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ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
182/300

第182話 認めさせてやった

 あっと言う間に三日と言う時が流れた。

 病室には人工呼吸器を付けられ未だに目を覚まさないクロトの姿があり、廊下にはミィの姿があった。

 ケルベロスは今朝方船へと戻り、一人きりになったミィは椅子に腰掛けたままうとうととしていた。

 ここ数日、ずっとクロトに付きっ切りだった為、寝不足だった。その為、ミィの瞼はひきつけられる様に合わさり、深い眠りへと誘われた。

 その直後だった。閉じられていた病室の戸が静かに開かれる。

 そして、静かな足音が廊下へと響いた。



 期限の一週間を向かえ、船では騒動がおきていた。


「ど、どう言う事! く、クロトが重傷って!」


 五つの魔法石を創り終え、つい先ほどまで深い眠りに就いていたセラが、そう怒鳴り声を上げる。

 しかし、すぐに視界が揺らぎ、激しい眩暈を起こし、ベッドから床へと崩れ落ちた。


「セラ!」


 慌てて駆け寄ろうとしたケルベロスだが、それをセラは鋭い目付きで制する。流石に偉大な魔王デュバルの一人娘と言うだけあり、その怒りに滲んだ眼差しに、ケルベロスの足はピタリと動かなくなった。

 それ程、威圧感があったのだ。

 魔法石製造により大幅に魔力を消費し、力すら入らないはずなのに、セラが放つ威圧感は相当のものだった。

 しかし、ベッドから落ちたままの格好ではその威圧感も半減してしまい、ケルベロスは呆れ顔で息を吐き、


「とりあえず、ベッドに戻りましょうか?」

「う、うん。戻してくれると助かる」


 小さく頷きそう言うセラは、恥ずかしそうに頬を赤く染める。

 そんなセラへと歩みを進めたケルベロスは、軽々とその体を抱き上げベッドへと戻した。

 シワの入ったシーツの上に寝かされたセラは、不満そうに頬を膨らすと駄々を捏ねる様に両拳を交互にベッドに叩きつけ声を上げる。


「もう! どうして教えてくれなかったの! 行く! 今すぐ行く! クロトの所につれてって!」

「行った所で、まだ寝ていると思うんだが?」

「それでも行く! 行くったら行く!」


 困った表情のケルベロスを更に困らせる様に、セラは声を荒げる。

 ワガママなセラの言い分だが、ケルベロスは根負けし深く吐息を漏らすと右手で頭を抱えた。

 こうなったセラはもう手に負えないのだ。


「分かった。連れて行く」

「ほ、ホント! やった!」

「だが、すぐ船に戻るんだぞ? 外は今危険だからな」


 左手を腰に当てるケルベロスは、厳しい口調でそう言う。だが、セラはもうケルベロスの話など聞いていなかった。


「さぁ、すぐ行こう! 今すぐ行こう!」


と、セラはベッドから静かに立ち上がり壁に手を着きギリギリの状態で体を支えていた。

 支えが無けば立てない状態にも関わらず、人の事を心配するセラにケルベロスは半ば呆れ、鼻から息を吐き出した。



 山の中腹、煙突から白煙を噴かせる鍛冶屋。

 そこでは、鍛冶屋の主人である年老いた男が、淡い青色の半被姿で名刀・桜一刀を研ぎなおしていた。

 すでに折れた刃は完璧に打ち直され、後はこの研ぎを済ませれば完了と言う状態まで作業は進んでいた。

 刀を打ち直すのは久しぶりと言うのもあるが、それでも桜一刀は元の美しい輝きを放っていた。

 老体には大分堪えたが、これが最後の仕事だと思えば、それも苦にはならない。

 もちろん、クロトとの約束は覚えている。だが、最上級の魔法石を一週間で手に入れると言う事は普通に考えれば不可能だ。

 故に、クロトには悪いと思ったが、これが自分の最後の仕事だと主人は決めていた。

 静かな一室に響くのは刃を研ぐ音だけ。

 心を込め、丹念にゆっくりと刃を砥石へと滑らせる。

 そんな折だった。妙な気配が店の前から漂い主人は手を止めた。


(なんじゃ? あの小僧達が刀でも取りに来たか? しかし、予定よりも早いが……)


 困った様に眉を曲げる主人は、深く息を吐くと曲がった腰をゆっくりと伸ばし立ち上がる。


「全く……気が短い奴らじゃわい……」


 そうボヤキながら、主人は引き戸の前まで歩みを進め、その取っ手へと手を伸ばした。

 その瞬間、聞きなれた刀を弾く音が耳に届き、目を見開く。

 この瞬間に、主人は直感した。自分が殺されると。それは、長い経験とこの鍛冶屋の歴代の主人達の死から容易に予測はついた。

 しかし、一体誰が、何故――と考えた直後、老人は考えるのをやめた。

 引き戸を切り裂く一閃が瞬き、老人の体を深く刃が斬るつけたのだ。

 血飛沫を上げ主人の体は後方へと倒れ、切り裂かれた引き戸は地面へと崩れ落ちる。逆光に浮かぶ一つの影に、主人は目を凝らす。

 死に行く中で思ったのだ。自分の事を恨んでいる者の顔を、最後に見ておきたいと。

 だが、そんな主人の目に飛び込んだのは、その者の姿よりも、その者の手に握られた一本の刀にだった。


(な、何故……アレが……)


