第174話 特性と効果
陽は暮れ、空には無数の星が広がっていた。
雲も無く、満月には僅かに足りない月が、地上を照らしていた。
パルに激しく罵倒されたバカな二人、クロトとレッドは手すりに肘を置き海面に浮かぶ月を眺めていた。
この歳であんなにまで怒鳴られると流石にちょっとやそっとの時間では立ち直れず、二人は大きなため息を吐いた。
見るに耐えない二人の姿に、ミィは瞼を閉じ背を向ける。今は掛ける言葉が見つからず、ソッとしておこう、そう考えたのだ。
そして、甲板にはクロトとレッドの二人だけ。船員達は相変わらず酒屋で飲んでいるのか、帰って来る気配は無い。
ケルベロスも未だに帰ってこず、船上はとても静かだった。
魔法石を生成していたセラは、重量二〇キロ程の大きな火の魔法石を生み出し、その疲労から死んだように眠りに就いていた。
一体、どれ程の魔力を消費したのか、美しく透き通る真っ赤な鉱石には、気泡も無く不純物も一切混じっていない天然の魔法石以上に美しい出来だった。
夜空の下、甲板に座ったクロトは、白い息を吐き出した。
夜になると、クレリンス大陸も案外冷える。その為、クロトは両手を擦り合わせ、もう一度息を吐き出した。
「大丈夫ですか?」
寒さに身を震わせるクロトに、赤紫の髪を潮風に揺らすレッドが静かに尋ねた。
レッドの言葉に苦笑するクロトは、膝を抱えると鼻を啜る。
「あぁ……大丈夫だよ。フィンクに比べたら大した事無いよ」
「そうだね。向こうと比べたら寒くないかもね」
腕を組むレッドがクスクスと笑う。そんなレッドを横目で見据えるクロトは、抱えた膝に顎を埋めた。
大丈夫とは言ったものの、やはり寒い事に変りはない。
その為、クロトの肩は僅かに震え、鳥肌が立っていた。
空へと目を向けるレッドは、おもむろに呟く。
「そう言えば、クロトは自分の技の特性や効果をちゃんと理解してますか?」
唐突なレッドの問いに、クロトは目を細める。何故、急にこんな事を言い出したのか分らず、少々答えに困っていた。
すると、レッドは振り返り手すりに背を預けると、鼻から息を吐き出し含み笑いを浮かべる。
クロトの考えている事が分かったのか、それとも、自分が唐突過ぎたと思ったのか、レッドは困った様に右手でコメカミを掻き、眉を八の字に曲げた。
「すみません。少々いきなりで戸惑わせてしまいましたか?」
「あっ、いや……別に、そんな事無いけど……」
レッドの言葉に、顔を挙げクロトはそう答えた。
質問の意味はおおよそ理解していた。だが、どう答えていいのか分からなかった。
そもそも、クロトの使う技に特性や効果と言ったものがちゃんとあるのかどうか、知らない。
全ての技を教えてくれたのは魔剣であるベルだった。だが、破壊力があると、言う事以外何も知らなかった。
眉をひそめ、右手を口元に当て考えるクロトは、首を傾げる。
すると、レッドが薄く開いた唇から静かに息を吐き出した。
「特性や効果をちゃんと理解しているだけで、戦術も広がりますよ?」
「へぇーっ」
レッドの言葉に、小さく二度頷きクロトはそう声を上げた。
そして、レッドへと尋ねる。
「じゃあ、レッドは自分の技の特性と効果知ってるのか?」
「そりゃ、知ってるよ」
「じゃあ、さっき使った技の特性は?」
「ホーリースラッシュは、聖力を使う光属性でして、基本的に対魔、アンデッドに有効な技です。特性は刃に宿した聖力によって、攻撃範囲が広がるって所ですかね」
レッドが穏やかな口調で説明する。
ホーリースラッシュは、聖力を消費し横一線に刃を振るう事で放つ事が出来る一撃。聖力によって攻撃範囲が変り、前方横一列、刃が届く範囲全てが攻撃対象となる。
刃が届く範囲――それは、刀身では無く、刀身に纏わせた聖力で作られた光の刃が届く範囲と言う事になり、聖力で範囲が変るのは、聖力によって、その光の刃も長さが変るのだ。
しかし、欠点もあり、あまり長くすると切っ先に行くにつれ威力は半減されていき、刃の耐久度も脆くなってしまう。
その為、ベストなのは一六〇~二〇〇センチ程になる。
レッドはこの技を好んで使う。攻撃範囲が広い、と言うのもあるが、最も聖力の消費が少ないからと言う点も理由の一つだ。
一通りの説明を終えたレッドが、ふっと肩の力を抜き微笑する。
「どうです? 特性と効果は分りましたか?」
「うん。特性は、聖力で攻撃範囲が広がるって事。効果は横一列への斬撃で、対魔・アンデッドに有効と」
「はい。では、これを踏まえて、先程のクロトの技について考察してみましょうか?」
「えっ? 焔一閃の?」
驚き目を丸くするクロトに、レッドは小さく頷き、顔の横に右手の人差し指を立てる。
「先程も言ったでしょ? 己の技を知れば、戦術も広がると」
「ま、まぁ、そうだけど……」
「まずは、属性は火ですね」
