第153話 騒がしい朝
一週間が過ぎ、クロト達はまだヴェルモット王国の王都に居た。
朝からクロトは胡坐を掻き魔力をその身に宿していた。
毎朝欠かさず行っている魔力制御の鍛錬だった。
ここ最近は慣れたもので、安定した魔力をこうして体に留めておく事が出来る様になっていた。
消費した魔力もある程度回復しており、ここ二日、三日程でようやくこうして安定したのだ。
全身に纏った魔力をゆっくりと右手の人差し指へと集中し、それを中指、薬指、小指と移動させていく。
魔力のコントロールを完璧にこなせる様になる為の基本的な鍛錬。
それを一時間程続けた後、今度は両手の指先全てに魔力を集める。
親指から小指へと徐々に魔力の分量、濃度を高めた両手の指を、胸の前でゆっくりと合わせた。
両手の指先に薄らと輝く魔力の波動が初めは反発し合うが、徐々に浸透し指先の間で綺麗な球体へと変わり強い輝きを放つ。
「ふぅー……」
静かにゆっくりと口から息を吐き出し、更に意識を集中する。
すると、親指に集めた魔力の輝きが赤く変化し、人差し指の魔力は黄色く変化し、中指は淡い緑に、薬指は橙に、小指は淡い青に変わった。
これは、セラからつい最近教わった属性変化の特性を調べる方法であり、それを強化する鍛錬の方法でもあった。
五つ全ての色が灯れば五つの属性を扱う事が出来ると言う証明で、親指は最も強い属性で、小指が最も弱い属性と言う事になる。
ちなみにクロトが最も得意とする属性は赤、火の属性で、最も弱い属性が淡い青、水の属性と言う事になる。
黄色は雷、緑が風、橙は土の属性と言う事になる。
各々の属性の光を更に強める様に徐々に魔力の質、量を増やし一定量でキープする。
この鍛錬は相当の集中力と魔力、体力を消耗する為、クロトの額からは大量の汗が滲み出ていた。
「くぅ……ふぅー……」
僅かに魔力の光が乱れるが、クロトは一度深呼吸し、それを立て直した。
零れ落ちる汗は床を湿らせ、クロトの体重で軋む。
それでも、クロトの集中力は途切れる事無く、一定量の魔力をキープしていた。
五つの属性が扱える者は珍しく、本来は二つの属性が使えれば優秀だといわれている。
クロトは異界から来た特別な存在だから使えても不思議ではなく、セラも父である魔王デュバルとその母の血を引いているだけあり、普通に五つの属性が扱える。
しかも、五つとも拮抗した力関係で、セラはどの属性の光も親指に灯す事が出来るのだ。
クロトもそこを目指しているが、あまりにも火の属性の能力が高く、属性に変化は無い。
迸る指先の魔力の波動を見据えるクロトは、目を細め苦しそうに息を吐き出した。
それと同時に指先の魔力が弾けて消え、クロトは大きく口を開き天を仰いだ。
「あぁ……ダメだ……」
肩を大きく上下させるクロトは掠れた声でそう呟いた。
額から大量の汗を流すクロトは左手でその汗を拭い、床に仰向けに寝そべった。
「いかん……もうろうとする……」
天井を見据えるクロトの視界は僅かに揺らいでいた。
そんなクロトをセラが覗き込んだ。
「うおっ!」
驚き体を起こしたクロトは、右手を胸へとあて深く息を吐いた。
「お、驚かせるなよ!」
「えっ? 別に、驚かせるつもりはなかったんだけど……」
困り顔で首を傾げるセラに、クロトは思わず苦笑する。
音も無く近付いて驚かせるつもりはなかったと言われても信用など出来なかった。
そんなクロトに対し、セラは可愛らしいエプロンをまとい、その手にはオタマを持っていた。
そのセラの姿に、クロトの表情は引きつる。
頭の中に過ぎるセラの料理の数々。それはもう悲惨なモノだった。
とりあえず、料理自体は上手なのだろうが、あまりにもドジが酷すぎる。
塩と砂糖を間違えるのは当たり前、他にも小さな間違いが色々とあり見た目は美味そうなのだが、味は最悪と言う恐ろしい現象を引き起こすのだ。
