第178話 馬鹿なんスか?
港を出た龍馬とエルドは並んで街道を歩いていた。
昨夜の事件があった所為か、人通りは少なく、露店も殆どなかった。
静かなその街道を進む龍馬は頭の後ろで手を組み空を見上げる。
灰色の長い髪を風になびかせる龍馬に対し、深くフードを被るエルドは、腕を組み息を吐いた。
すると、龍馬は目を細め、不満げに唇を尖らせる。
「しっかし、つめてぇーよな!」
「風がか?」
「ちげぇーよ! あいつらだよ」
エルドの静かな回答に対し、龍馬が頭の後ろに組んでいた手を勢いよく振り下ろし、乱暴な口調でそういい放つ。
龍馬の声を聞き、エルドは「そっちか」とため息混じりに呟くと、眉間にシワを寄せた。
少々、エルドは不快そうだが、龍馬は気にする事無く言葉を続ける。
「普通、助け合いの精神だろ? なのにさぁー。あんな風に断る事ねぇーだろ?」
不満をぶちまける龍馬は右手をヒラヒラと振り、首を左右に揺さぶった。
しかし、エルドは呆れた様に視線を逸らすと、深くため息を吐き答える。
「断るのは当然だろ。ただでさえ、海賊だと言う事で町の人たちから目をつけられているのに、そのうえ、彼らは辻斬りの犯人だと疑われかねないだろうしな」
「おいおい。冗談だろ? 誰がそんな風に思うって言うんだ?」
呆れた様子で肩を竦める龍馬だが、エルドは冷めた眼差しを向けたまま足を止める。
動きを止めたエルドに釣られ、龍馬も数歩先で足を止め、振り返った。
「んっ? どうしたんだ?」
能天気な龍馬の言葉に対し、エルドは一層不快そうに眉間にシワを刻むと、深々と息を吐き頭を左右に振った。
エルドの行動に訝しげな表情を浮かべる龍馬は、左足へと重心を移動させ、腰に手を当てる。
「何だよ? 俺が何かヘンな事でも言ったか?」
「そうだな。お前は、奴らの事を知っているから、さっき私が言った事を冗談だと、言ったが、実際、町の人はどうだ? 彼らの本質が見えていると思うのか?」
「そりゃ……どうだろうな?」
「私だって、今現在、こうしてフードを深く被って魔族である事を隠しているんだぞ?」
フードの奥から覗く赤い瞳が真っ直ぐに龍馬を見据える。その鋭い眼差しに、龍馬は右手の人差し指で頬を掻くと、眉を八の字に曲げた。
エルドが何が言いたいのか、イマイチ分かっていなかった。
龍馬の表情で、その事を理解したエルドは、呆れた様に右手で頭を抱え、
「秋雨は大分苦労しているんだな……」
と、呟き肩を大きく落とした。
エルドの呟きが聞こえたのか、龍馬は不満そうに眉をひそめ、不貞腐れた様に口をゆがめていた。
「いいか、人と言うのは、正体不明な存在を恐れる。そして、悪い事が起きると、自分達が知らない者を悪だと決め付ける。この場合、正体不明の存在は辻斬り。この島の人たちが知らない者と言えば――」
「あぁーっ……アイツらって事か……」
「あと、おあつらえ向けに、奴らは海賊だ。しかも、海賊女帝パルは魔族とのハーフで、勇者レッドは血塗れの名がある。そして、決定的なのが、魔族が三人も居る事だ」
エルドが右手の人差し指、中指、薬指の三本を立て、説明すると龍馬は腕を組み唸り声を上げた。
だが、すぐに思い出す。まだあの船にクロト達魔族三人が乗っている事は誰にも知られていないと。
その為、龍馬は右手を軽く振り、肩を竦める。
「おいおい。あの三人があの船に居る事は誰にも知られてねぇーぞ?」
「それも、時間の問題だろ? 今まで起きていなかった事件が起きたんだ。普通、外部の者が犯人だと思うだろ」
「あぁー……かもしれないな」
「だとすれば、次にする事と言えば、港に停泊している船を調べる事だろうな」
「げっ! マジか!」
エルドの言葉に龍馬は思わずそう叫んでいた。
船上のクロトは黒のローブをまとうと、深々とフードを被った。
クロトの行動に、訝しげな目を向けるのはミィとレッド。一方、ケルベロスは呆れた様に目を細めていた。
結構長く一緒に居る為、ケルベロスにはクロトが何をしようとしているのか手に取る様に分かった。
