第16話 ギルド
ゼバーリック大陸の小さな港町へと辿り着いたクロト達は、小さな町を散策していた。
クロト・セラ・ケルベロスの三人は黒のローブを身にまとい、頭にはフードを深く被っている。これは、ミィの提案だった。この港町は人間側の領地になっており、魔族だとバレると色々と騒ぎになるからと、こう言う服装をさせられていた。
ケルベロスは魔族である事を隠す事も、人間の町を歩く事も嫌がっていたが、セラの説得により渋々と言う形でこの服装をする事になった。
町は小さいながらも人が賑わっており、道端には露店が数店並んでいた。興味津々に目を輝かせるセラはキョロキョロと露店を見回す。その隣りを歩くクロトも幾つかの露店を見たが、そこまで興味がそそられるモノは無かった。正直、この世界の文字などクロトには読めない為、何を販売しているのか分からなかったからだ。
ただ分かったのは、通貨単位はzと表記されていると言う事と、その単位がゼニスと言う事だけだった。この世界で物価がどれ位のモノなのか分からないが、露店に出されている張り紙を見る限り、大分物価価格は低い様だ。それでも、それを買う程クロト達にお金は無かった。
「ミィ。一体、何処に向かってるんだ?」
クロトが、先頭を歩くミィの背中にそう聞くと、ミィは横顔を見せ、ニコッと笑う。
「もうすぐっスよ」
「もうすぐって、さっきもそう言って無かったか?」
「まぁまぁ。ほら、見えてきたっスよ」
と、ミィが指差す先に視線を向ける。そこには二階建ての青コケの生えた建物があった。円柱型の結構大きめの建物を見据え、クロトは感嘆の声を上げる。
「すげぇー。この町に似つかわねぇー建造物だな」
「そうっスね。まぁ、ギルドなんてこんなもんっスよ」
苦笑するミィがそう返事をし、頬を掻いた。だが、セラは違った。一層目を輝かせると、
「うわーっ。すごーい! ねぇねぇ。この建物って何!」
「ギルドって言ったじゃないっスか。ここに、依頼された仕事が張り出されるんスよ」
「へぇー。でも、ギルドって、加入しなきゃ入れないんじゃないの?」
「えっ? そうなのか? それじゃあ、俺達ヤバイんじゃ?」
セラの言葉でクロトが焦りながらそう口を挟むが、ミィは右手の人差し指を立て、顔の横でその指を振り、「チッチッチッ」と舌を鳴らし、得意げに笑みを浮かべる。
「確かにそう言うギルドもあるっスけど、それは個人経営のギルドっスよ。ここはギルド連盟に認可された正式なギルドなんスよ」
「えっと……個人経営のギルドと、連盟に認可されたギルドは何が違うんだ?」
クロトが困り顔で最もな疑問を告げると、ミィは腕を組み「うーん」と唸った。
「そうっスね。個人経営のギルドって言うのは、マスターと呼ばれる代表を一人立てて、その人がギルド連盟に掛け合って依頼を受け、ギルドメンバーと依頼を行う。と、言う流れなんスけど、ギルド連盟に認可されたギルドは、個人経営ギルドの様なマスターが居ないんス。それから、ギルド連盟が定期的に依頼を更新したり、そのギルドに依頼をする事も出来るんス」
「へぇー。じゃあ、個人でギルド経営する必要ないんじゃない?」
セラが不意にそう呟いくと、隣りでクロトが頷いた。クロトも同じ事を思ったからだ。そもそも、ギルド連盟に認可されたギルドで依頼を受けられるなら、わざわざお金をかけて個人でギルドを立ち上げるよりも、ここで依頼を受ける方がよっぽど効率がいい様に思えた。
だが、ミィはまた人差し指を顔の横で「チッチッチッ」と舌を鳴らせながら振る。だが、ミィが発言する前に、セラとクロトの背後でケルベロスが静かな口調で、
