第17話 危険な依頼
深夜遅く――。
船着場に存在する大きな倉庫の前に、クロトとケルベロスの二つの影があった。
漆黒の衣服に身を包んだ二人は、倉庫の入り口前で仁王立ちし、クロトは大きな欠伸を一つした。倉庫の両端には松明が灯してあり、その僅かな明かりが二人を照らす。
ミィが見つけた依頼。それはこの倉庫の見張り番だった。依頼ランクはDランクだが、その報酬はDランクにしては高額の二千ゼニス。こんな楽な依頼で二千ゼニスももらえるなんてラッキーッスと、ミィに言われケルベロスも渋々承諾し、クロトと二人倉庫の見張り番をする事になったのだ。
二人が着ている漆黒の衣装はなるべく目立たない様にと、ギルドの受付の女性が配布した服装だった。一応、防護服になっており、斬撃や銃弾などの衝撃をある程度防ぐ効果がある。その為、多少なりにその衣服は重く、クロトは動きにくそうに肩をまわす。
「んんーっ……」
僅かにうめき声を上げると、ケルベロスが鋭い眼差しをクロトの方へと向けた。
「さっきから何だ?」
「いや、防護服になってるって言ってたけどさ、何か動きにくくて……」
「なら脱げばいいだろ。命の保障はしないがな」
刺々しい口調のケルベロスに、「おいおい」と苦笑しながら小さく呟いたクロトは、右肩をやや落とし小さくため息を吐いた。
周囲を見回すと、ちらほらと松明の光が動き回っているのが映る。この依頼の志願者はクロトとケルベロスの二人だけでは無く、他にも数人の志願者がいた。よっぽどこの倉庫に重要なモノがあるのか、依頼者は志願者全員を雇い、前払いとして一人に五百ゼニスが支払われた。残りは後払いらしいが、前払いで報酬の一部がもらえる事の方が異例だった。しかも、五百ゼニスもだ。正直、これだけあれば上手く節約して一、二週間は食っていける程だ。それ程まで危険な仕事なのだ。
その為、ケルベロスはすぐにこの依頼が危険なモノだと気付き、セラとミィには参加させなかった。セラはケルベロスに激しく抗議をしたが、結局クロトとミィの二人に言いくるめられ、格安で簡単しかも宿つきの依頼をする事になった。
「なぁ、どう思ってるんだ? この依頼?」
頭の後ろで手を組み空を眺めるクロトが、距離を開けて仁王立ちするケルベロスに問う。ここゲートに来て間もないクロトですら、この依頼の異様さを感じていた。
この町の店を見た限り、物価価格はそこまで高くない。いや、正直に言えば安い位だった。これがゲートの基本的な物価価格なのかは知らないが、食材などは殆ど一ケタ台の値段で、高くても二十ゼニス行くか行かないかの値段だった為、クロトは受けた依頼に疑問を抱いたのだ。
そんなクロトに対し、落ち着いた様子のケルベロスは、周囲を警戒しながら静かな口調で答える。
「さぁな」
「さぁなって……」
呆れた様に肩を落としたクロトは、小さくため息を吐いた。
「それより、武器はちゃんと買ってきたんだろうな?」
「えっ? あ、あぁ……」
肩を落としたクロトに突如ケルベロスがそう尋ね、クロトは壁に立てかけた一本の剣に目を落とした。昼間、前払いで貰った五百ゼニスを使い、購入した一番値段の安い一般的な剣。一番安いと言っても武器はやはりそれなりに値が張り、これで三百ゼニスも取られた。正直、クロト自身、武器がこんなに高値とは思っていなかった為、この出費を考えると、一層気が重くなった。
「はぁ……これで、三百って……」
「まぁ、無いよりマシだろ。見た感じ、耐久度はそこそこある。暫くはそれで我慢するんだな」
