第186話 連盟の雉 イエロの能力
男が去り、その場には傷ついたレッド、パル、龍馬と、まだ本調子ではないクロト、それからニワトリの着ぐるみを纏った少女。そして、鍛冶屋の弟子である少年の計六名が残された。
右目を赤く輝かせるクロトは不快そうに少女を見据え、着ぐるみを着た少女はニコニコと微笑みクロトを見据える。
妙に緊迫した空気が漂う中、鍛冶屋の弟子である少年が走り出す。
「ジジィ!」
見事に真っ二つにされた戸を踏み締め、少年は小屋の中へと入った。いや、入ろうとして足を止めた。
そこに倒れる鍛冶屋の主人である老人にもう息はなかった。血は床を赤く染め、深く刻まれたその傷口は黒ずんでいた。
呆然と立ち尽くす少年の膝が震えだす。
「じ、ジジィ……う、嘘だろ……」
少年は呟き、やがて膝を落とした。そして、その目から大粒の涙を流し、拳を震わせる。
唇を噛み締め、両拳を床へと叩きつけた少年は、声を殺し泣いた。
静かに、自らのしでかした事の重大さに押し潰されそうになりながら。
「何で、奴を逃がしたんだ?」
静かにクロトは着ぐるみを着た少女へと尋ねた。
その問いに対し、少女は微笑したまま答える。
「とりあえず、彼に体を返して欲しいのですよ」
満面の笑みでそう言う少女に、クロトは右の眉をピクリと動かした。
彼女の発言に訝しげな表情を浮かべるパルは小首を傾げ、レッドは眉をひそめる。
そして、真っ白でまん丸な背に向かい尋ねる。
「どう言う事ですか? イエロ」
レッドの声に対し、ピョンと跳ねながら振り返ったイエロと呼ばれた少女は、「はい」とハキハキと返事をすると、その問いに対し答える。
「彼はクロトっちではないのですよ。彼の中に居るもう一人の存在なのですよ」
「もう一人の存在? どう言う――」
「何故、お前がその事を知っている?」
レッドの声を遮り、まん丸の白い背に向かいクロトが尋ねる。姿形も声すらもクロトと何も変らないが、その雰囲気だけが明らかにクロトとは異なっていた。
その為、レッドも薄々変だと思っていたのだ。
そんなクロトの問いに対し、もう一度ピョコンと跳ね振り返ったイエロは、相変わらず笑顔を絶やさず答える。
「私は何でも知ってるのですよ。まぁ、あなたが何者なのか、と言う事は分らないのですよ」
明らかに矛盾するイエロの発言に、レッドは苦笑し、クロトは呆れた様に息を吐き出す。
それから右瞼をゆっくりと閉じると、その目の輝きが失われ静かにクロトの体が膝から崩れ落ちた。
倒れたクロトの様子を見て、イエロはレッドの方へと跳ねながら振り返る。
「では、診療所に行くのですよ。クロトっちはまだ動ける程回復してはいないのですよ」
「そ、そう……ですか……」
少々戸惑いながらレッドはそう答え、静かに倒れるクロトへ歩み寄った。
それから、イエロの空間転移で、怪我人を診療所へと一瞬で送り、その後、パル・レッドの治療を行った後に、パルの海賊船へと移動した。
海賊船に集められたのは、ケルベロス、セラ、ミィ、レッドにパル、それから、エルドの六人。
重傷者であるクロト、秋雨、龍馬の三人は、診療所にて安静にしておく様にと、イエロに釘を刺された。
クロトと龍馬に至ってはまだ意識が戻っていない為、釘を刺す必要はなかったのだが、秋雨は責任を感じ一人で突っ走りそうだった為、イエロは釘を刺したのだ。
もちろん、効力があるのかはわからないが、どちらにせよ、秋雨が一番分っているはずなのだ。今の自分ではあの男に勝てないと言う事は。
静かな波で揺られる船上。その船室へと、ケルベロス達は集まっていた。
わけの分らない着ぐるみを着た正体不明のイエロに、ケルベロスは不信感を抱いていた。その為、イエロから一番離れた場所で壁にもたれ腕を組み、眉間には深いシワを刻んでいる。
一方、セラはまだ本調子ではない為、ベッドに座り丸々のニワトリの着ぐるみの少女を見据えていた。
軽傷とは言え、傷を負ったレッドとパルの二人は、まだ血の止まらない傷口に止血剤をしみこませたガーゼを当て、包帯を巻きつけ止血を行う。
そして、未だに状況を理解していないミィは、皆の中心に佇むニワトリの着ぐるみを着たイエロに口をあんぐりと開け眺めていた。
一体、これから何をするんだろうか、と言う疑問を皆が抱く中、イエロは何処からとも無く取り出した楕円形のレンズをしたメガネを掛け、口に付けた黄色いクチバシを開く。