 思わず瞳孔を広げる主人だが、それも束の間、意識は薄れ、地面に背中を打ちつけて程なくして、主人は息を引き取った。

 元々弱っていた体に刻まれた深い刃傷。血はとめどなく流れ、床を赤く染めていた。



 そんな鍛冶屋へと向かう一つの影。

 鉄の字を背中に刻んだ淡い青色の半被をまとう少年だった。頭にはねじれハチマキを巻き、逆立てた短髪の黒髪を揺らしていた。

 僅かに口を開き荒い呼吸を繰り返す少年は、


「くそ……人が寝てる間に持っていくかよ、普通!」


と、不満を口にする。

 そして、ようやく目にする。山の中腹にある小さな鍛冶屋の前に佇む男の姿を。


「おい! テメェ!」


 少年が声を上げる。幼さの残る声だった。

 その声に、男は気付き、口元を隠す様に巻かれたマフラーを揺らし、少年の方へと体を向けた。

 男の姿に、少年の足は止まる。右手に握られた刀。それは、少年が打ち直したばかりの刀だった。しかも、その刃には血が付着し、切っ先からシトシトと赤い雫が零れ落ちる。

 まるで、今まさに何かを斬った、そんな風に少年には見えた。そして、その脳裏に浮かぶ。恐ろしい光景が――。


「認めさせてやったぞ。お前の腕が最高だと。その体にキッチリと教え込んでやった」


 男のその言葉が、少年の脳裏に浮かべたその恐ろしい光景を肯定していた。呆然と立ち尽くす少年は、唇を噛み締めると、拳を握り男へと声を上げる。


「テメェ! ジジィに何をした!」

「言っただろ。認めさせてやったと」


 目元を緩め、不適な表情を向ける男は、血の滴る刀を一振りし、刃の血を払うと、それを顔の前へとかざし、恍惚な表情を浮かべる。


「最高の切れ味だった。骨をもすっぱりと斬る事が出来た」

「ふざけるな!」


 少年が怒りに任せ、男へと突っ込む。無謀な行動だった。

 刀を持つ男に対し、少年は素手。当然、結果は目に見えている。

 不適な笑みをその目に浮かべる男は、「仕方ない」と呟くとその手を振り上げた。

 その瞬間、少年は思う。死んだ、と。

 だが、次の瞬間、その男へと茂みの中から飛び出した龍馬が長刀を振り下ろす。跳躍してからの体重を乗せた一撃――だったが、それを男は容易く受け止め、龍馬を力強く弾き返した。


「ぐっ! 何者だ!」


 地面へと二本の線を描いた龍馬は、屈んだままの体勢で顔をあげ、男へとそう問う。鋭い眼差しを向け、灰色の束ねた長い髪を揺らす龍馬に、フードを被ったその男は不適に笑い、そのフードを左手で静かに脱いだ。


「なっ! あ、あんたは――」


 その姿に、龍馬は思わず息を呑んだ。



 場所は変り、クロトが入院している診療所では、騒ぎが起きていた。

 呼吸器に繋がれていたはずのクロトの姿が無くなっていたのだ。

 それに気付いたのは――


「どう言う事? クロト、いないよ?」

「なっ! い、一体、何処に!」


 セラとケルベロスの二人だった。

 ベッドの上をくまなく探すが、やはりクロトの姿は無い。

 その為、ケルベロスは部屋の長椅子で眠るミィをたたき起こし、声を上げる。


「おい! ミィ! クロトはどうした!」


 ケルベロスの声に、ミィは静かに瞼を開くと、眠そうに呟く。


「クロトなら……まだ寝てる……ッスよ……」

「そのクロトの姿が無いから、どうしたか聞いてるんだ!」


 ケルベロスのその言葉に、眠気眼だったミィの目は一気に覚める。


「ど、どう言う事ッスか!」

「それは、コッチのセリフだ!」


 ここが、病院である事を忘れ、大声を上げる二人。それ程、状況は緊迫していた。

 そんな中、廊下の奥から秋雨が姿を見せた。目覚めたばかりなのか、目は虚ろで、体には激痛が伴うのか、表情は歪んでいた。


「うぐっ……」

「あ、秋雨!」


 ケルベロスが驚きの声を上げると、秋雨は険しい表情で告げる。


「お願いします……龍馬に……伝えて……ください」

「龍馬に? 何をッスか?」


 怪訝そうにミィが尋ねると、壁に体を預け立つ秋雨は目を伏せ、


「あの人は……彼の手に負える相手じゃない……」

「あの人? まさか、お前を襲った奴か?」

「はい……。あの人は――」


 秋雨は悔しげに奥歯を噛み締め、閉じられた瞼を震わせる。

 そして、薄らと瞼を開くと、重々しく口を開く。


「あの人は……私の――静明流剣術道場の師範だった男です」


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