全くその行動の意味を理解していないミィとレッドは、顔を見合わせると互いに肩を竦める。そして、意を決した様にミィが尋ねた。
「な、何してるんスか?」
「んっ? 何って、そりゃ町の見回りでしょ?」
当然と言うようにそう宣言するクロトに、ミィは目を細め、レッドは苦笑した。
何となく、予測はしていたが、まさか本当にこんな行動に出るとは、と二人は思っていた。
その為、ミィは大慌てで声を張り上げる。
「な、なな、何考えてるんスか! だ、ダメッスよ! これ以上問題起こしちゃ」
「問題は起こさないよ。ただ、見回りするだけだし……」
「何言ってるんスか? 馬鹿なんスか?」
ミィがクロトへと詰め寄り、そう声を荒げる。
しかし、クロトは穏やかな笑顔をミィへと向け、
「いや、心配だろ? 秋雨がやられたって言うし、他にも犠牲者出てるみたいだし……」
と、右手で頭を掻きながら言うと、ミィはジト目を向けた後に腰に手を当てる。
「何言ってるんスか? 馬鹿なんスか?」
「うん。どうして、同じ事を二度繰り返したのかな?」
流石に二度目の言葉にそう口にしたクロトは、僅かに目尻をピクッと動かし、相変わらずの穏やかな笑みを絶やさない。
そんなクロトから一旦視線を逸らしたミィは、腕を組んだ後に二度、三度と頷き更に、
「いや、ホント、馬鹿なんスか?」
と、三度目の馬鹿呼ばわり。
グサリとクロトの胸へと楔のように突き刺さるミィの言葉。しかし、クロトもそこで倒れる事無く、
「うん。三度目だね」
と、優しく呟いた。
しかし、その表情は何処か引きつり、背は僅かに曲がっていた。
今にも崩れ落ちそうなクロトの姿に、レッドは苦笑する。だが、レッドも考えている事は殆どミィと同じだった為、クロトへの助け舟は出さず、ただただ今の状況を見守っていた。
そんな中、考え込むミィは、やがて顔の前で右手を激しく横に振り、
「いやいやいや。ホント、馬鹿なんスか?」
と、四度目の馬鹿呼ばわりをした。
流石に四度目ともなると、クロトの心は折れ、「ご、ごめんなさい……」と膝を床に落とし謝っていた。
ここ数日に渡るクロトへの精神的なダメージは深刻だった。やはり、連続でパルに怒鳴られ、罵倒され、説教され、とクロトの精神はボロボロだったのだろう。
床に平伏したまま、クロトは日が暮れるまで立ち直る事が出来なかった。
「とりあえず、夜に見回るのは僕も賛成ですよ」
クロトが立ち直った頃、ようやく、先程の見回りの件の話を再会した。
クロトの見回りをすると言う意見に賛同するレッドに対し、ミィは不満そうに口をへの字に曲げる。
「でも、武器も無いのに、どうするつもりッスか? 死にに行くようなものッスよ?」
ミィの言葉はまさに正論だった。
武器の無いクロトとレッドでは、秋雨を倒した辻斬りを見つけた所で返り討ちにされる事は目に見えていた。
だが、そんな折、黙っていたケルベロスが白髪をなびかせながら静かに口を開く。
「普通の剣なら、この船にあるだろ? 一応、海賊船だ。それ位の装備が置いてあって当然だろうし」
「なっ! 何言ってるんスか!」
「何だ? 無いのか?」
「い、いや……あるッスけど……」
ケルベロスに睨まれ、ミィは口ごもる。
確かにこの海賊船には多くの武器が収納されている。一応、海賊と言う事もあり、白兵戦などに備えて常備しているのだ。
もちろん、ちゃんとお金を払って買ったモノで、奪い取ったモノは砲台やら大きなものだけだ。
頭を抱えるミィに対し、クロトはやる気に満ち溢れた眼差しで拳を握り締めていた。
「それじゃあ、イッチョ交渉に行くとしますか!」
「いやー……その交渉が一番難しいと思うッスよ……」
頭を抱えるミィはそう呟き、複雑そうな表情をクロトへと向けた。
ここ数日不機嫌なパルを相手にクロトがどう交渉するつもりなのか、ミィは分らない。だが、一つだけ分かる事があった。
クロトが交渉に行けば、間違いなくまたパルの怒鳴り声が船内に響き渡ると、言う事だけは――。