表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ゲート ~黒き真実~  作者: 閃天
クレリンス大陸編
175/300

第175話 和解

 早朝、ローブを纏ったクロトは、町をジョギングしていた。

 船にいるとまたパルを怒らせかねないと、判断した結果だった。

 彼是、二・三時間程走り続けるクロトは、人気の無い林の中で足を止めローブをとった。


「はぁ……はぁ……」


 荒い呼吸音だけが響き、クロトは膝の上に手を置いた。

 額から汗がこぼれ、クロトはそれを右手の甲で拭う。

 久しぶりに長距離を走った為、クロトの膝は小刻みに震える。それでも、クロトは背筋を伸ばすと、深く長く息を吐き出した。


「さて……と」


 呼吸を整えたクロトはそう呟くと、右手に魔力を込める。

 拳を薄らと光の膜が覆う。そして、それが赤く輝きを放つ。

 深々と息を吐き出すクロトは、意識を集中し穏やかな眼差しを正面へと向ける。

 誰も居ないその場所に、クロトは敵の姿をイメージする。それから、剣を構えるように体を動かし、腰の位置に構える。


(焔一閃の範囲は横一線。効果は炎で包まれた刃による斬撃。特性は細胞を死滅させる一撃)


 頭の中でそう言い聞かせ、その攻撃をイメージする。

 そして、それをトレースするように右足を踏み出し右肩を引き、腰を回転させ一気に腕を振り抜く。

 炎が空を裂き、火の粉が散る。振り抜かれた右手の先からは白煙が噴き上がっていた。


「んんーっ……」


 納得できないのか、クロトは唸り声を上げ腰を上げる。

 と、その時、茂みが揺れた。その音にクロトは瞬時にフードを被り、振り返る。

 振り返ると同時に目に入ったのは、褐色の肌に白髪を揺らすケルベロスだった。

 相変わらず切れ長の鋭い眼差しを向けるケルベロスに、クロトは表情をしかめる。

 あの日以来、どうにもケルベロスと顔をあわせるとバツが悪い。その為、ついつい表情が硬くなってしまうのだ。

 そんなクロト表情に、ケルベロスも一瞬嫌な顔をしたが、すぐに息を吐き、真剣な表情を向けた。

 沈黙が続き、静寂が場を支配する。その中で、ケルベロスは静かに口を開く。


「お前に話がある」


 静かなその言葉の後、冷たい風が吹きぬけた。風は木々をざわめかせ、二人の髪を優しく撫でる。

 