腕を組むケルベロスが、落ち込むクロトに対しそう言葉を掛けた。ケルベロスにしては珍しいその対応にクロトはやや驚いたが、小さく笑みを浮かべると「そうだな」と、ため息交じりに答え剣を手に取り腰へとぶら下げる。
それから、また暫しの静寂が続く。波の音だけが聞こえ、松明がゆっくり動いているのが視界に映る。穏やかな海風に松明の炎が揺られ、火の粉が散った。
「クロト」
静かにケルベロスがその名を呼び、臨戦体勢に入った。波の音に消された僅かな足音に気付いたのだ。
名前を呼ばれたクロトも同じく臨戦体勢に移る。腰にぶら下げた剣の柄を握り息を呑んだ。剣を扱うなど初めての事で、鼓動が妙に早くなるのが分かった。心拍数が上昇し、自分の鼓動がやけに大きく聞こえる。
「来るぞ!」
ケルベロスの声で、我に返ったクロトは衝撃を受け倉庫の壁に背中を打ちつける。
「ぐはっ!」
唾液が飛び、クロトの体が前のめりに崩れ落ちた。小さく舌打ちしたケルベロスは、クロトをその場から遠ざける為その体を蹴り飛ばすと、すぐさま海の向こうへと目を向けた。だが、次々と周囲を移動していた松明が消え、うめき声と悲鳴が何処からともなくあがる。
警戒するケルベロスは、耳を澄ませ自ら近くの松明を海へ投げ込んだ。倉庫の周りは一瞬で暗がりへ変わり、ケルベロスは息を吐き拳を軽く握り締めた。
意識を極限まで集中し、波に混じる静かな足音を探る。その中で鋭い風の音が聞こえ、ケルベロスは上半身を僅かに逸らした。顔の横を何かが通過し、後ろの方で壁が砕ける音が響く。
「へぇーっ。あたしのウィングショットをかわす何て、中々やるじゃないか」
澄んだ女性の声に、ケルベロスは目を凝らす。さっきの衝撃波の飛んできた軌道とその女性の声のする方から、今その声の主が正面にいる事だけは分かるが、目を凝らしても全く人の影すら見えない。
(何だ? 一体、何処にいる)
「一体、何処にいる。何て考えてる?」
ケルベロスの思考を読み取った様に女性の声がそう告げる。僅かに壁に反響し、二重に重なる声にケルベロスは頭だけを動かし周囲を見回した。微かに感じる人の気配。一人ではなく、複数の人の気配だ。その気配に、ケルベロスは小さく舌打ちをした。
「気付いちゃったかな? でも、残念。もう逃げられないよ」
澄んだ声が茶目っ気を交えながらそう言うと、ケルベロスは静かに笑う。
「ふっ……逃げる? 何故、俺が逃げなければならない?」
「――ッ!」
青白い光が迸り、ケルベロスの右手に炎が灯る。その瞬間、蒼い光がケルベロスの周囲を照らし、殺気に満ちたケルベロスの眼光が蒼い光に照らされた複数の人間を捕らえた。
だが、周囲の人間も気付く。ケルベロスの灯した蒼い炎で、自分達が何を相手にしているのかを。
「あ、蒼い炎!」
「こ、コイツ、番犬だ!」
「番犬? そうか……あんたが」
仲間の上げた声に、澄んだ女性の声が静かにそう述べると、男達の合間を一人の女性がかき分けケルベロスの前へと出た。ドクロの描かれたハットを深々と被ったスタイルの良い女性。腰にはガンホルダーが四つぶら下がり、右手には美しい白銀の銃が握られていた。軽装で露出がやや高い服装をした女性は、銃の先で軽くハットを持ち上げ、澄んだ黒い瞳をケルベロスの方へと向け静かに笑う。
彼女の周囲に集まった男達は彼女の態度とは裏腹に、ケルベロスの気迫に押され数歩後退るが、その男どもに彼女の怒声が轟く。
「オメェーら! 何ビビッてんだ! あたしら海賊がたった一人の番犬にびびんじゃねぇ!」
彼女の一喝で、男達はその足を止め声を上げる。だが、その声に不適に笑みを浮かべたケルベロスは、右手に灯した蒼い炎を握り締めた。