第165話 甘味処
「んんーっ! 美味しい!」
三色団子を頬張り、セラが歓喜の声を上げた。
口角は自然と上がり、頬は薄らと朱色に染まっていた。
しかし、褐色の肌をしている為、その僅かな変化は中々分り難かった。
三人の入った甘味処は、有名店だったらしく、店内は混雑している。
それでも、何とか三人は席を取る事が出来、ゆっくりとお茶を楽しんでいた。
「ねぇねぇ、これも頼んでいいかな?」
セラはメニューを指差しクロトへ笑顔を見せる。
あまりにも嬉しそうなセラの笑顔に、クロトは少々困り顔を向け、頬を掻いた。
「いや、流石にそろそろ金欠だよ……」
「えっ? も、もう?」
「ごめん。まさか、町に出るとか思ってなかったから……持ち合わせが……」
申し訳なさそうにクロトがそう言うと、セラの表情は一瞬で曇った。
肩を落とし、名残惜しそうに落ち込むセラに、クロトは眉を八の字に曲げた。
旅の資金として結構な額のお金を持ってはいるが、それは全て船においてきたのだ。
元々船を降りるわけじゃなかった為、クロトもケルベロスもお金など持っているわけがなかった。
その為、現状買えるは三色団子数本だけだった。
竹串を右手の人差し指と親指で摘むセラは、小さくため息を漏らす。
「そっか……そうだよね。ごめん……」
沈んだ声で謝るセラに、店の主人がオボンを片手に歩み寄る。
「お嬢ちゃん。よければ、これ、食うか?」
中年の痩せ型で、とても人の良い顔立ちをした店主は、オボンに乗っていたみたらし団子とアンミツをセラの前へと置いた。
店主のその行動に、セラはすぐに顔をあげ、慌てて両手を振る。
「い、いえ! わ、わわ、私達、お金ないんで……い、いいです!」
セラの言葉に、店主は大らかに笑い、オボンを持った手を腰に当て、
「いいっていいって。遠慮するこたぁーねーよ。サービスだよ。お嬢ちゃん、美味しそうに食べるから、おじちゃんも嬉しいんだよ」
「えっ……で、でも……」
戸惑うセラの目が泳ぐ。
食べたい。
食べたいが、お金が無い。
葛藤の末、セラは瞼を固く閉じ、
「わ、わわ、わ、分りました! い、いただきます!」
と、セラは深く頭を下げた。
すると、店主はセラの頭を優しく撫で、
「そうそう。遠慮するこたーねぇーんだよ。な、坊主ども」
と、店主はクロトとケルベロスへと顔を向けた。
店主に対し、苦笑するクロトは、申し訳ないと頭を下げ、ケルベロスは相変わらず切れ長の目を向ける。
ケルベロスの赤い瞳を真っ直ぐに見据える店主は、褐色の肌と耳の形から眉間にシワを寄せた。
「あんたら、魔族かい?」
周りには聞こえない様に押し殺した声で、店主はクロト達へと尋ねた。
みたらし団子を頬張っていたセラは、その言葉に驚き団子を喉へと詰まらせ、
「んんっ! んんーっ!」
と、苦しげな声をあげ、胸を左手で何度も叩いていた。
「お、お茶お茶!」
クロトは店主の言葉に驚く前に、セラの異変に気付き、そう声をあげ、店主も慌ててセラの背を叩く。
「んぐっ! ゲホッ、ゲホッ! し、死ぬ、死ぬかと思った……」
目から涙を流すセラが、掠れた声でそう口にした。
そんなセラに、店主は申し訳なさそうに右手で頭を掻き、
「わりぃーわりぃー。いきなり、変な事、きいちまったな」
「い、いえ……そ、そ、そんな事は……」
思わず視線を逸らすセラの動揺はもはや隠す事などできず、クロトは諦めた様にため息を吐いた。
そんな折、ついにケルベロスが口を開いた。
「ああ。俺らは魔族だ。問題があるなら、今すぐ店を出――」
「いや。いいさ。別に。ウチは魔族とか人間とかで客を選んじゃいねぇーよ。ウチの団子を美味しいって言ってもらえりゃ、誰だってお客さ」
穏やかにそう言う店主に対し、セラは瞳を輝かせ、「ありがとう! おじちゃん!」と胸の前で手を組んだ。
セラの言葉に店主は恥ずかしそうに笑みを浮かべ、頭を掻いていた。
その時だった。
別の席で、一人の少年が激しく机を叩き声を上げる。
「オイラは、世界一の武器職人になるんじゃっ!」
何処か幼さが残る声が響き、小柄な背丈の少年が机の前に立っていた。
まだ幼い顔立ちだが、その目付きは鋭く、頭に巻いたハチマキは黒髪を逆立てていた。