「話? 一体、何の話だ?」


 そんな中でクロトはそう受け答えをする。表情は相変わらず硬く、声はいつもと違い少々刺々しい感じだった。

 すると、ケルベロスは眉間にシワを寄せ、瞼を閉じる。何から切り出すべきか、考えていた。

 慎重に言葉を選ぶケルベロスだったが、やがて小さく息を吐くと瞼を開き切り出す。


「俺、自身の話だ。聞け」


 上から目線のケルベロスに、クロトは体を向け、訝しげに聞く。


「お前自身の話? いまさら、何を話すって言うんだよ」


 クロトが怪訝そうに目を細めると、ケルベロスはその目を真っ直ぐに見据え、右手を胸の前まで持ち上げ握り締める。

 その行動に何の意味があるのか分らず、クロトは首を傾げる。

 ケルベロスは無言のまま、奥歯を噛み締めると、その拳に力を込めた。


「うぐっ!」


 僅かに声が漏れ、額に血管が浮き上がる。

 力んでいるのは分かるが、全く魔力の波動も感じず、クロトは眉間にシワを寄せた。


「何してるんだ? 話があるんじゃなかったのか?」

「くっ! はっ……」


 息を吐き、脱力するケルベロスは、肩を上下に揺らしクロトを静かに見据える。

 二人の視線が交錯し、暫しの時が過ぎる。それから、呼吸を整えたケルベロスが静かに告げた。


「今、少しでも魔力を感じたか?」

「いや? ……なんだ? 馬鹿にしてるのか?」


 腕を組み目を細めるクロトが、不快そうにそう尋ねる。

 魔力など全く練りこんでいないのに、魔力など見えるわけなかった。その為、クロトは不快だったのだ。

 幾らクロトでも、今では魔力の波動くらい感知できる程成長していた。だから、ケルベロスの行動が人を馬鹿にしているように見えたのだ。

 しかし、ケルベロスは「そうか……」と呟き、表情を曇らせる。そして、深いため息を吐き、握っていた拳を開き、その手の平をケルベロスはジッと見据えていた。


「何だ? 一体、何が言いたいんだ? もう少し、分りやすく言えよ」


 クロトが眉間にシワを寄せ、そう尋ねると、ケルベロスは瞼を閉じ鼻から息を吐く。

 それから、深刻そうな表情で、口を開いた。


「今、俺は魔力を練り込んだ……つもりだ」

「はぁ? 魔力を練り込んだつもりって……。全然、魔力なんて感じなかったぞ?」


 右手の平を上へと向け、二度、三度と軽く上下に振りながらクロトがそう言うと、ケルベロスは視線を逸らす。

 その行動に、クロトは悟る。


「お、お前! まさか、魔力、戻ってないのか!」

「ああ。そうだ」


 クロトの声に対し、静かにケルベロスは答えた。

 その答えにクロトは唇を噛み締めると、ケルベロスへと掴み掛かった。

 胸倉を掴み、額をケルベロスへとぶつけたクロトは、その顔を睨みつけ怒鳴る。


「何でもっと早く言わないんだよ! じゃあ、あの時からずっと――」

「ああ。魔力は消失したままだ」

「くっ! ふざけるなよ! 何だよ! 魔力は消失したままって! 一時的なものなんじゃないのかよ!」


 クロトがケルベロスの体を前後へと揺さぶり、そう声を荒げる。しかし、ケルベロスは小さく首を振り、瞼を閉じる。


「魔力解放は、魔力を失う。一時的な事かもしれないし、一生戻らないかもしれない」

「なっ! な、何だよ、それ! じゃ、じゃあ、お前はもう……」

「あぁ。魔力が戻らない可能性が高い」


 ケルベロスがそう言うと、クロトは掴んでいた胸倉から手を離し、一歩、二歩と後退する。

 何かを言うわけでも無く、ただ俯き瞼を硬く閉じるクロトは、奥歯を噛み締めた。

 そんなクロトを見据え、ケルベロスは乱れた衣服を正す。


「悪いな。今まで黙っていて。だが、魔力を失ったと知れば、クロト、お前やセラを不安にさせると思って――」

「ふざけんな! そんな大事な事、何で隠すんだよ!」


 ケルベロスの声を遮り、クロトが怒鳴り散らした。怒りを滲ませるその眼差しが、ケルベロスの胸に突き刺さる。

 きっと、自分がクロトの立場だったとしたら殴り飛ばしている所だろうと、ケルベロスは唇を噛み締めた。

 分っているのだ。自分が魔力を失った事を隠した事で、色々と迷惑を掛けている事を――。それに、このまま黙っていたら、何れ皆を危険にさらす事になる。

 そう思ったからこそ、ケルベロスはクロトに全てを告げたのだ。

 二人の間に流れる長い長い沈黙。その中で、クロトは怒りを静めるように深く長く息を吐き出す。

 そして、空を見上げた。

 クロトが何を考えているのか分らず、ケルベロスは眉間にシワを寄せる。

 そんな折だった。クロトが静かに語る。


「この世界に、俺の知ってる奴が居る」


 突然のクロトの言葉に、ケルベロスは怪訝そうな表情を浮かべた。

 何を言っているのかイマイチ理解出来ない。この世界に知っている奴がいる。そんなの周知の事だ。今更、何をおかしな事を言っているんだと、ケルベロスは疑念を抱いた。

 そんなケルベロスへと、クロトは静かに息を吐き出し、顔を向ける。そして、複雑そうな表情で伝える。


「もちろん。この世界の人じゃない」


 クロトのその発言に、ケルベロスの表情は険しくなる。そして、一人の少女の顔が頭の中に浮かぶ。以前、囚われ暴走させられた時、救ってくれた少女の顔だ。

 今に思えば、あの少女も不思議な空気を漂わせていた。この世界の者ではない、変った雰囲気だった。

 そんな事を考えているケルベロスに対し、クロトは更に言葉を続ける。


「ソイツは、幼い頃からの知り合いで……まぁ、親しかったか、って聞かれると微妙だけど……」


 クロトは苦笑する。それから、すぐに言葉を続けた。


「もしかすると、ソイツは俺の所為でこの世界に来たのかもしれない……」

「どう言う事だ?」


 話が唐突過ぎて、ついていけず、ケルベロスが思わずそう尋ねる。

 すると、クロトは、右手で頭を抱え込んだ。


「まぁ、何だ。俺が、この世界への扉を開いた。その所為で、彼女もこの世界に来てしまったって所だ。理由は分からないけど……」


 複雑そうなクロトの顔に、ケルベロスは眉をひそめる。


「まだ、何かあるのか?」

「あぁ……その彼女の使う力は――」


 クロトの口から発せられた言葉に、ケルベロスは息を呑んだ。

 その言葉はそれ程信じがたい衝撃的な事だった。その為、ケルベロスは眉をひそめる。


「おいおい……アイツは英雄だぞ? そんな事が……」

「だからこそ、誰も疑わないんだよ。英雄が使う力は神の力だって」


 クロトは静かにそう言い、深刻そうに目を伏せた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