連盟は、事務的な仕事は全て私一人で行っているのです。私が居なくなったら、ギルド連盟は終わりなのです」
鼻息荒くそう言うイエロに、レッドは一層申し訳なさそうに苦笑した。
イエロの言う通り、現在、ギルド連盟は人員不足だ。特に事務員は圧倒的に人手が足りない。と、言うよりもイエロが有能過ぎて、他の事務員がその仕事振りについていけないのだ。
調査隊も、本来は数十の班があるはずなのだが、今は連盟の犬ことアオの班と、個別に動く連盟の猿のレッドの二組だけ。
しかも、レッドは前回の任務で囚われ上、聖剣まで失った。それにより、現在、連盟からは戦力外とされている。
その事もあり、レッドは実にバツが悪そうに目を細めていた。
ギルド連盟の話を持ち出すイエロに対し、セラは不満そうに眉をひそめる。セラにとってギルド連盟の話など興味は無い。セラがここに居るのは、イエロがクロトについての重大な話があると言うからだ。
ケルベロスもセラと同じ理由でこの場に居た。ただ、何故イエロがこの大陸に来たのか、と言う事にも興味があった為、セラ程不満はなかった。
セラの不満げな眼差しに、イエロは困り顔を向ける。その視線に気付いたのだろう。
「そうだったのですよ。あなた方にはギルド連盟の人員不足は関係ないのですよね。ではでは、まずクロトっちに……いや、クロクロがいいですかね?」
「どっちでもいい。早く話を進めろ」
腕を組むケルベロスは不満げにそう声を上げ、切れ長の鋭い眼差しをまん丸な着ぐるみを着るイエロの背に向けた。
ケルベロスのそんな刺々しい言葉に、イエロは小さく息を吐きケルベロスにチラリと視線を向ける。
「ケルケルは冷たいのですよ。人の呼び方は大切なのです」
イエロの発言に一瞬ケルベロスの表情が強張る。だが、ここで反論しては話が前に進まないだろうと思い、堅く口を閉ざした。
ケルベロスが何も言わない為、イエロは満足げに笑みを浮かべ、セラへと視線を戻す。
「ではでは、クロクロについての話なのですが……。皆さんはクロクロについて、どの程度まで知っているのですか?」
イエロの発言に、その場に居た皆が眉をひそめる。
エルド至っては、クロトの事など殆ど知らない。その為、堅く瞼を閉じ息を吐き出した。
重く深いその吐息に、イエロはエルドの方へと体を向け、ポンと両手を胸の前で叩く。
「そうです、そうです。エルドっちは、クロクロとは初対面だったのですよ」
「私の事はいいから、話を進めてくれ」
「そうですか? でしたら、皆さん。どうなのですか? クロクロについて、どの程度知ってますか?」
イエロが満面の笑みでセラ、ケルベロス、ミィ、パル、レッドの順に顔を向ける。
質問の意図がイマイチ分らず、セラは小さく首を傾げ、ケルベロスは眉間に深いシワを刻んだまま俯いていた。
腕を組むパルは椅子の背にもたれかかり、天井を見上げる。パルもそこまでクロトの事を知っているわけではない。その為、答えに困っていた。
そんな中で、レッドは訝しげな眼差しを向け、尋ねる。
「どういう事ですか? イエロは、クロトについて何か知ってるんですか?」
「うーん……。まぁ、そんな所なのですよ」
自信満々にそう答えるイエロに対し、ケルベロスが目を細める。
クロトと殆ど面識も無いイエロが、一体何を知っているのか、そう思ったのだ。
眉をひそめるケルベロスの表情で、イエロはその事を読み取ったのか、自慢げに胸を張り答えた。
「私は常に観察していたのです。と、言うより私は基本的に傍観者、観察者と言う立ち位置だったので、皆さんの行いはおおよそ理解しているつもりなのですよ?」
「そうか……それで、クロトの何を知ってるんだ?」
自分の中に生まれた疑問を解決したケルベロスは、静かにそう尋ねる。
すると、イエロは一瞬不安そうな表情を見せた後に、口を開く。