半被の背には鉄と言う字が描かれていた。
机を叩いた衝撃で、茶碗が倒れ、お茶が机の端から床へと滴れ落ちる。
そんな店の一番奥の席に陣取る五人組にクロト達は視線を向けた。
すると、店主は、
「また、アイツか……」
と、呆れた様子で呟き、眉を八の字に曲げた。
再度みたらし団子を頬張るセラは、騒ぎの方へと顔を向けたまま店主に尋ねる。
「またって事は、頻繁にあるの?」
「あぁ。ウチに来ては騒ぎを起こす問題児だよ」
困り顔でそう言う店主。
一方、向こうでは笑い声が響き、
「まだ言ってんのかよ!」
「無理無理! お前の腕じゃ、まともな包丁だって作れやしねぇーよ!」
少年を馬鹿にする様に男達がそう言い、立ち上がった少年の顔を指差す。
その声に、右拳を握る少年は、奥歯を噛み締めもう一度怒鳴る。
「うるせぇー! オイラは武器が作りたいんだ! 包丁なんて作ってられっか!」
「だよなぁー。まな板まで真っ二つにする様な包丁、作ってらんねぇーよな!」
「だははははっ!」
男たちの笑い声が響く中、クロトとケルベロスは僅かに表情を強張らせた。
そして、もう一人。
この話し声に聞き耳を立てていた男が、持っていた茶碗を静かに机へと下した。
「はぁ……しょうがねぇー連中だ……」
店主がそう口にし、渋々その少年達の方へと歩みを進める。
それを小首をかしげ見据えるセラは、パクッと串に刺さったみたらし団子を口に運びクロトの方へと視線を向ける。
「ねぇ、この島、鍛冶屋さんあるみたいだよ?」
「みたいだね。しかも、凄い腕みたいだ」
「へっ? 凄いふえ?」
口に団子を含んだままそう言うセラに、クロトは右手で額を押さえ、
「うん。とりあえず、口のものを食べてからにしよっか」
と、呆れ顔で呟いた。
そんなクロトに、頬にみたらしのタレを付けたセラは、コクンと頷き「分かったー」と笑顔を見せた。
セラへと微笑して見せたクロトは、すぐに耳を少年達の方へと傾ける。
「おいおい。お前さんら。騒ぐなら出てってもらうぞ」
「いやいや。親父、聞いてくれよー」
「コイツがさぁー」
若者達が、店主に対しそう言うと、少年は顔を赤くし、もう一度机を強く叩くと怒声を上げる。
「今に見てろよ! オイラの鍛えあげた武器が世界に名を轟かせるんだからな!」
「あぁ、世に稀に見るなまくらとしてな」
「がはははっ!」
若者達の笑い声が響く中で、少年は憮然とした表情で歩き出す。
「おいおい。何処行くんだ?」
「うっせぇ!」
そう吐き捨て、少年は店を出て行き、店主は腰に手をあてため息を吐いた。
少年が出て行くのを見据え、クロトは静かに席を立った。
それに遅れ、ケルベロスも。
二人の行動にアンミツを頬張るセラが小首を傾げた。
「んんっ? どうふぁしだ?」
口をモゴモゴさせそう言うセラに、クロトは目を細め、
「と、とりあえず、セラが食べるのを待ってからにしようか……」
と、呟き席へと戻った。
そこに、店主が困り顔で戻ってくる。
「全く……困った奴らだな」
「あっ、あの、さっきの子は?」
何か情報を得ようと、クロトがそう言うと、店主は腰に手をあて、鼻から息を吐く。
「アイツは、この島に居る唯一の鍛冶屋の弟子でな。なんて言うのか……才能はあるみたいだが……」
困り顔の店主にクロトは腕を組み、
「そうなんですか……じゃあ、その鍛冶屋までの道を教えてもらえませんか?」
と、店主に頼んだ。
しかし、店主は訝しげな目を向け、首を傾げる。
「なんだい? あんたら、鍛冶屋に用でも?」
「えっと……実は、剣を直してもらいたくて……」
「そうかい……しかし、無駄足になると思うがね」
ため息混じりにそう言う店主にセラが口の中のモノを呑み込み尋ねる。
「んぐっ……ど、どうして、無駄足に?」
「あぁ……昔はそりゃ、名の通った職人だったらしいんだけどね、今はもう武器は作らないって……。理由は分からないけど、元々は別の島で職人をしてて、そこを追放されて、点々と……そして、この島に行き着いたって話だよ」
店主はそう説明しながらサッと紙にその鍛冶屋までの地図を描き、クロトへと手渡した。
それを受け取り、クロトは「ありがとうございます」と深く頭を下げた。