「ではでは、まずは自己紹介からなのですよ。私はギルド連盟の雉ことイエロなのですよ」
満面の笑みを浮かべ、右の翼の先を右頬へと当てた。愛くるしい仕草を見せているが、どうにも着ぐるみの所為なのか、ふざけている様にしか見えない。
その為、場の空気は案外気まずかった。
空気を読み取り、コホンと小さく咳払いをしたイエロは、静かに口を開く。
「えぇー。ではでは、話を進めるのですよ?」
「ちょ、ちょっと待った! 話を進める前に一つ尋ねたい事が!」
挙手するレッドが声を張ると、イエロは軽やかにターンし右翼をレッドへと向けた。
「はい! レッドっち!」
楽しむようにそう声を上げるイエロに、レッドは表情を引きつらせ肩を落とす。
それから、レッドは深々と息を吐いた後に、口を開いた。
「何で、あなたがここにいるんですか? そもそも、引きこもりの着ぐるみマニアじゃないですか?」
「あーっ! 酷いのです! 私、引きこもりじゃないのですよ!」
レッドの言葉に抗議する様に頬を膨らせ唇を尖らせるイエロは、腰に両翼をあてる。
「大体、連盟の皆さんが、私に雑務や事務処理ばかり押し付けていたからなのですよ! 好きで引きこもっていたわけじゃないのです!」
「あぁ……す、すみません……」
どうやら地雷を踏んでしまったと、目を細めるレッドは苦笑に頬を右手で掻いた。
そんな二人のやり取りに対し、パルは腕を組むと机の上へと四丁の銃を置き、不快そうに口を開いた。
「それより、話を進めるんじゃなかったのか? ギルド連盟の内輪話なら、本部に戻ってからしてくれないか?」
「パルパルは気が短いのですよ」
「ぱ、パルパル?」
イエロの呼び方に思わず表情をしかめるパルは、口元を引きつらせると迷惑そうにイエロへと告げる。
「私はパルだ。ヘンな呼び方をするな!」
「遠慮する事無いのですよ? 私はパルパルと呼ぶので、パルパルも私を好きに呼んでくれて構わないのですよ?」
ニコニコと笑うイエロにパルは呆れ、ジト目をレッドへと向けた。だが、レッドは明らかに視線を合わそうとせず、ただただ苦笑し続けていた。
一瞬、空気が穏やかになりかけたが、それをケルベロスが引き締める為に低い声で発した。
「用が無いなら、俺は行くぞ?」
壁から背を離すケルベロスに、イエロはピョコンと跳ね振り返った。そして、透き通る様な眼差しで、その顔を見据える。
何もかもを見透かしたようなイエロの眼差しにケルベロスは不快そうに眉をひそめる。すると、イエロはニコッと微笑し口を開く。
「安心していいのですよ。ケルケルの魔力は近い内に戻るのですよ」
イエロの発言に、一層眉をひそめるケルベロスは組んでいた腕を解くと、一歩前へと足を進め、イエロを睨む。
とてもイエロが嘘を言っている様には見えなかった。いや、それよりも、何故自分が魔力を失っていると言う事を知っていたのかと、ケルベロスは疑念を抱き、イエロの肩越しにレッドへと視線を送った。
その視線に、イエロは気付いたのか、小さく首をかしげると愛らしく右の翼の先を唇へと当てる。
「あっ……大丈夫なのですよ。レッドっちは何も言っていないのですよ」
「なら、何故、俺の魔力の事を……」
「これが、彼女の能力なんだよ」
レッドが右手で額を押さえ、深くため息を吐くと、ケルベロスは訝しげな眼差しを向ける。
「能力?」
「そう。彼女は、千里眼と未来視の能力を持っている。その他にも何かと便利な能力を多彩に持った変人なんですよ」
「変人は失礼なのです!」
レッドの言葉にイエロがそう突っ込む。もちろん、笑いが起きるわけでも無く、軽くスルーしケルベロスは口を開く。
「千里眼に、未来視? だが、それで、どうして俺の魔力の事を知ったんだ?」
「見ていたのですよ。皆さんの事を。と、言うより、私は連盟本部で世界各地の全ての出来事を千里眼で見ていたのです。ただ、声は聞こえないので、レッドっちとアオアオには直接現場へと行って、生の声を聞いてもらっているのですよ?」
ニコニコと笑みを浮かべながらそう説明するイエロに対し、セラは少々嫌悪感を見せていた。
ハッキリ言って、イエロがやっている事は覗きと同じ、そうセラは感じていたのだ。
しかし、セラはそれを口にはしなかった。きっとイエロも世界を守る為、世界のためにそうしているのだろうと、考えた為だった。