第160話 運命に導かれる者
「野郎共! 荷を詰め込め!」
船着場に響くパルの凛とした声に、下っ端の船員が「あいあいさー」と、明るい声を張り上げる。
とても海賊とは思えぬ程、彼らは清々しい態度だが、やはりその姿は厳つく近寄りがたいものがあった。
船着場に停泊するパルの海賊船に、彼らは食料やら砲弾を運び込み、甲板にはクロトが呆然と立ち尽くしていた。
レッド達と再会してすぐの事で、クロトもイマイチ状況が飲み込めていなかった。
呆然と立ち尽くすクロトに対し、中年の筋骨隆々とした頭に赤いバンダナを巻いた男が、大きな木箱を持ちながら怒鳴り声を上げる。
「おい、小僧! そんな所にぼーッと突っ立ってんな! 邪魔だ!」
「あっ、はい! す、すみません!」
大慌てで頭を下げたクロトは、甲板の隅へと移動する。
何故、こんな状況になっているのか、考えようとするクロトだが、その耳に能天気なセラの明るい声が響く。
「えへへー。懐かしいなぁー」
「皆相変わらずッスよね」
セラとミィの明るい話し声に、クロトは苦笑する。
そんなクロトへと赤紫の無造作な髪を揺らすレッドが歩み寄り、笑顔で声を掛ける。
「大丈夫ですか?」
心配そうなレッドの声に、クロトは苦笑いで首を傾げる。
「だ、大丈夫……だけど、何で、こんな状態? ゆっくり話をするんじゃなかったのかな?」
「えぇ、そうですよ? 次の島へと向かいながら、船上で」
爽やかな笑顔を向けるレッドへと、クロトは肩を大きく落とした。
正直、船酔いしそうで先が思いやられる。
そう考えるクロトに、ミィが意味深な笑みを浮かべながら歩み寄る。
「クロトはすぐに酔うッスからね!」
「は、はは……そ、そう、そうだね……」
「大丈夫! 今回はミィが付いてるよ! 酔い止めあるよね?」
「えっ?」
セラが胸の前で両拳を握り、ミィへと満面の笑みを向ける。
信頼の眼差しを向けるセラに、ミィはやや表情を引きつらせ、視線を静かに逸らした。
その表情からクロトは今回は酔い止めは無いと悟り、目を細めた。
今回も長い苦痛を伴う航路になりそうだと。
それから、数十分程時間が過ぎ、荷積みが完了する。
流石に統率が取れているだけあり、荷積みは完璧だった。
「さて、そろそろ、出航するか!」
パルが笑顔でそう言うと、船員達は「おおーっ」と声を上げる。
長くこの港に留まっていた為、船員達は色々と不満が溜まっていたのだろう。
その声は明るく、力強かった。
その迫力にクロトとセラは耳を塞ぎ、その横でミィは楽しそうに笑みを浮かべる。
海賊船は帆を広げ、冷たい風を受け岸から離れる。
手すりに身を預け、停留所を見据えるクロトは、儚げに深く息を吐き出し、やがて俯いた。
「あぁー……また、長い航路に……」
「まぁまぁ、慣れッスよ。きっと大丈夫ッス」
落ち込むクロトの肩を二度叩き、ミィが小さく頷いた。
そんなミィに、クロトは弱々しく笑い大きなため息を吐いた。
潮風に赤紫の髪を揺らすレッドは、渋い表情で大陸を見据えふっと息を吐いた。
レッドにとっては最悪の出来事しかなった大陸故の行為だった。
船が沖へと出て一時間ほどが過ぎる。
甲板に座り込むクロトは、深く深呼吸した。
今の所、揺れは無くクロトも何とか平常心を保っていた。
そこに、指揮を終えた厚手のコートを身にまとうパルが、海賊ハットを深く被りやってきた。
「どうだい? 調子の方は?」
「ボチボチって所だよ」
膝を抱え座り込むクロトは、苦笑しパルへと答える。
その答えに、パルはコートのポケットへと手を突っ込み、「そ、そうか……」と恥ずかしそうに答えた。
初々しいパルの姿にクロトの隣りで顔を伏せ笑いを必死に堪えるミィに、パルはジト目を向け眉間にシワを寄せる。