その為、クロトはスッと立ち上がると小さく頷くと笑いながらセラの横を通り過ぎる。
が、しかし……
「何処行くのかな?」
セラの手がクロトの左手をガシッと掴んだ。
笑顔のセラに、クロトは顔を向けられない。
向ければ、この場を逃げる事は出来ないとわかっているのだ。
その為、視線を正面に向けたまま、クロトは答える。
「え、えっと……じょ、ジョギング?」
「もうすぐ朝食だよ?」
軽くセラが首を傾げる。
このセラの言葉にクロトは閃く。
「そ、そうだ。うん。お腹を空かせて食べる方が何倍も美味しいし、うん。そうだそうだ! ジョギング後に食べるよ」
「…………そっか。じゃあ、待ってるね」
クロトの手が解放される。
だが、後々、クロトは気付かされる。
これは、ただ結果を先送りにしただけなんだと、言う事に。
その頃、ボロボロの屋敷の大部屋にケルベロスとファイは居た。
そこには、多くの傷付いた魔族が存在していた。
体の一部を奪われた者、魔力を奪われた者、肉体的に疲弊した者、多くの魔族が傷を負い瀕死の状態だった。
「いつからここは魔族の集会所になったんだ?」
眉間にシワを寄せるケルベロスは、腕を組み深々と息を吐いた。
ここは元々ギルド会館だったのか、幾つか大部屋があり数百人は入る事が出来る。
ただし、何分ボロボロの屋敷の為床が腐っており、使える大部屋は現在二つしか無く、おおよそ百人弱の魔族が身を寄せていた。
目を細めるケルベロスは、壁へと背中を預けると首の骨を鳴らした。
「しかし……これ以上増えると色々と面倒だぞ?」
「そうですね……。流石に、この場所は人間達にも知られてますから」
ファイがそう呟き俯いた。
人間の中には魔族の事をよく思っていない人が多い。
その為、このまま増え続けると、何れこの場所に襲い掛かってくるかもしれない。
そう二人は考えていた。
魔力を失ったケルベロスとファイ、そして、怪我人の魔族の面々では決して対抗する事は出来ないだろう。
それに、現在食料不足だった。
ある程度、王国の使者であるウィルヴィスから食料の援助があったが、その時はまだクロト、ケルベロス、セラ、ファイの四人しか居なかった。
四人で二月分の食料は、ここ一週間で殆ど底を尽きていた。
殆どの魔族が地下で奴隷として働かされていた時は大した食事を与えられていなかったらしく、皆お腹を空かせているのだ。
もう一度深く吐息をもらしたケルベロスは肩を落とすと、右手で頭を押さえた。
「頭が痛いな……」
「仕方ないですよ。彼らにはここしか頼る場所が無いんですから」
ファイがそう呟くと、ケルベロスは眉間にシワを寄せる。
「分かってるさ。だが、コイツらはどうするつもりだ? ずっとここに居るつもりなのか? 俺達は何れでて行くんだぞ?」
不快そうなケルベロスの声に、ファイは「そうですね」と小さく頷いた。
確かに何れケルベロス達は出ていく。そう考えると、このままではいけないとファイも思っていた。
二人がほぼ同時に深い息を吐いた。
流石に気が重い。
そんな中、廊下に響く足音に、ケルベロスは眉間にシワを寄せた。
「またアイツか……」
「どっちかと言うとアイツらですね?」
「全く……元気な奴らだ……」
ケルベロスはそう言い吐息を漏らす。
二人の言うアイツらは、クロトとセラを指す。
二人は度々騒ぎを起こす為、大抵廊下を駆ける足音は二人のものと決まっているのだ。
「でも、あの子も大変ですね」
「あぁ? 何が?」
「だって、毎日セラの手料理を全部平らげてるんですよ」
ファイの言葉でケルベロスは眉間に深いシワを刻み、瞼を閉じた。
ケルベロスもセラの作る料理の事はよく分かっている。
だからこそ、頭が痛い。
「ああ……それに関してはクロトに感謝してる。被害者が最小限にすんで……」
「あんなに美味しそうな見た目なのに……」
ファイも珍しく眉間にシワを寄せ深くため息を吐いた。