「そう……だね。あと、効果はホーリースラッシュと一緒で、横一列への斬撃かな?」
クロトは自分が焔一閃を放つ時の姿勢や、動きを思い出しながらそう呟く。
すると、レッドは瞼を閉じ大きく頷き、更に付け加える。
「しかも、ホーリースラッシュと違い、焔一閃の攻撃範囲は狭いですね。恐らく、前方一列のみ。ただし、その破壊力はかなり高いかと」
「へぇーっ。でも、さっきの打ち合いではホーリースラッシュと相殺だったけど?」
クロトが不思議そうにそう尋ねると、レッドは苦笑する。
「先程も話ましたが、ホーリースラッシュの特性は攻撃範囲を変えられる事。あれは、攻撃範囲を狭め、強度を高めた為、あの一撃と相殺になっただけですよ」
「ふーん……」
「恐らく、焔一閃は鋭く断つと言うわけでは無く、焼き切ると言う感じだと思います。ゆえに、細胞自体を破壊する……一撃なんだと」
「細胞破壊かぁ……そう言われると、凄い怖い技だな……」
目を細め、クロトは床へと目を落とした。
そんな恐ろしい技を使用していたのか、と今になり少々恐ろしくなった。
しかし、レッドは変らず爽やかに笑う。
「そうですね。だからこそ、使い手は知らなきゃいけないんですよ。その危険性も――」
「だな。ありがとう。教えてくれて」
「いえ。それより、もう一ついいですか?」
「んんっ? 何?」
レッドの言葉に、クロトは視線を向ける。すると、レッドは微笑し尋ねる。
「属性についてはご存知ですか?」
「属性? 火・水・雷・土・風の五つだろ?」
「えぇ。じゃあ、その属性の相性と特性はご存知で?」
「えっ? 相性は、火が風に強くて、風が土に強い……とか?」
小首を傾げるクロトに、レッドは「はい」と返答する。今更属性の相性と言われても、それはもうおおよそ分りきっていた。
その考えがクロトの顔に出ていたのか、レッドはクスッと笑った。
「何がおかしいんだ?」
「いえ。相性なんて今更って顔してますね」
「うっ……そんな風に人の思考を読むのはやめろよ」
抱えた膝へと顎を埋め、クロトは息を吐き出した。
不貞腐れた様に眉間にシワを寄せるクロトに、レッドは困った様に笑い答える。
「まぁまぁ、そこはクロトが考えを顔に出すから仕方ないんですよ」
「へいへい。悪かったな。考えがバレバレで」
クロトがそう言うと、レッドは右手で頭を掻き、
「それより、属性にはそれぞれ特性があるのは知っていますか?」
と、強引に話を切り替える。
ムッとするクロトだが、とりあえずその話に乗る事にした。
「特性については知らないかな。誰も教えてくれないし……」
「では、覚えておいた方がいいですよ。クロトは五つの属性を一応使えるわけですし、魔剣を使う以上、きっとこの先大切になってくるはずですから」
レッドのその言葉でクロトは思い出す。
魔剣とは、魔法石によって作られた魔法の剣だと言う事を。
それは、同時に魔剣一本で、五つ全ての属性を最大限まで引き出す事が出来ると言う事だった。
目を細めるクロトは、鼻から息を吐き出しレッドへと目を向ける。そして、深く息を吐き出した。
「じゃあ、教えてくれ。属性の特性を」
「えぇ。それじゃあ、いきますよ?」
と、レッドは爽やかに微笑し、説明を開始する。
「まず魔力の属性は五つ。その中で一番扱い易いのが火属性。破壊力も平均的で、魔導師が基礎として覚えるのも、火属性の術です。扱いやすいと言われるのは、燃費が良いからでしょうね」
「火属性は、燃費が良い……」
「続いて――」
レッドは顔の横で右手の人差し指と中指を立てる。
「二つ目は水属性。これは、基本的に回復や広範囲へに渡る攻撃が可能。一対多の戦いに優れている属性ですね」
「水属性は、多勢相手に有利か……」
「次は――」
今度は薬指も立て、レッドは告げる。
「三つ目は雷属性。比較的に扱い辛い属性で、破壊力重視の超攻撃型の属性ですね。ただ欠点として威力が高い分、溜めに時間が掛かり、連続攻撃には向きません」
「雷属性は、溜めが長く、単発……」
「次は――」
続いてレッドは小指を立て、
「四つ目は土属性。これは、最も応用性のある便利な属性です。基本的には防衛・全体攻撃と言う所ですかね。鉄壁の守りで、風属性以外の全ての属性に対し耐性を持ってますね。ゆえに、ガーディアンの多くは土属性です」
「土属性は守り……」
「最後に――」
今度は親指を立て、
「風属性。これは、速度重視の怒涛の波状攻撃型の属性ですね。雷が全てを貫くタイプとするなら、風属性は全てを切り裂くタイプです。一撃一撃の威力は火属性に劣りますが、素早い連続攻撃が可能になります」
「風属性は、速度重視の連撃タイプ……」
(アレ? 以前にも何処かで聞いたような……)
クロトは心のどこかで、そんな事を思いながらもレッドの説明を頭の中に刻み込んだ。