「この中の何人かは、恐らく……いえ、薄々、感じている方も居るかと思うのですが、クロクロには二種類の魔力が流れているのですよ」
「に、二種類の魔力?」
思わずそう声を上げたのはセラだった。
セラがそんな声を上げたのには理由がある。まず、ありえないからだ。魔族であっても二種類の魔力を持つ者など。
普通、魔力と言うのは波長が人により異なり、皆、違う波長を思っている。その為、体内に流れる波長は常に一定で、それにより魔力を安定して生み出す事が出来るのだ。
だが、そんなセラの驚きに対し、イエロは両手を広げ力説する。
「まずはじめに、魔力の概念を変えるのですよ。魔力とは人により異なる性質と波長を持っているのです。しかし、現在、その魔力の性質を知る事は出来ても、波長を測る事は出来ないのです。
クロクロの場合、性質は恐らく同じで、波長が大きく変るモノ……だと思うのですよ」
「波長が大きく変る……」
腕を組むケルベロスは、そう呟いた。
以前、感じた事があった。クロトの魔力が若干変化したのを。
ただ、その時は気のせいだと思うほど微弱な変化だったが、この話を聞いてケルベロスはアレが気のせいではなかったと思ったのだ。
ケルベロスの僅かな表情の変化に、イエロはニコッと笑みを浮かべる。
「どうやら、ケルケルは多少思い当たる節があるようなのです」
「えっ? そ、そうなんスか?」
ミィが驚きケルベロスへと目を向ける。その眼差しに、腕を組むケルベロスは鼻から静かに息を吐き、小さく頷いた。
「ああ。多少な。お前も知っているはずだ。パル」
「はぁ? 何で私が?」
驚き体を起こしたパルがケルベロスを睨んだ。
すると、ケルベロスは深く息を吐き出した。
「お前と初めてあったあの港でだ」
「港……。ああ、あの時か……」
「そうだ。あの時、初めてクロトの右目が赤く輝いた。その時に化物を倒した時のクロトの魔力に僅かな違和感を感じた」
「そうなのですよ。あの時、力を解放したのが、そのもう一つの魔力なのですよ!」
ケルベロスの言葉に、イエロはそう声をあげた。
「あの時、クロクロの生体反応が著しく低下したのを私も確認したのですよ。けど、その直後にクロクロの体の奥底から別の強い魔力が発生したのです。恐らく、クロクロの生体反応が低下した為、自己防衛本能が働いたんだと思うのですよ」
イエロのその説明に、ケルベロスは不意にバレリア大陸での事を思い出す。
暴走した暴君バルバスと戦った時のクロトの様子を。あの時、明らかにクロトの雰囲気が変わっていた様にケルベロスは感じた。
考え込むケルベロスを尻目に、イエロは説明を再開する。
「それでですね。クロクロのもう一つの魔力。その正体については未だ分らない事だらけなのですが、先程、レッドっちやパルパルを助けに来たのは、間違いなくクロクロではなく、もう一つの魔力の持ち主なのです」
「ま、待ってください! それじゃあ、もう一つの魔力には人格があると言うんですか!」
レッドが大声をあげると、イエロは首をかしげる。
「うーん。人格があると言うより……クロクロの体に別の魂が入り込んだって言う方が正しいと思うのですよ?」
「な、何でそこで疑問形なのかな?」
イエロの発言にセラは目を細める。
すると、イエロも困った様に笑みを浮かべた。
「私も詳しくは分らないのです。ですが、恐らく……恐らくですが、クロクロがこの世界に転送される際に、別の強大な魔力を持った魂が定着した。そう考える方が、理に適っているのですよ」
イエロの言葉に、誰もが言葉を失う。確かにそう考えれば、異世界から来たクロトが膨大な魔力を保有している理由も、地獄の炎、業火を扱う事が出来るの事も説明がつく。
だが、ここで生まれる疑問。
そのクロトの中に居る“魂”とは一体何者か、と言う謎に、誰もが表情を険しくした。