そんな和やかな雰囲気漂う場所から離れた位置で腕を組むケルベロスは、白髪を揺らし不満げな表情を浮かべていた。
いつにも増して近付くなと言うオーラを放つケルベロスに、レッドは静かに歩み寄る。
「隣り、いいですか?」
「…………」
返答は無い。
だが、その行為が、ダメだと言っており、レッドは苦笑する。
それでも、強引にケルベロスの隣りに並び、クロト達を見据え呟く。
「彼は、常に何かの中心に居ますね」
「…………」
やはり、ケルベロスの返答は無い。
当然、そうなる事は分かっていた為、レッドはそのまま独り言の様に言葉を続ける。
「きっと、彼はそう言う運命に導かれる者なのでしょうね」
「ふん……くだらん。何が運命だ……」
レッドの言葉にようやくケルベロスが口を開いた。
不快そうな表情で腕を組んだまま、低く刺々しい声で。
その言葉にレッドも腕を組む。
そして、鼻から息を吐き、瞼を閉じる。
「くだらない……ですか? 僕は、運命を信じていますよ」
「黙れ。運命などこの世に無い」
「どうして、そう思うんですか?」
瞼を開いたレッドは、意外そうにケルベロスの方へと顔を向ける。
だが、ケルベロスは視線をレッドに向ける事無く言葉を続けた。
「人は皆、自分の信じた道を、自分の足で歩んでいる。それを、運命などと言う言葉で片付けるな」
不快そうに眉間にシワを寄せるケルベロスの言葉に、レッドは小さく肩を竦めた。
「そうですね……。でも、僕は思うんです。クロトがこの世界に来たのも、今、こうして僕らと一緒にいる事も、全て運命に定められていたからだと」
「どうだかな」
ケルベロスは静かにそう答え、息を吐き出した。
相変わらず、表情は険しく、何処か苛立ちを隠していた。
甲板に座るクロトは空を見上げていた。
潮風にその無造作な黒髪が激しく揺れ、クロトはその髪の毛先を右手の人差し指と親指で摘んだ。
「髪……伸びたなぁ」
ボソリと呟く。
この世界に来て、大分月日は流れていた。
そう思うと、これ位髪が伸びていてもおかしくないな、とクロトは苦笑した。
苦笑するクロトに気付いたセラは、愛らしく首を傾げる。
「どうかした?」
「えっ? あぁ……うん。ちょっと、髪が伸びたかなってさ」
「そうだねー。もう大分経つもんね」
セラは顎へと右手を添え小さく頷く。
すると、ミィも肩口まで伸びた髪を右手で触れ、
「自分も、大分伸びたッス。そろそろ、切るべきッスかね?」
「いやいや。ミィは今の長さが似合ってるよ」
クロトが笑顔でそう言うと、ミィは髪を手グシで整え「そうッスか?」と呟いた。
ミィとしてはもう少し短い方が動きやすいのだろうが、やはり女の子なのだから、これ位髪を伸ばしている方がいいと、クロトは思ったのだ。
そんなクロトの意見に賛同する様にセラは大きく頭を縦に振り、
「そうだよ! ミィはこのままが一番いいよ!」
と、拳を胸の横で握り締めムフーッと鼻から息を吐き出した。
「ま、まぁ、二人がそこまで言うんなら、暫く伸ばしてるッス」
ちょっと照れた様な笑みを浮かべるミィは、そう言い頭を掻いた。
褒められるのは慣れていない為、ちょっとだけこそばゆかった。
そんなミィは話を逸らすようにクロトへと提案する。
「そ、そうッス! どうッスか? パルに切って貰うのは?」
「えっ? パルに?」
訝しげな表情を浮かべるクロトに、ミィはポンと右手で胸を叩いた。
「腕は保障するッス! 自分、幼い頃はよくパルに切ってもらってたッスから!」
「へぇー……じゃあ、お願いしようかな?」
「それなら、自分が交渉してくるッス! クロトはここでジッと待ってるんスよ!」
ミィが力強くそう言う為、クロトは「あぁ」と返答する事しか出来ず、小さく首を捻った。
別にミィが交渉しなくても、自分で頼めるのに、と疑問を抱きながら。