「依頼にはランクがある。こう言う連盟に認可されたギルドには、報酬の少ないG~Dランクの依頼だけが掲示され、個人経営のギルドにはその上のランクのC~Aランクの依頼が渡される。まぁ、よっぽど依頼をこなしギルドに信頼されていれば個人ギルドを経営していなくても、その上のC~Aランクの依頼を受ける事が出来るらしいがな」
と、腕を組みながら言うと、ミィは「自分のセリフっスよ」と、やや涙目で抗議したが、ケルベロスは聞く耳を持たなかった。ガックリと肩を落としたミィは、ケルベロスの答えに更に説明を付け加える。
「ちなみにっスけど、そうしているのには理由があるっス。G~Dランクの依頼って言うのは、一人でもこなせる依頼って事になってるんスよ。こう言うギルドに依頼を受けに来る人には、パーティーを組んでない人も多いっスから。C~Aランクの依頼って言うのは、もちろん報酬は高いっスけど、それなりに難易度も高い依頼ばかりっス。個人で行うには難しい依頼なんで、個人経営のギルドに流されるってわけっスよ」
「ふーん。じゃあ、私達はG~Dランクの依頼しか受けられないの?」
「そう言う事になるっス」
やや苦笑気味にそう答えたミィ。ミィ自身、ギルドで依頼を受けていたから知っていた。G~Dランクの依頼の報酬の低さを。だから、表情も少し浮かなかった。ため息を吐き僅かだが疲れた様な表情を浮かべたミィに、クロトは小首を傾げその背中を真っ直ぐ見据えた。
意気揚々とセラはギルドへ向かって歩き出し、ケルベロスもその後に続く。だが、その表情は険しかった。魔族の自分がどうして人間の依頼した事をしなければならないのだ、と言う思いがあったからだ。そんなケルベロスの険しい表情を横目で見たクロトは一人苦笑し、最後尾でギルドへと入っていった。
建物の中は異様に広々とし、横長のテーブルと椅子が複数規則正しく並べられていた。非常に綺麗な内装にクロトは感嘆の声を上げ、セラは今まで以上にその目を輝かせた。綺麗な枠組みされた緑色の大きな掲示板が各所に設けられ、そこにはピンで依頼書が張り出されている。その掲示板の前にはまばらだが人が群がり、真っ黒な塗装をされたカウンターには一人の受付嬢らしき若い女性が立っていた。
あまりの光景に圧倒されるクロトは、もう一度「ほおおっ」と、感嘆の声を上げると、不意に横に並ぶケルベロスに目を向けた。大分不機嫌そうな表情を浮かべるケルベロスの顔に、クロトは引きつった笑みを浮かべ、セラとミィの方へと顔を向けた。
「そ、それじゃあ、早速依頼を受けるか」
「あっ、ちょっと待つっス」
掲示板に向かおうとしたクロトを、ミィは呼び止めた。
「どうかしたのか?」
「いや。依頼は自分が探すんで、クロト達はそこの席で休んでるっスよ」
「そうか? じゃあ、そうさせてもらうよ」
クロトはミィの申し出を快諾し、セラを連れ近くの座席へと移動した。ケルベロスは掲示板に向かうミィの背中をジッと見据え小さく舌打ちをし、入り口近くの壁へと腕を組んだままもたれる。
掲示板へと向かったミィは、小さく息を落とし掲示板に張り出された依頼書に目を通した。どれもこれも十から五十ゼニス程の依頼ばかりで、ミィは困った様に右手で頭を掻いた。予想はしていた事だが、簡単にお金を稼ぐ依頼などは存在していなかった。
ガックリと肩を落としながら、次の掲示板へと移動する。しかし、どの掲示板もそれ程依頼料が高いものはなく、ミィは大きいため息と共に肩をガックリ落とした。
「やっぱダメっスね。このランクの依頼じゃ……んっ?」
最後の掲示板に移動したミィは掲示板の隅に張られた依頼書に目を見開き、すぐにその依頼書を掲示板から奪った。