第172話 龍馬と秋雨
町の外れの茂みの中、クロトは正座させられていた。
「全く、何を考えているんですか!」
腰に手をあて、呆れた眼差しを向ける秋雨はその黒髪をゆらリと揺らすと、耳の付け根から生えた角を僅かにちらつかせた。
秋雨は、龍魔族と人間のハーフだ。その事は、この国の人間なら誰でも知っており、特に問題にはなっていない。
そもそも、秋雨はハーフと言っても魔力自体は受け継いでおらず、脅威にならないと判断されているのだ。
と、言っても、彼がこの国に来た当時は大問題になり、大騒動になった。それを治めたのは、やはり天鎧だった。
魔力も無く、咆哮も放てない。ただ、見た目が違うだけで、彼は同じ人ではないのか、そう国民に説いたのだ。
そんな事もあり、秋雨は天鎧に命を捧げる覚悟で、若くして兵団に入団した。その後、着実に力をつけ、十五にして副隊長まで上り詰めた実力者だ。
深々と息を吐いた秋雨は、右手で頭を抱える。それから、クロトの隣りに胡坐を掻くミィへと目を向けた。
「あなたもあなたです! ここがどういう状況なのか、分っているでしょ!」
「す、すまないッス……」
秋雨に叱られ、ミィは背を丸め俯く。
現在のこの大陸の事を考えているからこその秋雨の言葉に、ミィも深く反省する。やはり、あの時強く止めるべきだったと。
落ち込むミィを横目で見据え、クロトは顔をあげ秋雨を見据える。
「わ、悪いのは、俺だ! ミィは何も――」
「当たり前だ! お前が、一番悪いのは分ってんだろ! 何、言ってんだ!」
腰に手をあて、灰色の長い髪を揺らす龍馬が怒鳴り散らした。
その声にシュンと小さくなるクロトは俯き、目を硬く閉じた。
全く、と眉間にシワを寄せる龍馬は、もう一度深く息を吐き出した。
この龍馬も秋雨と同じく、若くして副隊長にまで上り詰めた実力者だ。年齢的には秋雨よりも幾分か年上だが、熱くなりやすい性格ゆえに、何故か秋雨よりも年下に見られる事が多々ある。
そんな事もあり、彼はよく秋雨と組まされる事があり、今回の任務も本来は一人で大丈夫な所を二人でやらされる事になったのだ。
「さて、どうするよ?」
腰に手を当てたまま龍馬が隣りに並ぶ秋雨へとそう尋ねた。
困った様に頭を掻く秋雨は、眉間にシワを寄せるとゆっくりと腕を組んだ。
正直、あれ程まで騒ぎになってしまった以上、このままクロト達を帰すわけにも行かない。
かと、言って町の皆に説明しようにも、今の状態では納得しないだろう。
それを理解しているからこそ、秋雨も龍馬も頭を抱える。
「とりあえず、あなたは、私達にやられて島を出た、と、言う事にしておきます」
「あぁー……その方が都合がいいなら……そうしてもらいたいんだけど……」
クロトが苦笑し、そう言うと、龍馬が右手の人差し指で頬を掻いた。
「けど、大丈夫か? それで?」
「しょうがないでしょ? これしか方法は無いでしょうし」
鼻から息を吐き出し秋雨は、眉をひそめた。
それで、町の人たちが納得するかどうかは分らない。ただ、暫くクロトが姿を隠していれば、恐らく納得するだろう。そう考えたのだ。
この国では人間に信頼されている二人。その為、魔族が町にいると連絡が行ったのだ。
「俺達だって、レッドの知り合いのお前らを疑う気はねぇーけど、こんな状況なんだ、少しは考えて行動してくれよな」
珍しくまともな事を言う龍馬に、聊か驚く秋雨は目を丸くしていた。
恐らく、龍馬がこれ程までにまともな事を言うのは一年に一度か二度程だろう。
驚く秋雨に対し、ジト目を向ける龍馬は不満そうな表情を浮かべていた。
何となくだが、秋雨が失礼な事を考えていると、長い付き合いゆえに分かったのだ。
しかし、秋雨はそんな龍馬の視線を気にせず、クロトへと顔を向けた。
「とりあえず、これからは気をつけてくださいね」
「あ、ああ……」
「第一、お前、魔法石を採りに行かなきゃいけないんだろ? 大丈夫なのか?」
訝しげに龍馬が尋ねると、クロトはニコッと笑みを浮かべる。
「あぁ、それは、だい――もぐっ!」
唐突にミィがクロトの口を両手で塞いだ。
ミィの行動に龍馬と秋雨は眉をひそめる。何をそんなに焦っているのだろうと、考えていた。
そんな二人に、ミィは苦笑し答える。
「そ、それについては、今、自分の親しい人に頼んで運んできてもらっている最中ッス」
「そうなんですか? まぁ、それならいいんですが……間に合いますか?」
不安げに秋雨は尋ねる。
最上級の魔法石が採れるゼバーリック大陸から、ここクレリンス大陸までどれ位の時間が掛かるのか分っている為、不安に思っていたのだ。
そんな秋雨に対し、ミィは大きく頭を縦に振り、
「だ、大丈夫ッスよ! 高速船があるッスから、一週間もあれば十分ッスよ!」
「へぇー。高速船ねぇー。そんなのあるなら、俺ものってみてぇーな!」
頭の後ろで手を組み豪快に笑う龍馬に、ミィは苦笑した。
何故、ミィがこんな嘘を吐いたのか分らず、クロトは眉間にシワを寄せ、首を傾げる。
その後、何度も注意を受け、クロトとミィは解放された。二人は大人しく船に戻る事にし、身を隠しながら港へと向かう。
その際、クロトは先程の事をミィに尋ねる事にした。
「なぁ、ミィ」
「なんスか?」
朱色の髪を揺らし辺りを見回すミィは、背に受けたクロトの声にそう返答する。
今は話しかけて欲しくない、と言うような返答の仕方だったが、クロトは構わず言葉を続ける。
「さっきは何で隠したんだ?」
茂みの中からミィにそう聞く。すると、ミィは訝しげに眉を八の字に曲げる。
「何の事ッスか?」
質問の意味が分からないと、言う感じでミィが返すと、クロトは目を細めた。
「魔法石の事だよ」
クロトがそういうと、ミィは「あぁー」と声をあげ、クロトの方へと顔を向けた。
そして、幼さ残る愛らしい顔の横に右手の人差し指を立て、
「いいッスか? 世の中にはいい人、悪い人がいるッス」
「それは、知ってるけど?」
「だから、安易に口にしちゃいけないんスよ? 魔法石の事は!」
ミィが語尾を強め、そう言い放つと、クロトは腕を組み首を傾げる。
イマイチ、納得出来ないと、訝しげな目を向けるクロトに、ミィは大きなため息を吐いた。
それから、クロトの前に胡坐を掻き、呆れた様な眼差しを向ける。
「いいッスか? 魔法石って言うのは高価なもの何スよ? それが、魔人族の手で作ることが出来るなんてわかったら、そりゃもう、魔人族を捕まえて金稼ぎの道具に使おうと考える人が現れるかもしれないッス!」
「いや、龍馬と秋雨は違うだろ?」
「それは分かってるッスよ! けど、誰が聞いてるかわかんないッスから、あの場では話さなかったんスよ!」
声を荒げるミィに対し、右手で頭を掻くクロトは首を傾げる。
すると、ミィは表情を引きつらせ、やがて頭を抱えた。
「秋雨も龍馬もいい人なのは分かってるッス! ただ、基本的に魔法石が生み出せるって言う事を誰にも知られたくないんスよ!」
「そっか……うん。分かった」
「本当に分かってるッスか?」
念を押すようにミィが尋ねると、クロトは目を細め、
「分かってるよ。セラを危険な目にあわせたくないから、この事は黙ってろって事だろ?」
と、言うと、ミィは小さく頷き、
「そ、そう言う事ッス! 分かってるじゃないッスか!」
と、僅かに狼狽しながら答えた。
ちゃんと分っている事に聊か驚いたのだ。
とりあえず、クロトが理解している事に安堵し、ミィは静かに立ち上がった。
「じゃあ、そろそろ人通りが少なくなったかを見てくるッスから、ジッとしてるんスよ?」
ミィがそう言い、茂みから出ようとした時、クロトは不意に口にする。
「ミィは魔族じゃないんだから、堂々と船に戻ってローブとってきた方が手っ取り早いんじゃないかな?」
「へぇっ?」
思わずクロトの一言に、ミィは驚愕する。と、同時に、何故、こんな簡単な事に気付かなかったんだろうか、と思い落胆していた。